総社町総社 | |
|---|---|
前橋市総社歴史資料館 | |
| 北緯36度24分1秒東経139度2分12秒 / 北緯36.40028度 東経139.03667度 /36.40028; 139.03667 | |
| 国 | |
| 都道府県 | |
| 市町村 | |
| 面積 | |
| • 合計 | 2.61 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 4,831人 |
| • 密度 | 1,900人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (JST) |
| 郵便番号 | 371-0852[2] |
| 市外局番 | 027[3] |
| ナンバープレート | 前橋 |
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総社町総社(そうじゃまちそうじゃ)は、群馬県前橋市の地名。郵便番号は371-0852[2]。2013年現在の面積は2.61km2[4]。
前橋市の西部、利根川の左岸、榛名山南東麓の台地上に位置している。
「惣社」という地名は鎌倉時代頃からある地名である。江戸時代になると、はじめ総社藩領、寛永10年に高崎藩領、旗本安藤氏領を経て、宝永7年には幕府領、寛保2年に沼田藩領、延享4年から前橋藩領だった。
地名の由来は11世紀後半、国司政治の衰退期に、国司が国内の549社を勧請し神明帳を奉祀し、これを御神体として、上野国総社大明神として宮辺に社殿を建立したことにはじまる。慶長6年に秋元越中守長朝の領地となり、惣社の地より、上野勝山の地へ城づくりと町割りをして、慶長12年には古来の惣社に「元」の字を加え「元惣社」とし、新城の地を「総社町」と名付けた。
鎌倉時代頃は「惣社」と書いていたが、江戸時代頃になると、現在と同じ「総社」と書くようになっていった。
2017年(平成29年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 総社町総社 | 2,165世帯 | 4,831人 |
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 一部 | 前橋市立勝山小学校 | 前橋市立第六中学校 |
| 一部 | 前橋市立総社小学校 | |
| 前橋市立元総社中学校 | ||
| 一部 | 前橋市立元総社北小学校 |
JR群馬総社駅
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国道は通っていらず、県道は群馬県道6号前橋箕郷線と群馬県道15号前橋伊香保線が通っている。
