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2025年11月20日 00:00
楽天グループは11月15日、テクノロジーイベント「Rakuten Technology Conference 2025」を開催した。このイベントは、国内外のテックリーダーやエンジニア、研究者が集まり、さまざまなセッションを通してテクノロジーの可能性を考えることを目的としている。17回目の開催となる今回のテーマは「AI-nization with U(あなたと共に創るAI化)」だ。
キーノートでは楽天の代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏が登壇し、AIに関する楽天の取り組みについてユーモアを交えながら語った。この記事では三木谷氏が語った内容を紹介する。
三木谷氏は冒頭、ビジネスやコミュニティにおけるAIの重要性を語った。AIによる変化が「第4次産業革命なのか、過去の産業革命よりもっと大きなものなのか」、どれほど大きな変革をもたらすかを真剣に考えることが重要だと指摘した。
次に楽天の創業時から現在までを振り返った。従業員6人、13店舗で「楽天市場」を始めた1997年はインターネットバブルでIT業界の景気が良かった時期だが、「インターネットで人は買い物などしない、インターネットビジネスは生き残れない」と言われていた。データ通信速度14.4kbpsと低速で、しかも間もなくバブルは弾けてしまった。
そんな状況でも三木谷氏は「インターネットが情報アクセスを民主化してくれる未来を確信していた」という。楽天は「新しいことに挑戦するクレイジーな企業」として知られ、ビジネスも「うまくいったり失敗したり」したが成長を続け、Eコマースや決済などすべてを合わせたグローバル取扱高(GTV)は44兆8000億円、収益は2.3兆円に達している。
現在の楽天の事業は多角化しているが、当時は「なぜ他のビジネスに参入するのか」と疑問視されたという。金融ビジネスに参入したら「金融ビジネスはインターネットにとって最悪なビジネスだ。評価が低くなるだろう」と言われ、プロ野球ビジネスに参入した2004年当時、日本のプロ野球界は決して良い状態ではなかった。「日本のプロ野球産業は崩壊するとまで言われた。でも大谷翔平に何が起こったかを見てください」と三木谷氏は語った。
楽天が行った「最も破壊的なこと」として三木谷氏が挙げたのは、社内公用語の英語化とモバイル事業への参入だ。
社内公用語の英語化に取り組み始めたのは2010年から。従業員のほとんどは日本人だった。決断の理由を三木谷氏は「人材を獲得するため、グローバルな競合他社と真に競争するため、そして国内外でビジネスを拡大するため」と説明している。
ただ「始めた当初はひどいもの」だったという。TOEICの平均スコアは500点を下回り「中学生レベル、もしかしたらそれより低いかもしれない」状態だった。「シニアの人たちは諦めて会社を辞めるだろう。これは会社を若返らせる良い方法だ(笑)」と感じたという。
しかし、驚いたことに「そのシニアたちが一生懸命努力して、TOEIC800点という目標をクリアした最初の層になった」。そして今では、誰もが英語でコミュニケーションをとることができる。「だからこそ世界中から多くの才能あるエンジニア、デザイナーを採用できるようになった」と振り返った。
現在、インドには4000人以上のエンジニアがいる。イスラエルやウクライナなどには通話・メッセージングアプリ「Rakuten Viber」、フランスにはECサイトの「Rakuten」、スペインでは「Rakuten TV」、カナダでは電子書籍「楽天Kobo」といった感じで世界各地にオフィスや開発拠点を構えている。
さらにデジタルマーケティング・広告サービスの「Rakuten Advertising」、動画配信サービス「Rakuten VIKI」を展開し、米国シリコンバレーにもオフィスがある。「楽天はグローバル企業の連合体」になっている。
モバイル事業については、周波数帯を割り当てられて2018年にMNOになり、2019年に楽天モバイルとしてサービスを開始する。モバイル事業の参入の理由を三木谷氏は「携帯電話の料金が高くなりすぎていたから」と説明する。
従来の料金では4人家族が生涯支払う携帯電話料金は4000万円にもなる。「これはコンシューマビジネスにとって良くない。観光産業、小売業、どんな産業にとっても良くない状態だった」と指摘する。
三木谷氏は「道路は無料であるべき」との考えを持っている。クラウド化やAIなどでさまざまな変化が起こっている中で、「ワイヤレスネットワークというデジタルの道は近代化されていなかった」のが許せなかったようだ。「モバイル通信は1Gから4Gまで進んだが、インターネットのように変革されることがなかった。専用の半導体、専用のハードウェアで作られ、非常に古いシステムだった」。
そこで「成功するかもしれないし失敗するかもしれないけれど、やってみよう」と、モバイル事業参入を決心したという。楽天モバイルはネットワーク全体を仮想化し、「信号伝送をビットに変換し、ハードウェアからソフトウェアへと移行」させた。
しかしまた誰もが「クレイジーなプロジェクトだ」とこれを疑問視した。「大手通信会社の友人たち、大手ネットワーク機器会社の友人たち、CEOたちが『ミッキー(三木谷氏の英語での愛称)、幸運を祈る。でも君は失敗するだろう。これはうまくいかない』と言った。でも成功した」。
三木谷氏は楽天モバイルを「エンドツーエンドで完全に仮想化された唯一のネットワーク、AIベースで運用されているネットワーク」と説明。だからこそ「ネットワーク品質を非常に高く、一貫性のあるものにでき、非常に手頃な価格で提供することができる」と語った。
そして今や楽天モバイルは、グループの他のビジネスの収益を引き上げるものにもなっている。楽天会員が楽天モバイルに加入すると、以前より楽天市場で50%以上多く買い物をし、楽天カードの利用が30%増えるという。
楽天モバイルは「携帯電話料金だけでなく、楽天エコシステムで収益を上げて」おり、楽天エコシステムにもたらす効果は大きく重要だと三木谷氏は語った。
そして今、「もっと重要なことが起こった。それがAI」だと三木谷氏。楽天の会員基盤、楽天が持つ多彩なデータやポイントを活用して、ユーザー体験をパーソナライズすることを可能にするのが「Rakuten AI」だと述べた。
多くの企業がさまざまなAIを開発しているが、三木谷氏は「企業にとって重要なのはAIを効果的に活用すること」だとし、米国のカンファレンスで示された予測を紹介した。
それによると、成長している企業では、従業員一人当たりの収益が2030年までに倍増し、企業も収益性が著しく上がる。米国ホワイトハウスもその理論に基づいて投資をしており、「大規模なデータセンターを作って、その運用に必要な電力を賄うために原子力発電所を購入している」。
楽天においては、2024年に「トリプル20プロジェクト」を打ち出した。AIを使って、マーケティング効率、オペレーション効率、クライアント効率をそれぞれ20%上げることを目標にしているが、三木谷氏は「トリプル20では十分ではないかもしれない」と語っていた。そこで重要になるのは、データ、実行、AI人材の雇用だという。
楽天はデータの所有という点で非常にユニークだという。他社が基本的に公になっているデータや検索データを使ってAIを開発しているところ、楽天は「取引データ、行動データを持っている」。
グローバルでは20億以上の会員、日本では1億以上で、日本人のほとんどが楽天IDを持っていることになる。日本の月間アクティブユーザーは4500万人で、楽天カードや楽天銀行を使ったり楽天市場で買い物をしたりする。「日本の成人の半分が、月に1度、楽天を利用していることになる」。
楽天グループには70以上のサービスがあり、楽天カードや楽天ペイ、楽天Edyを使った購買データ、検索ログがある。それに加えてアプリや楽天モバイルの位置情報データもある。それらの情報を使いつつ、独自のLLM(大規模言語モデル)と外部のLLMを組み合わせて「賢いRakuten AI」にしているという。
「実行」の例として、楽天グループ内でRakuten AIを使っているユースケースを紹介した。1つは楽天ペット保険。AIを活用して、28%のコスト削減を実現し、支払い処理時間を大幅に短縮したという。
楽天証券では、米国と日本の8500銘柄をAIによって分析・評価している。三木谷氏は「昨日、なぜ楽天の株価が下がったのかは分からない。AIに聞いてみるべきかもしれない」とジョークを交えて紹介した。
楽天市場にもAIが導入され、ユーザーはエージェントに質問して回答を得ることができる。三木谷氏は自身の使い方を紹介した。「Rakuten Technology Conferenceがあるんだけど、何を着ていけばいい? スーツとネクタイにするべきか、それともスタッフと同じ黒いTシャツにするべきか?」と聞いたところ、AIは「あなたはスーツを着るべきです」と回答したという。三木谷氏は当日、スーツにネクタイ姿だった。
楽天トラベルでもトラベルエージェントの役割を果たすAIを導入している。
楽天モバイルでは、AIによってRANを管理・制御する「RAN Intelligent Controller(RIC)」導入。これによってネットワーク消費電力を20%削減した。
11月11日に発表されたHPとの提携についても紹介した。Rakuten AIのデスクトップ版が、HPが日本全国で販売するパソコンに導入される。オンデバイスAIにより、オフラインでもオンラインでも利用できる。こちらは2026年から、HPの個人、法人向けのパソコンにプリバンドルされた状態で販売される。
3つ目のポイント、AI人材の採用について紹介した。楽天では各事業部門に「Chief AI Officer(最高AI責任者)」を配置しており、「楽天グループ内には非常に多くのAI責任者がいる」という。
楽天従業員の98.9%が、ほぼ毎日AIを使い、2万以上のAIテンプレートを作成。使われたトークンの量は、昨年からほぼ17倍に増えたという。
AIの利用はソフトウェアエンジニアリングやコーディングのためだけではない。どの仕事でAIを使っているか尋ねたところ、ナレッジ管理、検索、計画、翻訳、Q&Aなどにも使われていた。
しかし、社員に使ってもらうことに苦戦している企業が多いのも事実だ。三木谷氏は「AIを使えなければ、生き残るのが非常に困難になることを、従業員に納得してもらうことが重要」と語った。
楽天では、グループ内でAIの活用を促進するイベントを開催しているという。先日はAIエージェント作成コンテストを行い、優秀な作品には賞品を贈った。「参加した社員は楽しんでいて、AIエージェントを作るのがどれほど簡単かを経験した」と三木谷氏は成果に満足しているようだった。
最後に三木谷氏は以下のように語った。来場者に楽天モバイルへの乗り換えも要望することも忘れなかった。
「AIを使うことが非常に簡単になり、親しみやすくなっている。美術の成績が10点満点中2点だった私でも(笑)、上手にデザインできるのはAIのおかげ。AIをもっと親しみやすくしなければならない。雇用環境が悪化しているアメリカの会社とは違って、我々は雇用を維持し、成長し続けることができる。それにはポジティブなビジョンが非常に重要だ」。