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満州国からシベリアへ抑留されたおじいさんの話

私がなぜ満州国についての記事を書くのか。それは、私の祖父が戦時中に満州国にいたからです。

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昭和19年祖父は軍人として満州へ送られ、そこで終戦を迎えました。その後、ソ連軍の捕虜となり、シベリアへ連行されます。過酷な環境の中で3年間の抑留生活を送り、無事に帰国したものの、シベリアでの劣悪な環境が原因で腎臓を悪くしていました。そして、帰国から7年後、父が1歳の誕生日を迎えた日に亡くなりました

 

父は祖父の記憶を持たず、祖母も引揚げ後に嫁いだため、祖父について詳しく知る人はいません。私にとって、祖父は謎の多い存在でした。

 

そんなある日、私が勤めていた介護施設で、満州から引揚げてきたお年寄りと出会いました。その中の一人、Sさんという男性は、満州国終戦を迎えた後、シベリアで抑留生活を経験していました

 

Sさんは大正10年生まれ。施設に入所した時点で100歳近いにもかかわらず、毎日新聞を読み、会話もはっきりしていました。亡くなる半年前まで、ほぼ自立した生活を送っていました。

私の母校である相馬高校の卒業生でもあり、驚くことに校歌や応援歌をすべて暗記していました。私の方が歌えないほどです。穏やかで、いつもニコニコしていたSさんのことが、私は大好きでした。いつしか、祖父のように接するようになっていました。

 

Sさんからは、よく戦争の話を聞きました。施設の窓の向こうに広がる田園風景を見ながら、満州を思い出すなぁ」と懐かしそうに語っていました。

農業大学を卒業後、徴兵されて満州へ送られたSさん。しかし、戦闘部隊ではなく、建築隊の材料調達係を務めていたため、戦闘には参加しなかったそうです。

Sさんがいた場所は、奉天(現在の中国・瀋陽。彼の話す満州の思い出は、「海に行って泳いだ」「温泉に入った」といった、戦時中とは思えないほど牧歌的なものでした。

 

終戦後、ソ連が侵攻し、Sさんたちは捕虜となります。引揚げを待っていたところを捕まり、列車に乗せられてシベリアへ向かいました。目的地まで1週間。途中の駅には無人売店があり、パンが置かれていて、小銭を入れれば買えたとか、途中で温泉に入れたとか、バイカル湖で立ちションをしたとか、想像していたよりも自由度は高かったようです。

 

収容所では、ドイツ人やハンガリー人と同室でした。Sさんはロシア語が話せたために彼らと同室になり、通訳の仕事も与えられました。強制労働は、肉体労働をすこしだけしたあとは、ほとんどがジャガイモの皮むきだったそうです。ただし、その皮むきは厳しく、少しの皮も残さずに剥くよう求められました。

 

同室のドイツ人やハンガリー人とは、毎日にぎやかに過ごしていたそうです。看守に怒られなかったのかと尋ねると、「むしろ、にぎやかなのは良いことだ」と褒められたとか。収容所を出る際には、彼らが盛大な送別会を開いてくれたそうです。

 

Sさんは、「こう言っちゃなんだが、シベリアは楽しかったよ」と笑顔で話していました。娘さんも、「お父さんがいた収容所は比較的良い環境だったようです」と言っていました。

 

シベリア抑留といえば、極寒の中での過酷な肉体労働や、死と隣り合わせの地獄のようなイメージがあります。しかし、Sさんにとってはそうではなかったようです。

 

しかし、亡くなる半年前のこと

Sさんがトイレで排泄中、ふと独り言のように呟きました。
「なんで俺だけ生き残ったんだろう」

私は思わず、「シベリアでですか?」と聞きました。すると、Sさんは遠くを見つめながら、静かに言いました。
「そう。仲間が次々に死んでったんだよ」

その時、私はハッとしました。

Sさんは、ロシア語が話せて知識があったため、肉体労働を免れました。しかし、他の仲間たちは過酷な労働を強いられ、多くが命を落としていったのではないか。Sさんが「楽しかった」と語る裏で、本当は地獄のような光景を目にしていたのではないか——。

 

その後、Sさんの体調は急激に悪化しました。

痰が絡み、苦しそう呼吸する状態が続きました。それでも、私たち職員に向かって、かすれた声で「ありがとう。ありがとう」と繰り返していました。

そして、寝たきりになってからわずか2か月後、Sさんは100歳と半年の人生に幕を下ろしました

 

最期まで穏やかで、まるで仏のようだったSさん。

しかし、その微笑みの奥には、語ることのできない凄惨な記憶があったのかもしれません。

 

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