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藤岡琢也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ふじおか たくや
藤岡 琢也
藤岡 琢也
1962年
本名藤岡 琢也[1]
生年月日 (1930-09-04)1930年9月4日
没年月日 (2006-10-20)2006年10月20日(76歳没)
出身地日本の旗日本兵庫県の旗 兵庫県姫路市
死没地日本の旗日本東京都の旗 東京新宿区
慶應義塾大学病院[1]
身長165cm
血液型O型
職業俳優声優
活動期間1957年 -2006年
活動内容1957年:劇団「」へ入団
配偶者あり(1960年 ‐ 2006年、2007年死去)
主な作品
テレビドラマ
渡る世間は鬼ばかり
ケンチとすみれ
はまぐり大将
家族戦争
オレの愛妻物語
事件記者チャボ!
気分は名探偵
おやじのヒゲ』シリーズ
映画
『喜劇 頑張れ!日本男児』
『喜劇 男売ります』

CM
サンヨー食品サッポロ一番みそラーメン
受賞
第4回ギャラクシー賞受賞
菊田一夫演劇大賞特別賞
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藤岡 琢也(ふじおか たくや、1930年昭和5年〉9月4日[2] -2006年平成18年〉10月20日)は、日本俳優声優

兵庫県姫路市出身。身長165cm、体重71kg。兵庫県立姫路西高等学校卒業、関西学院大学文学部中退。

来歴・人物

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1930年、姫路市にて会社員の父・憲一の第一子として誕生[注釈 1]。当時としては裕福な家庭に育ち、成績は優秀だった。

旧制姫路中学校(現:兵庫県立姫路西高等学校)から広島陸軍幼年学校に進学するが、終戦により姫路中に復学後、関西学院高等部に編入[3]慶応義塾大学への進学を志望していたが、不合格となり明治大学商学部に進学するも父親の意向で関西学院大学に移り、翌年に結核を患い中退[3]

1953年関西学院大学文学部社会学科に再入学[3]ラジオドラマの演出家を志し、大学在学中にNHK大阪放送局を見学したことがきっかけで、大阪放送劇団の入団試験を冷やかし半分で受験し合格するが、劇団から大学中退を求められたため、大阪放送局ラジオサークルでラジオドラマについて学び大学卒業後にNHKの採用試験を受けることを決めるが、結核が再発し、大学を中退したことからそれも不可能となる[3]

そんな時、ラジオドラマに近い仕事として吹き替えの仕事に興味を抱く、NHK大阪放送局のディレクターであった前田達郎から声優の仕事を行っている俳優が多く在籍する劇団葦を紹介される[3]。入院中にラジオ作家の堀江史朗の弟と知り合い、退院後、芸能界入りのため堀江を頼って上京したが、堀江は藤岡が「平凡な顔立ち」という理由で、「姫路で働きながらアマチュア劇団でも作るんだね」と答えた[3]

1957年に劇団「」の研究生となる[3]。同年には、シモーヌ・ド・ボーヴォワール作の翻訳劇『ごくつぶし』のパンを運ぶ男役で初舞台で初舞台を踏む[3]

その後、アルベール・ユッソン作の翻訳劇『俺たちは天使じゃない』の最後に登場する二枚目の海軍士官役で初めて台詞のある役を貰うが、公演中にミスをし、台詞もまとも言えない状態になってしまう[3]。それが原因となり、劇団の本公演に出演することはなく、裏方として主に音響効果を担当した[3]

劇団の俳優が出演する吹き替えの台本制作のための仕事をしていた際、出演予定だった俳優が急病で降板したことから急遽、藤岡が出演することとなり、声優としての活動を開始[3]ドナルド・ダック役が好評となった[3]

1966年に『事件記者』に急逝した清村耕次の後任としてレギュラー出演し、世間に広く知られた。続いて『横堀川』での主人公を慕い協力する寄席芸人・ガマ口役でその演技力を認められ、第4回ギャラクシー賞を受賞した。

映画ではお調子者の中間管理職や中小企業の社長役を演じた。初の主演映画は1970年の『喜劇 頑張れ!日本男児』。映画では、小狡い小悪党の役も巧くこなし、単なる善良な父親だけではない幅広い役柄を演じた。1969年から森繁久彌主演の映画『社長シリーズ』にも数本出演し、1970年には明治座において森繁劇団10周年記念公演に出演した。1986年10月29日から、TBS系で放送された森繁主演のテレビドラマシリーズである『おやじのヒゲ』に10年にわたってレギュラーとして出演した。森繁からはプライベートでも実弟のように大変可愛がられていたという。小林桂樹とも昔からの共演が縁でとても仲が良かったといい、晩年はツーカーの携帯電話のCMで一緒に共演している。

テレビドラマでは、大阪を舞台とした商人ものやホームドラマなどに数多く出演。特にホームドラマでは、小太り・黒縁の眼鏡・口ヒゲといった特徴的な風貌で登場し、「家に帰ると背広から和服に着替えて一杯飲む」という、昭和時代の典型的な日本の父親を演じた。また、関西弁を誇張した役も演じた。

1969年から2004年までの35年間、サンヨー食品の「サッポロ一番みそラーメン」のCMに出演していた[注釈 2]

1975年橋田壽賀子脚本「愛ってなぁーに」の出演をきっかけに、多くの橋田作品に起用された。特に1990年よりスタートした『渡る世間は鬼ばかり』での五人姉妹の父親である岡倉大吉役は代表作として広く知られた。


2006年2月21日肺炎のために『渡る世間は鬼ばかり』を降板[注釈 3]。同年10月20日午後3時18分、慢性腎不全のため東京都新宿区慶應義塾大学病院で死去[1][4]。76歳没。戒名は「夢藤岡琢也霊位」。「渡る世間は鬼ばかり」2005年3月放送の第7シリーズ最終話が藤岡の遺作となった。

2006年10月24日増上寺において葬儀がとりおこなわれた。会場には生前本人が好きだったジャズ音楽が流された。『渡る世間は鬼ばかり』の石井ふく子プロデューサー、岡倉家の五人姉妹(長山藍子泉ピン子[注釈 4]中田喜子野村真美藤田朋子)やドラマの共演者が葬儀に参列している。弔辞はピン子が読み上げ、藤岡の出棺の際には親友の長門裕之が「琢さん お疲れ様」と声を挙げていた。他に水前寺清子も参列していた。

弟子に藤井つとむらがいた。

エピソード

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  • 桂米朝は小学校の先輩で、遠足の時に案内で手をつないでもらった。
  • キダ・タローは大学時代の同級生であり在学中に同じタンゴバンドに所属する音楽仲間であった。藤岡の担当はバイオリン、キダ・タローの担当はアコーディオンだった[5]。その後、30歳近くになった時に初めてNETテレビ(現在のテレビ朝日)『モーニングショー』の「ご対面」コーナーで共演することになる時まで、キダは俳優・藤岡琢也が同級生の藤岡茂とは知らなかったという[5][6]。なおキダによれば、この番組の収録または放送前において二人は事前にメイク室で顔を合わせており、藤岡から「うまいことやってや」とも言われていた。だが番組はあくまで対面の瞬間まで藤岡はキダが来るとは知らない、と言う設定で進められており、藤岡はこの大きさはアコーディオンかな、ひょっとして木田ちゃん?……などと、役者っぷりを発揮したという。なおキダの方はこういうヤラセは気にくわなかったとのことである[6]。藤岡が亡くなったことを聞いたキダは「悲しい」とコメントした。
  • 戦時中は、供出で不足した鉄針の代わりに小指の爪を尖らせてレコード盤面に当て、親指を耳に当てて音を聴いたという、熱心な音楽好きをうかがわせるエピソードが残っている。
  • 無名時代、支配人から「君は役者に向いていない」と言われ、嘉穂劇場では裏方として音響効果を担当していた。
  • 俳優仲間からは「タクさん」の愛称で親しまれた。
  • 無名時代から渥美清若山富三郎長門裕之とは親交が深かった。渥美が一番年上だったが、当時は毎晩のように4人で集まっては遊んでいたという。藤岡の死去後には長門がインタビューに応じて生前の思い出話を語った。
  • 1966年の『紅白歌合戦』に紅組応援団として参加した[注釈 6]
  • 晩年はキムタクをもじった「フジタク」という愛称で親しまれた。フジタクは一時期『痛快!明石家電視台』の番組マスコット(着ぐるみ)になった。
  • ドラマでは典型的な昭和時代の日本の父親を演じたが、実生活では子供がいなかった。
  • 映画でヤクザを演じる場合(主人公に倒されたり、引退するなど)やられ役が多かった。
  • 阪急ブレーブスのファンである[8]外野手山森雅文の高い運動能力と守備力を「何度だって見てみたい。奇跡だ」と絶賛していた。

後任

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藤岡の死後、持ち役を引き継いだ人物は以下の通り。

出演(顔出し)

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映画

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テレビドラマ

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舞台

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バラエティ

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  • うそつきクイズ(日本テレビ)
  • クイズくいず食図(くいず) (1981年10月10日 - 1982年、テレビ東京)
  • 20世紀最後のプロ野球好珍プレー(日本テレビ)

CM

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出演(声優)

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テレビアニメ

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劇場アニメ

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吹き替え

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映画

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ドラマ

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海外アニメ

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人形劇

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ラジオ

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その他

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  • 新潮CD「おはん」(新潮社)
    宇野千代「おはん」(新潮文庫)の全文を朗読したもの。原作は中年男性の独白で構成されており、かつて声優で活躍していた藤岡の「声の名人芸」が聴ける。
  • シンデレラ姫(1963年、ディズニーランドレコード) - 大臣
  • チップとデールのゆかいな仲間(1963年、ディズニーランドレコード) - ドナルドダック[13]
  • ミッキーの宇宙旅行(1963年、ディズニーランドレコード) - ドナルドダック
  • ミッキーの仕立て屋(1963年、ディズニーランドレコード) - 王さま[13]
  • ミッキーのジャックと豆の木(1963年、ディズニーランドレコード) - ドナルドダック
  • みにくいあひるの子(1963年、ディズニーランドレコード) - あひるの父
  • 出た出た出た ドナルドのお化け騒動(1964年、ディズニーランドレコード) - ドナルドダック
  • ドナルドの西部の保安官(1964年、ディズニーランドレコード) - ドナルドダック[14]

音楽活動

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  • マキシシングル「渡鬼音頭」

受賞歴

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著書

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脚注

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[脚注の使い方]

注釈

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  1. ^家族は妹2人を加えて5人家族。
  2. ^後任は木梨憲武が出演。
  3. ^後任は宇津井健が務めた。宇津井も2014年3月14日金曜日)午後6時5分に死去。これにより同ドラマで藤岡と宇津井が演じた「岡倉大吉」も亡くなった設定となった。
  4. ^ピン子は藤岡を私生活でも芸能界の父親と慕っていた。
  5. ^幼年学校は広島市の中心部にある広島城の東隣、爆心地から数百メートルしか離れていない場所に所在していた。
  6. ^当時は人気ドラマ横堀川 (テレビドラマ)に出演していた。

出典

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  1. ^abc“藤岡琢也さん76歳、腎不全で死去…厳しく優しい“日本のオヤジ”に幕”. ZAKZAK. (2006年10月21日). オリジナルの2006年11月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061107153221/http://www.sanspo.com/geino/top/gt200610/gt2006102111.html 2019年12月20日閲覧。 
  2. ^abDJ名鑑 1987三才ブックス、1987年2月15日、134頁。
  3. ^abcdefghijkl藤岡琢也『今夜はジャズで』立風書房、1982年12月31日、49 - 116頁。 
  4. ^史上初の大調査 著名人100人が最後に頼った病院 あなたの病院選びは間違っていませんか”. 現代ビジネス (2011年8月17日). 2021年2月5日閲覧。
  5. ^ab関西楽員同窓会東日本センター東京支部; キダ・タロー (2008), KG PEOPLE 013 キダ・タローさん, 関西楽員同窓会東日本センター東京支部, オリジナルの2016-3-18時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160318215746/http://www.kg-tokyo.com/people/013index.html 
  6. ^ab阿川佐和子 (2015), 「聞く力」文庫1 アガワ対談傑作選, 文春文庫, 文藝春秋, p. 291-307  -週刊文春に連載された対談。キダの対談は2014年3月20日号に掲載された。
  7. ^Corporation), NHK(Japan Broadcasting. “「疎開したから原爆を逃れられた」 藤岡 琢也さん(俳優)|NHK 戦争証言アーカイブス”. NHK戦争証言アーカイブス. 2021年8月3日閲覧。
  8. ^【一聞百見】今だから話せる「勇者の三番」広島トレード秘話 元プロ野球阪急ブレーブス選手・加藤秀司さん”. 産経新聞 (2020年3月27日). 2020年12月16日閲覧。
  9. ^東宝特撮映画全史 1983, p. 538, 「主要特撮作品配役リスト」
  10. ^秘密のデカちゃん”. TBSチャンネル. 2025年8月3日閲覧。
  11. ^新宝島”. 手塚治虫公式サイト. 2016年6月11日閲覧。
  12. ^うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー”. ぴえろ公式サイト. 2022年5月30日閲覧。
  13. ^ab「12月新譜邦楽レコード」『Music monthly』12月号、月刊ミュジック社、1963年12月、107頁。 
  14. ^「10月新譜邦楽レコード」『Music monthly』7月号、月刊ミュジック社、1964年10月、73頁。 
  15. ^橋田賞受賞者リスト”. 一般財団法人 橋田文化財団. 2025年5月22日閲覧。

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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ウィキニュースに関連記事があります。
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