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われ考えるゆえにわれ在り
by dankkochiku
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# bydankkochiku |2020-07-26 13:49 |Comments(0)

昨今、騒がしいことばかり


株式相場の格言に、「申酉騒ぐ」というのがある。相場の世界ならずとも、昨年(申年)、今年(酉年)と世間を騒がすニュースが多い。 世論調査で長らく支持率過半数を占め、政党間で一強を続けてきた安倍内閣が今年7月になって30%台に急落した。その背景には、第1次安倍内閣(2006年)以来、同じ首班の内閣による戦後最長記録が、閣僚、自民議員たちの驕りの言動を助長し、国民の不信と怒りを招いたのだ。そのきっかけは、学校法人の設立問題だが,その疑惑は一向に晴れず、「首相を信頼できない」の回答が多数を占めた。

昨年8月の都知事選では、自民党員だった小池百合子氏が無所属で立候補し、自民党公認候補を112万票の大差をつけて当選し、今年7月の都議選でも小池氏支持勢力が過半数を占め、自民は惨敗を喫し、その態勢挽回に、突然、安倍首相は衆院解散と奇襲に出て、来月投票ときた。景気浮揚を撒き餌にした党利党略解散だ。かといって、離合集散やまぬ民進党など野党へ国民の期待は低い。


海外では、昨年6月、英国の国民投票で、EU離脱支持派が予想外に過半数を占め、首相が交代した。11月には米大統領選で政権を握った共和党のトランプ氏の度重なる過激な発言、違憲の疑いある大統領発令に現在も米国内外で批判の声が絶えない。


 隣国の韓国では、昨年11月、朴大統領の友人企業への資金援助、国家機密漏えいの容疑等で大統領の罷免、刑事被告人となる事件が起こった。今年2月には北朝鮮の故金正日総書記の長男、金正男氏がマレーシアで弟の北朝鮮最高指導者の金正恩の指令とされる巧妙な手口の毒殺事件が発生。その金正恩政権は、度重なる国連制裁決議に反発し、昨年来、大陸間弾道ミサイル、核爆弾を成功させ、日本の上空を通過し、米領グアム島周辺へ海上へ落下させる発射計画や太平洋で水爆実験などを示唆し、米朝間に一触即発の軍事衝突の危険性が止まない。


 自然界も昨今稀な大災害をもたらした。国内では昨年4月に九州内陸部では過去100年で最大規模の熊本地震(M.6.4)が発生し、熊本城天守閣、石垣崩壊したほか、熊本、阿蘇、大分で別々の地震が同時発生し、専門家は、熊本地震は南海トラフ地震の前兆かと警告。海外では、昨年4月にエクアドルでM.7.8の地震が、11月にはニュージーランドの南島でM.7.8、今年9月には、メキシコで過去100年で最大のM8.1の巨大地震、その12日後にM7.1の地震が発生した。


また、地球温暖化の影響とされる異常気象が続き、今年7月の福岡、大分県を含む九州北部に記録的豪雨をもたらし、8月には台風10号の影響で北日本、北陸が記録的大雨に襲われ、各地山間部で山崩れ、河川の氾濫や堤防の決壊による浸水の被害が相次いだ。米国では、先月末、ハリケーンがテキサス州に豪雨、洪水による壊滅的被害を起こし、さらに、今月には、93年ぶりといわれる猛烈な勢力をもつ巨大ハリケーンがまたしてもプエルトリコ、ドミニカ、キューバを直撃し,フロリダ州南部に上陸。いずれも、もとは地球温暖化の影響が指摘され、従来の気象学の常識では予測不能といわれる異常気象の連発だ。


そんな自然界の異常状況下、6月には、トランプ大統領が地球温暖化対策の新しい国際枠組み「パリ協定」から離脱すると表明。世界の温暖化対策が遅れるのは必須だ。世界の非常識男、北朝鮮の委員長と米大統領の発言に世界は右往左往している。


そのほか、庶民的関心事では、今年の秋場所大相撲。横綱3人と大関2人が休場。大正7年夏場所以来99年ぶりの異常事態だ。


 さて、あと三か月で戌年の新年がやってくる。ここにきての衆院解散は、年末にかけて、まだまだ騒がしいことが止みそうにない。来年は「戌笑う」の年になるだろうか。


# bydankkochiku |2017-09-23 15:17 |時評 |Comments(7)

路傍の神々

  日本人の多くが神として崇拝しているものは何だろうか。神道、仏教、キリスト教など教祖の教えに従う信徒たちは別として、森羅万象に神の存在を感じ、やおよろずの神を信じる一方で、既存の宗教の神を排斥するどころが、適宜、自分の信仰に取り入れる。こうしたいわば民間信仰というか雑居宗教の神々を信仰する人に対して、日本人は、だれも変わり者扱いしないし、むしろ心温かさへ感じている。

  私は、西東京市と新座市に接する練馬区に住んでいる。この辺りは、いまでこそ、宅地開発や商業都市化が進んでいるけれども、かつては都心部へ農作物を供給する田畑が延々と続く農村地帯だった。その名残か、あちこちの道路脇、三叉路、四つ辻に「馬頭観音菩薩」「道祖神」「庚申塔(塚)」などが立っており、いつもお花やお水などが供えられているのを見ると、日本人の信仰の原点をも感じ、その前を通る人々に心の慰めを与えているようだ。ただ、市街化の進むにつれて、路傍の神々がひとまとめにされるのは、やはり時代の趨勢だろう。

  そんな姿の「路傍の神々」を幾つかご紹介する。(写真上から)

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(上の写真 武蔵野を残す石神井台)

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(上の写真 石神井台、富士街道筋)

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(上の写真 大泉学園町郵便局前)

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(上の写真 大泉学園町 風致地区近辺)


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(上の写真 東大泉の民家敷地一角)


# bydankkochiku |2017-06-15 14:33 |徘徊老人紀行 |Comments(3)

荏原・摩耶寺 -文化財探訪 2-

荏原・摩耶寺 -文化財探訪 2-_e0059721_15294898.jpg

(上の写真:摩耶寺本堂)

 お寺の名前としては聞きなれない摩耶寺。マヤと聞くと、古代、南米に栄えたマヤ文明を連想する人もいるだろう。しかし、ここでの摩耶は、釈迦の生母のことで、摩耶寺は、摩耶夫人立像を祀る日蓮宗の寺院。その像は品川区の文化財に指定されている。摩耶寺のホームぺージによると、摩耶夫人像は、「延宝6年(年に建立)に安置されている。伽藍は、震災、空襲などの難を免れたが、老朽化は甚だしく昭和年に本堂を改築、摩耶堂も改修し現代に至っている。

荏原・摩耶寺 -文化財探訪 2-_e0059721_09453265.jpg
(上の写真 小原鐵五郎顕彰碑)

年、現在の品川区大崎の農家に生まれ、小学校卒。大正)に大崎信用組合設立時に入社。以後、信用組合の発展に尽くし、海外にも支店を開設する傍ら大蔵省の金融制度調査委員や全国信用金庫協同会長を務めた人物。彼を知名にしたのは、彼の哲学。「銀行は利息を得るために金を貸すが、信用組合は投機のための資金など先様にとって不健全なお金は貸さない。感謝されて返ってくるようでなければならない」などと儲け主義を排し、銀行に成り下がるな、など、銀行から業務妨害と訴えられそうなことを公言した信念の人。

 摩耶堂(釈迦堂)の内はそれほど広くないが、荘厳さに満ち溢れている。安置されている摩耶夫人立像を直接目にすることはできなかったが、立像は、前回訪れた碑文谷法華寺(円融寺)に奉安してあったものを、元禄年間に円融寺が日蓮宗から天台宗へ改宗したとき、此処に移したものとある。(「品川区の文化財」より)。ここにも、鎌倉時代に生まれた日蓮宗が既存の仏教諸派からだけでなく、幕府からも目をつけられていたのが分かる。



# bydankkochiku |2017-05-31 15:40 |徘徊老人紀行 |Comments(0)

碑文谷円融寺  -文化財探訪 1


  前回、朝日地蔵堂の道標にひかれ,まず碑文谷仁王尊円融寺を訪れる。

  円融寺への案内は、目黒駅からバスで碑文谷2丁目下車徒歩3分とあったが、下車したものの人ひとり歩いていない昼下がりの閑静な住宅地帯。たまたま路上で休憩中の道路工事の人から教えられる。

  円融寺は、今から約1150年前、平安時代の仁寿3(853)、慈覚大師が開いた天台宗、法服寺に始まり、鎌倉時代の康安6年には日蓮宗に改宗し、法華寺と改名、さらに元禄11(1698)、幕府からの弾圧で、再び天台宗に改宗、天保5(1834)には円融寺と名を改め現在に至っている有為転変の寺院。

  東門から進み、まず目についたのが、円融寺幼稚園のそばに立つ「真公稲荷」の赤鳥居。寺院の境内に神社があるのは、神仏習合の時代の名残。真公稲荷と検索したら、祀られているのは、なんと狐そのものだった。一般に稲荷神社の狐は、神そのものではなく、神の使いというが定説だが、ここでは、この辺りに棲みついていた白狐を稲荷として祀っていた。むかし、この辺りで奇病が流行したとき、稲荷神社を廃れたままにしていた祟りと恐れた門前の住民たちが、円融寺住職と相談し、神社を再興したところ、村から病が消えたという言い伝え。不幸、不遇、災難を神の祟りと恐れ、神社を建て敬うという話も神道信仰につきもの。ただ、「真公稲荷」の名前の由来は不明。
(下の写真:円融寺阿弥陀堂)

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阿弥陀堂は、円融寺のホームページによると、昭和50(1975)の建立で、平安朝阿弥陀堂様式に則って建設された鉄筋構造の堂々とした本堂。生憎、堂内は公開されておらず中を見ることはできなかったが、本堂内には、京都市伏見区日野にある日野法界寺内の国宝、阿弥陀如来を模して作られた如来像とその胎内に経典など貴重な品々が納められている。
(
下の写真 釈迦堂)

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本堂の前にある釈迦堂は、室町時代初期に建てられ、都内では東村山市の正福寺地蔵蔵堂に次ぐ古い建造物(東京23区内では最古の木造建築)で、昭和25(1950)に国の重要文化財に指定されている。屋根は本来、茅葺だったのを火災防上、昭和27(1952)に約500万円の費用をかけ銅葺きに改造した。
(下の写真:仁王門)
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  東門から入ったので逆のようだが、次に仁王門。仁王門は、中の黒仁王像が作られた永禄年間とほぼ同時期に作られたと推定されている。江戸時代に大改修が行われたため、足利時代の面影は残っておらず、また、茅葺屋根も平成7(1995)に銅葺きに改装されたが、それでも目黒区の文化財に指定されている。

  仁王門に安置されている木造の黒仁王像は、江戸後期には多くの庶民の信仰を集め、泊りがけで参詣する人、堂に籠って断食し祈願する信者もあったほど人々が訪れたと伝えられており、現在東京都指定文化財になっている。

  一つの寺院にこれだけ多くの文化財が集まっているところは、有意義な一日だった。


# bydankkochiku |2017-05-22 12:30 |徘徊老人紀行 |Comments(0)


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