「就職氷河期世代」 問題の本質とは何か?【近藤絢子】【筒井淳也】

いま勝手に変わってきている

 筒井 東京ではフルタイムで共働きしているのが標準的になりつつあって、大企業だとそれなりに子育てにサポーティブだったりする。ただ、関西にいると経済の調子がイマイチなこともあって、あまりそんな感じはしません。ここには地域差もあるのでしょうが、東京は共働きが前提になりつつある。

 そういう意味ではゆっくりと性別分業を脱して、共働き社会になりつつある。そこは大きな変化として指摘できるだろうと思います。

 近藤 氷河期世代を境にして変化したというより、バブル経済の崩壊がやはり大きかったのだと思います。その影響を被った最初の世代が氷河期世代なので、この世代がある年齢に到達すると、その年代に特有の問題が噴き出てくることになる。学校を卒業する際には就職難に見舞われ、30代のときは高齢フリーターの問題が出てくる。今は50代になって「老後がやばい」という話になっている。

 老後に関しては、そうなることは事前に予想が付いていたのに、何もせずに放置していた傾向は確かにある気がします。2000年代一桁のときから、「このままほっておくと低年金の人がたくさん出る」と指摘していた人はいましたが、ごく最近まで表立って問題になることはありませんでした。

 筒井 確かに放置されてきましたが、先ほどの話にもあったように、日本には有効な雇用政策がほとんどありませんよね。私自身は賛同していないし、最近ではあまり人気もありませんが、ジョブ型雇用──職務内容とスキル、経験を限定して従業員を採用する雇用形態──を普及させるべきという考え方も一部ではあります。厚労省は「骨太の方針」のなかで少子化対策として、「同一労働、同一賃金」と書いています。私はよく意味がわからなかったのですが、おそらくジョブ型雇用を想定していたのではないかと思います。20代でも50代でも男性でも女性でも、同じ仕事であれば大体同じ賃金を払う社会がいいのではないかと。ただ私自身は、若年者の失業率が激増することになるので、少子化対策としてはまったく支持していません。

 近藤 私も同じですね。それを言っている人たちはずいぶん前からいますが、最近は下火になっている気がします。国が大々的な雇用政策をやったことで状況が大きく動いたのは、ジェンダー平等をものすごく進展させた北欧くらいかもしれません。

 筒井 スウェーデンはコーポラティブ的に、政府が絡んで賃金協定をつくるなどの雇用政策を推し進めました。そうすると大企業が優位になって、中小企業が不利になり、結果として労働力がシフトするといったコンセプトでした。けれども、それが本当に実現したかどうかはよくわからないところがある。

 近藤 アメリカもそうですが、結局のところ大企業のような強いプレイヤーが「それでいいよ」と納得できる範囲でしか経済は変えられない。国がいろいろな施策をやっても、強い会社が望ましいと思う仕組みに落ち着いてしまう。どうしてもそうなるんですよね。無理やり変えようとしても、抜け道を探して無効化してしまう。

 筒井 せいぜいできるのは、公的雇用を拡充することですね。北欧は女性の労働力参加率が高いですが、女性就業の多くの部分が公的雇用で占められています。そこは割と動かしやすい。

 日本は女性の労働力参加に関しては、だいぶ不利な条件が揃っています。多くの企業が未だに業務内容や勤務地などを限定せずに、長期的に育成していくメンバーシップ型の雇用スタイルを取っています。転勤がついて回るので、女性が入り込みにくい。公務員を増やすアイデアも封じられているので、まず実現できない。

 ただ足枷だらけで有効な雇用政策を打てないと思われていた日本ですが、いま勝手に変わってきていますよね。

 近藤 そうなんです。勝手に変わるのですよね。企業も国に言われたからやっているのではなく、そうしないとビジネスがうまくいかないから変わろうとしている。結局、それが一番強いインセンティブになっている。

 

高齢者は若い人に仕事を譲るべきだった?

 筒井 今は大卒女性の供給がだいぶ増えてきたので、企業側としても能力採用をしたら女性の割合が増えていくことになります。

 近藤 女性に辞められると困るから、辞めずに済むように企業の側も自分たちで仕組みを変えていったわけですね。国が介入して効果があったと言えるのは、高齢者雇用だと思います。65歳までの継続雇用は、国が企業にお願いしているだけですが、今では65歳まで働くのが当たり前みたいな雰囲気になっています。ただ、これも潜在的なニーズがあったからこそうまくいったのだと思います。若い人を採用できずに困っていた企業が多かったところに、国の後押しで継続雇用が一気に進むことになった。

 筒井 ただ、「高齢者の雇用を延長するぐらいだったら若い人に仕事を譲るべきだ」という声もありますよね。

 近藤 私もそこをテーマに研究したことがありますが、60歳以上で再雇用した人と若年の正社員のあいだの代替関係はほとんどないことがわかりました。高齢の従業員が居座ることで、若い人たちの仕事が奪われるわけではない。強いて言うなら、パートの主婦であれば、いくらかは代替関係が成り立つかもしれません。

 筒井 80年代ぐらいのドイツでは「労働力を縮小する戦略」と言って、年金を給付してでも上の世代には抜けてもらうことを推し進めていました。

 近藤 アーリーリタイヤメントですね。

 筒井 ただ、あれは職務給──従業員の仕事内容や責任の度合いに応じて給与を決定する賃金制度──だから可能だったのかもしれません。日本だと代替しないということですね。

 近藤 代替しないですね。今は若年層の供給がどんどん減っているので、60歳以下の労働力人口が減った分を60歳から65歳までの人たちが埋めている感じです。仕事の総量が減らないのであれば、仕事の取り合いにはならなくて、むしろ人手が埋まらないところを高齢者が埋めてくれているのが実態だと思います。

 

氷河期世代は被害者意識が強い?

 編集部 氷河期世代以降、不安定な雇用が続いたことで苦境にいる人たちが増大したわけですが、そのことで社会が不安定になる懸念を感じています。

 近藤 氷河期と括られている世代の中には、社会的に成功している人たちも当然たくさんいます。その人たちは所得階層で言ったら客観的に見たら決して低くはないのですが、すごく被害者意識が強い人たちが一部にはいます。そうした人たちは国が増税することや、社会保険料を上げるといった負担が増えることに対して、極めて強い拒否を示す傾向があるのではないかと感じています。

 最近では、政党もそうした意見に耳を傾けるようになってしまっている。その声を意識し過ぎると、政府は必要な社会保障にますます手を出しにくくなってしまいます。取るのを増やせず、今もらっている人たちの給付も減らせないとなると、身動きが取れなくなる方向に進んでしまわないか懸念しています。

 声が大きい人たちは、本人が苦しいわけではないことが多いのですよね。客観的に見たら決して厳しい状況にあるわけでもないのに、自分たちは上の世代に比べて恵まれていないと強く感じていたりする。少なくともインターネットのなかには、こうした意識を強く持つ層が存在しています。実社会にどのぐらい影響が出ているのかわかりませんが、これから必要になる社会保障制度の改革に、強いブレーキを掛けるような動きに発展しかねないところがある。そこは少し怖いことだなと感じています。

 筒井 いま手取りを増やす改革を進めるべきだという議論が盛んになっていますが、近藤先生がご指摘された層には増税や社会保障の負担増を絶対に許容しない傾向がありますね。中には「日本は財政赤字でも大丈夫だ」といった主張を繰り返す人たちもいます。経済学的には諸説あるようですが。

 

救済するターゲットを誰にすべきなのか

 筒井 最後にこれからできる就職氷河期世代への支援策について考えたいと思います。

 近藤 まずは、救済するターゲットを誰にするのかをはっきりさせてから議論する必要があります。氷河期世代の平均年収が低いのは事実ですが、この世代全体をターゲットにするのは不可能な話です。

 ただ日々の暮らしが苦しい人、親の年金と合わせてどうにか生活が回っている人、そうした人たちがさらに困窮しないようにする対策は打たなければなりません。そこに対象を絞っていけば、国ができること、やらなければならないことはたくさんあります。セーフティネットを拡充することで、生活保護の手前にいる人たちを支援する発想は必要でしょう。

 そういう意味では今回、政府が示している対策案に住宅の供給という即効性のある提案が盛り込まれたところは評価しています。親が亡くなってしまうと、それまで一緒に住んでいた家を維持できなくなる世帯がこれから一定数出てきます。特に田舎の一軒家などは維持するのもたいへんだし、車がないと生活できません。そういう人たちに利便性の高い地方都市中心部の公営住宅に移ってもらうことは、進めたほうがいい。ただし財源が必要になることなので抵抗感を示す層もいるでしょうし、後ろ向きな対策の響きがあるので政治家もやりたくないかもしれません。

 筒井 社会投資という概念が成り立つ分野は、多くの人の納得を得られやすいところがありますよね。最近だと、就学前教育の効果はすごく大きいというエビデンスがあるので、ウケがよくて反対する人はあまりいない。一方で、高齢者向け住宅の提供のような投資に入らない社会保障には拒否感を示す人が出てきます。けれども、すでに高齢化していて50代でも不安定な仕事にしか就けていない人たちがいます。彼らを救済することは、投資の概念や枠組みを超える範疇にあります。

 就職氷河期世代への最初の支援策がリスキリングであったように、政策の優先順位としてはどうしても社会投資のほうに引き寄せられてしまいます。しかし、すでに歳を重ねていますから、キャリアを構築し直すのは難しいですよね。

 近藤 社会投資的な支援策が表に載っていたとしても、困窮者の実態に踏み込んだ社会保障もパッケージとして政策に盛り込まれていればいいのですけどね。実際は、踏み込むべきところにブレーキがかかっている気がします。

 筒井 政府は引きこもりの人たちに向けた対策のような話もしていますが、これは本当にコストがかかりますよね。彼らを社会に溶け込ませるのは、関わる人も人生をかけなければできないようなことです。その結果、社会的なリターンがあるのかと言えば、それもあまり見込めないでしょう。ただ、それでもやるべき課題としては存在している。まさに後ろ向きな事後対策なのだけど、どうやってそこに社会的合意をつくっていくべきなのか。繰り返しになりますが、そこはやはり統計を見て考えてもらうしかないのかなと思います。

 近藤 そうだと思います。その一方で、「親と同居していて生活が苦しい人」という言い方をすると、皆さん引きこもりの子どもとその親を想像しがちです。ただ実際は仕事をしていて社会との接点はあるのだけど、日々の仕事で精一杯で他のことをする余裕がなく、親の年金と合わせてなんとか生活している人たちがたくさんいます。自分たちから声を上げる余裕がないので外からはあまり見えてきませんが、そういう層こそをターゲットにすべきだと思います。

 筒井 行政のシステムは手を挙げてくれないと助けないところがあって、そうした声を拾い上げることを苦手にしています。今の行政はどこも人手不足だしコストもかかりますが、放っておくと後になってさらにコストが増しますから、どこかで手当しなければなりません。

 

人々の幸福度はそんなには変わっていない

 編集部 氷河期世代は幼少期から青年時代に、新しいイノベーションの登場と共に成長したところがあります。この世代が社会で活躍する機会が奪われていたことは、日本の経済成長にとって大きな損失だった気もしています。

 近藤 「日本は経済成長するべきだ」と思っている度合いには世代間ですごく差があると感じています。我々より上の世代の人たちは、どこかで日本経済が復活することを願っている印象があります。我々、就職氷河期世代はバブルの頃を何となく覚えている最後の世代なので、そのあたりの感覚は人によって分かれるところですよね。私などは、「高度成長期はもう来ない」と思っちゃうほうです。

 もっと下の世代だと成長の記憶がないので、「あの人たちは何をピリピリしているのだろう」みたいな反応を示すことが多い印象があります。それをもって「日本はもうダメだ」と悲観するより、もう少しできることを見たほうがいいのかなと思うんですけどね。

 筒井 統計数理研究所が行った日本人の国民性調査におもしろいデータがあります。ここでは人々の長期的な価値観の変化を追っているのですが、1995年くらいに転換点があって、それ以降は「日本の将来は暗くなる」と感じている人たちが増えていく傾向があります。

 他方で、人々の幸福度はそんなには変わっていなくて、氷河期世代の人たちが特に幸福度が低いわけでもありません。世代による全体的な幸福度や雰囲気はあったのだとしても、それとは別に各人が満足を見つけ出して暮らしているのが現実なのだとは思います。

(終)

 

 

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