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萬嶽寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
萬嶽寺

地図
所在地岐阜県中津川市阿木101-1
位置北緯35度23分48.6秒東経137度27分58.6秒 / 北緯35.396833度 東経137.466278度 /35.396833; 137.466278座標:北緯35度23分48.6秒東経137度27分58.6秒 / 北緯35.396833度 東経137.466278度 /35.396833; 137.466278
山号賀雲山
宗派曹洞宗
本尊聖観音菩薩
創建年元和年間
開山観室家公
中興年慶安3年(1650年)
中興在天三龍
別称ハス寺[1]
札所等恵那三十三観音霊場九番
法人番号2200005009080ウィキデータを編集
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萬嶽寺(ばんがくじ)は岐阜県中津川市阿木にある曹洞宗の寺院。山号は賀雲山。恵那三十三観音霊場九番。

歴史

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元和年間に観室察公により賀雲院として建立される。

慶安3年(1650年)に岩村城盛巌寺六世の在天三龍により中興され、寺名を賀雲山萬嶽寺に改めた。

本堂は元禄2年(1689年[2]に火災に遭い伽藍を焼失し、元禄5年(1692年)に再建とみられる。

本尊の聖観音菩薩は、像高は80cmで、慈覚大師作と伝わる。仏像の作風は、定朝様式を写しているが、造像の細部にわたって見ると、江戸時代中期の特徴が多くみられる。仏像の裏面には「宝永元年[3]正月八日」の銘記があり、中津川市の文化財に指定されている。

観音堂に祀られている馬頭観音菩薩は、像高30cmで、天正2年(1574年)武田勝頼東濃侵攻の際に焼討されて消失した根の上高原南麓に所在した龍泉寺の本尊を移したものと伝わる。月馬を頭に頂き、念怒の相をし、三面八臂の坐像である。

室町時代の作とみられ、大牛和尚の代に、或る法印から預かったものという。昭和42年(1967年)12月20日に岐阜県の文化財に指定された。

大般若経600巻が保有されており、その奥書に元禄6年(1693年)の年号と、了儀和尚の名があり、堂宇焼失そして再建との関係をうかがわせる。

なお山門は文化年間(1804~1817年)に建てられたものである。

現在の梵鐘は、昭和27年(1952年)に再鋳されたものである。

鐘楼堂は、昭和51年(1976年)に再建された。

毎年4月6日には馬頭観音と豊川咤枳尼天の例祭が執行される。

また、境内では蓮の鉢植えが多く栽培されており見どころの一つとなっている。

指定文化財・天然記念物

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岐阜県指定文化財

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  • 木造馬頭観世音菩薩像 室町時代 指定年月日:昭和44年1月22日

中津川市指定文化財

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  • 聖観世音菩薩坐像 江戸時代

参考文献

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出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。 記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。2024年1月
  • 『中津川市史 中巻Ⅱ』 第五編 近世(二) 第八章 寺社 第二節 寺院 ニ 近世の寺院 萬嶽寺 p1634~p1635 1988年
  • 『恵那郡史』 第八篇 現代 第四十一章 人文の発展(一) 【各宗寺院】 p612~p619 恵那郡教育会 1926年

外部リンク

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脚注

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  1. ^岐阜新聞 2024年7月10日版
  2. ^中津川市史には元禄5年(1692年)火災により焼失。再建立の年月は記録に無いとある
  3. ^1704年
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