藤原 竜也(ふじわら たつや、1982年〈昭和57年〉5月15日 - )は、日本の俳優・タレント。埼玉県秩父市出身。ホリプロ所属。
| 伝記の記載を年譜形式のみとすることは 推奨されていません。 人物の伝記は流れのあるまとまった文章で記述し、年譜は補助的な使用にとどめてください。(2016年9月) |
1997年、蜷川幸雄演出の舞台『身毒丸』主役オーディションでグランプリを獲得し、俳優デビューする。バービカン・センター(ロンドン)での公演にて、「15歳で初舞台とは思えぬ存在感で天才新人現る」と絶賛され[2]、翌年の凱旋公演も行われた。
2000年、映画『バトル・ロワイアル』の主演に抜擢された。2001年、『新・星の金貨』で連続ドラマで初主演を務める[注 1]。2003年、日本演劇史上最年少21歳でタイトル・ロールを演じた舞台『ハムレット』で、主な演劇賞を総嘗めにした。2004年、『新選組!』の沖田総司役でNHK大河ドラマ初出演。
2005年、リンカーン・センター(ニューヨーク)にて舞台『近代能楽集〜弱法師〜』の俊徳役を演じ、「NYタイムズ」でも評価を受けた[3]。
2007年2月から6月まで仕事を一時休業し、ロンドンに留学した。帰国後、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのグレゴリー・ドーラン演出の舞台『ヴェニスの商人』に出演。
2008年、ジョン・F・ケネディ・センターに於ける『身毒丸』ワシントンD.C.公演にて、2002年のファイナル公演以来6年ぶりに身毒丸役を演じ、「ワシントン・ポスト」などの地元各紙で高い評価を受けた[4]2009年、井上ひさし作、蜷川幸雄演出による舞台『ムサシ』で宮本武蔵役。
2010年、舞台『ANJIN イングリッシュ・サムライ』で台詞の7割が英語の宣教師役。バービカン・センター(ロンドン)、リンカーン・センター(ニューヨーク)で舞台『ムサシ』を再演した。9年ぶりに連続ドラマ『おじいちゃんは25歳』の主演を務める。
2011年、ドラマ『遺恨あり 明治十三年 最後の仇討』で臼井六郎を演じ、第37回放送文化基金賞演技賞を受賞。2014年、日本テレビ系ドラマ『ST 赤と白の捜査ファイル』で13年ぶりにゴールデン・プライム帯の連続ドラマ主演を務める。2015年、2003年に自身がタイトルロールを演じ、数々の演劇賞を受賞した舞台『ハムレット』で12年ぶりに再びハムレット役を演じる。
私生活では、2013年5月に一般女性との年内結婚を報告[5]。2016年6月、第1子の誕生をウェブサイトで発表した[6]。
- 秩父市立秩父第二中学校卒業。堀越高等学校中退[7]。
- 竜也という名前は、祖父の「天に昇る竜の如くすくすくと育つように」との想いから命名された。父親は単身赴任が多く、ほとんど家にいなかった。母親は秩父で飲食店を経営している。顔は母親似。3人兄姉の次男(末っ子)で、兄と姉がいる。11歳の時に姪が生まれ、若くして叔父になった。幼少のころ帰宅した際に父親が小麦粉まみれになっていたというエピソードを番組「藤原竜也の一回道」で語っている。
- 身長178cm、チェスト82cm、ウエスト75cm、ヒップ:86cm、シューズ27.0cm(公式HPより)。
- 2013年に、一般女性との結婚を発表。妻との初デート場所は、京都市にある鴨川だった。
- パソコンなどのメディア機器等々を上手に使うことが出来ない、いわゆる機械音痴であり、パソコンのキーボード入力ですらままならない。また、スマートフォンが多く普及した今日でも、2014年まで従来型の携帯電話(いわゆるガラケー)を使用していたという。
- 蜷川幸雄曰く、「集中力があって、真面目で努力家。ストイックで、役の事しか考えられない」[8]。
- 特技はサッカーで、埼玉県中学校大会ベスト4まで勝ち上がったことがある[9] 。好きな作家は村上春樹。漫画では『魁男塾』が好き。水が苦手であり、水泳も苦手な金槌である。以前、荒川で水難事故に遭い、何かを悟った。また、高所恐怖症である。幼少時から長渕剛の大ファン。「ていうか、同志」と、本人は言う。
- 尊敬する俳優は、皆無。近年はキサラに出ている、ものまね芸人流コウキと親交がある。大杉漣に夢中になっていたことがあったが、「生まれ変わったらトンビになりたい。」と答えている。
- 洋画よりも邦画が好きで、特に黒澤明監督や深作欣二監督など、昔の邦画が好きとのこと[10]。
- 好きなスポーツチームは、埼玉出身であることから、Jリーグ・浦和レッズとプロ野球パ・リーグの埼玉西武ライオンズのファンである。
- 自身も酒豪且つ喫煙者(ヘビースモーカー)であることから、「酒場詩人」こと吉田類の大ファンであり、ゲストとして出演したメレンゲの気持ちではサプライズゲストとして吉田類との対面を果たした。現在は吉田兄弟のファンである。
- 幼少期は蛸が大好物で「タコのたっちゃん(トシちゃん)」というアダ名をつけられていた[11]。
- クイックルワイパーが好きである。[注 2]
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- 1997年3月、遊びに来ていた池袋の街角で、ホリプロ入社3年目の女性社員に『身毒丸』主役オーディションのチラシを渡される。その時は名前を聞かれただけで連絡先も聞かれなかった。オーディションでは第1次書類選考の段階で落とされていたが、チラシを渡した女性社員が何度も合格書類に紛れ込ませ、選考を残る[12][13]。
- 最終審査で蜷川幸雄の面接と演技テストを受け、そのダメ出しの反応のよさと、何の色にも染まっていない演技に選考委員9名の票が集まり、応募総数5537名の中からグランプリに選ばれる。採用後の稽古では、蜷川の指導の厳しさに何度も泣いたことがあり、「辞めたい」と思ったこともあると語っている。
- 進学した高校を4日で中退している。これは本人が4日であると発言している。退学した理由は、学校帰りに稽古場を訪れた際、蜷川幸雄と唐十郎の会話を聞いて「小説を読んでいるような高貴な言葉の連続で、僕が学ぶべき場所は高校じゃなくて稽古場なんだ」と思ったからだという[7]。
- 1997年の『身毒丸』ロンドン公演千秋楽前日に持病の腰痛が悪化し、千秋楽昼公演は急遽代役を立てて行われた。夜公演もそのまま代役で行う予定だったが、それを知った藤原は蜷川に「どうしても舞台に立ちたい」と懇願し、それに蜷川が折れ、代役を舞台袖に待機させたまま藤原が舞台に立った。動くことすら出来なかった藤原は、それまでの公演を上回る鬼気迫る演技を見せ「あの千秋楽は一生忘れられない、それくらい凄かった」と、蜷川は後に語っている。
- 2004年の『ロミオとジュリエット』東京公演の際にも、再び腰痛が悪化。特に12月11日の公演直後、全く足が上がらない状態になった。しかし著名な整体師にかかったことで、翌日にはなんとか回復し、2005年2月25日までの約3ヶ月に及ぶ公演を一度も穴をあけずにやり遂げる事ができた。
- 深作欣二監督に才能を認められ、『バトル・ロワイアル』と監督の遺作となった『バトル・ロワイアルII 【鎮魂歌】』で共に仕事をしている。9・11の影響で制作が中止になった『愛と幻想のファシズム』など他にも何作か映画が制作される予定だったが、実現することはなかった。それについて本人は後に「映画の楽しさを教えてくれた方だった。もっと一緒に仕事をして、色々な事を学びたかった。でもそういう運命だったんだと思う」と語っている。
- 2004年、『新選組!』で沖田総司を演じた[注 3]。
- 2006年1月3日に「古畑任三郎 ファイナル」に犯人役として出演。歴代の犯人役の中では唯一1980年代生まれである。
- 2006年に出演した舞台『オレステス』では、役作りのため、デビュー以来初めて髭を伸ばした。
- 映画『カイジ 人生逆転ゲーム』では、役作りの為に10kgの減量をし、世界観を味わう為に自腹でパチンコ店に通った。
- 舞台『ANJIN イングリッシュ・サムライ』では役のために2ヶ月間ロンドンやイギリスに語学留学。現役俳優が講師で、“攻撃的な教え方”という指導を受けた[14]。
- 2009年に演歌歌手の冠二郎、落語家の林家たい平、THE ALFEEの桜井賢と共に秩父市の観光大使に任命されている[15]。
- 過去に酔っぱらった状態で船越英一郎に電話をかけ「英ちゃん」と呼んだことがあり、後に親交のある宇梶剛士から電話で怒られ、後日謝罪した[16]。
- 2010年に井上ひさしの書き下ろし新作舞台『木の上の軍隊』(藤原、北村有起哉、吉田鋼太郎の三人芝居)が上演される予定であったが、井上の病状悪化に伴い、演目が『黙阿彌オペラ』に変更された。その数週間後、井上は死去した。生前の井上は「藤原さんをもっと成長させたければ五郎蔵役はぜひやってほしい」と語っていた。2013年に井上の遺志を引き継ぎ蓬莱竜太脚本で上演。
- 映画『るろうに剣心 京都大火編』と『るろうに剣心 伝説の最期編』で志々雄真実役を演じた。撮影の際に、全身に包帯を巻いているという原作での志々雄の容姿を再現するためにスーツを着用。
- 2014年に公演した『ジュリアス・シーザー』では、「初日の幕が開いた後も、旅公演中もずっと、いくら追求してもやるべきこと、自分にとっての課題が果てしなくある戯曲だと思いつづけていました。」と語っており、演出の蜷川には「稽古場では言われ放題でした」と言っている。また、通常の稽古だけでは足りなくなり、共演した吉田や横田栄司に一緒に残って稽古をつけてもらえるようにお願いをしたほどの、藤原にとって多くの苦悩を抱えながらも、たくさんの経験を積んだ作品となった[17]。
- 蜷川が主宰しているさいたまネクスト・シアターが公演した『ハムレット』を観た際に、「もう一度自分は『ハムレット』の世界に入りたい」と思い、その思いを蜷川に直訴した。そして2015年に、蜷川新演出の『ハムレット』で、2003年以来にハムレットを再び演じた。
※出演作品(時期)(役名)の順に記載。役名が太字のものは主演。
- 身毒丸と呼ばれた少年〜ロンドン公演から生まれた15歳の天才役者(1998年6月8日、フジテレビ)
- 世界ウルルン滞在記(毎日放送)
- 氷点下35度・カナダの狩人に…藤原竜也が出会った(1999年2月14日)
- ネパール下町の6人姉妹に…藤原竜也が出会った(2000年3月26日)
- カナダ最後の狩人に…藤原竜也が再び出会った(2001年9月23日)
- いま、裸にしたい男たち〜藤原竜也・18歳 何やってんだろ、俺(2001年2月23日、NHK-BShi)
- 情熱大陸(2002年10月20日、毎日放送)
- 蜷川幸雄×藤原竜也〜ハムレットへの軌跡(2004年4月11日、WOWOW)
- 藤原竜也〜ロンドン紀行(2004年5月4日、テレビ東京)
- 子どもたちはペンをとった〜テレジン強制収容所(2004年8月3日、NHK) - ナレーション
- プルミエール〜総力特集 藤原竜也 in NY 23歳の挑戦(2005年8月24日、WOWOW)
- 蜷川幸雄2005〜疾走する70歳(2005年12月3日、WOWOW) - ナレーション
- 愛と生命と涙の全記録『余命1ヶ月の花嫁』乳がんと闘った24歳最後のメッセージ(2007年7月18日、TBS) - ナレーション
- 地球危機2008 何気なく暮らしている人たちへ(2008年1月4日、テレビ朝日) -リポーター
- ドキュメントスポーツ大陸『世界で闘うために〜浦和レッズ闘莉王〜』(2008年1月12日、NHK) - ナレーション
- スポーツ大陸(2008年4月 - 2009年3月、NHK) -ナビゲーター
- 愛と生命のメッセージ『余命1ヶ月の花嫁』千恵さんが残したもの (2008年5月7日、TBS) - ナレーション
- HVプレミアム8「偉大なるミステリー作家たち(1) エドガー・アラン・ポー 200年目の疑惑 〜探偵・明智小五郎の調査報告〜」(2009年3月31日、NHK-BShi)
- 第18回FNSドキュメンタリー大賞『罪と罰〜娘を奪われた母、弟を失った兄、息子を殺された父〜』(2009年4月12日、東海テレビ) - ナレーション
- テレメンタリー『語り継がれる星に〜菊池雄星18歳の真実』(2010年1月11日、岩手朝日テレビ) - ナレーション
- 長渕剛 30th Anniversary BOX〜PREMIUM of the DOCUMENT(2010年6月9日、ユニバーサル) - ナレーション
- ソロモン流(2010年6月27日、テレビ東京)
- 藤原竜也〜演劇の遺伝子(2010年9月11日、テレビ朝日)
- あの日の携帯メール〜3・11アスリートの葛藤と決断〜(2011年6月11日、日本テレビ) - ナレーション
- NHKスペシャル「ヒューマン なぜ人間になれたのか(全4回)」(2012年1月22日、29日、2月19日、26日、NHK) - プレゼンター
- WOWOWノンフィクションW 映画「仁義なき戦いを書いた男 脚本家・笠原和夫 創作の記録」(2014年1月10日、WOWOW) - ナレーション
- THE世界遺産(2014年4月6日 - 2017年9月24日、TBS) - ナレーション
- その生涯には謎がある~ケネディ生誕100年 暗殺の真相と知られざる素顔に迫る(2017年11月14日、BS-TBS) - ナレーション
- NHKスペシャル「看護師たちの限界線 〜密着 新型コロナ 集中治療室〜」(2021年4月17日、NHK) - ナレーション[67]
- いまこそ、シェイクスピア(2021年5月15日、NHK BSP)[68]
- ETV特集「ヒロシマからの手紙〜“原爆”を綴(つづ)ったアメリカ人たち〜」(2025年8月23日、NHK Eテレ)- 朗読[69]
- 藤原竜也と妻夫木聡のチャレンジ・ナイツ(1999年5月 - 2000年3月、ニッポン放送)
- 藤原竜也のオールナイトニッポンSUPER(2000年7月28日、ニッポン放送)
- 藤原竜也inバトルロワイアルII(2003年6月27日、ニッポン放送)
- SUNTORY THEATER ZERO-HOUR(2004年4月19日 - 23日、J-WAVE) - ゲスト、『美しい星 (小説)』朗読
- 日本昔ばなし〜セブンイレブン フェアリー・ストーリーズ (2005年6月26日、TOKYO FM) - 『宝くらべ』朗読
- 小栗旬のオールナイトニッポン(2009年2月18日、10月7日、2010年2月17日、ニッポン放送) - ゲスト
- 藤原竜也のオールナイトニッポン 『インシテミル』スペシャル (2010年10月18日、ニッポン放送)
- Sky presents 藤原竜也のラジオ(2019年1月18日 - 、朝日放送ラジオ)
- 『JUNK+FUNK』(2002年3月、ポニーキャニオン)
- 『moon』(2004年8月、ポニーキャニオン)
- 『世界ウルルン滞在記 Vol.5 藤原竜也』(2009年1月、CKエンタテインメント)
- 『情熱大陸×藤原竜也』(2009年1月、ジェネオン エンタテインメント)
- 『藤原竜也 演劇の遺伝子』(2010年10月、ポニーキャニオン)
- 『ボクらの時代 自分を「美しく」見せる技術』(中村勘太郎、高橋大輔との共著。2008年8月、扶桑社)
- 『FRaU』内(2004年6月 - 半年間、講談社)
- 『TV STATION』内(2002年 - 4年間、ダイヤモンド社)
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