ここでは、文書偽造の罪について、有印公文書偽造罪、無印公文書偽造罪、虚偽公文書作成罪、偽造公文書行使罪、私文書偽造罪などにつき扱います。この講座は、刑法 (各論)の学科の一部です。
前回の講座は公共の危険に対する罪、次回の講座は取引等の安全に対する罪です。
刑法では、文書に対する信用を保護し、社会生活における取引の安全を図るため、文書偽造の罪として、客体を公文書とするものとして、証書偽造・変造罪(154条)、公文書偽造・変造罪(155条)、虚偽公文書作成等罪(156条)、公正証書原本等不実記載等罪(157条)、偽造公文書・虚偽公文書行使等罪(158条)、が定められており、また客体を私文書とするものとして、私文書偽造等罪(159条)、虚偽診断書等作成罪(160条)、偽造私文書・虚偽診断書等行使罪(161条)が定められています。
公文書とは、公務員または公務所の作成すべき文書を言い、公務員または公務所が権限に基づいて自らを文書の名義人として作成する文書のことです。
これに対し私文書とは、私人または私的団体が自らの名義で作成すべき文書であり、これは、権利・義務に関する文書と、事実証明に関する文書とに区別されると考えられます。
文書偽造の罪の保護法益は、文書に対する(関係者あるいは公衆の)信用です。またこの信用には、文書の成立(作成)についての信用が害される場合、例えば他人によって自分名義の領収書が勝手に作成される場合などと、文書の内容についての信用が害される場合、例えば自ら架空の領収書を作成する場合などがあります。文書の信用は、まず文書について責任をとるものは誰かという、前者の責任主体の点にあり、次に、その内容が真実かどうかという点にあると考えられます。そして、刑法上保護される範囲は、公文書と私文書とで異なっています(これについては後により詳しく扱います)。
文書偽造の客体となる文書は、文字その他の可視的・可読的方法を用い、ある程度持続すべき状態において、特定人の意思または観念を物体上に表示したものをいいます。この文書には、点字や図画なども含まれます。特定人の間においてのみ了解可能な符号で書かれたものは、文書とはならないとする見解もありますが、このような制限については理由がないとの見解も主張されています。
原本性に関して、写真コピーが文書に該当するか否かにつき、問題とされています。
判例(最判昭和51年4月30日刑集30巻3号453頁)は、証明文書として原本と同様の社会的機能と信用性とを有すると認められる写真コピーは、原本の写しであっても公文書偽造罪の客体となると判示しました。写真コピーは、原本と同一の意思内容を保有する原本作成名義人名義の公文書と解すべきであり、またコピーに複写されている印象、署名も原本作成名義人の印象・署名と見るべきであるとして、写真コピーを有効な原本の写しとして作成した場合にも有印公文書偽造罪が成立するとしたのです。
これに対して学説上は、肯定説・否定説の両説が主張されており、また肯定説はその内容も分かれています。
偽造に関する概念には、以下のものがあります。
また、以下のように有形偽造・無形偽造との用語も用いられ、文書の成立(名義人)を偽られた文書を偽造文書、作成権限のある者によって作成された内容虚偽の文書を虚偽文書と言い、区別されています。
そして、公文書と私文書については、その処罰の範囲が異なっています。公文書については、文書の成立(つまり名義人が正しいということ)についての信用(例えば、東京都が作成したと書かれている文書については、真実、東京都が作成したということ)だけでなく、文書の内容についての信用(例えば、東京都が虚偽の内容の文書を作成することはないということ)も保護する必要があると考えられ、偽造文書の作成も虚偽文書の作成も共に刑法上処罰されることとなっています。これに対して、私文書については、文書の成立についての信用(○○会社が作成したと書かれている文書については、真実、○○会社が作成したということ)は保護する必要があるのに対して、文書の内容についての信用(例えば、その名義人である○○会社が虚偽の内容の文書を作成することはないということ)については、その文書の責任をとることとなる主体について虚偽がない以上、刑罰によって作成者を処罰し、その信用を保護する必要まではないと考えられ、刑法上一部の例外を除いて不可罰となっているのです。
これに関して、形式主義・実質主義との用語も使用されます。
また、偽造や変造は、その手段を問わず、間接正犯もありえます。ただし、手段を問わないといっても、偽造や変造と言えるためには一般人から見て真正文書・真正な内容の文書と誤信させるに足りる程度の形式・外観を備えている必要はあります。
なお、文書全体の効用を害する場合には、文書毀棄となります。
文書の作成者をどう捉えるかについては、以下の見解が主張されます。なお、作成者とは、作成名義人とは区別されるものです。
自ら自己名義の文書を作成する場合には問題はないのですが、例えば社長が秘書に(社長名義の)文書を作成させるような場合には、事実説のように捉えると、作成者(秘書)と作成名義人(社長)とが異なり、文書偽造となってしまうため問題となり、他の見解が主張されています。また意思説に対しては、一般に権限濫用の場合には文書偽造は否定されているのですが、意思説ではこれと整合しないとの批判がなされます。
偽造と変造の区別については、非本質的部分の変更であれば変造とされ、本質的部分まで変更する場合には偽造となります。その区別は必ずしも明確ではありませんが、文書としての同一性を有するかどうかにより判断すべきものとされています。
判例では、既存の借用証書の金額欄に別個の金額を記入すること(大判明治44年11月9日刑録17輯1843頁)、あるいは、有効債権証書中の一字を改めて内容を変更すること(大判明治45年2月29日刑録18輯231頁)が変造とされたのに対し、外国人登録証明書貼付の写真を剥がして別人の写真を貼付けること(最決昭和31年3月6日刑集10巻3号282頁)、自動車運転免許証につき写真の貼りかえとともに生年月日を改竄すること(最決昭和35年1月12日刑集14巻1号9頁)について、偽造とされました。
文書偽造の罪においては、偽造公文書行使等罪、偽造私文書行使等罪が定められており、また公文書偽造等の罪及び私文書偽造等の罪においては、偽造等の目的として、行使の目的が必要とされています。
ここで、行使とは偽造・変造又は虚偽作成にかかる文書を、真正文書もしくは内容の真実な文書として他人に認識させ、または認識し得る状態に置くことをいうものと解されます。文書の本来の用法に従って使用することは必要ではありません。
行使の方法には制限はなく、閲覧可能な状態に置くことも行使とされます。また間接正犯によってもなし得ます。もっとも、ただ携帯しているというだけでは行使とはなりません(最判昭和36年5月23日刑集15巻5号812頁)。
行使の相手方については、まず、すでに偽造又は虚偽内容の文書である点につき事情を知るものは除外されます。それ以外の事情を知らないものであれば誰に対してでもよいかについては、見解が分かれています。
行使の目的は、他人をして偽造文書・虚偽文書を真正・真実な文書と誤信させようとする目的をいいます。本来の用法に従って使用する目的でなくとも、何人かによって真正・真実な文書として誤信される危険があることを意識している以上、行使の目的があるものと解されます。また、未必的認識で足り、現に行使されたかどうかは問いません。
詔書偽造等罪(154条)は、公文書のうち特に天皇名義の文書の偽造(154条1項)及び変造(154条2項)を処罰するものです。
公文書偽造等罪(155条)は、文書のうち公文書を客体とする罪であり、公文書は私文書と比較して証拠力は強く、公衆の信用度も高く、偽造による被害の程度も大きいことから、私文書偽造等罪より重い刑罰が定められています。
本罪の客体は公文書です。職務上の文書と言えないような私的な挨拶状、連絡文書などは含まれませんが、公務員または公務所が作るべき文書・図画であれば足り、公法上の関係で作成されたものであると、私法上の関係で作成されたものであるとを問いません。また、例え公務員の職務権限外の文書であっても、一般人から見て公務所または公務員の職務権限内において作成されたものと信じさせるに足りるものであれば、公文書に当たるとされています(最判昭和28年2月20日刑集7巻2号426頁)。
有印公文書偽造等罪(155条1項、2項)と、無印公文書偽造等罪(155条3項)があります。
有印公文書偽造等罪は、行使の目的をもって、公務所・公務員の印章・署名を使用して、公文書・公図画を偽造・変造すること、または、偽造した公務所・公務員の印章・署名を使用して、公文書・公図画を偽造・変造することで成立します。
印章とは、公務所・公務員の人格を標章するために物体上に顕出された文字・符号の影蹟、すなわち印影をいいます。必ずしも公務員であることを表示するものであることは必要でなく、当該公務員が公務上の印として使用するものであれば、私印、公印、職印、認印のいずれでもかまいません。
一方、署名については以下の見解が主張されます。
無印公文書偽造等罪は、有印公文書偽造等罪以外の公文書の偽造・変造を処罰するものです。
本罪は、公文書の無形偽造・変造を処罰するものであり、職務上文書を作成する権限を有する公務員が、その文書に虚偽の記載をすることを内容とする犯罪です。公文書の社会的信用性に着目し、このような行為も私文書とは異なって一般的に処罰するものと定められています。
本罪の主体は、文書の作成権限を有する公務員です。すなわち本罪は、真正身分犯です。
当事者の届出・申告などにより記載される文書については、当該公務員がその届出事項を虚偽であると知った場合に、その虚偽の届出に基づいて文書を作成した場合、本罪が成立するかが問題となります。実質的審査権(届出内容の真偽について審査する権限)を有する場合には、届出内容が虚偽であることを理由に文書作成を拒絶することができ、にもかかわらず虚偽内容の文書を作成した以上、当然に本罪が成立します。しかし、形式的審査権(届出の形式が整っているかどうかを審査する権限)があるにすぎないときについては、見解が分かれています。
この場合には、本罪の成立を否定する見解が通説となっていますが、明白に虚偽であることを知っているときは、本罪の構成要件に該当すると言う見解も主張されます。
本罪の間接正犯の成否について、見解が分かれています。
私人による本罪の間接正犯を認める見解に対しては、私人について公務員を主体とする虚偽公文書作成罪の成立を肯定するのは法文上無理があると批判されています。
判例は、かつては間接正犯の成立を肯定していました(大判昭和11年2月14日刑集15巻113号)が、戦後、否定説に転じました(最判昭和27年12月25日刑集6巻12号1387頁)。もっとも、作成権限者たる公務員の職務を補佐して公文書の起案を担当する職員については、その地位を利用し行使の目的をもってその職務上起案を担当する文書につき内容虚偽のものを起案し、これを情を知らない上司に提出し上司をして右起案文書の内容を真実なものと誤信して署名若しくは記名、捺印せしめ、もって内容虚偽の公文書を作らせた場合のごときも、なお虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立あるものと解すべきである、とした判例(最判昭和32年10月4日刑集11巻10号2464頁)があり、一部肯定説の立場と考えられます。
公務所において文書が作成される場合、様々な形での関与者が存在しており、公務員も以下のように分けて考えられます。
ここで、(1)や(2)の者が権限を濫用して公文書を作成した場合は、文書作成の権限がある以上、内容虚偽の公文書を作成したとして虚偽公文書作成罪となるにとどまり、一方、(4)や(5)の者が文書を作成した場合には、文書の作成権限がない以上、公文書偽造罪となることについては、見解は一致しています。
これに対して、(3)の準代決者については問題となり、かつての判例(大判大正5年12月16日刑録22輯1905頁など)は、(3)以下の補助公務員については一律に、公文書偽造罪の成立を肯定していました。
しかし、その後の判例(最判昭和51年5月6日刑集30巻4号591頁)では、市長の代決者である市民課長の補助者として、印鑑証明書を作成する事務を行っていた市民課係長が、申請書の提出・手数料の納付のないまま印鑑証明書を作成したという事案につき、公文書の作成権限は作成名義人の決裁を待たずに自らの判断で公文書を作成することが一般的に許されている代決者ばかりでなく、一定の手続きを経由するなどの特定の条件のもとにおいて公文書を作成することが許されている補助者も、その内容の正確性を確保するなど、その者への授権を基礎づける一定の基本的な条件に従う限度においてこれを有しているとし、市民課長の決裁は翌日なされる事後決裁であることから、補助者の立場で一定の条件のもとにおいて印鑑証明書を作成する権限を有していたとして、公文書偽造の成立を否定しています。
この判例に対しては、これを支持して、決裁なしに公文書の作成が許されているという意味において作成権限が肯定できるとする見解が主張される一方、作成権限があるとする以上、内容の正確性を確保するなどの条件に従う限度において、などというような限定を付することには疑問があるとの指摘もなされています。
公正証書原本不実記載等罪は、重要な証明力を有する公文書であって、私人の申告に基づいて作成されるべき公文書につき、虚偽公文書作成罪(156条)の間接正犯のうち特殊な場合を独立に罪として規定したものです。また電磁的記録については、公電磁的記録不正作出罪(161条の2第2項)の間接正犯的な場合を処罰するものです。
虚偽の申し立てという行為態様の誘惑的要素に基づき、責任の減少を考慮して法定刑を軽減したものと考えられます。これに対し、公務員による審査がなされることを根拠とする見解も主張されています。
公正証書とは、通常の意味よりも広く、公務員がその職務上作成する文書で、権利・義務の得喪・変更に関する事実を公的に証明する効力を有する文書をいいます。財産上のものだけではなく身分上のものも含まれます。住民票についても、それ自体は権利義務の得喪・変更を証明することを直接の目的とするものではないが、公職選挙法・学校教育法などの規定にある住民であることに基づく権利・義務発生の前提事実を証明する手段であるから、公証的性格を持つ文書と解されています(最決昭和48年3月15日刑集27巻2号115頁)。
これに対して、自動車運転免許台帳や各種課税台帳などは、権利・義務の特捜・変更などの事実を証明するものではなく、公正証書ではありません。
不実の記載とは、存在しない事実を存在するものとし、あるいは存在する事実を存在しないものとして記載することをいいます。不実は、記載事項の重要な点に関するものでなければなりません。また、その事項の内容が不実である場合だけでなく、申告人の名義を冒用するなど、申告に関して真実でない場合も含まれます。
本罪の既遂時期は、公務員が公正証書の原本または原本たるべき電磁的記録に不実の記載をなし、または記録をしたときです。
本罪は、公務員に対し虚偽の申し立てをして、免状、鑑札または旅券に不実の記載をさせる罪です(157条2項)。
免状とは、特定人に対して一定の行為をする権利を付与するために発行する公務所または公務員の証明書のことであり、医師免許証、運転免許証などがこれにあたります。
私文書偽造等罪は、詔書・公文書以外の文書の偽造行為を内容とする犯罪です。刑法は私文書については、虚偽診断書作成罪(160条)を除き無形偽造を処罰していません。私文書の内容虚偽については、公衆の信用性を害することが少ないという理由からと考えられます。
本罪の客体は、他人の権利、義務もしくは事実証明に関する文書もしくは図画に限られます。また、他人とは、日本の公務所または公務員でないものであって、自己以外のものを意味します。そのため外国の公務員等の作成すべき文書も私文書です(最判昭和24年4月14日刑集3巻4号541頁)。
事実証明に関する文書とは、判例(大判大正9年12月24日刑録26輯938頁、最決平成6年11月29日刑集48巻7号453頁)では社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書であるしています。もっとも、これでは広範に過ぎるとして、法的にも意義のある、社会生活上の重要な利害関係のある事実を証明しうる文書、あるいは、より限定して法律上の問題となり得べき事実の証明に役立つ文書に限るべきとの見解も主張されています。
肩書きを偽ったにすぎないときは、基本的に無形偽造であるとされます。もっとも、肩書きの冒用が他人への成りすましとなるものである場合には、有形偽造が認められる場合もあり、判例(最決平成5年10月5日刑集47巻8号7頁)は、同姓同名の弁護士が実在することを利用して、自己が弁護士であるかのように偽って弁護士の肩書を付した場合について、私文書偽造・同行使罪の成立を認めています。
代理名義の冒用の場合については、有形偽造を認めるのが通説です。もっとも名義をどのように捉えるかについては見解が分かれており、文書の名義人は本人であると捉えるのが多数と言えますが、代理人であるとの表示は代理資格の表示と一体となって一つの作成名義をなしている(つまり、実在しない「Aの代理人であるB」というのが名義人であり、この文書をBが作成したため、「Aの代理人であるB」とBとは同一人格ではないことから有形偽造である)、と捉える見解も主張されます。
判例(大判明治42年6月10日刑録15輯738頁、最決昭和45年9月4日刑集24巻10号1319頁)は、文書内容に基づく効果が本人に帰属する形式を備えているから、作成名義人は代理・代表された本人であるとしています。
また、代理権の濫用の場合については、かつて判例は私文書偽造罪に当たるとしていましたが、その後文書偽造罪にはならないとしており(大連判大正11年10月20日刑集1巻558頁)、通説もこの立場を支持しています。もっとも、権限濫用と権限逸脱の区別については、必ずしも明白なものではありません。これに関連する判例としては、2人の共同代表取締役の一方の者が、勝手に、共同代表の形で会社名義の文書を作成した事案について、単独で会社を代表する権限はないとして、有形偽造の成立を肯定したもの(最決昭和42年11月28日刑集21巻9号1277頁)などがあります。
名義人からその名義の使用につき事前に承諾を得ていた場合、他人名義の冒用は認められず、文書偽造には当たらないこととなります。
しかし常にこれが妥当するかは問題となり、これに関して判例(最決昭和56年4月8日刑集35巻3号57頁)は、無免許運転中に交通法規違反で捕まった者が、事前に免許を持つ友人の承諾を得ていたことから、交通事件原票に友人名義を記載したという事案につき、その文書の性質上、作成名義人以外の者がこれを作成することは法令上許されないのであって、右供述書を他人の名義で作成した場合は、予めその他人の承諾を得ていたとしても私文書偽造罪が成立する、としています。このような場合につき、学説では以下の見解が主張されます。
また同様の問題として、いわゆる替え玉受験が問題となりますが、判例(最決平成6年11月29日刑集48巻7号453頁)は、私大の大学入試試験について、試験の答案は試験問題に対して志願者が正解と判断した内容を所定の用紙の解答欄に記載する文書であり、それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないが、それが採点されて、その結果が志願者の学力を示す資料となり、これを基に合否の判定が行われ、合格の判定を受けた志願者が入学を許可されるのであるから、志願者の学力の証明に関するものであって、社会生活に交渉を有する事項を証明する文書に当たるとして、試験答案の文書性を肯定しており、私文書偽造罪の成立が認められるとの原判断を正当なものと判示しています。
文書を戸籍上の本名以外の名義で作成したからといって、直ちに私文書偽造罪となるわけではありません。文書の偽造は、作成名義人と作成者の人格の同一性に齟齬が生じたか否かが問題とされるためです。
もっとも、通称名を使用して文書を作成した場合に私文書偽造の成立を認めた判例(最決昭和56年12月22日刑集35巻9号953頁、交通事件原票供述書について。最判昭和59年2月17日刑集38巻3号336頁、再入国許可申請書について。)もあります。通称名が、現実の作成者を特定する名称として、当該文書の関係領域において通用しているのであれば、私文書偽造罪の成立を否定し得る、などと解されています。
電磁的記録不正作出罪、同供用罪は(161条の2)は昭和62年の改正の際に新設されたものであり、私電磁的記録不正作出罪(161条の2第1項)及び公電磁的記録不正作出罪(161条の2第2項)が定められています。また、同時にその供用罪(161条の2第3項)も定められています。
ここでいう事務とは、財産上・身分上・その他人の生活に影響を及ぼしうる一切の仕事を言い、業務であるか否か、法律的なものであるか否かなどを問いません。
(参照w:文書偽造罪)