| すわし 諏訪市 | |||||
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| 国 | |||||
| 地方 | 中部地方(甲信越地方) | ||||
| 都道府県 | 長野県 | ||||
| 市町村コード | 20206-1 | ||||
| 法人番号 | 2000020202061 | ||||
| 面積 | 109.17km2 (境界未定部分あり) | ||||
| 総人口 | 46,542人[編集] (推計人口、2026年1月1日) | ||||
| 人口密度 | 426人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 岡谷市、茅野市、伊那市、上伊那郡辰野町、箕輪町、諏訪郡下諏訪町、小県郡長和町 | ||||
| 市の木 | きはだ、かりん(マルメロ)[1] | ||||
| 市の花 | あやめ(はなしょうぶ) ニッコウキスゲ | ||||
| 諏訪市役所 | |||||
| 市長 | 金子ゆかり | ||||
| 所在地 | 〒392-8511 長野県諏訪市高島一丁目22番30号 北緯36度02分21秒東経138度06分51秒 / 北緯36.03914度 東経138.11403度 /36.03914; 138.11403座標:北緯36度02分21秒東経138度06分51秒 / 北緯36.03914度 東経138.11403度 /36.03914; 138.11403 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
諏訪市(すわし)は、長野県南信地方の市。1941年(昭和16年)市制施行。
諏訪湖に隣接する工業都市であるとともに、諏訪湖や上諏訪温泉、諏訪大社の上社(本宮)、霧ヶ峰高原を抱える観光都市でもある。
諏訪市の町並みは鎌倉時代から戦国時代にかけて鎌倉街道沿いに発達し、江戸時代には旧甲州街道上諏訪宿が設けられ、高島藩の城下町でもあった[2]。明治時代には宿場町や城下町となっていた市街地以外は、ほとんど農村地帯で田園風景が広がっていた[2]。その後、JR中央東線の開通、国道20号などの道路網の整備、中央自動車道西宮線の開通などによって都市化が進展した[2]。
戦中から戦後にかけ、時計、カメラ、レンズなどの生産が増え、山と湖のある風土と相まって「東洋のスイス」と称されたことでも有名である。セイコーエプソンの本社および基幹部門、タケヤ味噌の竹屋の本社がある。
地酒メーカーも沢山あり、真澄、舞姫、麗人、本金、横笛のいわゆる「諏訪五蔵」で知られる(後述)。
1941年(昭和16年)8月10日に諏訪郡上諏訪町、四賀村、豊田村が合併して市制施行[2]。1955年(昭和30年)4月1日に諏訪郡中洲村と湖南村が合併して現在の市域となった[2]。
諏訪市周辺の3市2町1村からなる諏訪広域連合の一都市であり、諏訪地域の行政中心都市である。

北西側を諏訪湖に接し、西部、東部を山地に挟まれ、南側には茅野市、富士見高原を望む、諏訪盆地のほぼ中央に位置する。長野県内では南信地方・諏訪地域、天気予報では長野県中部もしくは諏訪地方に分類される。
県内主要都市との位置関係は、一般的な交通手段を用いた場合、県庁所在地の長野市から南方へ約100kmである。交通手段としては、中央自動車道、JR東日本中央本線が市内をほぼ南北に通る。東京からのアクセスは2時間強、また、中央自動車道経由で名古屋からも2時間程度でアクセスでき、これらの都市圏からの交通の便が比較的よい。
山梨県に比較的近い上に障害となる山がないことから、天候が良好な時は場所によっては平地でも富士山を望むことができる。

諏訪盆地には、峠を挟んで諏訪側が反対側に比べて急勾配である、という地形が見られるが、諏訪市も例外ではなく、同様の地形が、例えば諏訪市と上伊那郡辰野町を結ぶ県道50号(有賀峠)などに見られる。これは、諏訪地方に中央構造線と糸魚川静岡構造線が通ることに起因する断層地形である。なお、この2つの構造線は諏訪市付近で交差(接触)しているとされている。東側の山地のふもとは、いくつかの小さな扇状地を成しており、ここには住宅や田畑などが広がっている。
| 諏訪市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 諏訪市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 諏訪市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
諏訪市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。
年平均気温は11.4℃である。平年値では猛暑日が0.2日、真夏日が29.3日、夏日が90.9日、真冬日が4.5日、冬日が109.6日となっている[3]。また、1月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
冬季は、近年でも-15℃付近の気温が観測され、2013年2月17日に-14.4℃を観測している[4]。
年平均降水量は1301.5mmである。また、年平均降雪量は71cmである。
年平均日照時間は2164.8時間である。
| 要素 | 観測値 | 観測年月日 |
|---|---|---|
| 日最高気温 | 35.5℃ | 1994年8月15日、1995年8月20日 |
| 日最低気温 | -23.1℃ | 1947年2月18日 |
| 諏訪特別地域気象観測所(諏訪市湖岸通り、標高760.1m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録°C (°F) | 16.9 (62.4) | 17.7 (63.9) | 22.9 (73.2) | 29.2 (84.6) | 31.0 (87.8) | 34.5 (94.1) | 34.8 (94.6) | 35.5 (95.9) | 33.2 (91.8) | 29.0 (84.2) | 22.9 (73.2) | 19.7 (67.5) | 35.5 (95.9) |
| 平均最高気温°C (°F) | 3.8 (38.8) | 5.1 (41.2) | 9.8 (49.6) | 16.1 (61) | 21.5 (70.7) | 24.5 (76.1) | 28.2 (82.8) | 29.5 (85.1) | 24.7 (76.5) | 18.5 (65.3) | 12.7 (54.9) | 6.8 (44.2) | 16.8 (62.2) |
| 日平均気温°C (°F) | −1.1 (30) | −0.2 (31.6) | 4.0 (39.2) | 10.0 (50) | 15.5 (59.9) | 19.3 (66.7) | 23.2 (73.8) | 24.1 (75.4) | 19.8 (67.6) | 13.4 (56.1) | 7.3 (45.1) | 1.9 (35.4) | 11.4 (52.5) |
| 平均最低気温°C (°F) | −5.5 (22.1) | −5.0 (23) | −1.0 (30.2) | 4.4 (39.9) | 10.2 (50.4) | 15.2 (59.4) | 19.6 (67.3) | 20.3 (68.5) | 16.2 (61.2) | 9.4 (48.9) | 2.7 (36.9) | −2.4 (27.7) | 7.0 (44.6) |
| 最低気温記録°C (°F) | −20.9 (−5.6) | −23.1 (−9.6) | −16.5 (2.3) | −7.3 (18.9) | −0.7 (30.7) | 4.1 (39.4) | 10.3 (50.5) | 9.7 (49.5) | 2.7 (36.9) | −2.4 (27.7) | −7.0 (19.4) | −15.6 (3.9) | −23.1 (−9.6) |
| 降水量 mm (inch) | 43.3 (1.705) | 50.6 (1.992) | 89.0 (3.504) | 92.8 (3.654) | 111.7 (4.398) | 155.1 (6.106) | 194.0 (7.638) | 140.8 (5.543) | 176.9 (6.965) | 136.8 (5.386) | 69.0 (2.717) | 41.6 (1.638) | 1,301.5 (51.24) |
| 降雪量 cm (inch) | 27 (10.6) | 24 (9.4) | 8 (3.1) | 1 (0.4) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 10 (3.9) | 71 (28) |
| 平均降水日数(≥0.5 mm) | 6.3 | 6.3 | 9.3 | 10.0 | 10.5 | 13.2 | 14.4 | 11.8 | 11.6 | 9.3 | 7.6 | 6.4 | 116.8 |
| 平均降雪日数 | 15.1 | 12.1 | 8.7 | 1.9 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 1.4 | 10.3 | 50.3 |
| % 湿度 | 71 | 69 | 66 | 64 | 67 | 74 | 77 | 75 | 78 | 78 | 75 | 72 | 72 |
| 平均月間日照時間 | 184.4 | 179.6 | 199.1 | 204.4 | 212.2 | 161.4 | 169.5 | 199.4 | 152.9 | 162.8 | 166.9 | 171.8 | 2,164.8 |
| 出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1945年-現在)[5][6] | |||||||||||||
| 諏訪市 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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市域には縄文・弥生時代からの考古遺跡が分布し、高原を中心に集落遺跡が分布している。下諏訪の和田峠を始めとする黒曜石による石器、また、縄文・弥生時代の土器の破片も出土している。

中世には諏訪郡の国人領主で諏訪大社上社の大祝家・諏訪氏によって治められる。
南北朝時代の建武2年(1335年)には諏訪頼重・時継が、鎌倉幕府執権・北条高時の遺児である北条時行を擁して挙兵し、中先代の乱が発生した。頼重・時継は足利尊氏の攻勢により滅亡する。
戦国時代には諏訪頼満が分裂した諏訪一族を統一し、隣国である甲斐国の国人勢力と同調し甲斐国内へも侵攻する。頼満の頃には甲斐守護・武田氏と和睦し婚姻同盟を結ぶ。頼満の孫にあたる諏訪頼重は天文10年(1541年)に甲斐武田氏、信濃村上氏に独断で関東管領の上杉憲政と和睦し所領を分割し、甲斐の武田晴信(信玄)は諏訪侵攻を行い、諏訪氏は一時滅亡した。
その後、諏訪地方は信濃侵攻を行う武田氏の領国となり、信濃中部の拠点として支配を受ける。信玄四男の勝頼は頼重の外孫(女系の諏訪一族)に当たり、当初は高遠諏訪氏を継ぎ諏訪勝頼と称し、信玄没後に武田宗家を継承し当主となった。
天正10年(1582年)、武田氏の滅亡後に発生した天正壬午の乱において諏訪頼重の従弟である諏訪頼忠によって諏訪氏は再興され、その息子の諏訪頼水が1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いにおける功によって、徳川氏により高島藩に封じられている。

近世には高島藩領であった。
高島城を藩庁とする諏訪氏による統治が行われた。江戸時代に整備された甲州街道の終着の宿場町である下諏訪宿のひとつ手前の宿場として上諏訪宿が栄える。
| 候補者名 | 当落 | 年齢 | 党派名 | 新旧別 | 得票数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 宮下克彦 | 当 | 60 | 無所属 | 新 | 10,626票 |
| 今井愛郎 | 落 | 49 | 無所属 | 現 | 8,197票 |
| 当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 重複 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 後藤茂之 | 65 | 自由民主党 | 前 | 86,962票 | ○ |
| 長瀬由希子 | 53 | 日本共産党 | 新 | 51,922票 | ○ |
景観法に基づく景観計画により定められた八ヶ岳山麓景観育成重点地域内に位置しており、2009年(平成21年)4月に景観行政団体となった(同年10月から事前届出の受付を開始)[12]。
諏訪地域は2002年(平成14年)4月24日に東海地震の地震防災対策強化地域に指定され、このうち諏訪市は2003年(平成15年)12月17日に東南海・南海地震の地震防災対策推進地域に指定された[12]。


| 都市名 | 地方 | 都道府県名 | 提携年月日 |
|---|---|---|---|
| 伊東市 | 中部地方 | 1965年(昭和40年)5月20日 | |
| 秦野市 | 関東地方 | 1984年(昭和59年)10月25日 | |
| 壱岐市 | 九州地方 | 2005年(平成17年)10月15日 |
| 都市名 | 地方 | 都道府県名 | 提携年月日 |
|---|---|---|---|
| 台東区 | 関東地方 | 1984年(昭和59年)7月10日 | |
| 富田林市 | 近畿地方 | 2006年(平成18年)9月1日 |
| 都市名 | 国名 | 地域名 | 提携年月日 |
|---|---|---|---|
| ヴェルグル市 | チロル州クーフシュタイン郡 | 1960年(昭和35年)9月27日 | |
| クンドル市 | チロル州クーフシュタイン郡 | 1960年(昭和35年)9月27日 | |
| セントルイス市 | ミズーリ州 | 1974年(昭和49年)9月23日 | |
| アンボワーズ市 | サントル・ヴァルドロワール地方 | 1987年(昭和62年)3月4日 |

市民所得:337.7万円/人 (1997年度推計)
諏訪市の産業は、明治から大正にかけては製糸業で賑わったが、セイコーの腕時計をはじめとする精密機械工業を経て、現在はセイコーエプソンを中心とするハイテク産業が栄える。
途中、東洋バルヴ株式会社の倒産(1976年)といった地域経済の危機もあったが、技術者が地域に根を下ろし、隣接する岡谷市とともに「東洋のスイス」と呼ばれた諏訪地方の精密工業発展の母体となった。
諏訪地方は水が豊富であり、江戸時代から醸造業が行われてきた。江戸時代には13蔵あり[14]、現在でも9蔵が残っている[15]。このうち諏訪市には5蔵あり、全てが国道20号線沿いに位置している。この5つの蔵をまとめて諏訪五蔵という[14]。諏訪五蔵では毎年春と秋に「上諏訪街道呑みあるき」を開催。2018年秋は2日間両日2000人限定で行われた[16]。このイベントは観光客への高い訴求力を有している[17]。

中心となる駅:上諏訪駅
ご当地ナンバーである諏訪ナンバー(長野運輸支局松本自動車検査登録事務所)が割り当てられている[19]。2006年10月9日までは松本ナンバーが割り当てられていた。

(五十音順)