| 菅家 一郎 かんけ いちろう | |
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復興副大臣の就任に際して公表された肖像写真 | |
| 生年月日 | (1955-05-20)1955年5月20日(70歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 早稲田大学社会科学部 |
| 所属政党 | 自由民主党(安倍派→無派閥) |
| 称号 | 社会科学士(早稲田大学) |
| 公式サイト | 衆議院議員菅家一郎公式ホームページ |
| 選挙区 | (福島4区→) (比例東北ブロック→) (福島4区→) 比例東北ブロック |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 2012年12月16日 - 2024年10月9日 |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 1999年4月 - 2011年 |
| 選挙区 | 会津若松市選挙区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1995年 - 1999年 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1991年 - 1995年 |
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菅家 一郎(かんけ いちろう、1955年〈昭和30年〉5月20日[1] - )は、日本の政治家。
衆議院議員(4期)、復興副大臣、内閣府大臣政務官兼環境大臣政務官、会津若松市長(3期)、福島県議会議員(1期)、会津若松市議会議員(1期)などを歴任した。
福島県会津若松市生まれ。会津若松市立謹教小学校、会津若松市立第二中学校、福島県立会津高等学校を経て、早稲田大学社会科学部を卒業[2]。立正佼成会の信者であり、会津教会青年部長を務めていた時期がある[3]。また、世界宗教者平和会議の準会員である[4]。
1991年、会津若松市議会議員に初当選。1995年、福島県議会議員に初当選。1999年、会津若松市長に就任。2011年、任期満了に伴い退任[2]。
2012年、第46回衆議院議員総選挙で福島4区に自由民主党から出馬し、初当選。2014年、第47回衆議院議員総選挙で福島4区に自由民主党から出馬し、維新の党の小熊慎司に416票差で敗れたものの、比例復活し再選。
2017年の第48回衆議院議員総選挙では希望の党に鞍替えした小熊を1,209票差で破り3選。
2018年、第4次安倍改造内閣で環境大臣政務官兼内閣府大臣政務官に就任[5]。
2019年9月、第4次安倍第2次改造内閣で復興副大臣に就任[6]。
2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙で小熊に敗れるも比例復活で4選[7][8]。
2023年3月14日、自民党は小選挙区の区割り変更に伴い、新福島3区には菅家を擁立すると発表。旧福島3区の上杉謙太郎は比例東北ブロック単独で立候補することを決めた[9]。
2024年9月27日に行われた自民党総裁選挙において、1回目の投票、決選投票のいずれも石破茂に投じた[10][11]。
同年10月9日、自民党は衆議院議員選挙(10月27日執行)の第1次公認候補として、小選挙区265人、比例代表14人の計279人の擁立を発表した。政治資金パーティーの裏金事件に関係した現職と元職のうち12人を非公認とし、その中に菅家も含まれた[12][13]。12日、総選挙に出馬しない意向を表明した[14]。同じく自民党から非公認となった上杉が福島3区から立候補することとなった(結果は落選)[15][16]。
2019年2月、選挙区の会津若松市内で、政務官就任時の写真やカレンダーが印字された印刷物を無償で有権者に配布していたことが判明した。選挙区内での寄付行為を禁止している公職選挙法に抵触する恐れがあるが、菅家の事務所は「室内用ポスターであり、寄付にはあたらない」としている[21]。
自民党5派閥が開いた政治資金パーティーをめぐる問題で、自民党は2024年2月13日、党所属のすぺての国会議員らを対象に実施したアンケートの集計結果を公表した。菅家はノルマの超過分に対する清和政策研究会(安倍派)からのキックバックとして、2018年から2022年にかけての5年間で計1289万円を裏金にしていたことが明らかとなった[22]。
同年5月14日、衆議院政治倫理審査会は、裏金事件に関与しながら同審査会で弁明していない自民党議員44人に出席と説明を求める野党の申立てを全会一致で可決した[23]。同月17日、参議院政治倫理審査会も同様に、弁明していない議員29人に出席と説明を求める申立てを全会一致で可決した[24]。菅家を含む関係議員73人は全員出席を拒否した[25]。
同年5月27日、記者会見を開き、裏金計1,289万円を自身が代表を務める政党支部に個人名義で寄付し、約148万円の税額控除を受けていたと明らかにした。租税特別措置法では個人が政党支部などに寄付した場合、寄付額の約3割が所得税から控除されるか、課税対象の所得から寄付分が差し引かれることになっている。本人は既に政治資金収支報告書を修正のうえ、控除された全額を国庫に返還したと主張している[26]。同年8月6日、東京地検特捜部は政治資金規正法違反容疑で告発された菅家のほか、関係政治団体の会計責任者をいずれも嫌疑なしで不起訴処分にした[27]。東京第4検察審査会は2025年9月30日付で菅家らについて「不起訴相当」と議決した[28]。
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 | 政党内比例順位 /政党当選者数 |
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| 当 | 1991年会津若松市議会議員選挙 | 1991年 | 35 | / | / | |||||
| 当 | 1995年福島県議会議員選挙 | 1995年4月 | 39 | 会津若松市選挙区 | / | / | ||||
| 当 | 1999年会津若松市長年選挙 | 1999年4月 | 44 | 無所属 | 1 | 1/ | / | |||
| 当 | 2003年会津若松市長年選挙 | 2003年4月27日 | 47 | 無所属 | 3万6979票 | 1 | 3/2 | / | ||
| 当 | 2007年会津若松市長年選挙 | 2007年4月22日 | 51 | 無所属 | 2万9536票 | 49.01% | 1 | 1/4 | / | |
| 当 | 第46回衆議院議員総選挙 | 2012年12月16日 | 57 | 福島県第4区 | 自由民主党 | 7万1751票 | 34.18% | 1 | 1/4 | / |
| 比当 | 第47回衆議院議員総選挙 | 2014年12月14日 | 59 | 福島県第4区 | 自由民主党 | 5万6856票 | 42.48% | 1 | 2/4 | 1/5 |
| 当 | 第48回衆議院議員総選挙 | 2017年10月22日 | 62 | 福島県第4区 | 自由民主党 | 6万8282票 | 44.66% | 1 | 1/4 | / |
| 比当 | 第49回衆議院議員総選挙 | 2021年10月31日 | 66 | 福島県第4区 | 自由民主党 | 7万3784票 | 49.04% | 1 | 2/2 | 3/6 |
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ)| 公職 | ||
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| 先代 橘慶一郎 浜田昌良 牧野京夫 | 横山信一 御法川信英と共同 2019年 - 2020年 | 次代 亀岡偉民 横山信一 岩井茂樹 |
| 先代 笹川博義 武部新 | 勝俣孝明と共同 2018年 - 2019年 | 次代 八木哲也 加藤鮎子 |
| 先代 村井英樹 山下雄平 長坂康正 小林史明 山下貴司 新妻秀規 平木大作 簗和生 武部新 福田達夫 | 長尾敬 舞立昇治 安藤裕 古賀友一郎 白須賀貴樹 石川昭政 阿達雅志 山田宏と共同 2018年 -2019年 | 次代 神田憲次 今井絵理子 藤原崇 進藤金日子 青山周平 中野洋昌 和田政宗 加藤鮎子 渡辺孝一 |
| 先代 山内日出夫 | 第32.33.34代 : 1999年 - 2011年 | 次代 室井照平 |
| 第41回 (定数16) |
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| 第42回 (定数14) |
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| 第43回 (定数14) |
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| 第44回 (定数14) |
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| 第45回 (定数14) |
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| 第46回 (定数14) |
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| 第47回 (定数14) |
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| 第48回 (定数13) |
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| 第49回 (定数13) |
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| 第50回 (定数12) |
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| ↓:途中辞職、失職、在職中死去など、↑:繰り上げ当選。 | |||||||||||||||
| 官選 |
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