TJP | |
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プロフィール | |
リングネーム | TJP TJパーキンス ピノイボーイ コブラII ピューマ マニック スーサイド アスワンTJP |
本名 | セオドア・ジェームズ・パーキンス |
ニックネーム | 人類の敵 PUBLIC ENEMY ヤングパンクロック Fil-Am Flash THE ASWANG |
身長 | 178cm |
体重 | 79kg |
誕生日 | (1984-09-03)1984年9月3日(40歳) |
出身地 | アメリカ・カリフォルニア州 |
所属 | 新日本プロレス |
スポーツ歴 | 総合格闘技 |
トレーナー | アントニオ猪木 サモア・ジョー クリストファー・ダニエルズ ネグロ・カサス |
デビュー | 1998年8月 |
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TJPのリングネームで知られるセオドア・ジェームズ・パーキンス(Theodore James Perkins、1984年9月3日 - )は、アメリカ合衆国の男性プロレスラー。カリフォルニア州出身。新日本プロレスLA道場出身。新日本プロレスで活動。かつてはTJパーキンスというリングネームを用いていた。
地元カリフォルニア州ロサンゼルスで13歳の時にルチャリブレスクールで学び、1998年8月に14歳でプロデビュー。当初の名前はピノイ・ボーイ。年齢を考慮し、マスクで素顔を隠して参戦した。週末に遠征に出かけていたので、金曜日に学校を休むことが多かった。最初の2年間は地元カリフォルニア、ネバダ州、アリゾナ州、メキシコで活動していた。
16歳になるとWWEと育成契約を結んでいたUPWに入る。同じクラスにジョン・シナやビクトリアがいた。UPWとWWEとの育成契約が終了すると協力関係にあったZERO1に所属、その後新日本プロレスLA道場でトレーニングを開始。リッキー・レジェス、ロッキー・ロメロ、ブライアン・ダニエルソン、プリンス・デヴィットらと研鑽をつむ。サモア・ジョーが練習相手だった。"ピノイ・ボーイ"TJパーキンスとして後楽園ホールに外国人レスラーとしては最年少18歳と3週間でデビュー。後年、この時代を最もグローイング・アップした場所と語っている[1]。3度ツアーに参加し、タイガーマスクを模したピューマのマスクを被り、タイガー・マスクとチームも組んだ。この時のキャラクターが初代タイガーマスクから影響があったこともあり、自らをアメリカ版タイガーマスクにしたいという思いを抱いた。
2004年にヤングライオン杯出場[2]。2011年にTJPとしてBEST OF THE SUPER Jr.に初出場した[3]。
2003年にロッキー・ロメロらと共にCMLLに1年間参戦した。
"ピノイ・ボーイ"TJパーキンスとしてPWGに参戦。リングネームをピューマに変え、サモア・ジョーとPWG世界タッグ王座トーナメントに挑む敗退。その後シングル路線でリッキー・レジェス、ブラッド・ブラッドリーらと戦った。2005年7月にリングネームをTJパーキンスに改めデイビー・リチャーズやゾディアックと抗争した。その後、アレックス・シェリーとタッグも組んだ。2009年の頭にオースチン・エリーズ、Bボーイに負けたのを機に参戦を一時期止める。2011年9月に18ヶ月ぶりに参戦し、エディ・エドワーズに敗れた。2012年にBattle of Los Angeles、2012大会においてジョーイ・ライアンを破るもサミ・キャラハンに負ける。
2003年12月にROHに参戦。ホミサイドやジェイミー・ギブソンと抗争。2005年にはジミー・レイブとタッグを組み、リッキー・レジェスと戦っている。2007年には本名で参戦し、ナイジェル・マッギネスと戦うも敗戦。彼のROHでの初勝利はカイル・オライリーからであった。2011年3月にはクリス・ヒーローとエル・ジェネリコと対戦するも敗戦。6月に正式契約。ジェイ・ブリスコ、ジェイ・リーサル、マイケル・ベネットと対戦するも敗戦が続いた。マイケル・エルガンとFinal Battle 2011で対戦するも敗戦。2012年にリリース。
2004年に初参戦。TNA・エクスプロージョンにジョバーとして出ていた。いくつかのPPVに出場するもバトルロワイヤル形式でほとんど活躍出来なかった。2011年にダークマッチに出場。2012年にTNA・インパクトレスリングにてシャノン・ムーア、ジェネリコに敗退。2013年のインパクトレスリングのダークマッチにてマイケル・パリスと戦った。この年にOne Night Only: X-Travaganzaにてクリスチャン・ヨークと対戦。
マスクマンのスーサイドとして(実際のスーサイドの代わり)インパクトレスリングに出場。その後同じくマスクマンのマニックとして以後出場。クリス・セイビンの返上したTNA Xディヴィジョン王座をグレッグ・マラシウロと争い獲得。Lockdown(2014)にてティグレ・ウノとケージマッチで対戦し敗れる。マスクを脱いだ後も2016年の頭まで所属した。
2010年にDRAGON GATE USA、エボルブに出場。エボルブでは澤宗紀と対戦し、敗れている。wXwではザック・セイバーJr.と対戦した。
2009年にFCWを目指すもうまくいかず、一時期ホームレスになったこともあった。2016年、WWEクルーザー級クラシックに参加を発表[4]。
2016年9月14日 WWEクルーザー級クラシックトーナメントに優勝し、復活したWWE・クルーザー級王座のチャンピオンに認定される[5]。
2017年4月にリングネームをTJPに変更。
2019年2月22日、WWEとの契約解除が発表される[6]。
2019年7月7日、インパクト・レスリングのPPV「Slammiversary XVII」に出場。
2019年8月にアメリカで開催された新日本プロレス主催の「SUPER J-CUP 2019」に出場[3]。1回戦ではクラーク・コナーズを破るも、2回戦でエル・ファンタズモに敗れる。
2021年9月26日、米国リングでUNITED EMPIREに加入。その後CMLLに約18年ぶりに参戦[7]。11月にはボラドール・ジュニアの持つNWA世界ヒストリックウェルター級王座に挑戦するも敗北[8]。
2022年6月20日、後楽園ホール大会にてフランシスコ・アキラとのタッグで田口隆祐&マスター・ワト組からIWGPジュニアタッグ王座を奪取した。
2023年、新日本プロレス主催の「SUPER Jr. TAG LEAGUE」にフランシスコ・アキラとのタッグで出場。勝ち点12で優勝決定戦へ進出し、11月4日の大阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)大会ではSHO&金丸義信組に勝利し優勝を飾った。
選手 |
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関連項目 |
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