| 邦子内親王 | |
|---|---|
第86代天皇准母 | |
| 皇后(皇后宮) | 承久3年12月1日(1222年1月14日) |
安嘉門院 | |
| 院号宣下 | 貞応3年8月4日(1224年9月18日) |
| 誕生 | 承元3年(1209年) |
| 崩御 | 弘安6年9月4日(1283年9月26日) |
| 諱 | 邦子(くにこ) |
| 氏族 | 皇族 |
| 父親 | 守貞親王(後高倉院) |
| 母親 | 持明院陳子(北白河院) |
| 養子女 | 後堀河天皇(弟) |
| 宮廷女房 | 式乾門院御匣 安嘉門院四条 |
| 内親王宣下 | 承久3年12月1日(1222年1月14日) |
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邦子内親王(くにこないしんのう、承元3年(1209年) -弘安6年9月4日(1283年9月26日))は、鎌倉時代の皇族、女院。後堀河天皇准母、皇后。院号は安嘉門院(あんかもんいん)[1]。法名は正如覚。父は守貞親王(後高倉院)、母は持明院基家の女・御息所陳子(北白河院)。同母弟に後堀河天皇、同母姉に利子内親王(式乾門院)がいる。
八条院領の大部分を含む膨大な荘園群を父から譲られ成立した安嘉門院領は、この後、亀山院、後宇多院、昭慶門院(憙子内親王)を経て、後醍醐天皇に伝わった。
| 伝承の時代 | 古墳時代 | |||||
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