社会民主主義 (しゃかいみんしゅしゅぎ、英語 :Social democracy [ 1] 、ドイツ語 :Sozialdemokratie [ 1] 、フランス語 :Social-démocratie [ 1] [ 2] [ 注 1] 、略称: SocDem)は、従来の社会主義 実現に必要とされた暴力革命 とプロレタリア独裁 (共産主義 )を否認し、議会制民主主義 の体制を維持したまま 社会主義を実現しようとする思想と運動の総称[ 3] 。資本主義 経済 のもたらす格差 や貧困 などを解消するために唱えられた穏健的社会主義 思想[ 4] 。
社会民主主義とは、階級闘争 を志向する正統派マルクス主義 のような暴力革命 とプロレタリア独裁 の社会主義、つまり共産主義 を否定し[ 4] [ 1] 、議会制民主主義 の方法に依って議会 を通して平和 的・漸進的 に社会主義 を実現することで社会変革や労働者 の利益を図る改良主義 的な立場 ・思想 ・運動 である[ 1] [ 4] [ 5] [ 6] [ 7] 。レーニン によって主張された革命・階級闘争を志向する社会主義は共産主義として唱えられ異なる思想となった[ 4] [ 8] 。イギリス では1884年 に議会政治によって漸進的に社会改革を積み重ねることで社会主義を実現しようとするフェビアン協会 が創立され、1906年 創立されたイギリス労働党 の基本綱領となった。社会民主主義を目標に掲げながらも既存の国家を前提として民主主義の原理の社会的・経済的領域への拡大を主張し、史的唯物論 や階級国家論、階級闘争説を否認する社会民主主義を唱えた。これは第二次世界大戦後、「民主社会主義 」として定式化された[ 9] 。
民主社会主義と社会民主主義の違いは「社会主義は民主主義によってのみ実現され、そして民主主義も社会主義によってのみ達成される 」という共産主義への強い批判の有無である[ 10] 。
1923年 からスターリン 率いるソ連 ・コミンテルン は社会民主主義政党・支持者を当面の敵とする社会ファシズム論 を主張して攻撃していたが、議会制民主主義国家でソ連へ従属する各国の共産主義政党が政権を取るためには、社会民主主義政党と連立する必要があると実感し1935年 8月に方針転換した[ 11] [ 12] 。
1896年 にドイツ社会民主党 のベルンシュタイン は、プロレタリア独裁や暴力革命の路線を修正し、労働組合 と協同組合 を主体とする社会改良活動と、議会と地方自治体における政治的民主主義の徹底化によって社会主義を実現することができるという「修正主義 」を主張し、正統派マルクス主義のドイツ社会民主党指導部に政策転換を迫っている[ 9] 。社会民主主義は「政策としては議会制度の枠組みに基づき富の再分配 による平等 を目指す」社会主義である[ 13] [ 14] 。欧州 の穏健な社会民主主義政党 は「中道左派 」と呼ばれる[ 15] 。
現代的な社会民主主義は欧州 で生まれ、冷戦 期の西欧 ・北欧 諸国を中心に発展してきた政治思想 である。社会保障は高福祉高負担の立場を欧州の社会民主主義政党が掲げてきた[ 16] 。社会民主党 (民主社会主義政党)は、冷戦崩壊後に共産国家から共和国となった東欧 諸国においても、社会民主主義に転じた共産党 も含め、現在の欧州各国で与党 や有力な野党 となっている[ 1] [ 4] [ 5] [ 6] 。アジア 、アメリカ合衆国 、カナダ 、ラテンアメリカ 諸国にも社会民主主義を名乗る政党 は存在するが、これらの政党は欧州型の政党と規模や主張の点で大きく異なる部分がある。各国の社会民主主義政党の多くは、民主社会主義・社会民主主義政党の国際組織である社会主義インターナショナル または社会主義政党も含む進歩同盟 に加盟している。
「社会民主主義」(Sozialdemokratie)という用語は、この語の生まれた19世紀 においては「マルクス主義 」や「共産主義 」と同意語であった。ただし、当時の「社会民主主義」や「共産主義」は、現代的な意味での社会民主主義あるいは共産主義とは大きく異なる。
社会民主主義は多数存在する社会主義 の潮流のひとつとされる[ 17] 。政治運動としては、漸進主義 的で民主主義 的な手段によって社会主義を達成することを目指す[ 18] 。社会民主主義は、19世紀にフェルディナント・ラッサール の社会改良主義 と、カール・マルクス およびフリードリヒ・エンゲルス による国際主義 な革命的社会主義の双方の影響を受けて発展した[ 19] 。そして国際的な政治運動および思想として、その歴史を通して様々な主要な形態を経てきた[ 20] 。19世紀には「組織化されたマルクス主義」とされたが、20世紀 には「組織化された改革主義」とされた[ 21] 。
現代の用法では社会民主主義とは、一般的には混合経済 を支持し、資本主義 の枠組みの中で労働者階級 に利益をもたらす改善を主張する政治思想や政治体制である[ 22] 。
「民主社会主義」と「社会民主主義」は、政治学上はほぼ同義語であるが[ 23] 、報道の分野では区別されている[ 24] 。
修正主義論争 の発端となった『社会主義の諸前提と社会民主主義の諸課題 』(1899年 )を著し、後の西欧型社会民主主義を理論的に基礎づけたドイツ社会民主党 (SPD)の修正主義者 、エドゥアルト・ベルンシュタイン 。19世紀 末にドイツ社会民主党 (SPD)右派のエドゥアルト・ベルンシュタイン が『社会主義の諸前提と社会民主主義の諸課題 』(1899年 )で、資本主義 の崩壊と革命というマルクス主義における革命主義的な側面が不要になったことを主張して修正主義 を唱えたが、これは当時SPDの理論的指導者であったカール・カウツキー らの正統派マルクス主義 やSPD左派のローザ・ルクセンブルク らオスト・ロイテたちの立場と激しく対立し、1903年 のドレスデン大会では当時党内の過半数を占めた革命主義的マルクス主義者 に敗北して日の目を見ることはなかった。
この他、ドイツとは別にフェビアン協会 など社会改良主義 の流れを汲む英国社会主義 の流れもあった。またフランス やイタリア では労働組合 を基調とするサンディカリズム が強かった。
第一次世界大戦以降 - 共産主義との差異化[ 編集 ] 1914年 の第一次世界大戦 勃発と各国の社会民主党が自国の戦時体制を支持したことによる第二インターナショナル の崩壊後(「城内平和 」)、各国の社会民主党から左派が分離し、ロシア 十月革命 の影響によって生じたボルシェヴィキ との繋がりから新たに共産党 を名乗る一方、右派は引き続き社会民主党を名乗った。ここにおいて修正主義 、民主社会主義 、社会改良主義 の流れを汲むものが「社会民主主義」と呼ばれるようになり、革命主義的マルクス主義としての「共産主義 」と対比されるようになった。
第一次世界大戦から第二次世界大戦 に至るまでの間、解散した第二インターナショナルの流れを汲む社会民主主義者(第二半インターナショナル 、労働社会主義インターナショナル )とソ連 系の第三インターナショナル (コミンテルン)への帰属意識を表明する共産主義者は人民戦線 を組むことはあったが、第二次世界大戦後の東西冷戦 で対立は決定的となり、社会主義インターナショナル による1951年 の『フランクフルト宣言 』[ 25] では『民主的社会主義の目的と任務』が採択され、議会制民主主義 に立脚することと、プロレタリア独裁を肯定するレーニンの共産主義に反対する民主的社会主義の路線を採ることを明確にした。
戦後は、東西ドイツに分割された状況下でドイツ社会民主党は激しい党内論争の結果右派が勝利し、1959年 に『バート・ゴーデスベルク綱領 』[ 26] を採択し、プロレタリア階級 を基盤とする階級 政党 から西ドイツ国民の国民政党 に脱皮、社会民主主義が同党の公的方針となった。また、フランス社会党 も1971年 の『エピネ宣言 』の採択などで、同じく社会民主主義政党に脱皮を遂げた。現在の社会民主主義思想や政策は、西欧ではドイツ社会民主党の『バート・ゴーデスベルク綱領』およびフランス社会党の『エピネ宣言』以降定着した。
欧州の社会民主主義政党は、1962年 の『オスロ宣言 』[ 27] で共産主義と完全に決別したが、日本社会党 は左派 の反対で採択に参加せず[ 28] 、1966年 に綱領的文書『日本における社会主義への道 』でプロレタリア独裁 を肯定するなど共産主義政党 と類似した主張を行い続けた。1986年 に至って『新宣言 』を採択し実質的なマルクス・レーニン主義を放棄はしたが、その後も規約には1990年 まで「社会主義革命」の文言は残った[ 29] 。
1989年 にドイツ社会民主党は、緑の党 の進出などエコロジー 意識の高まりなどに強く影響された『ベルリン綱領 』を採択。20世紀 初頭のフォルマル思想 や社会地域中心主義などにも目が向けられるようになった。
1980年代以降 - 変化・多様化と「第三の道」[ 編集 ] 1980年代 以降の新自由主義 の台頭を受け、20世紀末の西欧では「新しい社会民主主義」と呼ばれる、市場 の役割をより重視した中道左派 政党による政権や、保守 ・中道 政党との連立政権が誕生した。
イギリス のイギリス労働党 のトニー・ブレア が唱えた「第三の道 」路線は、リベラル 左派 勢力が主張する社会自由主義 的な思潮とも符合し、他の西欧社会民主主義政党にも少なからぬ影響を与えた。
ドイツ のドイツ社会民主党 でも、ゲアハルト・シュレーダー が「新中道」路線を推し進めたが、これに反対する最左派の党員が離党し新党、「左翼党 」を結成した。
イタリア では東欧革命 に前後して、イタリア共産党 が衣替えして左翼民主党(左翼民主主義者 に改称、現在は民主党 )に改められた。
ハンガリー社会党 などのように冷戦時代の東欧 諸国の共産党 が社会民主主義政党へと転換した例がある。
社会民主主義政党 の国際組織、社会主義インターナショナル は赤薔薇 を組織の意匠としている。欧州の社会民主主義政党は、社会民主主義の政治的な目的を追求し実現するために、下記のような政治的方法と政策を追求・遂行している。
政治制度は、選挙権 と被選挙権 を持った一定年齢以上の市民 が選挙により議会 と行政府 の長[ 注 2] を選出し、複数政党制 や政権交代を容認し、議会制民主主義 や議会政治 や非暴力 的手段により、個別の問題や社会全体の漸進的な変革を目ざす。政策の実現は、広範な市民運動 ・社会運動 とともに、普通選挙 とそれに基づく議会 での多数派の形成により行われる。君主制廃止論 を掲げていた政党もあり、党内に共和制 支持者を持つ政党も多いが、イギリス 、スウェーデン 、ノルウェー 、デンマーク 、オランダ 、ベルギー 、スペイン などのように、政権獲得後も王室 と立憲君主制 の統治形態を維持する場合が多い。政治と宗教 の関わりにおいては、政教分離原則 を支持し世俗主義 の立場を採る。
経済政策は、自由競争市場経済 を重視するとともに、自由競争市場経済により発生する弊害や社会全体としての非最適な状態を予防または是正するために、政府が自由競争市場経済を監視・管理・規制・禁止・介入も重視し、市場経済と政府が介入する経済を併用する政策(混合経済 )を採用し、所得再分配による貧富の格差の予防や是正を目指し、特に高所得者や富裕層 から貧困 層や低所得者への所得の再分配 を主張する。この過程で社会民主主義政党が支持基盤とする労働運動 ・労働組合 の役割が大きいのも特徴である。
社会政策は、保健 ・医療 、保育 ・育児 、障害者 の介護 、失業 時の所得保障 と失業者に対する職業訓練と再就職支援、高齢者 や病気 や障害による就労不可能者に対する年金 などの社会保障 政策を充実させ、社会政策 や福祉 や学校 教育 の費用に対する、政府による全額負担または大部分負担により、所得の高低や財産の大小に影響されにくい社会を目指しているとされる(福祉国家論 、大きな政府 も参照)。
西欧 では、社会民主主義政党が保守主義 政党と並ぶ二大勢力として政権交代を繰り返し、北欧 では、社会民主主義政党が長期間政権を維持・運営した実績もあるとされる。その最も顕著な例がスウェーデン の社会民主労働党 政権である。冷戦 終結後に欧州連合 に加盟した東欧諸国でも、社会民主主義政党は主要な政治勢力の一つであり、かつてのスターリン主義政党が社会民主主義政党に看板を掛け替えて政権を維持・運営した実績がある。
マルクス主義 から派生したレーニン主義 (ボルシェビキ・共産主義)は、暴力革命と一党独裁を正当化した。中 ソ やベトナム 、北朝鮮 などでは非民主的な政治体制が確立し、人権侵害がまかり通り、言論の自由は抑圧された。こうした事実に鑑み、社会民主主義者の多くはマルクス主義とレーニン主義を区別し、理論的指導者のカール・カウツキー もレーニンを批判していた。ただし、マルクスにも暴力を肯定する共産主義者としての側面があり、ドイツ独立社会民主党 (USPD) は、武装組織スパルタクス団 と近かった。
一方で現実的な社民主義政党は、保守政党や自由主義政党と選挙で争いながら、幾つかの国で政権を獲得し、複数政党制の中で、混合経済を維持し続けてきた。
上記の政治制度は社会民主主義に固有の制度ではなく、議会制民主主義 の政治制度を採用している国は、どこの国でも同じである。また、上記の経済政策は社会民主主義に固有の政策ではなく、20世紀 以降、自由主義 や保守主義 の政党も社会政策 を重視して古典的自由主義 では否定されていた政府による経済介入や公的福祉制度を取り入れた政策を採用するようになった。
ただし社会政策を重視した保守 主義である社会保守主義 や、自由とともに公正を重視した自由主義 である社会自由主義 とは社会政策の根拠とする理念が異なり、また社会民主主義は私有財産 の修正を視野に入れることがある点で自由主義や保守主義とは異なる。
環境主義 は社会民主主義との親和性が高く、1980年代 以降の社会民主主義政党の多くがエコロジーを理念に取り入れたほか、世界各国の緑の党 の多くも社会民主主義または社会自由主義に近い政策を掲げる。ただし、欧州の緑の党の多くは反戦 を理念に掲げる党が多く、安全保障 政策をめぐって社会民主主義政党と対立することがしばしばある。
社会民主主義は社会的連帯を重視して社会保障 制度を充実させ、その財源として市民の税金 や社会保険料 の負担率が高く、特に所得税 や社会保険料の企業負担を重視する高負担・高福祉政策は、社会民主主義の最大の特徴である。
戦争 や武力紛争 、軍事 に対しては、戦争や武力紛争の予防と現在進行中の戦争や武力紛争を終結させるための和平 の提案や斡旋、大量破壊兵器 や被害度が大きい通常兵器 の禁止や規制、過剰な軍事力の縮小 を提案している。その結果として、クラスター弾に関する条約 の採択、パレスチナ紛争 の解決を目ざすオスロ合意 、スリランカ内戦 の和平斡旋などの成果になった。
イギリスの労働党 のアトリー 政権は朝鮮戦争 に参戦および核兵器 の維持、ブレア 政権はコソボ空爆 ・イラク飛行禁止区域への空爆・アフガニスタン戦争 ・イラク戦争 への参戦および核兵器の維持、フランスの社会党 のミッテラン 政権は湾岸戦争 に参戦および核兵器の維持、オランド 政権はマリ北部紛争 に空爆で介入および核兵器の維持、ドイツのドイツ社会民主党 のシュレーダー 政権はコソボ空爆 ・アフガニスタン戦争の国際治安支援部隊 に参加、スウェーデンのスウェーデン社会民主労働党 のペーション 政権はアフガニスタン戦争の国際治安支援部隊に参加するなど、軍拡 や自国の防衛以外の国外への戦争 や武力行使 に参加した事例も多数存在する。
上述されているように社会民主主義は欧州で発展してきた政治思想であり、西欧・北欧を中心に大きな勢力を持つ社会民主主義政党が多く、ドイツ社会民主党 、フランス社会党 、スウェーデン社会民主労働党 、イギリス労働党 、スペイン社会労働党 などのように、中道右派の保守政党と政権を交代しながら続いている大政党が多い。旧東側諸国 の社会主義国 であった中欧 ・東欧 諸国ではかつての支配政党だったハンガリー社会党 やブルガリア社会党 のように共産主義政党が東欧革命 後に社会民主主義政党へ転換したケースもある。
アジア では大韓民国 の民主労働党 、シンガポール の人民行動党 などの社会民主主義を掲げる政党は存在するが、これらの政党は様々な点で欧州型の社民政党と大きく異なる。
韓国の民主労働党[ 注 3] は共産主義の流れを汲む北朝鮮 との関係が深い点に特徴がある。こうした民主労働党の対北朝鮮政策に反発した党内のグループは2008年 に進歩新党 を結成している。
またシンガポールの人民行動党はあまりの権威主義体制、言論や表現の自由に対する抑圧によって社会主義インターナショナルを追放され、実質的に保守政党 と化した。
また南アジア にはインド国民会議 、スリランカ自由党 など社会民主主義[ 注 4] を掲げる有力政党が存在するが、社会主義インターナショナルには加盟していない。いっぽうパキスタン人民党 、ネパール会議派 など社会主義インターナショナルに加盟している政党もある。
戦前日本 では、無産政党 を名乗る政党が社会民主的な政策を掲げていた。欧州では社民政党が社会愛国主義 に傾斜した結果、戦争に反対する左派が分離して「共産党 」を結成する傾向にあった。これに対し日本では非合法政党の日本共産党 から合法路線を志向する者により無産政党が産まれる経緯があり、誕生の順番が逆である。
宮本太郎 と濱口桂一郎 は日本の社会民主主義の弱さについて、日本のリベラルが「浮遊するリベラル」「拠点なきリベラル」であるとする。アメリカとは違う日本の村落共同体型権力から抜け出そうとした日本のリベラルは、未来のコミュニティである共産主義 や、国家権力に対する反発から意図せざる新自由主義 に流れ浮遊していった。また企業福祉 の存在から国家の福祉に税金は払わないとして、ヨーロッパであれば社会民主主義の最大の岩盤であるべき安定した労働者層や、企業別労組 も、むしろ新自由主義的な感覚を持つに至ったという[ 30] 。
戦後は各種無産政党の人脈から結成された日本社会党 (前身は左派社会党)や同党から分離した民社党 (前身は右派社会党)が社会主義インターナショナルに加盟して国会に一定の勢力を築いており、中小企業保護政策に尽力して「中小企業の父」と言われた春日一幸 や三輪寿壮 が社会民主主義の論陣を張った。後に民社党は政権与党である自民党 と協調して自公民路線 を取ったことで日本の戦後政治に一定の影響力を持った。このため、自民党内にも保守本流 の政治家を中心に池田勇人 や田中角栄 など社会民主主義寄りの政治手法を取った政治家がいた。
1990年代 以後の政界再編により、日本社会党 の多数派は民主中道 を掲げる民主党 に移行した。民主党に移行した後は、社会民主主義を提唱していない。民進党 、立憲民主党 、国民民主党 に変遷を経た後も、同様である。
2010年代 、一般に右寄りとみなされた第二次安倍晋三 政権について、実際には経済政策は社会民主主義的路線であったという説がある。安倍は社会民主主義者の三輪寿壮 の影響について自著『美しい国へ』で述べているほか、祖父の岸信介 も北一輝 を支持した元革新官僚 で社会党入党を考えていたこともあった。この説の論者に浅羽通明 、清義明 などがいる[ 31] 。濱口は民主党 鳩山由紀夫 政権の事業仕分け がむしろ小泉 構造改革 政権路線に回帰したもので、第二次安倍政権は第一次安倍・福田康夫 ・麻生 の三代と菅直人 政権以降の社会民主主義路線を引き継いだものとしている[ 30] 。このほか、鯨岡仁 『安倍晋三と社会主義 アベノミクスは日本に何をもたらしたか』において、アベノミクスと社会民主主義の関係について詳論されている。これらは政府主導の大型経済対策を柱としており、安倍はポール・クルーグマン から政治思想は戦争犯罪を正当化している、経済思想は革新的と評されるほどであった[ 32] 。
マルクス主義経済学者の松尾匡 は、左派勢力が新自由主義や安倍政権に対して無力だった点として、1970年代以降始まりソ連崩壊 後の1990年代に激化した路線変更の失敗(松尾は「レフト2.0」と呼んでいる)を挙げている。「レフト2.0」では、中国やソ連流の社会主義と決別し、市場原理 導入とNGO ・NPO 中心の小さな政府 志向、エコロジー 志向・脱成長と豊かさへの反省、マイノリティ ・アイデンティティ政治 重視、発展途上国 重視などを掲げたが、結局は緊縮容認、中間層の没落容認、マイノリティのひいき、発展途上国の人権侵害放置など、先進国の労働者大衆に「ヨソ者ばかり大事にして俺達は救われない」というイメージを植え付けたとしている。民主党、社民党もその流れに属するという[ 33] 。
現在の日本では、社会民主主義を標榜する政党は社会党の後継の社会民主党 が僅かながらの議席を保持するに留まっている。日本共産党はコミンテルン出自の政党であり社会民主主義を強く批判・攻撃していたが、近年では暴力革命否定の“多数者革命”論、民主主義革命から社会主義変革を長期の過程とする社会主義論、ソ連やコミンテルンを“巨悪”として強く否定するソ連論などから、現在では実質的に社会民主主義政党であるとする見解も、研究者から出されている[ 34] 。
アメリカ合衆国 の社会民主主義勢力は群小政党のアメリカ民主社会党 やアメリカ社会民主党 などで有力ではない。ただし現在、連邦上院 に1名、社会主義(民主社会主義)を掲げる無所属のバーニー・サンダース 議員が存在する。ほかに連邦下院 の民主党 議員にも社会主義者がおり、民主党内左派の一部となっている。
カナダ では欧州型社民主義政党に近い政党として新民主党 があり、2021年カナダ総選挙 では保守主義 のカナダ保守党 、ケベック州 の地域主義政党ブロック・ケベコワ に次ぐ野党第3党となっている[ 注 5] 。またブロック・ケベコワ も社会民主主義を掲げている。
ラテンアメリカ (中南米)諸国には社会民主主義政党は多いものの、長くポピュリズム の影響が強いなど独自の色彩が強かったが、現在は多くの国で社会主義・共産主義勢力とも連携し左派ブロックを形成している。中南米での左翼政権の増加に大きく寄与しているが、同時にナショナリズム 色も強い場合が多い。
アフリカ 諸国にも社会民主主義政党はあるが、植民地 から独立する前後に旧宗主国 である西欧の強い影響下で結成されたものの、実際には特定の部族 の利益を代表している場合が多い。南アフリカ共和国 には社会民主アフリカ連合 がある。
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