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神生山清

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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神生山 清
基礎情報
四股名村川 清 → 神生山 清
本名村川 清
生年月日1931年5月24日
没年月日 (1982-01-19)1982年1月19日(50歳没)
出身香川県高松市仏生山町
身長173cm
体重90kg
BMI30.07
所属部屋二所ノ関部屋
得意技右四つ、寄り、足癖、小股掬い、投げ
成績
現在の番付引退
最高位西前頭15枚目
生涯戦歴253勝243敗30休(40場所)
幕内戦歴33勝44敗13休(6場所)
優勝十両優勝1回
データ
初土俵1947年11月場所
入幕1956年1月場所
引退1958年7月場所
備考
2019年7月23日現在

神生山 清(かみおいやま きよし、1931年5月24日 -1982年1月19日)は、香川県高松市仏生山町出身で二所ノ関部屋に所属した大相撲力士。本名は村川 清(むらかわ きよし)。最高位は西前頭15枚目(1957年3月場所)。現役時代の体格は173cm、90kg。得意手は右四つ、寄り、足癖、小股掬い、投げ[1]

来歴・人物

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父・佐吉は、仏生山町で袋を作る工場を経営していた。小学生の頃から郷土が生んだ人気力士・神風に憧れており、1946年暮れに巡業で高松市内を訪れた当人と地元の素人相撲で活躍していた野口という人物の紹介で会った事がきっかけで、二所ノ関部屋へ入門。1947年11月場所にて、16歳で初土俵を踏んだ[1]

なお、同期の初土俵組には、後の前頭・大ノ浦や同・芳野嶺らがいる。当初の四股名は、本名と同一の「村川」。

体は小さかったが、持ち前の優れた運動神経と鋭い勘を生かして徐々に出世した。稽古熱心な力士として知られ、常に闘志溢れる相撲を取った。

その後、1954年3月場所で新十両に昇進。1955年9月場所では西十両8枚目の地位で13勝2敗と好成績を残して十両優勝を遂げ、これを手土産に1956年1月場所で新入幕を果たした[1]。入幕時の年齢は、24歳であった。

右四つからの寄りの他、小股掬いなどを得意とした技能派力士だった。しかし、小兵力士にありがちの体力不足と膝の負傷もあり、幕内上位への進出は成らなかった。

1957年9月場所での愛宕山との一戦で右膝を痛め、翌場所で十両に落ちてからは幕内に復帰できず、十両下位で1勝14敗と惨敗した1958年7月場所を以って廃業[1]

廃業後はトラック運転手に転身し、大阪市で運送会社(神生運輸株式会社)を営んでいた。

1982年1月19日、大阪市東淀川区内の道路で乗用車を運転中に、交通事故を起こして急逝した。享年50。

エピソード

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  • 四股名は、故郷の仏生山町と、同郷・同部屋の先輩でもあった神風に由来している。
  • 相撲に対する熱心な態度は、先輩の玉乃海が「体は小さいが、実に良く稽古するね」と絶賛したほどであった。
  • 孫の正貴(まさたか、1983年9月25日生まれ、大阪府大阪市東淀川区出身)も中学校卒業後に角界入りし、間垣部屋へ入門したが、関取にはなれなかった(最高位は西三段目99枚目、四股名は「村川」→「神生山(祖父の現役名を継いだ)」)。

主な戦績

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  • 通算成績:253勝243敗30休 勝率.510
  • 幕内成績:33勝44敗13休 勝率.429
  • 現役在位:40場所
  • 幕内在位:6場所
  • 各段優勝
    • 十両優勝:1回(1955年9月場所)

場所別成績

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神生山 清
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1947年
(昭和22年)
xxxxx新序
0–5 
1948年
(昭和23年)
xx新序
3–2 
x東序ノ口筆頭
2–4 
x
1949年
(昭和24年)
東序二段25枚目
6–6 
x西序二段12枚目
8–7 
x東序二段2枚目
11–4 
x
1950年
(昭和25年)
西三段目17枚目
10–5 
x西三段目2枚目
8–7 
x西幕下29枚目
9–6 
x
1951年
(昭和26年)
西幕下19枚目
5–10 
x東幕下23枚目
8–7 
x東幕下18枚目
休場
0–0–15
x
1952年
(昭和27年)
西三段目3枚目
4–4 
x西三段目2枚目
5–3 
x東幕下29枚目
12–3 
x
1953年
(昭和28年)
東幕下15枚目
7–8 
東幕下16枚目
5–3 
東幕下15枚目
5–3 
x西幕下5枚目
5–3 
x
1954年
(昭和29年)
西幕下筆頭
5–3 
東十両20枚目
9–6 
東十両15枚目
9–6 
x西十両9枚目
7–8 
x
1955年
(昭和30年)
東十両10枚目
8–7 
東十両9枚目
4–11 
西十両15枚目
9–6 
x西十両8枚目
優勝
13–2
x
1956年
(昭和31年)
西前頭21枚目
8–7 
東前頭20枚目
5–10 
東十両4枚目
7–8 
x西十両5枚目
11–4 
x
1957年
(昭和32年)
東前頭22枚目
9–6 
西前頭15枚目
5–10 
東前頭19枚目
6–9 
x西前頭23枚目
0–2–13[2] 
西十両7枚目
3–12 
1958年
(昭和33年)
東十両17枚目
9–6 
西十両10枚目
4–9–2 
東十両20枚目
8–7 
東十両19枚目
引退
1–14–0
xx
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 -十両 -幕下 -三段目 -序二段 -序ノ口
幕内序列横綱 -大関 -関脇 -小結 -前頭(「#数字」は各位内の序列)

幕内対戦成績

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力士名勝数負数力士名勝数負数力士名勝数負数力士名勝数負数
東海11(1)愛宕山10泉洋32岩風01
大瀬川01大起02大昇11大晃01
小野錦10神錦12起雲山12北ノ洋01
清恵波12鯉ノ勢10櫻國10潮錦31
嶋錦03高錦11常ノ山02出羽ノ花10
時錦03鳴門海11白龍山01緋縅21
秀湊20平鹿川13広瀬川01福ノ海20
房錦01二瀬山1(1)0双ツ龍01星甲01
前ノ山(佐田岬)10宮錦11八染12吉井山12
芳野嶺10若葉山02
※カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数。

改名歴

[編集]
  • 村川 清(むらかわ きよし、1948年10月場所-1951年1月場所)
  • 神生山 清(かみおいやま -、1951年5月場所-1958年7月場所)

脚注

[編集]
[脚注の使い方]
  1. ^abcdベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) 二所ノ関部屋』p35
  2. ^右膝関節捻挫により2日目から途中休場

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

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