| 細田 博之 ほそだ ひろゆき | |
|---|---|
| 生年月日 | (1944-04-05)1944年4月5日[1] |
| 出生地 | |
| 没年月日 | (2023-11-10)2023年11月10日(79歳没)[2] |
| 死没地 | |
| 出身校 | 東京大学法学部卒業 |
| 前職 | 国家公務員(通商産業省) |
| 所属政党 | 自由民主党(安倍派) |
| 称号 | 従二位 法学士(東京大学・1967年) |
| 配偶者 | 細田洋 |
| 親族 | 升田憲元(祖父) 細田吉蔵(父) |
| 公式サイト | 細田博之オフィシャルウェブサイト(2023年10月21日時点のアーカイブ) |
| 在任期間 | 2021年11月10日[3] - 2023年10月20日[3] |
| 天皇 | 今上天皇(徳仁) |
| 内閣 | 第2次小泉内閣 第2次小泉改造内閣 第3次小泉内閣 |
| 在任期間 | 2004年5月7日[4][5] -2005年10月31日[4][6] |
| 内閣 | 第1次小泉第1次改造内閣 |
| 在任期間 | 2003年6月6日[4][7] - 2003年9月22日[4] |
| 内閣 | 第1次小泉第1次改造内閣 |
| 在任期間 | 2002年9月30日[4][8] - 2003年9月22日[4] |
| 内閣 | 第1次小泉第2次改造内閣 第2次小泉内閣 |
| 在任期間 | 2003年9月22日[4] - 2004年5月7日[4] |
その他の職歴 | |
(島根県全県区→) 島根1区 当選回数 11回 (1990年2月19日 - 2023年11月10日) | |
総裁:麻生太郎 (2008年9月22日[4] -2009年9月29日[4]) | |
総裁:安倍晋三 (2012年9月28日[4] - 2012年12月25日 2016年8月3日[4] -2017年8月3日) | |
総裁:安倍晋三 (2012年12月25日[4] - 2016年8月3日) | |
総裁:小泉純一郎 (2005年11月1日[4] -2006年9月24日[4]) | |
総裁:安倍晋三、福田康夫 (2007年8月27日[4] - 2008年9月22日[4]) | |
| テンプレートを表示 | |
細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年〈昭和19年〉4月5日[1] -2023年〈令和5年〉11月10日[2])は、日本の政治家、通産官僚。位階は従二位。勲等は桐花大綬章。
衆議院議長(第78代)、内閣官房長官(第70・71代)、内閣府特命担当大臣(男女共同参画)(第2次小泉内閣・第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、沖縄及び北方対策担当大臣・科学技術政策担当大臣・情報通信技術担当大臣・個人情報保護担当大臣(第1次小泉第1次改造内閣)、内閣官房副長官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、通商産業総括政務次官(小渕第2次改造内閣)、経済企画政務次官(村山内閣)、衆議院憲法審査会長、同政治倫理審査会長、自由民主党幹事長(第47代)、同総務会長(第51・54代)、同国会対策委員長(第47代)、同幹事長代行(第3代)、同幹事長代理、同憲法改正推進本部長、同選挙制度改革問題統括本部長、同行政改革推進本部長、同党・政治制度改革実行本部長、同税制調査会副会長、同経理局長、同総務局長、同副幹事長、同外交部会長、同交通部会長、同島根県支部連合会会長、清和政策研究会会長、衆議院議員(11期)を歴任した[4][1][9]。
父は運輸大臣、防衛庁長官、行政管理庁長官、自由民主党総務会長、衆議院議員(10期)を歴任した細田吉蔵[10]。
島根県松江市出身。東京教育大学附属駒場高等学校、東京大学法学部卒業。1967年、通商産業省に入省する。同期には日産自動車副会長の伊佐山建志、井出亜夫などがいた。入省後は産業政策局物価対策課長などを務め、1986年に退官。
父・吉蔵の議員秘書を経て、1990年の衆議院選挙に島根県全県区から立候補し、竹下登、櫻内義雄に次ぐ3位で初当選(当選同期に福田康夫・岡田克也・佐田玄一郎・亀井久興・中谷元・森英介・石原伸晃・河村建夫・小林興起・塩谷立・古屋圭司・松岡利勝・小坂憲次・山本拓・赤城徳彦・村田吉隆・簗瀬進・山本有二など)。1996年の第41回衆議院議員総選挙以降は小選挙区比例代表並立制導入に伴い、島根1区から出馬し通算10期連続当選を果たす。この間、党機関紙誌局長などを歴任。
2002年の第1次小泉改造内閣で、科学技術政策担当大臣兼沖縄及び北方対策担当大臣として初入閣[4][8]。内閣官房副長官であった2004年、年金記録問題で辞任した福田康夫の後任として副長官から内閣官房長官に昇格した。以後は自民党国会対策委員長、自民党経理局長などを経て、2007年に自民党幹事長代理に就任する。

2007年12月、日朝国交正常化を目指す議員連盟・自民党朝鮮半島問題小委員会を立ち上げ、副委員長に就任した。
2009年7月、第45回衆議院議員総選挙にて選挙対策本部長代理及び選挙対策委員長を兼務。同年9月、総選挙敗北のため党幹事長と選挙対策委員長を引責辞任。
2012年9月、自民党総務会長に就任した。自民党幹事長経験のある自民党総務会長は森喜朗以来14年ぶり。同年12月、自民党幹事長代行に就任する。
2014年12月24日、清和政策研究会会長の町村信孝が衆議院議長に就任。町村は会長を辞任し、細田が同派の会長に就任した。

2017年10月、第48回衆議院議員総選挙で10選。対立候補の立憲民主党公認の亀井亜紀子は比例復活で初当選した。
2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙で11選。亀井亜紀子は比例復活もかなわず落選。亀井と読み仮名が同じ元中学教諭の亀井彰子は無所属で立候補し落選[13][14]。
同年11月10日、衆議院議長に選出[3][15]。衆議院議長就任に伴って自民党島根県連会長も退いた他(2022年1月に後任の県連会長に自民党島根県連総務会長で島根県議の細田重雄が就任)、清和政策研究会の会長を安倍晋三に譲って慣例により派閥を一時的に離脱した。


2022年5月、ロシアのウクライナ侵攻に伴うロシア政府による日本への報復措置(ロシア連邦への日本政府の政策に対する報復措置に関してのロシア外務省声明)によって、ロシア連邦への入国を恒久的に禁止された[16]。
同年5月19日発売の「週刊文春」が、細田が複数の女性記者にセクハラしていたと報じた。これを受けて6月9日、衆議院議長不信任決議案が立憲民主党より提出されたが、自民党・公明党が否決した[17]。
同年8月2日、上脇博之は第49回衆議院議員総選挙で細田博之の陣営が、島根県内の地方議員らに労務費名目で1日当たり数千円程度の現金を支払っていた問題で、細田と陣営幹部に対する公選法違反(買収)容疑で松江地検に告発状を提出したことを明らかにした[18][19]。松江地検は2023年8月15日付で細田ら2人を嫌疑不十分で不起訴処分とした[20]。総務省は、ポスター張りなど機械的な作業には労務費を支払えるが、同じ日に選挙運動に従事する場合は、労務費は支払えないとの見解を示している。現金を受け取ったという地元議員の1人は「ポスター張りの対価として受け取った」とし、買収には当たらないとの考えを示していた[21]。
2022年9月29日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との接点について、関連団体の会合への出席のほか、教会の関与が指摘される「日本・世界平和議員連合懇談会」名誉会長に就いていたことなどを認める内容の文書を明らかにした[22]。
2023年7月21日、熱中症の症状を訴え、東京都内の病院に救急搬送された。自宅から自ら119番通報し搬送時に医療関係者と会話しており、命に別条はないという[23][24]。8月6日の広島平和記念式典、8月15日の全国戦没者追悼式は体調不良を理由に欠席し、副議長の海江田万里が代理で出席し、追悼の辞も海江田が代読した[25][26]。さらに9月上旬には「脳血管の関係で急遽予防的な治療が必要になった」として都内の病院に入院するなど体調不良が続いており、10月の臨時国会を前に議長を辞職する意向を固めた[27]。
一方で同年10月13日に開いた会見では、7月に脳梗塞を発症したことに加え、体調不良からの議長の辞任を表明したが、自身のセクハラ疑惑、議員辞職については否定し、議員活動を継続する意向を示した。また旧統一教会と接点があった問題と今回の議長辞任とは無関係とした[28]。
臨時国会が召集された10月20日に衆議院本会議で議長の辞任が許可され、後任の議長には自民党の額賀福志郎が選出された[29]。
2023年11月10日10時58分、多臓器不全のため、東京都内の病院で死去した[2]。79歳没。死没日付で従二位に叙され、桐花大綬章を追贈された[30][31]。
議長退任後は入退院を繰り返し本会議も欠席していたが、亡くなる前日に容体が急変したとされる[32]。
通夜は同年11月14日、葬儀は15日に桐ヶ谷斎場で営まれた。14日、棺を乗せた車が斎場へ向かう際、自民党本部前を通過し、30年以上にわたり活動してきた国会にも立ち寄り、塩谷立安倍派座長や松野博一官房長官、立憲民主党の泉健太代表らが車に向かって手を合わせた。通夜には森喜朗、小泉純一郎、福田康夫の歴代元総理らが参列した[33]。15日の葬儀には天皇から祭粢料が下賜され、岸田文雄首相に加え、額賀福志郎衆議院議長、菅義偉前首相、塩谷安倍派座長や安倍昭恵、その他自民党安倍派所属議員らが参列した[34]。
細田に対する追悼演説は同年12月7日、衆議院本会議で当選同期の山口俊一により行われた[35]。
細田の死去による欠員補充の補欠選挙は2024年4月28日(日曜日)に従来の区割りで実施され[36]、自民党は細田の後継候補として元財務省中国財務局長である錦織功政を擁立したが、立憲民主党の元職である亀井亜紀子に敗れた。
公用車の運転委託業務の入札にまつわる談合疑惑を持たれている企業の一つである日本道路興運[89]から1996年〜2003年の間に献金を受け取っていたとしんぶん赤旗に報じられた[90][91][92]。細田は「献金額が限度額を超えれば違反になるが、(私は)受ける側なので知りえる立場にない」と述べ、規制法の違法献金を受けたの罰則規定に関しては「受ける側に故意があれば当然だが、(自分には)そのような故意はなかった」と説明した[93]。献金の返還については言及していない[92]。
2022年5月19日に発売された『週刊文春』で、細田が過去に複数の女性記者に対し「添い寝をしたら教えてあげる」と発言したり、「彼氏いるの」と尋ねたり、深夜に自宅に「今から来ないか」などと誘ったり、セクハラ行為をしたと報じられた[94][95]。同月23日、細田は同誌に対し、事務所を通じて「事実無根の記事を掲載することは大変遺憾だ」と文書で抗議し、いずれの疑惑も否定した[94][95]。6月9日、立憲民主党は衆議院議長不信任決議案を提出したが、否決された[17]。6月17日、細田は、事実無根で名誉毀損に当たるとして、発行元の文芸春秋に2200万円の損害賠償や謝罪広告の掲載などを求め、東京地方裁判所に提訴した[96]。2023年10月10日に民事訴訟の第4回口頭弁論が行われたのち[97]、その次の公判期日を待たずに細田は同年11月10日に死去した[98]。

| 当落 | 選挙 | 執行日 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 | 政党内比例順位 /政党当選者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 第39回衆議院議員総選挙 | 1990年2月18日 | 島根県全県区 | 自由民主党 | 77,099票 | 15.28% | 5 | 3/7 | |
| 当 | 第40回衆議院議員総選挙 | 1993年7月18日 | 島根県全県区 | 自由民主党 | 72,277票 | 14.93% | 5 | 2/9 | |
| 当 | 第41回衆議院議員総選挙 | 1996年10月20日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 73,907票 | 52.12% | 1/3 | ||
| 当 | 第42回衆議院議員総選挙 | 2000年6月25日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 74,163票 | 50.92% | 1/4 | ||
| 当 | 第43回衆議院議員総選挙 | 2003年11月9日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 117,897票 | 61.02% | 1/3 | ||
| 当 | 第44回衆議院議員総選挙 | 2005年9月11日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 125,401票 | 60.52% | 1/4 | ||
| 当 | 第45回衆議院議員総選挙 | 2009年8月30日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 122,595票 | 57.19% | 1/4 | ||
| 当 | 第46回衆議院議員総選挙 | 2012年12月16日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 112,605票 | 64.67% | 1/3 | ||
| 当 | 第47回衆議院議員総選挙 | 2014年12月14日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 100,376票 | 64.26% | 1/3 | ||
| 当 | 第48回衆議院議員総選挙 | 2017年10月22日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 95,513票 | 59.40% | 1/2 | ||
| 当 | 第49回衆議院議員総選挙 | 2021年10月31日 | 島根県第1区 | 自由民主党 | 90,638票 | 56.02% | 1/3 |
升田憲元━━━━━━静子 ┏細田博之 ┣━━━━━━━┫┏細田義一郎━━━細田吉蔵 ┗女┃ ┃ ┗細田六助
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ)| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代 大島理森 | 第78代:2021年 - 2023年 | 次代 額賀福志郎 |
| 先代 佐藤勉 | 2020年 - 2021年 | 次代 森英介 |
| 先代 逢沢一郎 | 2018年 - 2020年 | 次代 森英介 |
| 公職 | ||
| 先代 福田康夫 | 第70・71代:2004年 - 2005年 | 次代 安倍晋三 |
| 先代 福田康夫 | 第5・6代:2004年 - 2005年 | 次代 猪口邦子 |
| 先代 尾身幸次 | 第3代:2002年 - 2003年 | 次代 茂木敏充 |
| 先代 尾身幸次 | 第3代:2002年 - 2003年 | 次代 茂木敏充 |
| 先代 創設 | 初代:2003年 | 次代 茂木敏充 |
| 先代 安倍晋三 | 2003年 - 2004年 | 次代 杉浦正健 |
| 党職 | ||
| 先代 麻生太郎 | 自由民主党幹事長 第47代:2008年 - 2009年 | 次代 大島理森 |
| 先代 塩谷立 二階俊博 | 自由民主党総務会長 第51代:2012年 第54代:2016年 - 2017年 | 次代 野田聖子 竹下亘 |
| 先代 河野太郎 | 自由民主党行政改革推進本部長 2017年 | 次代 甘利明 |
| 先代 菅義偉 | 自由民主党幹事長代行 第3代:2012年 - 2016年 | 次代 下村博文 |
| 先代 古賀誠 | 自由民主党選挙対策委員長 2009年(代行) | 次代 一時廃止 →河村建夫 |
| 先代 中川秀直 | 自由民主党国会対策委員長 第47代:2005年 - 2006年 | 次代 二階俊博 |
| 先代 町村信孝 | 清和政策研究会会長 第9代:2014年 - 2021年 | 次代 安倍晋三 |
| ||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||