| 高木 彬光 (たかぎ あきみつ) | |
|---|---|
| 誕生 | 1920年9月25日 青森県青森市 |
| 死没 | (1995-09-09)1995年9月9日(74歳没) |
| 職業 | 小説家 |
| 国籍 | |
| 活動期間 | 1947年 -1991年 |
| ジャンル | 推理小説、占い |
| 代表作 | 『能面殺人事件』 『人形はなぜ殺される』 『白昼の死角』 『破戒裁判』 |
| 主な受賞歴 | 探偵作家クラブ賞長編賞(1950年) |
| デビュー作 | 『刺青殺人事件』 |
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(たかぎ あきみつ、1920年〈大正9年〉9月25日 -1995年〈平成7年〉9月9日)は、日本の推理作家。本名は高木 誠一(たかぎ せいいち)。津軽方言詩人・医師の高木恭造の甥に当たる。
青森県青森市生まれ。4代続いた医者の家系だった。幼少時に母親と死別。
旧制青森中学校(現:青森県立青森高等学校)から四修で第一高等学校理科乙類に入学。東京帝国大学理学部化学科の受験に失敗し、京都帝国大学薬学部に進んだが1年で中退、京都帝国大学工学部冶金学科卒。
非嫡出子として生まれ、一高入学の年に父親が亡くなり、家は破産して一家は離散し、親族からの援助で学業を続けた。その暗い生い立ちのせいもあってか、「出身地・青森」には生涯思い入れを見せなかった。
京大卒業後、中島飛行機に就職したが、太平洋戦争終結に伴い職を失う。1947年、骨相師の勧めにより小説家を志し、出来上がった長編『刺青殺人事件』が江戸川乱歩に認められて、翌1948年に出版の運びとなり、推理作家としてデビュー。
代表作に『能面殺人事件』(1950年、第3回探偵作家クラブ賞受賞)、『わが一高時代の犯罪』(1951年)、『人形はなぜ殺される』(1955年)、『成吉思汗の秘密』(1958年)、『白昼の死角』(1960年)、『破戒裁判』(1961年)などがある。主要な探偵は神津恭介。そのほか、百谷泉一郎弁護士・霧島三郎検事など、魅力的な探偵キャラクターの創造で知られる。推理小説だけでなく、時代小説・SF小説(架空戦記を含む)・少女向け小説も執筆している。
易、占いに通じていたことでも知られ、易に関する著作もある。また大学時代に学んだ冶金学の知識を生かし、秋田県で鉱山の発掘に熱中したこともあった。将棋も趣味であり、文壇名人戦の常連であった。
晩年は脳梗塞を幾度も発症し、その後遺症に苦しみ、闘病記『甦える』も執筆している。
「オルツイ女男爵」トリビュート。