近江鉄道本社ビル(2017年) | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒522-8503 滋賀県彦根市駅東町15番1[注 1] 北緯35度16分20.91秒東経136度15分53.24秒 / 北緯35.2724750度 東経136.2647889度 /35.2724750; 136.2647889座標:北緯35度16分20.91秒東経136度15分53.24秒 / 北緯35.2724750度 東経136.2647889度 /35.2724750; 136.2647889 |
| 設立 | 1896年(明治29年)6月16日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 法人番号 | 1160001008109 |
| 事業内容 | 鉄道事業、バス事業、不動産事業、観光事業 |
| 代表者 | 代表取締役社長執行役員 藤井高明 |
| 資本金 | 4億500万円 (2018年3月31日現在[2]) |
| 売上高 | 93億8736万2000円 (2018年3月期[2]) |
| 営業利益 | 2億4909万8000円 (2018年3月期[2]) |
| 純利益 | 4億368万4000円 (2018年3月期[2]) |
| 純資産 | 49億8986万3000円 (2018年3月31日現在[2]) |
| 総資産 | 164億561万2000円 (2018年3月31日現在[2]) |
| 従業員数 | 554名(2024年3月31日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 | 西武鉄道 100%[3] |
| 主要子会社 | 近江鉄道グループを参照 |
| 関係する人物 | 堤康次郎 |
| 外部リンク | www |
| 特記事項:西武ホールディングスの連結子会社 | |
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近江鉄道株式会社(おうみてつどう)は、滋賀県彦根市に本社を置き、滋賀県東部で運輸業(鉄道事業・バス事業)などを営む企業。西武鉄道の完全子会社で西武グループの一社である。


滋賀県下で最古の私鉄である。近隣の鉄道会社やバス会社などと合併を行ったほか、親会社が2度にわたり変遷しているが、社名は会社設立時から一切変更されていない。明治期に発足した日本の私鉄のうち、設立や創立以来社名を一度も変更せずに存続しているのは近江鉄道(1896年〈明治29年〉設立、1898年〈明治31年〉開業)が最長で、東武鉄道(1897年〈明治30年〉創立、1899年〈明治32年〉開業)がそれに次ぐ[4][注 2]。
かつて近江鉄道の略称として「近鉄」が使われ[注 3]、読み方は「きんてつ」であった[7]。また、沿線案内中に近鉄電車と記され、バスのボディに近鉄バスの表記が見られた[8]。しかし、1944年の近畿日本鉄道発足後、次第に「近鉄」は同鉄道およびそのグループ会社の略称として使われるようになり(1950年に正式な略称となる。「近畿日本鉄道#社名」も参照)、近江鉄道を「近鉄」と呼ぶのは年配の近江鉄道沿線住民に限られるようになった[7]。現在では近畿日本鉄道と混同する「近鉄」は避けられ、行政や新聞など硬い文脈で用いられる際は略記されない。くだけた愛称としては「ガチャコン電車」が定着、比較的若い世代を中心に「ガチャ」とも略されている[要出典]。「ガチャコン」の愛称は電車の走行音に由来する[9][10]。
ただし、上記略称の件はあくまで記述上のことであり、会話などにおける口語表現上の順当な略称には以前より「おうてつ」があり[要出典]、こちら視点では特に弊害なく使われている[要出典]。
滋賀県出身の西武グループ創業者堤康次郎率いる箱根土地(後のコクド、現在のプリンスホテル)の経営傘下に入った1943年以来、一貫して西武グループの会社であるが(詳細後述)、昭和までは西武鉄道以外の私鉄からの譲渡車両も導入し、自社オリジナル車も製造していた(詳しくは各車両の項目を参照)。平成に入り、車両が大形化されると、元西武401系電車など西武鉄道の中古車両を種車とする改造車両を主力とした。バスと一部の鉄道車両には西武鉄道系列の企業らしくライオンズカラーやレオマークが施されている。また、社員が西武ライオンズ(当時)の応援にかり出されたことがある。1985年の日本シリーズで、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場では地元阪神タイガースの応援が圧倒的であり、座席の確保もままならない状況で、ライオンズファンを球場内に少しでも多くアピールするため、地理的に近い同社社員が駆けつけたものである。なお、この時の成績はライオンズの2勝1敗であった。また、シーズン中のライオンズの関西遠征に伴うバス(ライオンズカラー、レオ・マーク付)による選手送迎も行う[要出典]。
彦根駅前の本社から仮移転後は、2010年3月まで旧本社社屋は彦根市立東中学校だった建物(木造校舎)を使っていた。
2017年12月、鉄道事業を単独で維持するのが困難になるとして、沿線自治体などに協議を求めていることが明らかになった[11]。鉄道事業は1994年以来営業赤字が続き、2016年度には過去30年で最大の約3億円の赤字を計上している[12][13]。2018年12月には近江鉄道から経営状況が公表されている[14]。
2019年2月4日、鉄道事業赤字問題で、鉄道の存廃について検討している滋賀県と沿線5市5町の会合が東近江市役所で開催され、地域公共交通活性化再生法に基づく法定協議会を、10月に設置する方針が示された[15]。その後、自治体の支援により存続した場合とバス転換した場合の比較検討を実施した結果、2020年3月に全線の存続が決定した[16]。
近江鉄道線は、開通以来120年余にわたり県東部地域の幹線鉄道として、重要な役割を果たしてきた。人口減少やモータリゼーションの進展により、利用者が減少し、民間企業の経営努力のみでは事業の継続が困難な状況となっている。
しかし、各種調査等により、現状において、地域、年代等を問わず、通勤、通学、日常生活等において幅広く利用されている貴重かつ不可欠な地域公共交通であることがわかった。
近江鉄道線は、福祉・医療、教育、商業、観光等様々な分野において多面的な効果を発揮しているとともに、地域の歴史・文化を形成してきた象徴ともいえる存在である。
また、人と人が集い、関わり合う社会的結節点であり、まちのにぎわい創出の核でもある。すなわち、地域住民にとって代替のない交通機関であるとともに、地域にとっては将来にわたり欠くことのできない社会資本であり、安全の確保を最優先としつつ、利便性やサービスを向上させることにより、その価値や役割はさらに高まる可能性を有している。
以上を踏まえ、人口減少・超高齢社会においても、県東部地域が魅力と活力を維持し、向上させながら、持続的に発展していくため、近江鉄道線は全線存続することとする。 — 近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会(2020年3月25日・第2回近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会決議文[17][18])
その後、運営方法の検討が行われ、2024年度の上下分離方式への移行が決まり[19]、運行は近江鉄道が引き続き担い、施設や車両は県と沿線10市町で構成される一般社団法人近江鉄道線管理機構が保有・管理することととなった[20][19]。2024年4月1日より、「上下分離」によって従来の近江鉄道線の資産は近江鉄道線管理機構に移管され、近江鉄道は鉄道事業の運営のみを行う(第二種鉄道事業者)形態に移行した[21]。
近江鉄道は、施設や車両の保有・管理に係る費用の負担が無くなり、鉄道事業の運営のみになったことから、2024年12月に同年度上半期の鉄道事業は9500万円の黒字で、鉄道事業としては31年ぶりに黒字転換したことが報じられた[22][23]。2025年3月には2024年度通期でも鉄道事業の営業損益が5600万円の黒字になると報じられた[24]。
なお、上記の決議文に利用者の減少理由として人口減少が挙げられているが、鉄道事業の連続赤字が始まった1994年以降も、沿線自治体の人口は総体的に増加してきた[25]。近江鉄道線の利用者は1967年(昭和42)度をピーク[26]に減少へ転じた一方で、反比例して沿線自治体の人口は増加し続けており[27]、近江鉄道線利用者の減少は人口減少ではなく、利用者離れが要因である[4][28]。これは、本線がお伊勢参りの短絡線という明治時代から線形のままで、通勤先の京都や大津、草津と直結していない路線であるため、通勤者がモータリゼーションの進展で並行する国鉄や後のJRの駅へ直接アクセスするようになり、ニーズを失い続けてきた[4]。近江鉄道線と同じ沿線自治体を持つJRでは12両編成の新快速が運行され、京阪神都市圏に直結しているため利用者数が多く、赤字の近江鉄道本線の沿線在住者もJRの駅に直接アクセスして多く利用している[28]。つまり、沿線自治体の人口が少ないわけではない。また、JR線が存在しない旧八日市市(現・東近江市八日市地区)とJRの新快速が停車する近江八幡駅を結ぶ近江鉄道八日市線は、草津、大津、京都、大阪方面との通勤アクセス路線として機能しており、近江鉄道線あるいは地方私鉄としては業績が良い[28]。
2025年、社員の労働意欲や定着率向上を目的として、入社後5年を経た社員への「株式給付制度」(西武ホールディングスの株式を50株ずつ給付)を導入した[29]。
滋賀県東部では1889年(明治22年)に官設鉄道(現・東海道本線)が開通し、翌1890年(明治23年)には関西鉄道草津駅 -四日市駅間が全通した。しかし湖東平野内陸部(愛知郡・神崎郡・蒲生郡の大部分)は両鉄道ルートから外れたため、湖東平野を縦断して官設鉄道彦根駅と関西鉄道深川駅(現甲南駅)を結ぶ鉄道計画が持ち上がった。旧彦根藩士族と有力近江商人を中心に近江鉄道株式会社が設立され、初代社長には地元の名士であった大東義徹が就任。1896年(明治29年)6月に会社設立認可および鉄道敷設免許が下り、同年9月から鉄道建設工事が開始された。建設工事では、後に関西鉄道社長に就任する工学博士白石直治が敷設工事の監督顧問にあたった[30]。彦根 - 愛知川間が1898年(明治31年)に開業し、1900年(明治33年)に彦根 - 貴生川(当初の計画から変更)間が開通した。関西鉄道と近江鉄道の縁は深く、関西鉄道設立の発起人阿部市郎兵衛は、近江鉄道第三代社長を務めた[30]。
近江鉄道は会社設立当初から日清戦争による資材高騰により資金難に悩まされた。終着駅が深川から貴生川に変更されたのも、距離の短縮によって建設工事費を削るためであった。1898年(明治31年)1月に西村捨三が代表取締役を辞任した際には「辛苦是経営」という教訓を残しており、現在も近江鉄道本社ビル脇にこの言葉を刻んだ石碑が立てられている。前年に大阪築港初代事務所長となり、大阪市年間予算の230倍に相当する巨額な大阪港築港資金の海外調達に走り回り[31]、工事の指揮をしつつ、近江鉄道を見守り続けた西村にとっても近江鉄道の経営は辛苦であった。
一部の沿線住民から「近鉄」をもじって「貧鉄」とあだ名されたり、「上り列車は『借金々々』とはしり、下り列車は『足らん足らん』と走る」と冷やかされたりしたこともあるという[32]。
1926年(大正15年)には電化のため、電力会社の宇治川電気(関西電力の前身の一つ)の系列に入った[33][34][注 4]。その後太平洋戦争中の電力統制政策に伴い宇治川電気は鉄軌道事業を手放し、1943年(昭和18年)に滋賀県愛知郡八木荘村(現在の愛荘町)出身の堤康次郎率いる箱根土地(後のコクド、現在のプリンスホテル)の経営傘下に入った[33][35]。なお、堤康次郎の長男・堤清が近江鉄道の社長を務めていたことがあった[36]。
1944年(昭和19年)、戦時統合によって八日市鉄道を合併して八日市線としたが[35]、その一部である新八日市 - 御園間(御園線または飛行場線とも呼ばれた)は1948年(昭和23年)に休止され、1964年(昭和39年)に廃止された[37]。

以下に挙げる本線・多賀線・八日市線の3つの路線を営業しており、全線で電気運転となっている。電車はワンマン運転で、2両編成で運行している。
かつてはコスト節減を目的にレールバス(気動車)LE10形も使用していたが[65]、通勤通学のピーク輸送時に電車を用意しなければならず電化設備を廃止できなかったことなどからコスト節減効果が思った程大きくなく、あまりの軽量で踏切が正常に作動しないなど、小型車ゆえの弊害の方が目立ったため[要出典]、導入から10年で使用を取り止めた[65]。
主要駅である近江八幡駅や八日市駅でも1日の乗車人員は2008年度でそれぞれ2,371人、2,050人[66]と3,000人にも満たず、JRの駅とは大きく水をあけられている。鉄道営業は赤字となっており(#経営状況について節も参照)、特に本線の連続赤字が深刻で、沿線自治体が財政支援している[67]。2025年4月からは上下分離方式による運行に移行した。
2013年3月16日のダイヤ改正から、全路線が4つの区間に分けられ、それぞれの区間に愛称とラインカラーが設定された。本線の米原・高宮間および多賀線は「彦根・多賀大社線」でラインカラーは赤、本線の高宮・八日市間は「湖東近江路線」でラインカラーは青、八日市線は「万葉あかね線」でラインカラーは緑、本線の八日市・貴生川間は「水口・蒲生野線」でラインカラーは黄である[68]。なお、2023年に更新された車内ドア上の路線図やホームページからは愛称ではなく、正式名称の路線名が用いられている。
2026年3月1日に、西日本旅客鉄道(JR西日本)発行のICカード「ICOCA」を鉄道線全線で導入する予定である[64]。それに伴い、紙の普通乗車券、回数乗車券、定期乗車券および、信楽高原鉄道との連絡乗車券の発売を取りやめる予定。現金で乗車する場合は、整理券方式になる予定。バス事業においては一部路線を除き、ICOCAが導入されているが、鉄道事業では導入されていなかった。しかし、4駅でJR西日本の路線と接続しており、乗り換えの利便性からも利用客の要望が高くなっていることから、近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会(会長:三日月大造滋賀県知事)が、2024年3月28日の会合で導入を提案し、鉄道事業においても2025年度に沿線自治体で開催される第79回国民スポーツ大会までの導入を目指し検討が行われていた[21]。
自社の彦根工場は創業以来の長い歴史があり、全般検査や改造は自社で行うほか、オリジナルな車体の新規製作・中古車体の延長工事などを行った実績も多い[要出典]。
2012年時点で旅客営業に使用されている車両の多くが西武鉄道からの譲渡車であった。例として220形や700系など、彦根工場での大がかりな改造を受け、原型を留めていないものも多く見られる[要出典]。
路線にカーブが多く、車両の建築限界は大手私鉄に比べるとやや小さい。西武鉄道から購入した20 m車体の401系を自社改造のうえ700系・800系・820系として導入した際には、ホーム等の建築限界に接触する関係上、車体下部の四隅を三角形に切り取る簡易な「面取り」改造で限界抵触に対処するというユニークな手段を用いた[72]。
現存する電車で最も古いものは、1898年(明治31年)の創業当時の客車を改造したことになっている。もし本当ならば車齢100年以上であるが、実際には改造車という名目で車籍のみを流用し、他社からの中古車両にそっくり入れ替え(すり替え)てきたものである。したがって、現在保有する電車は実際には創業時の客車とは何の関係もなく、書類上のみの「日本最古の現役車両」である。近江鉄道ではこの「入れ替え」措置が数度に及ぶ車両(車籍)もあり、中途での部分大改造や、車庫での火災焼失などによる記録の喪失などの混乱とも併せて入れ替え実態が不明瞭な車籍も多く、鉄道車両版の「テセウスの船」と化した車籍が極度に多いことから、鉄道車両史研究者の興味深い研究対象となっている[要出典]。
私鉄では数少なくなった電気機関車を2011年時点で保有していた。全盛期は入れ換え[注 5]用も含め12両が在籍した。1988年3月12日を最後に貨物列車が廃止されたため、用途が激減したにもかかわらず、解体処分されることなく大部分の車両が彦根車庫に休車状態で留置され、一部の車両は工事列車や除雪・入れ換え作業を中心に使用された。イベントでは旅客列車に使用されたこともあるが、客車は在籍していなかったため、「パンタグラフを下ろした電車」を客車に見立てて牽引したほか、ED14を2機使用してプッシュプル運転を行った実績もある。しかしどの機関車も車齢が80年を超え老朽化が進んでいることや、ATSの装備や予備部品の確保が困難な点などから、現在工事列車の任は220形電車に役目を譲っている。現在では一部の車両が車籍を持つものの、本線運転は困難な状況にあることから、イベント等で構内・側線を移動する程度に留まっていたなど、事実上の動態保存機に近い状態であった。これらの機関車は保存の要望が強く、ED4001は東武博物館へ譲渡され、その他の機関車も当時彦根駅に隣接して設置されていた近江鉄道ミュージアムに保管されていた。また本社のホームページでも電気機関車に関する専用ページが用意され、保存をアピールしていたが、2017年末にED31の3機が解体され、今後も順次解体していく方針であると発表した[74]。
2004年頃までは彦根駅構内の片隅に使われなくなった車両の残骸が大量に放置されていたが、彦根駅の再開発により一部の車両を残して解体処分された。前述の電気機関車のほか、ディーゼル機関車、レールバス、貨車、果てには郵便電車や木造電車までもが留置されていた[75]。このうち電気機関車とレールバス1両、一部の貨車が処分を免れ保存された。その間保存が決定していた車両は一部をのぞき高宮駅の側線へ疎開していた[要出典]。
このほか、JR西日本の「関西1デイパス」(秋季のみ)[87]、東海旅客鉄道(JR東海)の「JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ」で近江鉄道全線が乗り降り自由となる[88]。いずれも近江鉄道では販売しないが、前者はJR米原駅在来線のみどりの券売機で[87]、後者は同駅の新幹線のきっぷうりばで購入することができる[88]。
| 年度別実績 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | 旅客輸送人員(千人) | 一日1Km平均通過人員(人) | 貨物輸送数量(トン) | 鉄道業営業収入(千円) | 鉄道業営業費(千円) |
| 1979 | 6,246 | 781,642 | 1,590,156 | 1,497,665 | |
| 1982 | 5,235 | 1,947 | 542,414 | 1,517,747 | 1,554,135 |
| 1984 | 4,785 | 1,827 | 405,480 | 1,316,958 | 1,429,120 |
| 1985 | 4,644 | 1,783 | 345,081 | 1,228,853 | 1,483,054 |
| 1986 | 4,459 | 1,719 | 106,911 | 1,075,543 | 1,357,285 |
| 1987 | 4,329 | 1,693 | 80,388 | 1,031,014 | 1,453,288 |
| 1988 | 4,182 | 1,654 | 1,659 | 965,117 | 872,423 |
| 1989 | 4,205 | 1,661 | 966,007 | 890,633 | |
| 1990 | 4,373 | 1,721 | 1,016,469 | 945,966 | |
| 1991 | 4,551 | 1,797 | 1,068,028 | 996,089 | |
| 1992 | 4,581 | 1,802 | 1,078,955 | 1,047,382 | |
| 1993 | 4,605 | 1,810 | 1,088,710 | 1,088,059 | |
| 1994 | 4,645 | 1,838 | 1,104,987 | 1,107,239 | |
| 1995 | 4,846 | 1,889 | 1,144,979 | 1,148,140 | |
| 1996 | 4,628 | 1,819 | 1,104,016 | 1,181,249 | |
| 1997 | 4,297 | 1,690 | 1,040,859 | 1,130,783 | |
| 1998 | 4,193 | 1,630 | 1,019,199 | 1,101,429 | |
| 1999 | 4,059 | 1,561 | 994,061 | 1,117,527 | |
| 2000 | 4,017 | 1,564 | 986,568 | 1,077,439 | |
| 2001 | 3,831 | 1,500 | 959,184 | 1,060,059 | |
| 2002 | 3,721 | 1,455 | 910,642 | 1,029,116 | |
| 2003 | 3,715 | 1,420 | 919,632 | 1,063,748 | |
| 2004 | 3,799 | 1,469 | 895,290 | 1,046,163 | |
| 2005 | |||||
| 2006 | |||||
| 2007 | |||||
| 2008 | |||||
| 2009 | |||||
| 2010 | |||||
| 2011 | |||||
| 2012 | 4,565 | 1,847 | 1,061,532 | 1,315,507 | |
| 2013 | 4,508 | 1,789 | 1,059,501 | 1,301,418 | |
| 2014 | 4,470 | 1,762 | 1,038,465 | 1,289,672 | |
| 2015 | 4,580 | 1,783 | 1,115,841 | 1,391,574 | |
| 2016 | 4,695 | 1,865 | 1,158,037 | 1,476,453 | |
| 2017 | 4,794 | 1,902 | 1,131,678 | 1,486,055 | |
| 2018 | 4,828 | 1,852 | 1,132,077 | 1,510,218 | |
| 2019 | 4,747 | 1,786 | 1,061,611 | 1,561,622 | |
| 2020 | 3,693 | 1,371 | 801,440 | 1,610,746 | |
| 年度別実績 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | 輸送人員(人) | 貨物量(トン) | 営業収入(円) | 営業費(円) | 営業益金(円) | その他益金(円) | その他損金(円) | 支払利子(円) |
| 1898 | 213,036 | 6,406 | 24,181 | 21,133 | 3,048 | |||
| 1899 | 433,259 | 17,183 | 39,634 | 26,605 | 13,029 | |||
| 1900 | 550,403 | 21,437 | 68,817 | 51,370 | 17,447 | |||
| 1901 | 593,643 | 34,088 | 101,330 | 62,852 | 38,478 | |||
| 1902 | 623,168 | 42,380 | 103,028 | 63,363 | 39,665 | |||
| 1903 | 628,434 | 46,648 | 103,711 | 64,437 | 39,274 | |||
| 1904 | 492,735 | 60,908 | 95,607 | 65,001 | 30,606 | |||
| 1905 | 465,175 | 52,839 | 99,773 | 70,608 | 29,165 | |||
| 1906 | 464,921 | 37,688 | 100,069 | 75,294 | 24,775 | |||
| 1907 | 318,168 | 34,617 | 115,171 | 75,394 | 39,777 | |||
| 1908 | 561,033 | 57,760 | 111,959 | 81,075 | 30,884 | 社債償却金20,000 | 6,403 | |
| 1909 | 619,025 | 58,370 | 110,547 | 78,463 | 32,084 | 償却17,000 | 8,529 | |
| 1910 | 666,266 | 74,457 | 122,269 | 78,590 | 43,679 | 借入金償却金48,000 | 5,035 | |
| 1911 | 681,172 | 63,941 | 138,819 | 82,563 | 56,256 | 借入金償却金7,000 | 1,262 | |
| 1912 | 663,200 | 67,504 | 141,932 | 86,584 | 55,348 | 社債償却金繰入20,000 火災保険金1,000 | 火災損失焼失21,354 風水害損失償却112 | |
| 1913 | 602,139 | 69,770 | 147,781 | 83,857 | 63,924 | 社債償却金繰入6,500 | 機関車売却損金10,003 | 4,049 |
| 1914 | 618,509 | 66,519 | 147,507 | 84,519 | 62,988 | 7,058 | ||
| 1915 | 588,529 | 68,628 | 146,575 | 78,041 | 68,534 | 社債償却2,000 | 8,678 | |
| 1916 | 591,911 | 69,273 | 146,601 | 77,344 | 69,257 | 6,197 | ||
| 1917 | 712,513 | 79,169 | 179,496 | 98,166 | 81,330 | 社債償却金繰入3,500 社債償却準備金繰入16,000 | 土地売却差損金3,799 社債償却金21,000 | 5,600 |
| 1918 | 755,832 | 82,939 | 203,355 | 126,100 | 77,255 | 準備金繰入1,000 | 社債償却金5,000 | 4,611 |
| 1919 | 928,002 | 92,931 | 271,054 | 161,199 | 109,855 | 3,020 | ||
| 1920 | 1,011,881 | 86,539 | 322,440 | 200,178 | 122,262 | 社債償却金13,000 | 1,241 | |
| 1921 | 1,243,179 | 91,664 | 368,175 | 211,532 | 156,643 | |||
| 1922 | 1,452,781 | 96,893 | 385,648 | 219,419 | 166,229 | |||
| 1923 | 1,564,753 | 99,195 | 419,888 | 232,160 | 187,728 | 積立金繰入45,000 | 記念品その他45,501 | |
| 1924 | 1,654,417 | 97,419 | 416,244 | 225,621 | 190,623 | 償却金1,495 | ||
| 1925 | 1,724,191 | 97,217 | 426,544 | 238,223 | 188,321 | 償却金2,913 | 209 | |
| 1926 | 1,836,939 | 106,673 | 434,205 | 240,413 | 193,792 | 自動車償却金22,739 | 6,720 | |
| 1927 | 1,928,249 | 114,013 | 438,721 | 250,651 | 188,070 | 21,439 | ||
| 1928 | 2,182,314 | 110,813 | 500,915 | 306,406 | 194,509 | 雑損1,915 | 86,687 | |
| 1929 | 2,245,238 | 108,199 | 505,820 | 276,414 | 229,406 | 償却金2,229 | 88,434 | |
| 1930 | 2,136,295 | 94,790 | 457,236 | 259,680 | 197,556 | 自動車業1,032償却金3,796 | 79,884 | |
| 1931 | 2,272,111 | 105,320 | 475,523 | 277,647 | 197,876 | 自動車業155 | 償却金8,361 | 119,124 |
| 1932 | 2,214,804 | 116,525 | 438,097 | 237,604 | 200,493 | 自動車3,293償却金2,229 | 126,010 | |
| 1933 | 2,336,855 | 95,293 | 451,780 | 224,939 | 226,841 | 自動車6,937償却金42,229 | 118,466 | |
| 1934 | 2,314,915 | 93,572 | 457,143 | 234,265 | 222,878 | 自動車業8,718償却金46,720 | 99,073 | |
| 1935 | 2,302,027 | 85,580 | 450,250 | 243,073 | 207,177 | 自動車業10,651償却金33,640 | 92,859 | |
| 1936 | 2,395,291 | 90,639 | 473,020 | 249,648 | 223,372 | 自動車業9,622償却金23,640 | 94,092 | |
| 1937 | 2,559,101 | 87,287 | 493,916 | 278,414 | 215,502 | 自動車業3,625償却金23,640 | 143,328 | |
| 1939 | 3,108,063 | 101,131 | ||||||
| 1941 | 4,068,674 | 127,012 | ||||||
| 1945 | 8,858,331 | 146,198 | ||||||
滋賀県南部から東部にかけての広いエリアでバス事業を展開している。詳しくは「近江鉄道バス」を参照。県北部では子会社の湖国バス株式会社がバス事業を展開している。
現在、近江鉄道が関わる観光事業は最盛期より縮小されている。
このほか、愛荘町にある堤康次郎生家の維持管理を行っている[要出典]。
2014年3月8日、開業100周年の記念イベントでマスコットキャラクター「駅長がちゃこん」がお披露目された[96]。駅長服を着た、ふわふわなしっぽを持つ狐の姿をしている。
また、2021年2月3日には創立125周年を記念し、ステーションメモリーズ!に登場する、900形をモチーフとしたキャラクター・八日市ゆかりが公認キャラクターに就任したほか、同年2月19日からはコラボレーションイベントが開催される。

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| 鉄道 | ||
| バス |
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| 導入予定事業者 | ||
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| 新幹線乗車サービス | ||
| 片利用※ | ||
| 関連項目 | ||
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