| 鹿部飛行場 Shikabe airport | |||||||||
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鹿部飛行場 | |||||||||
| IATA: N/A -ICAO: N/A | |||||||||
| 概要 | |||||||||
| 国・地域 | |||||||||
| 所在地 | 北海道茅部郡鹿部町字本別450-1 | ||||||||
| 種類 | 非公共用 | ||||||||
| 運営者 | 朝日航空 | ||||||||
| 運用時間 | 9:00 - 17:00 | ||||||||
| 開設 | 1967年(昭和42年)11月3日 (初飛行) 1969年(昭和44年)6月1日 (運輸省認可供用開始日) | ||||||||
| 開港 | 1992年(平成4年)9月12日[1] | ||||||||
| 標高 | 19.2m | ||||||||
| 座標 | 北緯42度02分41秒東経140度47分35秒 / 北緯42.04472度 東経140.79306度 /42.04472; 140.79306座標:北緯42度02分41秒東経140度47分35秒 / 北緯42.04472度 東経140.79306度 /42.04472; 140.79306 | ||||||||
| 公式サイト | www | ||||||||
| 地図 | |||||||||
鹿部飛行場の位置![]() | |||||||||
| 滑走路 | |||||||||
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鹿部飛行場(しかべひこうじょう)は、北海道茅部郡鹿部町に所在する非公共用飛行場である。
1967年(昭和42年)11月3日、民間出資の鹿部飛行場(滑走路長940m幅60m未舗装)として開設。日本航空事業(株)所有機による初飛行が行われた[2]。その後、舗装工事が行われるが所有者が転々とし、1985年に鹿部町が設備を買い取り町有財産となるが、「飛行場跡地」と表現できるくらい施設が荒廃した[3]。
1990年(平成2年)に駒ヶ岳リゾート開発を背景に、トヨタ自動車株式会社が当飛行場を買収。再整備の上、1992年9月に民間飛行場として再開業した[1]。運営会社は2011年9月までトヨタ自動車と日本航空が出資するエアフライトジャパンが行っていたが、同社が大阪府八尾市八尾空港を拠点とする朝日航空に事業統合されたことにより、鹿部飛行場の管理運営も同社に引継がれている。運航・休憩・給油・整備施設が完備されており、非公共用飛行場としては日本最大規模である。
定期航空路はないが、軽航空機、ヘリコプター(ドクターヘリを含む[4])、グライダーの滑走路として広く利用されている。航空利用以外にも、ラジコン大会、車両展示会、体験試乗会、北海道警察の白バイ訓練[5]や交通安全教室にも利用されている。
1995年7月29日および30日にプレーンズ・オブ・フェイム航空博物館の所有する零式艦上戦闘機52型およびP-51Dが飛来、展示飛行を実施した。
2012年から宇宙航空研究開発機構(JAXA)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で開発しているUAVである放射線モニタリング無人機システムの飛行試験が2013年3月7日に実施された[6]。
1999年3月4日14時10分頃、エアフライトジャパン所属のパイパー PA-28(機体記号JA4192、1990年製造)が試験飛行中にエンジン不調となり、内浦湾入口付近の海面に不時着した。付近を飛行中の僚機および海上保安庁室蘭海上保安部などによって捜索活動が行われたが、機長および同乗者2名は、3月5日に2名、3月8日に1名が遺体で発見された。それぞれライフジャケットを装着した状態で漂流しており、死因は低体温症による溺死であった。機体は4月17日に海底に沈んでいるのが発見され、21日に揚収された。
事故原因は、データ収集のために燃料系統に追加された計測機器用の配管の破断によってエンジンに燃料が供給されなくなったためであった。この配管は適切な技術的検討がなされないまま追加されており、振動などによって疲労破壊した。また、航空法に定められた改造の際に必要な許可の手続きが取られていなかった[7]。