| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | 非上場 |
| 略称 | 西武 |
| 本社所在地 | 〒359-8520 埼玉県所沢市くすのき台一丁目11番地の1[1] 北緯35度47分9.6秒東経139度28分29.0秒 / 北緯35.786000度 東経139.474722度 /35.786000; 139.474722座標:北緯35度47分9.6秒東経139度28分29.0秒 / 北緯35.786000度 東経139.474722度 /35.786000; 139.474722 |
| 本店所在地 | 〒171-0022 東京都豊島区南池袋一丁目16番15号[1](ダイヤゲート池袋) 北緯35度43分35.9秒東経139度42分37.9秒 / 北緯35.726639度 東経139.710528度 /35.726639; 139.710528 |
| 設立 | 1912年5月7日[1] (武蔵野鉄道株式会社) |
| 業種 | 陸運業 |
| 法人番号 | 4013301006264 |
| 事業内容 | 鉄道事業[1] |
| 代表者 | 小川周一郎(代表取締役社長社長執行役員) |
| 資本金 |
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| 発行済株式総数 |
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| 売上高 |
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| 営業利益 |
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| 経常利益 |
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| 純利益 |
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| 純資産 |
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| 総資産 |
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| 従業員数 | 3,556人 (2023年度末)[1] |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 |
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| 関係する人物 | 堤康次郎 小島正治郎 堤義明 後藤高志 |
| 外部リンク | https://www.seiburailway.jp/ |
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西武鉄道株式会社(せいぶてつどう、英:SEIBU RAILWAY Co.,Ltd.[1])は、埼玉県所沢市に本社を置く日本の鉄道会社である。登記上の本店所在地は東京都豊島区南池袋にある。
西武グループの持株会社である西武ホールディングスの完全子会社で、東京都北西部と埼玉県南西部で12鉄道路線(総延長176.6キロメートル)[3] と関連事業(バス・タクシー・旅行・観光・商業・不動産開発など)を運営する、日本の大手私鉄の一つである。また、プロ野球・埼玉西武ライオンズの親会社でもある。
「西武」の名称は「武蔵国の西部」に由来する[4]。また、西武鉄道の路線は西武線と呼ばれ、車内放送などでも「西武線」と案内している。
西武鉄道は、東急や阪急電鉄などの大手私鉄と同じように、経営の多角化を早くに進め、また自社の不動産を中心とした非鉄道事業で大きな利益を上げている。祖業が堤康次郎率いる不動産会社の箱根土地(後のコクド、2006年にプリンスホテルに合併)であることも、その背景である。不動産開発は西武沿線は勿論のこと、神奈川県、千葉県の房総や伊豆箱根地方にも広がり、堤康次郎の出身地である滋賀県も1943年から近江鉄道を傘下としていること[5]などにより西武鉄道の事業エリアとなっている。
昭和中期には箱根の不動産開発をめぐり小田急グループ(当時の東急系)と「箱根山戦争」と称される縄張り争いが繰り広げられた。現代では、2003年から小田急電鉄と観光地や鉄道沿線事業での提携や、「東急線西武線まるごときっぷ」といった共通商品の開発に乗り出しており、また2013年以降は東京メトロ副都心線を経由して西武池袋線と東急東横線が相互直通運転を開始するなど、対立していた小田急や東急と現在では協調している。
鉄道事業での収入より不動産部門の方が主となっているが、2006年のグループ再編により、日本国内のリゾート関係の不動産は兄弟会社のプリンスホテルや西武プロパティーズ(旧:西武不動産販売)へ段階的に譲渡されている。旧宮家(皇族)の持っていた東京都心や駅前の超一等地、神奈川県の箱根や湘南、長野県の軽井沢といった人気リゾート地にホテルやスキー場、ゴルフ場などの広大な土地を所有しており、企業の土地資産価値で日本一の時代もあった。1970年代から1990年代までは近鉄、東急を抑えて大手私鉄の中で時価総額が最大であった。その恵まれた土地資産を活用して、石神井公園駅、大泉学園駅、小手指駅周辺などの沿線再開発のほか、赤坂プリンスホテル跡地に大規模な再開発ビルである「東京ガーデンテラス紀尾井町」を開業した。また、所沢駅周辺や東京都区部の池袋・品川・高輪でも再開発を進行・計画中である。
西武グループとして商業施設や小売・外食店を展開している[6] ものの、関東の大手私鉄では相模鉄道(相鉄)[注釈 1]や東京地下鉄(東京メトロ)とともに、グループ内に百貨店を持っていない(百貨店の「西武」を経営するそごう・西武は後述するようにフォートレス・インベストメント・グループ傘下であり系列外)。これは、創業者である堤康次郎死後、西武鉄道などは堤義明率いる西武鉄道グループ(現:西武グループ)、西武百貨店などは堤清二率いる西武流通グループ(後のセゾングループ、2000年代に実質解体)の2グループに分かれたため。ただし、2003年のミレニアムリテイリング第三社割当増資時に和田繁明社長(当時)が堤義明会長(当時)へ打診し、西武鉄道が出資を引き受けた。2006年の西武ホールディングス設立に伴うコクドの第三者割当増資時にはミレニアムが10億円出資を引き受け、セブン&アイ・ホールディングスがミレニアム株式を現金で買上げるまでの数か月間は株式の持ち合い状態であった。2020年時点でも、西武グループの統括会社である西武ホールディングスとセブン&アイ・ホールディングスは「連携強化のため」にお互いに株式を持ち合っており[7]、西武鉄道・プリンスホテルと西武池袋本店が共同で外国人観光客誘致を行う[8]、秩父地方で採れた農産物を西武の特急列車で輸送し、西武池袋本店で販売する[9]などの協業を行っている(詳細は「そごう・西武#西武グループとの関係」参照)。なお、そごう・西武は2023年にアメリカ合衆国の投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」に売却されセブン&アイグループから離脱した。
西武百貨店のスーパーマーケット事業として登場した西友が西武沿線に多いのは、グループ分裂前に発展過程で店舗と土地を賃貸しているのが、現在まで継続しているからである。西友が米ウォルマートの子会社になってからも西友とのつながりは未だに深く、西武鉄道の開発するニュータウンや駅改良工事後に、西友の新店舗が開店することが多い。また、西友のコンビニエンス事業として発足したファミリーマートとは、駅ナカコンビニTOMONY(トモニー)の展開で提携しているなど、かつてのセゾングループとのつながりを見ることが出来る。
一方で西武鉄道グループとしても、西武リアルティソリューションズ(旧プリンスホテル)を介して、PePeやEmioなどの駅ビルやBIG BOX、アウトレットモールといった大型商業施設の運営を行っている(元は2022年にプリンスホテルに合併された西武プロパティーズの事業)。また、旅行業部門として西武観光を擁しており、一般客向けには西武線のターミナル駅構内に窓口が置かれている。
首都圏で東京都区部と周辺地域を結ぶ鉄道他社、特に小田急電鉄や東急電鉄では利用客の増加に対応し線路の複々線化が活発に行われたが、西武鉄道では複々線化について、池袋線では練馬駅から石神井公園駅までを複々線化した一方で、新宿線では西武新宿駅 -上石神井駅間の複々線化が計画されたが、その後少子高齢化の進行に伴う利用客の減少の見込み等により、計画を中止した。
一方、老朽化した駅施設などのリニューアルを活発に進めており、1999年の田無駅を皮切りに野方、花小金井、狭山市、東長崎、江古田、東久留米、所沢の各駅で駅舎の全面改築が行われている。2007年からはファミリーマートと協業した駅売店「TOMONY(トモニー)」や2010年代以降は駅ビル型の中小規模な駅ナカ商業施設として「Emio(エミオ)」やより大規模な「Grand Emio(グランエミオ)」を開業させ、駅の改築に合わせて順次展開していく見通しである。
西武鉄道は2006年2月の西武グループ再構築まで長きに亘り、堤家のコクドが株式の多くを保有する同族経営(=ファミリー企業)であった。
康次郎亡き後は後継者となった堤義明による経営手腕で1960年代以降、プリンスホテルとその近隣でのスキー場、ゴルフ場、スケートリンクなどのリゾート開発と、ニュータウン/宅地開発などが東日本を中心に大規模に推し進められた。兄弟会社であったプリンスホテル(旧)の不動産物件はほとんど西武鉄道の所有であり、プリンスホテル社は運営のみを行っていた。また、1978年にはコクド(当時は国土計画)がクラウンライターライオンズを買収して、西武ライオンズを誕生させプロ野球球団経営に進出する。建築には西武建設(旧)、庭や芝生管理に西武造園を用いるなど内部経済でコクド・西武鉄道グループとしての規模を拡大させ社員3万人を有し、「西武王国」と言われた。また、1980年代には堤義明は世界の富豪(世界長者番付)入りを果たした。
1957年から東証一部に上場していたが、2004年に発覚した証券取引法違反事件により同年12月に上場廃止処分となり、その後のコクド・西武鉄道・プリンスホテル間での事業領域の再構築と不採算物件の売却が行われるなど、大きな転換期となった(後述)。
2004年2月に総会屋の求めに応じて土地を安く譲渡させる形での利益供与が発覚し(西武鉄道総会屋利益供与事件)、総会屋側と利益供与に関わった西武鉄道と西武不動産販売(2009年に西武プロパティーズが事業承継)の役員合わせて11人が商法違反で逮捕・送検される事態となった。これにより、同年4月14日に旧西武鉄道グループ・西武ライオンズ(当時)のオーナーで西武鉄道・コクド会長を務める堤義明と戸田博之西武鉄道社長が記者会見を開き、西武鉄道会長・社長職の引責辞任を発表する。これにより、同族資本の鉄道会社は東武鉄道と富士急行が残るのみとなった。後任の西武鉄道社長には小柳皓正専務が昇格する形で就任した。
約6か月後の同年10月13日に、堤義明コクド会長が急遽記者会見を開き、有価証券報告書虚偽記載(2004年3月期決算の有価証券報告書上で、コクドが保有する西武鉄道の保有株数を22%過少申告していた)を公表。コクド会長職なども辞任表明をした。実態的には、西武鉄道株式〔西武株〕のコクド持株分の多くを、西武鉄道グループ各社の従業員持株会・OB関係者と堤義明コクド会長ら、1,000名以上の個人の「名義株」に偽装し、コクド・伊豆箱根鉄道など上位10名(社)の西武株式保有分のみで、東京証券取引所の上場廃止基準である80%を超えていたことを伏せて株式公開していた。1,000円台の堅調な値動きをしていた西武株は、発表翌日からストップ安となり、東京証券取引所や証券取引等監視委員会、東京地方検察庁も、西武鉄道・コクド幹部への事情聴取に乗り出した。
西武鉄道は、連鎖的に同じ事態が発覚した伊豆箱根鉄道とともに、株式名簿管理を証券代行会社へ委託せず、自社内で行っていた(東証上場企業では当時3社のみ)が、株券の電子化(2009年開始)では、証券保管振替制度によって株券を証券保管振替機構(ほふり)の参加者(証券会社・信託銀行等)口座を通じて預託(移管)した。その過程で名義人の実在確認が必要となるため、電子化が導入された時点で名義株が発覚してしまう事態は元々予想されていた。なお、この株主偽装は上場当初の1957年から存在したと言われている。
一方、発表前の同年9月前後に西武鉄道とコクド(プリンスホテル等)を通じて取引関係のあるキリンビール、サントリー、東京コカ・コーラボトリングなどの複数の飲料メーカー、王子製紙、ワコール、日立グループ、三菱電機、小田急電鉄、鹿島、前田建設、クレディセゾンなど30企業に対し、西武株式8千万株を虚偽記載であることを伏せたまま売却した。10月の虚偽記載公表後の株価下落による損失を招いたことで、株式買い戻し(購入代金の返還)請求が起こされたとともに、売却を打診したコクド・西武鉄道の幹部や堤義明前会長に対しては、インサイダー容疑であわせて捜査が行われた。
これらの事態によって、東証は11月16日に「虚偽記載という不適切な情報開示」と「公益・投資者保護」を理由に、西武株式の上場廃止を決定し、11月17日に整理ポスト入りさせ、12月16日をもって取引を終了し、翌17日で上場廃止となった。伊豆箱根鉄道においても、西武鉄道が50%超を持株保有していると、2000年度分からの有価証券報告書を訂正し、上場廃止となった。
上場廃止となるのは、それまでは企業の倒産(会社更生法・民事再生法申請などの法的整理)や、M&A、株式公開買付に伴うものが通例であったことから、極めて異例の事態であった。2006年のライブドア事件においても、酷似のケースで上場廃止となっている。
2005年3月3日に、堤義明は証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載とインサイダー取引)容疑で、東京地方検察庁特別捜査部に逮捕された。同年10月に東京地方裁判所で執行猶予付きの有罪判決を受け、2009年10月に刑猶予期間満了となった。この事件に際しては、コクドの幹部社員と小柳西武鉄道前社長が、相次いで自殺している。
株式問題と並行して、2004年11月に西武鉄道とコクドは共同で「西武グループ経営改革委員会」を発足させ、2005年1月にはコクドの事業部門と西武鉄道などを新設する持株会社の傘下に入れるなどのグループ再構築を発表した。また、旧経営陣は退任し、メインバンクであるみずほコーポレート銀行(旧・第一勧業銀行)副頭取で西武グループ発足後に西武鉄道の代表取締役社長となる後藤高志らが迎えられた。
再編スキームとして、
資本再構成によって、西武鉄道は鉄道事業主体の普遍的な民営鉄道会社となり、西武グループの再編が完了した。
西武鉄道株式については有価証券報告書の虚偽記載が上場廃止の理由であったため、2004年度内のジャスダック上場を目指していたが[10][11]、年度内上場はスケジュール的に難しく、コンプライアンス体制強化後の上場を目指すことになった[12]。2006年のグループ再編後は株式移転により西武ホールディングスの子会社となっているが、同社株主には上場廃止前と同等に西武鉄道の株主優待乗車証などが謹呈されている。そして2014年4月23日に西武ホールディングスとして東京証券取引所第1部へ上場した[13]。
西武グループ発足後は後藤高志が代表取締役社長として、西武鉄道の新しい体制を築き始めた。この新体制の鉄道事業において特徴的なのが自社のイメージチェンジである。2007年、西武鉄道が中核となる西武グループのスローガン「でかける人を、ほほえむ人へ。」が表すように、現在は他社と同じく、量はもとより質の向上にも力を入れるようになった。同年には社内に「スマイル&スマイル部」が開設され、鉄道ファンや子供に対するイベントを、年間多く実施・企画し沿線の人にもっと西武線と親しんでもらおうと考えている。
その第一陣として登場したのが西武のイメージトレイン30000系(スマイルトレイン)である。それ以前の西武鉄道を思わせる「硬い」雰囲気に一線を画し「ソフトさ」をイメージしている。
2007年2月には、西武鉄道とプリンスホテル・伊豆箱根鉄道など再編後の西武グループ各社が手掛ける物販・ホテル・リゾート各施設でのポイントサービス「プリンスポイント」と「プリンスポイントカード」を共同で導入。2006年9月に先行する形で提携カード「SEIBUプリンスカード」の発行がクレディセゾン・西武鉄道・プリンスホテルの提携によって開始された。同カードではクレジット決済による定期券購入が可能となり、2007年3月開始の「PASMOオートチャージサービス」へも対応している。なお、グループ再編前の1980年代(コクド資本下)より旧プリンスホテルと西武交通などの利用に限定されたハウスカード「プリンスカード」が存在しており(旧日本信販などと提携)、従業員関係者や西武グループの上得意客向けに限定されて発行されていた。2005年4月にクレディセゾンと旧プリンスホテルが提携した「プリンスカード《セゾン》」が一般向けにも募集されるようになったが、「SEIBU プリンスカード」とはサービス面で関連性が無く、新たに新規申込する必要が生じた。
2012年10月および2013年3月、親会社西武ホールディングスの大株主である外資ファンド、サーベラス・キャピタル・マネジメントは、大規模なリストラ案を株主提案した。具体的には不採算5路線(多摩川線・山口線・国分寺線・多摩湖線・西武秩父線)の廃止、埼玉西武ライオンズの売却、プリンスホテルのサービス料の値上げ、品川駅周辺の再開発案の策定とされる[14][15]。これに対し西武が拒否したため、2013年4月下旬を期限とする敵対的TOBへ発展した[16]。
なお、2013年3月21日の報道でサーベラスは、「路線廃止や球団売却などを強要したことはない」と否定している[17]。また、沿線自治体(特に西武秩父線沿線)からは路線の存続を求める声も上がっており、若林久社長は埼玉県秩父市に対して「公共交通機関なので守る」と説明している[18][19]。
現在のシンボルマークは新生・西武鉄道を象徴する一環として、新社章を兼ねたものであり、2007年4月1日に制定された[20]。その意匠は旧社章と同じく西武の"西"をモチーフにしている[20]。それぞれマークの形の意味として、2つの輪は、様々なものが鉄道によって出会いつながる姿を、果実のようなデザインは、交流によって生まれる「実り」=「地域・社会の発展」を表現[20]。カラーリングでは、グリーンで「自然との調和」、濃いブルーで「信頼」と「安心・安全」、明るいブルーで「新しいことへの挑戦」をイメージしている[20]。
シンボルマークは2008年4月から既存車両側面に掲示されるようになり、同時に西武鉄道の制服もリニューアルされるなどして、多くの場所でこの社章を見かけるようになった。なお、社名ロゴのフォントも制定・変更され、「SEIBU」という英文表記もされるようになり、同社の広告に記載されたり、シンボルマークとともに全営業車両の先頭車両乗務員室扉横(8500系は車端部)に貼り出されたりした。ただし、近年、英文表記はあまり使わなくなり、同社が発行する広報誌『西武鉄道かわら版』の表紙には2013年度以降、記載されなくなった。また、2014年4月の消費税率変更時に運賃表を貼りかえた際、一部駅の運賃表下にあった「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更され、駅のリニューアル工事後の駅入口看板も同様に変更されている。さらに、2013年度以降導入の30000系、近年に検査入場した車両、フルラッピングで車体色が変更された車両は、「SEIBU」の英文表記が「西武鉄道」の漢字表記に変更されている。
旧社章は西武軌道が1922年に制定したものである。西武の"西"をモチーフにしたもので、野球のボールに似た形をしている[21]。新社章移行後、車両に掲示された旧社章は車体更新に併せて取り外しが進行中である。
西武鉄道は、現在の池袋線系統の路線を開業した武蔵野鉄道と、新宿線系統の路線を開業していた西武鉄道(旧)が合併して出来た会社である。

武蔵野鉄道は、1911年(明治44年)10月18日に鉄道免許を取得し、1912年(明治45年)5月7日に設立、当初は巣鴨駅を起点とする計画であったが、東京府が池袋駅を起点にするよう指示したため、1913年(大正2年)4月に計画を変更。1915年(大正4年)4月15日に現在の池袋線の一部である池袋駅 -飯能駅間を開業した。1922年(大正11年)に池袋駅 -所沢駅間、1925年(大正14年)に飯能駅までの全線を電化し、1929年(昭和4年)9月10日に吾野駅まで開業させた。なお西武豊島線は1927年(昭和2年)に、狭山線は1929年(昭和4年)に開業している。
一方、1924年(大正13年)に箱根土地(後のコクド。現在のプリンスホテル)が武蔵野鉄道沿線の東京府北豊島郡大泉村に大泉学園都市の分譲を開始。武蔵野鉄道に東大泉駅(現在の大泉学園駅)を建設した上で寄贈する。翌1925年には武蔵野鉄道の株式を取得した。また、箱根土地は1928年(昭和3年)、村山貯水池(多摩湖)および小平地区一帯を開発すべく、多摩湖鉄道を設立。4月6日に国分寺駅 -萩山駅間を開業し、1936年(昭和11年)12月30日に村山貯水池まで開業させ、全通した。
1932年(昭和7年)に箱根土地社長の堤康次郎が経営危機に陥っていた武蔵野鉄道[22]の株式を買い集め、再建に乗り出す。1934年(昭和9年)8月28日、武蔵野鉄道は鉄道抵当法に基づく強制執行が実施され、運賃収入が強制管理人に差し押さえられる(1937年〈昭和12年〉まで)。
1935年(昭和10年)1月21日からは、9か月分の電力料金17万円滞納を理由に東京電燈から制限送電を受け、最大5600kWを必要とするところを4000 kWしか受電できなくなった。通勤時の輸送能力が激減して混乱を招いたため、東京電燈側は沿線住民に対して制限送電を行う経緯を記した文書を配布し理解を求めた[23]。経営は一層苦境に立たされるが、1936年(昭和11年)に武蔵野鉄道と債権者の間で和議が成立する。1938年(昭和13年)、大口債権者である東武鉄道の初代社長初代根津嘉一郎らがようやく債務免除に応じ、経営再建に道筋をつけた。
1940年(昭和15年)3月12日、武蔵野鉄道は同系の多摩湖鉄道を吸収合併する。10月、堤は根津および浅野財閥(元々の親会社)から株式を取得して過半数を確保し、社長に就任した(長年、西武鉄道株式のうち約45%を箱根土地の後身会社であるコクドが保有していて、他に西武建設の保有分を合わせると関連会社による持分が過半数を占めていたのはこの一件に由来する)。


西武鉄道(旧)は川越鉄道に始まる。川越鉄道は、甲武鉄道の関連会社として1892年(明治25年)8月5日に設立され、1894年(明治27年)12月21日に現在の西武国分寺線である国分寺駅 - 久米川(仮)駅(現在の東村山駅)間を開業させた。さらに、川越鉄道は1895年(明治28年)3月21日に、現在の西武新宿線の一部である久米川(仮)駅 - 川越駅(現在の本川越駅)間を開業させた。その後、1920年(大正9年)6月1日に武蔵水電に吸収合併された。武蔵水電の前身は、1906年(明治39年)4月16日に川越久保町駅 -大宮駅間を開業させた川越電気鉄道である。合併後、川越久保町駅 - 大宮駅間の路線は川越東線となった。
1921年(大正10年)10月、武蔵水電は同年に淀橋町角筈 -荻窪村間を開業させていた西武軌道を吸収合併した。「西武」の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった(ただし、6000系・10000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部を除き2009年時点でもその旧社章を使用していたが、更新工事を施工した車両では取り外されている)。翌1922年(大正11年)11月に武蔵水電は帝国電灯に吸収合併されたが[24]、帝国電灯は鉄軌道部門を、武蔵鉄道から改称して同年8月15日に設立された西武鉄道(旧)[25]に分離した[26]。また、川越久保町 - 大宮駅の路線は大宮線となった。
1925年(大正14年)、安比奈線南大塚駅 -安比奈駅間を開業。1927年(昭和2年)4月16日にこれも現在の西武新宿線の一部にあたる村山線高田馬場駅 - 東村山駅間を複線・電化で開業。同時に東村山駅 - 川越駅間を電化し、高田馬場駅 - 川越駅間の直通運転を開始した。同年8月30日には、現在の多摩川線を開業させていた多摩鉄道を吸収合併した。
1935年(昭和10年)12月27日、西武軌道線(淀橋町角筈 - 荻窪村間)を東京乗合自動車に委託した。委託後、同区間を譲渡(1951年)するまでの歴史は、「都電杉並線#歴史」を参照のこと。
1941年(昭和16年)、前年に川越線の開業に伴い休止していた大宮線を2月25日に廃止した。
1943年(昭和18年)6月、箱根土地が経営権を獲得。堤康次郎が社長に就任した。
1944年(昭和19年)6月、第二次世界大戦下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。
また1944年には、東京都からの委託によって糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで東京湾岸へ運び船で海中に捨てていたが、人手不足とガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで東京都長官の大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、「汚穢電車」[27]「黄金電車」「黄金列車」などと呼ばれた。
この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,000石の糞尿全てを処理できるように構想を立てた。専用貨車を115両新造して輸送能力を1日20,000石に上げるとともに、両鉄道沿線の数十箇所に糞尿貯溜槽を置き、約271,000石の糞尿をためられるようにする。そして輸送は主に深夜に行い、その帰りは貨車の上に特設台を設置し、都内向けの野菜を運搬しようというものであった。
しかし衛生面などで問題が続出し、糞尿輸送は次第にその輸送量を減らして行った。書類上は1953年(昭和28年)3月30日までの契約であったが、実際には1951年に輸送が休止して以降、再開されないままの廃止で、堤の輸送拡大構想は結局実行されないまま終わった。
なおこの糞尿輸送が行われている最中に武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)と食糧増産の3社が合併しているが、社名に「農業」を付して「西武農業鉄道」とした由来はこのようなことにある。
戦後、西武鉄道の復興は他社に比べ目覚ましいものだった。大手他社が国鉄モハ63形の割当てにより体制を整えようとしている中、西武鉄道では国鉄の戦災車や事故車、これらが枯渇すると老朽廃車となった木製車を大量に譲り受け、自社(当時は復興社のちに西武建設経営)の所沢車両工場で改造、修繕や木造車体の鋼体化を実施した。これにより、モハ63形新製割当ての見返りに従来車を地方私鉄に供出する義務から解放され、輸送力増強を成し遂げたのである[注釈 2]。国鉄の改造車ばかり走っていたことから、利用者からは「第2の国鉄」とまで呼ばれていた。国鉄の事故車などを導入したためモハ63にTR11という大正時代の台車を履かせた、国鉄どころか国内でも最低な水準の電車も作られ運行が行われた。徐々に車両数が増えると車体を新造するようになったが、台車や機械類は国鉄から譲り受けたものだった。
しかし、1954年(昭和29年)からようやく車体の完全新造が始まった。この時、登場した351系(登場当時501系)はこれから長きにわたる西武電車の基本デザイン「湘南デザイン」を確立した。この時の西武線を走っている電車と言えば、雑多な形態の電車を連結して、武蔵野台地を駆け巡るという印象が強かった。戦後の西武鉄道の方針は「質より量」で、車両の高速化はいち早く実施されてはいるものの他社では1950年代中盤(昭和20年代終盤)から登場したいわゆる高性能車の導入はせず、他系列との併結を考慮し性能の統一化を図ることから、一貫して旧来の吊り掛け駆動の増備を続けていたため「見せかけの新車」と揶揄されていた。その後登場した西武初の高性能車とも言えるカルダン駆動の601系・701系電車にしても、旧来の吊り掛け駆動車との併結が前提で、機能的には動力伝達方式をアップデートしただけであり、吊り掛け駆動車と併結することによってカルダン駆動本来の性能を発揮できていなかった(詳細は各系列の記事を参照)。電動車の台車は新製されるようになったものの、付随車の台車は国鉄から譲り受けた旧式な釣合梁式のTR11系の改造品であった。従来車との混用を考慮しない、電気制動を可能とした真の意味での高性能車が導入されたのは、西武秩父線開業を控えた、実に1960年代終盤(昭和40年代中盤)のことであった。
1963年(昭和38年)11月1日からは、他社ではまだ6両編成が最長で、しかも18m級車両で編成を組んでいた時に、西武鉄道では池袋-所沢間に日本の私鉄で初めて10両編成を走らせ、単位輸送力を確保した。乗車率が最大で200%を軽く超えていた時代のことであり、西武鉄道の「質より量」という方針が初めて結果につながった瞬間となった。
1969年(昭和44年)には自社のイメージの確立に乗り出し、現在でも利用者の西武鉄道のイメージである「黄色い電車」の第1号となる101系[注釈 3] が登場する。その後、101系で冷房試作車が登場し、翌年に集中式冷房の採用が決定したのをきっかけに在来車両の高性能化[注釈 4]および冷房化が急ピッチで施行されるようになった。この過程で、1977年(昭和52年)には西武鉄道で初の本格的な4扉車かつ界磁チョッパ制御・回生ブレーキを採用した2000系も登場し、省エネルギー化や乗降時間短縮にも貢献するようになった。こうした質的改善により、1985年(昭和60年)5月には車両冷房化率は92.2%と大手私鉄全社中3位、関東大手私鉄では1位に達した[28]。戦後、復興の際の経営戦略が非常にユニークで他鉄道会社と異なっていることから、現在の沿線イメージ、会社イメージ共に他の関東圏私鉄と比較するとやや異質の存在として見られていることが多い[29]。
他の大手私鉄では昭和20年代に東京都心部(主に東京駅・有楽町など)への路線延伸申請を競い合うように行なったが、西武はその動きとは一線を画した。
1986年(昭和61年)に西武鉄道本社は東京都豊島区から埼玉県所沢市へと移転した[30]。同時に西武グループ本社も移転している。東京都区部に路線を持つ鉄道事業者は現在も都区内に本社を置く場合が多いが、このように中心機能を東京の中心地から離した例は、他に東京都新宿区から多摩市へ移転した京王電鉄や、2013年に本社を東京都墨田区から千葉県市川市へ移転した京成電鉄がある。本社移転の狙いは、主要路線が2本交わる所沢駅を中心とした都市開発を行って沿線の開発・活性化を図ることや、沿線や輸送サービスの実態確認の容易化のためである(京王電鉄や京成電鉄の本社移転も同様の理由である)。
2017年(平成29年)1月16日、西武ホールディングスは都心事業の展開を強化する目的で、2019年春にかつての本社所在地に建設するビル内に本社を移転した上で入居することを発表し、西武グループとしては33年ぶりに池袋の地へ復帰することになった[31] が、西武鉄道の本社は所沢市に残る[31]。

現有路線の総延長・旅客営業キロは176.6 kmで日本の大手私鉄では6番目に長い営業キロを持つ(京成電鉄が新京成電鉄を吸収合併した2025年4月1日以降)[注釈 5]。成立や運転系統により、池袋線系統(旧・武蔵野鉄道)と新宿線系統(旧・西武鉄道)におおむね大別できる。この池袋線と新宿線が西武鉄道の主要幹線であり、池袋駅が西武鉄道における最大のターミナル駅である。また、本線(池袋線・新宿線)系統から完全に独立した路線として多摩川線がある。
全線複線の路線は西武有楽町線のみで、他の路線は一部区間または全線が単線である。全線複線の路線が1路線しかないのは関東の大手私鉄では珍しい[注釈 6]。また東京地下鉄とともに、政令指定都市に路線や駅が所在していない大手私鉄となっている。
池袋線と新宿線には、未だに開かずの踏切が点在しており[76]、地方公共団体が主体で立体交差化に取り組んでいる。
池袋線は、2015年1月25日に桜台駅 -大泉学園駅付近までの高架化が完了した[77]。
新宿線は、2025年現在、中井駅 -野方駅間の地下化[78]と井荻駅 - 西武柳沢駅間並びに東村山駅付近の高架化による立体交差化工事を実施している[79][80]。
西武鉄道の路線では西武有楽町線をのぞく全線でATSを使用している。このうち、新交通システムの山口線をのぞく全線では高周波連続誘導車上速度照査式ATSを、山口線では点制御による多情報変周式ATSをそれぞれ採用している。西武有楽町線では西武線で唯一のATCを採用している。
山口線と西武有楽町線をのぞく全線で使用されている高周波連続誘導車上速度照査式ATSは、他のATSや初期型のATCよりも高性能な保安装置である。AF軌道回路を用いたATSは西武鉄道のほかに阪神電気鉄道・阪急電鉄・山陽電気鉄道・相模鉄道(現在は地上子を使用する点制御によるATS-Pに移行して廃止)・西日本鉄道で採用例があるが、西武鉄道ではパターン式となっている。過去に西武線ではAM系自動空気ブレーキ車や貨物列車が走行していたことから、ブレーキ性能別に制御する必要があるためATS作動時には非常ブレーキがかかる。制限速度以下になると自動的に緩解する。分岐上では軌道によって信号を送ることができないため、ループコイルを使用している。JR福知山線の脱線事故を受けて、急な曲線、分岐器(ポイント)箇所等の制限速度に対しても、列車を自動的に減速、または停止させる機能を追加した装置への更新を行い、2010年6月に完了した。
西武有楽町線で使用しているATCは、レールに設けられた軌道回路に先行列車の位置及び進路の条件に応じて作成されたATC信号(速度信号)を流し、車内では列車の許容最高速度を示す信号を連続して現示、その信号現示に従って列車の速度を自動的に制御する方式である。かつて乗り入れ先の有楽町線を含めた営団および後身の東京地下鉄各線や国鉄および後身のJR東日本常磐緩行線で使われていたCS-ATC(JR名称:ATC-4型)とほぼ同じものであるが、東京地下鉄では副都心線に新CS-ATCを採用し、有楽町線でも西武有楽町線と同一のATCから新CS-ATCへと変更されている。西武有楽町線は全駅の出発信号機が停止定位であり、このATCにより駅停車時に段階的に減速する。
2005年に更新された新型自動放送は、担当声優は上りが豊田真由美・下りが鈴木盛久が担当しているが[注釈 7]、多摩川線・山口線では異なる。
池袋線系では2023年から、新宿線系では2024年から、接近時の英語放送や優等列車の停車駅案内、遅延情報の案内などが追加された[83][84]。
西武鉄道では一部の駅をのぞいて独自の発車メロディを使用している。1994年2月に使用を開始し、最盛期には50種類が存在していた[85]。駅・ホームごとに異なっていて当初は主要駅にしか導入されていなかったが、その後は各駅停車のみが停車する駅にも導入されている。しかし、種類は6種類まで絞り込まれている。私鉄の中では京阪電気鉄道や阪神電気鉄道などと並んで発車メロディの採用は早かった。一部駅では旧オリジナル発車メロディを現在も引き続き使用している。ご当地発車メロディとしてご当地ソングを採用した駅が多くあり、高田馬場駅は「マルコメCMソング」、上井草駅は「翔べ! ガンダム」、椎名町駅は『怪物くん』(1968 - 1969年)主題歌「おれは怪物くんだ」、大泉学園駅は『銀河鉄道999』映画版主題歌「銀河鉄道999」、西所沢駅(1・2番ホーム)は「吠えろライオンズ」、下山口駅(1・2番ホーム)は、「若き獅子たち」、西武球場前駅(1 - 6番ホーム)は「地平を駈ける獅子を見た」、西武秩父駅では「旅立ちの日に」、狭山市駅は「七夕さま」、入間市駅は「茶つみ」、本川越駅は「愛の季節」、東村山駅(国分寺線ホーム)は「東村山音頭」、練馬高野台駅は「きれいな川」、「たのしい場所」[注釈 8] 、所沢駅は「さんぽ」(1・2番ホーム)と「となりのトトロ」(3 - 5番ホーム)が採用されている。
2022年3月時点で、池袋線内の駅は原則として下りはシャープ系、上りはフラット系の音響で統一されている。
車内自動放送は、1992年登場の6000系から搭載が始まり、同年以降に製造された新型車両と、2006年度以降に更新された2000系(2031Fが初)・新101系のワンマン仕様車に搭載されている。車内自動放送は本線通勤車用・特急車用・山口線用・多摩湖線用・多摩川線用の5種類が存在する。2008年の東京地下鉄副都心線開業・相互直通開始に伴い更新され、これまで日本語のみだったが、英語放送も追加された。
日本語の声優は1992年当初から石毛美奈子[86] が(ただし、1985年 - 2003年までのレオライナー8500系車両および2008年以前の多摩川線はのぞく)、英語の声優は初の英語車内放送採用の2008年からクリステル・チアリが担当している。更新前の自動放送と比べ日本語はかなり簡略化されたが、これは車掌の肉声によってわかりやすい情報を提供するためだとしている。
西武鉄道には平行ダイヤ区間(複々線でのダイヤ構成)が池袋線のごく一部にしかないため、ラッシュ時のダイヤは非常に複雑に、そして巧みに構成されている。特に池袋線ではその特徴がよく表れていて、全国でも珍しい千鳥停車が行われている。これは種別・行き先を問わず、どの電車も乗車率を平均的にするために行われる複雑なダイヤとなっている。しかし、千鳥停車は平日ラッシュ時のみで、ラッシュ時は毎日の通勤や通学で慣れた人がほとんどであり、混乱は無かった。さらに千鳥停車を行うことにより、優等列車が停車する駅での渋滞が少なくなるため、複線のみの時代でもラッシュ時間帯では複線のみの路線では日本の私鉄最大の1時間に29本もの運転本数を確保し、輸送力増強に大きく貢献した。後述するように、2018年春より種別数は10種別体制になっている。新宿線でもかつて千鳥停車を実施していたが、現在は廃止された。
西武鉄道では、2018年3月10日現在、以下の種別の列車を運行している(各駅停車のみ運行する多摩川線・国分寺線・山口線・西武園線・豊島線を除く)。
運行している列車種別数は10種別で、これは日本での列車種別数では京阪電気鉄道と並んで大手私鉄最多である。なお、区間準急が設定されていた1998年から2001年までの間は、当時の大手私鉄では最大の10種別(現行の列車種別に区間準急と同じく廃止された通勤快速との合計)が設定され、また2008年6月から2012年6月までの間は、廃止された拝島快速を加えた9種別が同時に設定されていた。
(保線車両などを除く)
大人普通旅客運賃(小児半額・ICカード利用の場合は1円未満の端数切り捨て、切符利用の場合は10円未満の端数切り上げ)。鉄道駅バリアフリー料金制度による料金10円の加算を含む。2023年(令和5年)3月18日改定[89]。
| キロ程 | 運賃(円) | |
|---|---|---|
| IC | 切符 | |
| 1 - 4 | 157 | 160 |
| 5 - 8 | 188 | 190 |
| 9 - 12 | 220 | 220 |
| 13 - 16 | 252 | 260 |
| 17 - 20 | 282 | 290 |
| 21 - 24 | 314 | 320 |
| 25 - 28 | 356 | 360 |
| 29 - 32 | 387 | 390 |
| 33 - 36 | 419 | 420 |
| 37 - 40 | 450 | 450 |
| 41 - 44 | 481 | 490 |
| 45 - 48 | 513 | 520 |
| 49 - 52 | 544 | 550 |
| 53 - 56 | 576 | 580 |
| 57 - 60 | 618 | 620 |
| 61 - 64 | 649 | 650 |
| 65 - 68 | 692 | 700 |
| 69- 72 | 722 | 730 |
| 73 - 76 | 764 | 770 |
| 76 - 81 | 796 | 800 |
消費税率引き上げに伴う運賃改定を除き2002年以来運賃を据え置いてきたが、沿線の少子高齢化やコロナ禍の影響による利用者の減少、連続立体交差や老朽化した車両の更新(「サステナ車両」の導入を含む)を肇めとした設備投資の強化等を理由に、2026年3月14日に運賃改定を予定している[68][69]。運賃改定申請に対し、2025年7月22日に「令和13年3月31日までの期限を設け、運賃改定後の令和8年度から3年間(令和10年度まで)の総収入と総括原価の実績を確認する」旨の条件を付して[90]、運賃改定が国土交通大臣に認可されている。また同時に、大人運賃の半額としていた小児運賃を交通系ICを利用する場合は1乗車あたり50円の定額運賃、小児の通学定期は500円(1か月)とし、新たに小児全線フリー定期券として「こども全線定期券」を1000円(1か月)で発売することを予定している[68][91][92]。
| キロ程 | 料金(円) |
|---|---|
| 1 - 18 | 400 |
| 19 - 35 | 500 |
| 36 - 60 | 600 |
| 61 - | 900 |

西武ドームでの野球などイベント来場者の利便を図るため、西武鉄道各駅(多摩川線を除く)から西武球場前駅までの往復乗車券が設定されている。発売当日より2日間有効。
西武鉄道は1枚の通勤定期券で2つのルートを利用できる以下の特殊連絡定期券を発売し、乗客の需要喚起を促している。これらの定期券は都心側のターミナル駅の利用が可能で、途中接続駅での乗り継ぎも容易になる。当初は西武鉄道のみでの発売だった。

西武鉄道は、沿線に秩父や川越といった有名観光地があり、観光客向けに「フリーきっぷ」を発売している。いずれのきっぷも西武鉄道の駅員が配置されていない小竹向原駅と他の西武線の路線とつながっていない多摩川線の全駅では購入することができない。その他、一部の駅で購入できないきっぷがある。
通年商品のほか、季節商品やスタンプラリー等のイベントに合わせて西武線スタンプラリー1日フリーきっぷなどの企画商品が設定される。また毎年埼玉県民の日である11月14日にはその日のみ利用可能な埼玉県民の日記念1日フリーきっぷも発売される。
西武鉄道は、2003年に小田急電鉄と業務提携を結んでいることから、小田急線各駅で発売している各種フリーパスも発売している。この乗車券には西武線乗車駅から西武新宿線西武新宿駅までの往復乗車券が追加されている。
2013年3月16日からは、東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転開始に伴い、東横線・みなとみらい線で使用可能なフリーきっぷの取り扱いを開始した[95]。
2023年3月18日発売分からは企画乗車券からも鉄道駅バリアフリー料金(大人は20円)を収受している(これに伴い「秩父フリーきっぷ」などは発売額変更)[96]。
訪日外国人向けの企画乗車券を発売している。購入時に日本以外のパスポートの提示が必要となる。
シーズン限定の切符として以下の設定もあった。
2010年度までに全駅(営業線のみ)バリアフリー化を目標に掲げ、下記を含めるバリアフリー化事業を行っている。
1992年の高田馬場駅ホーム・駅舎改良工事の開始以降、駅のバリアフリー化工事や駅舎の橋上化・建て替え工事が活発に行われるようになった(小竹向原を除く。ただし、さらに遡ると1977年の現在の西武新宿駅の駅ビル(新宿プリンスホテルビル)完成時にきっぷ売り場と改札口の間の階段横にスロープが設置され、西武最初のバリアフリー化が行われている。このスロープは2007年に改めて改修された)。設備改良の主な内容の始まった駅とその年は次の通り。
近年では一日の利用客が5000人以下の駅でもバリアフリー化が実施されている。駅売店の改良も行われているが、2007年以降は駅ナカコンビニTOMONYに置き換える場合が多い。Emio(エミオ)などの駅ナカ商業施設の建設も進められ、利用者の充実性・利便性の向上も図られている。
ホームには2台以上の大型総合案内板が1987年より設置されている(一部駅を除く)。これには最上部に駅名標(LED式電灯付)、下部に西武鉄道路線図、停車駅ごあんない、時刻表、急行・準急・(普通→)各停それぞれの所要時間がまとめて入っている。その後、2008年より全てユニバーサルデザインのピクトグラムを併用し、さらに新コーポレートカラーに合わせたデザインとなっている。駅名標のみのものは、1987年の航空公園駅から使用している簡易的なものと2008年の新コーポレートカラーに合わせたデザインのものなど約5種類存在する。池袋線(一部駅を除く)は副都心線開業に合わせ、ホーム番号・方面を表記する看板を全て新しいものに交換し同一デザインとしている。他の駅でも駅設備の改良と共に交換をしている。しかし、池袋線では厚型であったが、その後他駅で設置されたものは薄型となり英語表記のほかに、韓国語・中国語の表記もされている。2012年以降は、駅ナンバリングが併記されたものへの取り替えや、案内板への駅ナンバリング貼り付けも順次行われている。1970年代に導入された旧ホーム番号表記看板が現在、鷺ノ宮駅・武蔵関駅・入曽駅・南大塚駅の一部・西武秩父線の一部駅に残っていたがこれも2010年代初期までに取り替えられた。
西武鉄道では小竹向原駅を除く全駅に自動体外式除細動器 (AED) と列車非常通報装置、列車進入警報装置が設置されている。これらの設置は2008年度中に終了した。2007年には遠隔放送装置を導入し、総合司令室より全駅または指定駅への遠隔放送により正確な情報を迅速に伝達することが可能になった。また、「あなたの駅でも定期を」をモットーに、自動定期券発売機の設置を進めている(小竹向原を除く)。また、2009年10月頃より一部駅の自動定期発売機にクレジットカード対応とするためのシステム追加が行われている。
また、女性専用車に、小学生以下の子供を同伴する「男性保護者」の乗車も認めており、他社には見られない特徴である[97]。
線路面では低騒音化や乗り心地の改善に力を注いでいる。1975年より乗り心地の良い線路のロングレール化が実施され、実施率は日本の私鉄一であった。分岐器(ポイント)での横揺れや騒音を軽減するため、普通分岐器から弾性分岐器への交換を進めている。1996年までF級電気機関車のE851形が走行していたこともあり線路の基礎は強固である。民家が隣接しているところには防音壁を設置し対策している。2000年頃から架線柱のビームを丈夫で寿命が長いパイプ式への交換が進んでいる。また一部であるが、弾性枕木直結軌道やバラストラダー軌道、饋電吊架式の架線などの採用も進めており省メンテナンス化にも取り組んでいる。
歩行者用・自動車通行可能な踏切共に全ての踏切で遮断機及び警報器が自動化されている。踏切の遮断機・警報器や起動装置などはほとんどが京三製作所製で、一部日本信号製の物が使われている。2008年度には自動車が通行可能な踏切242踏切に、踏切支障報知装置(非常ボタン)と踏切支障検知装置の設置を完了した。列車の運転士が運転中に踏切遮断機の作動を確認する線路脇に設置されている表示灯は、他社では見られない特殊なものとなっている。他社では電球色で「×」印の表示灯が一般的だが、西武鉄道では踏切の警報灯と同じ上下点滅式のLED表示灯となっている。2005年より比較的大きな踏切では道路と歩行者用通路を明確にし歩行者の安全を確保するため、歩行者用通路が緑色で塗りわけられている。なお、警報音は設置当初から数十年以上手鳴らしによる「カンカンカンカン」という西武独自の独特な音のものであったが、1990年頃より2世代前、1992年頃より1世代前のものへ変更が始まり、一時期現行のもの含めすべての警報音が使用された時期もあったが、2008年に1世代前(武蔵境第6踏切のみで使用)と現行の4代目の2つのみに統一された。なお、現在は駅列車接近警報装置の警報音としても使用されている。
車両形式ごとの性能に統一性がなく、同形式でも性能が一部異なる編成もあるため、運転士は形式ごとに性能や操作、感覚を記憶しなければならない。西武鉄道係員養成所には、20000系と40000系の運転(車掌)シミュレーターがあり、定期的に運転士はそこで訓練を受ける。
東京メトロ等乗り入れ先では同条件でも開放している運転席背面の助手席側遮光幕は西武線内では早朝・夜間は閉めている。
車両の自動放送を簡略化し、車掌に直接わかりやすく通過駅や接続電車などの放送をさせるようにしている。電車の折り返し時や停車時間が長い駅では都度車掌が車内に入り車内温度を確認する。また、始発時や乗務員交代時には車内と乗務員室の仕切り扉や窓を開け、車内放送が適切な音量であるかを確かめている。
保谷・小手指・飯能・上石神井・小平・新所沢の各駅に乗務所が併設されており、運転士と車掌が所属している。また、白糸台・萩山の各駅に併設された多摩川線管理所、多摩湖線管理所に運転士が所属しており、前者が多摩川線、後者が多摩湖線、山口線のワンマン運転を担当している。
2020年度は駅別乗降人員 :西武鉄道Webサイト より。それ以外は関東交通広告協議会、東京都統計年鑑、埼玉県統計年鑑 より。
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は、右欄の乗降人員と比較して増(
)、減(
)を表す[要検証 –ノート]。
| 順位 | 駅名 | 路線名 | 所在地 | 2020年度 | 2018年度 | 2015年度 | 2010年度 | 2005年度 | 2000年度 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 池袋駅 | ■池袋線 | 東京都豊島区 | 536,219 | 池袋線系統の駅として第1位。 (各社局線総合では世界第3位) | |||||
| 2 | 高田馬場駅 | ■新宿線 | 東京都新宿区 | 288,904 | 新宿線系統の駅として第1位。 | |||||
| 3 | 西武新宿駅 | ■新宿線 | 東京都新宿区 | 201,444 | ||||||
| 4 | 小竹向原駅 | ■西武有楽町線 | 東京都練馬区 | 36,769 | 有楽町線、副都心線との直通人員を含む。 | |||||
| 5 | 練馬駅 | ■池袋線 ■西武有楽町線 ■豊島線 | 東京都練馬区 | 70,403 | ||||||
| 6 | 国分寺駅 | ■国分寺線 ■多摩湖線 | 東京都国分寺市 | 114,876 | ||||||
| 7 | 所沢駅 | ■新宿線 ■池袋線 | 埼玉県所沢市 | 87,558 | ||||||
| 8 | 大泉学園駅 | ■池袋線 | 東京都練馬区 | 75,570 | 他路線と接続しない単独駅として第1位。 | |||||
| 9 | 石神井公園駅 | ■池袋線 | 東京都練馬区 | 65,157 | ||||||
| 10 | 秋津駅 | ■池袋線 | 東京都東村山市 | 65,951 | ||||||
| 11 | 田無駅 | ■新宿線 | 東京都西東京市 | 69,945 | ||||||
| 12 | ひばりヶ丘駅 | ■池袋線 | 東京都西東京市 | 65,247 | ||||||
| 13 | 清瀬駅 | ■池袋線 | 東京都清瀬市 | 68,837 | ||||||
| 14 | 保谷駅 | ■池袋線 | 東京都西東京市 | 52,643 | ||||||
| 15 | 花小金井駅 | ■新宿線 | 東京都小平市 | 52,944 | ||||||
| 16 | 東久留米駅 | ■池袋線 | 東京都東久留米市 | 47,264 | ||||||
| 17 | 新所沢駅 | ■新宿線 | 埼玉県所沢市 | 62,054 | ||||||
| 18 | 本川越駅 | ■新宿線 | 埼玉県川越市 | 47,939 | ||||||
| 19 | 東村山駅 | ■新宿線 ■国分寺線 ■西武園線 | 東京都東村山市 | 41,509 | ||||||
| 20 | 上石神井駅 | ■新宿線 | 東京都練馬区 | 43,419 |
池袋線系統は池袋駅が、新宿線系統は西武新宿駅と高田馬場駅が突出して乗降人員が多く、これらの3駅が西武鉄道のメインターミナルである。また、池袋線系統は小竹向原駅で東京メトロ有楽町線及び副都心線への相互直通運転を行っており、都心方面の利便性と冗長性を確保している。
池袋線系統の始発駅である池袋駅は、1990年代前半に一日平均乗降人員が65万人を越えていた時期があった。1997年度に都営地下鉄大江戸線が新宿駅まで延伸開業し、2008年度に東京メトロ副都心線が開業して直通運転を開始するなど、並行路線が開業したことで乗客の転移が進み、2009年度以降は50万人を下回っている。その一方で、池袋駅の手前にある乗換駅の小竹向原駅と練馬駅は乗降人員が増加し、2010年度以降は両駅とも10万人を上回っている。
新宿線系統の始発駅である西武新宿駅は、他路線に乗り換える際に不便な場所にあるため、乗り換えに適した隣駅の高田馬場駅よりも乗降人員が少ない。同線は地下鉄への相互直通運転を実施していないため、朝のラッシュ時は両駅で大量の降車客を捌いている。特に、高田馬場駅では降車時間の短縮と遅延防止を図るため、上り線に限り両側の扉を開けられる構造としている。
上位15位の中で大半を占めるのは池袋線の駅である。大泉学園駅は他路線と接続せず、急行以上の種別が通過する単独駅でありながら一日平均乗降人員が6万人を越えている。また同駅を含め、石神井公園駅から所沢駅までの各駅は、すべての駅で一日平均乗降人員が4万人を越えている。朝のラッシュ時に運転される通勤準急は石神井公園駅を、通勤急行はひばりヶ丘駅を通過する千鳥停車を行い、両駅に停車する快速急行及び急行に乗客が集中しないようにダイヤが組まれている。
一方で、新宿線の単独駅で一日平均乗降人員が5万人を越えているのは田無駅のみである。2006年度以前は新所沢駅も一日平均乗降人員が6万人を越えていた。
西武鉄道では、グループビジョンのグループ宣言に、「常に、自然環境・地球環境への配慮を忘れません。」と掲げている通り、以下のような環境保全活動を行っている(以下は、大まかな例であり環境保全活動の極一部)。
2008年5月に鉄道会社としては初めてSEGES(シージェス)の認定を受けた森林「飯能・西武の森」を保有している。認定ランクは5段階評価中3段階目。認定を受けた会社としては最大級で、面積は約77ヘクタール。地域市民の憩いの場として、また自然体験を始めとする環境教育の場として使用されている。2008年9月より5ヵ年計画で整備をする。
2007年に電車から架線に戻された回生電力の貯蔵を行う「環境配慮型蓄電装置」を日本国内で初めて吾野変電所および正丸変電所に導入した。これにより電力使用量の削減につながった。また、変電所では2001年より整流器の冷媒を代替フロンから環境に影響のない純水に切り替えている。2008年より変電所で定期的に交換される蓄電池の再利用を行っていて、廃棄物の削減を図っている。
2005年度以降にリニューアルされた駅や建て替えを施行した駅の一部では、太陽光発電や風力発電システムを導入している。案内表示看板内の照明をLED化することで消費電力の大幅な削減を図っている。駅の構築でVOCの発生を抑えるため、鉄骨材の塗装をやめて溶融亜鉛めっきを取り入れている。また、信号踏切等の設備の塗装では低VOC塗装を使用している。2009年度から一部駅でホームや駅前ベンチの緑化が行われた。旧駅舎に使用されていた古レールを活用し、駅の案内表示の柱に使用している。
鉄道車両では、軽量化などによって消費電力の削減を図り、新型車両についてはこれが置き換える旧型車両に比べ約半分以下の消費電力となっている。また、車内や車体のリサイクル性を高めるため新型車両ではリサイクル可能な素材の採用などがなされている。冷房装置の冷媒を代替フロンに置き換えることによって、オゾン層破壊への影響を低減させている。また、使わなくなった一部車両を地方中小私鉄に譲渡して、解体にかかる環境負担を低減させると共に省資源化を図っている。廃棄物対策として、車両部品の非アスベスト化や電子機器プリント基板の非鉛化を図っている。
線路内の法面の緑化を行い環境保全と景観向上を図っている。また、一部社員を地域の清掃活動や自治体とタイアップした植栽ボランティア活動に定期的に参加させている。この活動により社員が環境に対する意識を高めてもらおうとしている。
武蔵横手駅の線路脇事業用地ではヤギ(雄のそらと雌のみどり、その2頭の子のだいち)の放牧による草刈りを2009年8月頃より試験的に開始している。これにより、従来社員が草刈り機を使用して行っていた草刈りを省くことができ、草刈り機の燃料費の削減、またこれに伴う環境負荷の低減につながることを期待している。
乗車券類のリサイクルを行い再資源化を図っている。また同じように電気関係工事で発生する銅屑、鉄屑などのリサイクルも行っている。
2009年4月には日本政府が進める地球温暖化防止プロジェクト「チーム・マイナス6%」に加盟している。
太陽光発電については駅併設分以外にも、西武鉄道グループとして太陽光発電所を9か所(2018年1月時点)運営・着工している[98]。
西武鉄道では幾多のオリジナルキャラクターを駅や電車内で使用している。2004年頃から西武鉄道が保有する電車の各形式がキャラクター化されている。2007年度より「グットマナーをありがとうシリーズ」で各動物をキャラクター化している。同年度から西武鉄道が毎月1日に発行する「西武鉄道 かわら版」内のマナーを呼びかけをする欄で毎年度違うキャラクターを製作している。ちなみに2007年度はマナーかるたをテーマとして中学生の「たけしくん」、2008年度は小学生探偵の「サトローくん」、2009年度は学習型のマナーロボット「マナボットくん」であった。また、沿線祭りの宣伝ポスターで解説などをするキャラクターとして「まつりちゃん」がいる。
1956年、練馬区に東映動画のスタジオ(現・東映アニメーション大泉スタジオ)が設立されて以来、練馬区・杉並区など西武沿線周辺にアニメ会社が集まり、日本のアニメ産業の中心地となった[100]。
グループ再編後は、アニメーション作品、およびそれを活用した地域おこしとのタイアップや、アニメキャラクターを使用した自社企画、声優を起用した企画(始球式、アニラジやその公開収録など)を行っている。近年は、『モンスターストライク』や『白猫プロジェクト』など、ソーシャルゲームとのコラボレーションも度々実施している。


このほか、『ケロロ軍曹』やプリキュアシリーズ(2009年の『フレッシュプリキュア!』から2012年の『スマイルプリキュア!』まで)の劇場映画公開前に、広告ヘッドマーク付きの電車を池袋線系統を中心に運転していた。
また、2020年11月に、本社所在地近くの所沢市東所沢和田に、クールジャパンの総本山として、出版大手KADOKAWAの文化複合施設「ところざわサクラタウン」が開業。この計画には、西武HD取締役会長の後藤高志も参加している。
西武鉄道以外の西武グループ系列企業でも、以下のアニメ・漫画作品とタイアップ(コラボレーション)を行っている。特に、サンシャインシティプリンスホテルは、近くに乙女ロードがあるため、女性向け作品とのコラボに積極的である。
例年、沿線の南入曽車両基地で8月ごろ、武蔵丘車両検修場で6月ごろ、横瀬車両基地で10月ごろに車両基地一般公開等のイベントが行われる。
2021年は新型コロナウイルス感染症の流行により、車両基地の公開を取りやめた。その一方で武蔵丘車両研修場では、近隣の日高市や飯能市などに在住する市民に無料の招待券を配布し、参加する人数を少なくして一般公開を行った。
西武グループは、西武ホールディングス傘下の中核事業会社である西武不動産、西武・プリンスホテルズワールドワイド、西武鉄道とその子会社と孫会社を含め81社より構成されている。西武鉄道系は、地方鉄道の近江鉄道・伊豆箱根鉄道およびその子会社を除き、原則的に企業名の先頭に「西武」が付く。鉄道系以外では、例外は武蔵野地所、横浜アリーナである。
| 事業名称 | 設立 | 業態 |
|---|---|---|
| 西武不動産 | 1956年 | 不動産の保有・経営・開発等 2006年2月にプリンスホテルを存続会社としてコクドを吸収合併。持株会社として西武ホールディングスを新設し、関連会社管理機能を同社へ承継させて同社の完全子会社となる。 |
| 西武不動産プロパティマネジメント | 2024年 | 不動産の運営・管理・売買・仲介業務等 |
| 西武不動産投資顧問 | 2024年 | 投資助言・代理業、宅地建物取引業およびこれらに付帯する業務 |
| 西武不動産ビルマネジメント | 1983年 | 建物及び建物内外の保守、管理、清掃業務、総合警備保障業務等 2025年4月付で株式会社西武SCCATから商号変更。 |
| 事業名称 | 設立 | 業態 |
|---|---|---|
| 西武・プリンスホテルズワールドワイド | 2021年 | 西武グループのホテル・リゾート事業の運営・統括会社 2021年12月に株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイドを設立。 |
| 川奈ホテル(子会社) | 2002年(新旧分離による) | 「川奈ホテル」の経営 |
| 広島プリンスホテル(子会社) | 「グランドプリンスホテル広島」の経営 | |
| 横浜八景島(子会社) | 1990年 | 「横浜・八景島シーパラダイス」・「西武園ゆうえんち」など水族館・遊園地の運営、および2施設の管理業務請負。 |
| 男鹿水族館(第三セクター) | 2003年 | 秋田県立男鹿水族館の運営 |
| 事業名称 | 設立 | 業態 |
|---|---|---|
| 西武鉄道 | 1912年 | 鉄道事業者 |
| 近江鉄道 | 1896年 | 鉄道事業者 |
| 近江観光 | ザ・プリンス 京都宝ヶ池・びわ湖大津プリンスホテルの運営、旅行業の経営 近江鉄道子会社(西武鉄道は間接所有) | |
| 伊豆箱根鉄道 | 1916年 | 鉄道事業者 |
| 伊豆箱根バス | 1989年 | バス事業会社。伊豆箱根鉄道子会社 (西武鉄道は間接所有) |
| 伊豆箱根交通 | 1974年 | タクシー事業会社。伊豆箱根鉄道子会社。1932年に駿豆鉄道(伊豆箱根鉄道前身)が営業開始し、1969年に伊豆箱根ハイヤーとして独立。1974年に伊豆箱根交通と改称。2021年に系列の伊豆箱根タクシーと合併。 |
| 西武バス | 1932年 | バス事業会社 |
| 西武造園 | 1951年 | 造園・緑化の企画・設計、施工、維持管理 |
| 西武トラベル | 1970年 | 旅行業。西武鉄道の直営旅行会社であった「西武観光」(2011年11月事業廃止)とは別。 |
| 西武ハイヤー | 1967年 | タクシー・ハイヤー事業会社 |
| 西武園ゆうえんち (旧豊島園) | 2005年 (新旧分離を実施) | 「西武園ゆうえんち」・日帰り入浴施設「庭の湯」運営 2020年10月付けで株式会社豊島園から株式会社西武園ゆうえんちに名称変更。同年8月まではとしまえんを運営。 |
| 西武ライオンズ | 1950年 | プロ野球興行運営会社。設立は西鉄野球としての設立年(設立登記日は同年1月28日)。1978年10月25日、中村長芳が経営する福岡野球(太平洋クラブライオンズ→クラウンライターライオンズ)を買収し傘下入り。同年より西武ライオンズとなる。2008年に"埼玉"を球団名に冠し、埼玉西武ライオンズとなった。なお、球団名に埼玉が付いた後も運営会社名は「西武ライオンズ」のままである。 |
| 西武レクリエーション | 1997年 | 西武鉄道が所有するレジャー施設の賃借・運営(BIG BOX 東大和・狭山スキー場・西武園競輪場・豊島園 庭の湯・東伏見アイスアリーナなど)。 |
| 横浜アリーナ | 1986年 | 横浜アリーナの賃貸・運営 |
| 事業名称 | 設立 | 業態 |
|---|---|---|
| 池袋ショッピングパーク (筆頭株主はそごう・西武〈セブン&アイ・ホールディングス間接保有〉) | 1959年 | 同所の商業施設・駐車場経営 |
以下の番組で取り上げられた。
| 持株会社 | |||||||||||||||||
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| 西武鉄道グループ |
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| プリンスホテルグループ |
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| 伊豆箱根鉄道グループ |
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| 近江鉄道グループ | |||||||||||||||||
| レジャー施設 |
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| ショッピング |
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| スポーツ |
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| 歴史 | |||||||||||||||||
| 関連人物 | |||||||||||||||||
| 関連項目 |
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| タイアップ作品 | |||||||||||||||||
PASMO加盟事業者 | ||
|---|---|---|
| 鉄道 | ||
| バス | ||
| 過去に導入していた事業者 | ||
| 相互利用(片利用) | ||
| 新幹線乗車サービス |
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| 関連項目 | ||
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日本民営鉄道協会(民鉄協) | |||||||||||||||||||
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| 会員 |
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| 関連項目 | |||||||||||||||||||
| 関連団体 | |||||||||||||||||||
パスネット(廃止) | |
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| 導入事業者 | |
| 関連項目 | PASMO -せたまる -首都圏ICカード相互利用サービス -FeliCa -乗車カード -バス共通カード(廃) -バスカード (栃木県) -東京フリーきっぷ |
| 特記無い場合はいずれも鉄道のみで導入、事業者によっては一部利用できない区間が存在した。カード名は各者で異なる。 | |