| 荻窪 | |
|---|---|
| 町丁 | |
大田黒公園 | |
北緯35度42分00秒東経139度37分20秒 / 北緯35.700081度 東経139.622122度 /35.700081; 139.622122 | |
| 国 | |
| 都道府県 | |
| 特別区 | |
| 人口情報(2025年(令和7年)3月1日現在[1]) | |
| 人口 | 25,593 人 |
| 世帯数 | 14,388 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 1.373102314km² | |
| 人口密度 | 18638.81 人/km² |
| 郵便番号 | 167-0051[3] |
| 市外局番 | 03(東京MA)[4] |
| ナンバープレート | 杉並 |
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荻窪(おぎくぼ)は、東京都杉並区の町名。現行行政地名は荻窪一丁目から五丁目。住居表示実施済み区域。広義には荻窪駅周辺および歴史的に南荻窪・上荻・西荻北・西荻南が範囲に含まれる。
杉並区中央部に位置する。住居表示実施後の荻窪は、北側でJR東日本中央線快速を境に上荻と、北東部で阿佐谷南、東側で成田東と、南側で五日市街道付近まで延びて成田西及び高井戸東と、西側で環八通りを境に南荻窪とそれぞれ接する区域である。
広義の汎称地名としては、JR東日本中央線快速・東京メトロ丸ノ内線の荻窪駅周辺の地域で、公称町名としての荻窪に加えて、荻窪に由来する名を持つ南荻窪、上荻や、さらには中央線〜早稲田通り間の天沼、本天沼、清水、荻窪警察署等がある桃井、今川の全部または一部を含む地域を指すことが多い。なお、西荻窪(西荻北及び西荻南)は歴史的に荻窪村の一部であり、荻窪の名を含むが、今日では荻窪に含められることはほとんどない。
荻窪という地名の由来は、この地を訪れた旅人が辺に自生していた荻を刈り取って草堂を造り、観音像を安置し荻堂(おぎどう)と名付けたことと、周辺の地形が窪地であったことによると伝えられる。荻堂のあった場所は、現在では慈雲山荻寺光明院という寺になっている。
荻窪は、大正から昭和初期にかけて東京近郊の別荘地として住宅が増加した。1927年(昭和2年)に与謝野晶子・与謝野鉄幹が南荻窪に居を構え、さらに1937年(昭和12年)に公爵で内閣総理大臣(第34・38・39代)の近衛文麿が別邸「荻外荘(てきがいそう)」を構えたところから閑静な住宅地として評価が高まり、井伏鱒二、太宰治、棟方志功、阿部知二、戸川秋骨、石井桃子、恩地孝四郎、尾崎喜八、長谷川四郎、大田黒元雄、佐藤慶次郎、遠藤実、柴田翔、三宅榛名などの作家・芸術家、音楽家、評論家など多くの文化人が私邸を構えて移住するようになった。井伏鱒二著の『荻窪風土記』には、戦前から作家、画家等の知識階層が多く住み、荻窪の文化を形成していったことが書かれている。
その歴史と文化は今でも邸宅が並ぶ住宅街に息づいている。ちなみに大田黒元雄の屋敷跡地は大田黒公園、角川書店創始者たる角川源義の邸宅は角川庭園、与謝野晶子・鉄幹の住居跡地は与謝野公園となり杉並区の施設として一般公開されている。
1980年代半ばの初期のラーメンブームにおいて大きく取り上げられた「荻窪ラーメン」で有名であり、現在[いつ?]でもラーメンの老舗が多くある。
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、荻窪1-1-18の地点で57万8000円/m2、荻窪3-32-3の地点で89万2000円/m2となっている[5]。
2025年(令和7年)3月1日現在(杉並区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 荻窪一丁目 | 2,609世帯 | 5,360人 |
| 荻窪二丁目 | 2,193世帯 | 4,025人 |
| 荻窪三丁目 | 3,720世帯 | 6,970人 |
| 荻窪四丁目 | 2,719世帯 | 4,370人 |
| 荻窪五丁目 | 3,147世帯 | 4,868人 |
| 計 | 14,388世帯 | 25,593人 |
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 21,861 |
| 2000年(平成12年)[8] | 22,385 |
| 2005年(平成17年)[9] | 22,057 |
| 2010年(平成22年)[10] | 22,937 |
| 2015年(平成27年)[11] | 24,329 |
| 2020年(令和2年)[12] | 26,181 |
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 10,274 |
| 2000年(平成12年)[8] | 11,117 |
| 2005年(平成17年)[9] | 11,634 |
| 2010年(平成22年)[10] | 12,552 |
| 2015年(平成27年)[11] | 13,341 |
| 2020年(令和2年)[12] | 14,607 |
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2016年1月時点)[13]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 荻窪一丁目 | 全域 | 杉並区立西田小学校 | 杉並区立松溪中学校 |
| 荻窪二丁目 | 全域 | ||
| 荻窪三丁目 | 1〜37番 39番1号 39番15〜22号 40〜46番 47番1〜4号 47番19〜29号 | ||
| 38番 39番2〜14号 47番5〜18号 48番 | 杉並区立桃井第二小学校 | ||
| 荻窪四丁目 | 全域 | ||
| 荻窪五丁目 | 全域 |
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[14]。
| 丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 荻窪一丁目 | 107事業所 | 570人 |
| 荻窪二丁目 | 100事業所 | 556人 |
| 荻窪三丁目 | 101事業所 | 517人 |
| 荻窪四丁目 | 258事業所 | 1,731人 |
| 荻窪五丁目 | 658事業所 | 5,677人 |
| 計 | 1,224事業所 | 9,051人 |
経済センサスによる事業所数の推移。
| 年 | 事業者数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[15] | 1,166 |
| 2021年(令和3年)[14] | 1,224 |
経済センサスによる従業員数の推移。
| 年 | 従業員数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[15] | 9,015 |
| 2021年(令和3年)[14] | 9,051 |


| 街区内の駅 |
|---|
|
| 杉並区上荻 | ||||
| 杉並区南荻窪 | 杉並区阿佐谷南 | |||
| 杉並区高井戸東 | 杉並区成田西 | 杉並区成田東 |
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