| いしおかし 石岡市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 | |||||
| 地方 | 関東地方 | ||||
| 都道府県 | 茨城県 | ||||
| 市町村コード | 08205-8 | ||||
| 法人番号 | 2000020082058 | ||||
| 面積 | 215.53km2 | ||||
| 総人口 | 68,335人[編集] (推計人口、2026年1月1日) | ||||
| 人口密度 | 317人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 土浦市、つくば市、かすみがうら市、笠間市、桜川市、小美玉市 | ||||
| 市の木 | シイ | ||||
| 市の花 | ユリ | ||||
| 市の鳥 | ヒバリ | ||||
| 石岡市役所 | |||||
| 市長 | 谷島洋司 | ||||
| 所在地 | 〒315-8640 茨城県石岡市石岡一丁目1番地1 北緯36度11分27秒東経140度17分14秒 / 北緯36.1908度 東経140.2872度 /36.1908; 140.2872座標:北緯36度11分27秒東経140度17分14秒 / 北緯36.1908度 東経140.2872度 /36.1908; 140.2872 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| 特記事項 | 世帯数:28,148世帯 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
石岡市(いしおかし)は、関東地方北東部、茨城県の県南地域の市。常陸国の国府が置かれた都市で、長らく常陸府中(ひたちふちゅう)や常府(じょうふ)などと呼ばれた茨城県名発祥の地である。
古代には常陸国の国衙があった地で、2005年(平成17年)10月1日に旧石岡市と旧八郷町が合併して誕生した[1]。
「石岡」の地名は鎌倉時代の記録にはあるが、その由来は諸説あり、小高い丘を意味する「イワオカ」からきたとする説などがある[1]。1871年(明治4年)の廃藩置県の際に府中松平藩領に石岡県が成立した[1]。
関東三大祭の1つ「常陸國總社宮例大祭」(毎年9月)の開催地でもある。また市西部は日本有数のスカイスポーツエリアでもあり、気象庁地磁気観測所がある。

市北部に園部川、南部に恋瀬川が流れ南西部で霞ヶ浦に接し、市西部では八郷地区(八郷盆地)を取り囲むように筑波山、足尾山、加波山、吾国山、難台山などの筑波山地の山々が連なる。茨城県南地域にあり、東京都心からは概ね60〜70kmで市東部には市街地・住宅地、西部には田園風景が広がる。
| 石岡市市域の変遷(年表) | ||
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| 年 | 月日 | 現石岡市市域に関連する行政区域変遷 |
| 1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の町村がそれぞれ発足。[8][9][10]
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| 1953年(昭和28年) | 11月16日 | 石岡町は高浜町を編入。 |
| 1954年(昭和29年) | 2月11日 | 石岡町は市制施行し石岡市となる。 |
| 12月1日 | 石岡市は三村・関川村を編入。 | |
| 1955年(昭和30年) | 1月1日 | 柿岡町・小幡村・葦穂村・恋瀬村・瓦会村・園部村・林村・小桜村が合併し八郷町が発足。 |
| 1972年(昭和47年) |
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| 2005年(平成17年) | 10月1日 | 石岡市・八郷町が合併し石岡市が発足。 |
| 石岡市市域の変遷表 | ||||||||
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| 1868年 以前 | 明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 | 明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | ||
| 平村 | 明治2年 石岡町 | 石岡町 | 石岡町 | 石岡町 | 昭和29年2月11日 市制 | 平成17年10月1日 石岡市 | 石岡市 | |
| 村上村 | ||||||||
| 染谷村 | ||||||||
| 北根本村 | 高浜町 | 高浜町 | 昭和28年7月15日 石岡町に編入 | |||||
| 中津川村 | ||||||||
| 大橋村 | 明治12年 東大橋村 | |||||||
| 田中村 | 明治12年 東田中村 | |||||||
| 小井戸村 | ||||||||
| 高浜村 | ||||||||
| 井関村 | 関川村 | 関川村 | 関川村 | 昭和29年12月1日 石岡市に編入 | ||||
| 石川村 | ||||||||
| 三村 | 三村 | 三村 | 三村 | |||||
| 柿岡村 | 柿岡町 | 柿岡町 | 昭和30年1月1日 八郷町' | |||||
| 片野村 | ||||||||
| 金指村 | ||||||||
| 小幡村 | 小幡村 | 小幡村 | ||||||
| 須釜村 | ||||||||
| 細谷村 | ||||||||
| 上青柳村 | ||||||||
| 下青柳村 | ||||||||
| 加生野村 | ||||||||
| 小倉村 | 葦穂村 | 葦穂村 | ||||||
| 吉生村 | ||||||||
| 上曽村 | ||||||||
| 小屋村 | ||||||||
| 小山田村 | ||||||||
| 鯨岡村 | ||||||||
| 狢内村 | ||||||||
| 大塚村 | 恋瀬村 | 恋瀬村 | ||||||
| 大増村 | ||||||||
| 太田村 | ||||||||
| 中戸村 | ||||||||
| 小見村 | ||||||||
| 小塙村 | 瓦会村 | 瓦会村 | ||||||
| 宇治会村 | ||||||||
| 瓦谷村 | ||||||||
| 野田村 | ||||||||
| 佐久村 | ||||||||
| 部原村 | ||||||||
| 成井村 | 園部村 | 園部村 | ||||||
| 山崎村 | ||||||||
| 真家村 | ||||||||
| 宮ヶ崎村 | ||||||||
| 柴間村 | ||||||||
| 浦須村 | 林村 | 林村 | ||||||
| 上林村 | ||||||||
| 下林村 | ||||||||
| 嘉良寿理村 | ||||||||
| 片岡村 | ||||||||
| 根小屋村 | ||||||||
| 半田村 | 小桜村 | 小桜村 | ||||||
| 川又村 | ||||||||
| 月岡村 | ||||||||
| 青田村 | ||||||||
| 弓弦村 | ||||||||
| 辻村 | ||||||||
| 菖蒲沢村 | ||||||||
| 小野越村 | ||||||||
| 仏生寺村 | ||||||||
旧石岡市と旧八郷町は2市町での合併協議を行うことを決め、2005年(平成17年)1月7日に両市町の法定合併協議会(会長:旧石岡市長)が発足した。新市名は「石岡市」、合併方式は新設合併(対等合併)とすることを決定。度重なる協議会や住民説明会などを経て、2005年3月7日に合併調印、3月10日に両市町議会での合併議案可決、3月30日に茨城県知事への申請、6月22日に茨城県議会の議決、6月23日の総務大臣への届け出、7月14日の官報への掲載に至った。
2005年9月30日に両市町で「閉市式」「閉町式」が行われた。10月1日に新設自治体の石岡市が誕生して、開庁式が行われ、市長選までの市長職務執行者に旧八郷町長が就任した。市章は変更されなかった[6]。それぞれの旧市町の庁舎は旧石岡市役所がそのまま石岡市役所本庁舎に、旧八郷町役場が八郷総合庁舎になった上、八郷総合支所を置いた。
| 石岡市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 石岡市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 石岡市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
石岡市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| いしおかし 石岡市 | |||||
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| 廃止日 | 2005年10月1日 | ||||
| 廃止理由 | 新設合併 石岡市(旧)、新治郡八郷町 → 石岡市(新) | ||||
| 現在の自治体 | 石岡市(新) | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 | |||||
| 地方 | 関東地方 | ||||
| 都道府県 | 茨城県 | ||||
| 隣接自治体 | かすみがうら市、新治郡八郷町、玉里村、東茨城郡小川町、美野里町 | ||||
| 石岡市役所 | |||||
| 所在地 | 〒315-8640 茨城県石岡市大字石岡3165-2 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
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※右記は合併前の旧・石岡市のデータ。
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 市長歴 |
|---|---|---|---|
| 当 | 17,226 | 谷島洋司 | 新 |
| 12,601 | 佐々木敏夫 | 新 | |
| 709 | 藤井優雄 | 新 |
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 市長歴 |
|---|---|---|---|
| 当 | 無投票 | 今泉文彦 | 現 |
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 市長歴 |
|---|---|---|---|
| 当 | 17,684 | 今泉文彦 | 新 |
| 16,290 | 久保田健一郎 | 現 |
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 市長歴 |
|---|---|---|---|
| 当 | 13,208 | 久保田健一郎 | 新 |
| 11,065 | 今泉文彦 | 新 | |
| 7,435 | 桜井信幸 | 新 | |
| 6,429 | 金井一憲 | 新 |
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
|---|---|---|---|---|
| 当 | 18,733 | 横田凱夫 | 無所属(自民・公明推薦) | 新 |
| 9,105 | 合田寅彦 | 無所属 | 新 |
| 歴代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 初代・2代 | 川並 要 | 1954年(昭和29年)2月11日 | 1959年(昭和34年)5月 1日 |
| 3代 | 椿 菅太郎 | 1959年(昭和34年)5月2日 | 1963年(昭和38年)5月1日 |
| 4代・5代 | 大和田健三郎 | 1963年(昭和38年)5月2日 | 1971年(昭和46年)5月1日 |
| 6代 | 高木不二男 | 1971年(昭和46年)5月2日 | 1971年(昭和46年)11月3日 |
| 7代・8代 | 鬼澤賢造 | 1971年(昭和46年)12月19日 | 1979年(昭和54年)12月18日 |
| 9代 | 山本吉蔵 | 1979年(昭和54年)12月19日 | 1983年(昭和58年)12月18日 |
| 10代 | 鈴木堅太郎 | 1983年(昭和58年)12月19日 | 1987年(昭和62年)12月15日 |
| 11代 | 山本吉蔵 | 1987年(昭和62年)12月16日 | 1991年(平成3年)12月15日 |
| 12代・13代・14代 | 木村芳城 | 1991年(平成3年)12月16日 | 2002年(平成14年) 2月10日 |
| 15代 | 横田凱夫 | 2002年(平成14年)3月3日 | 2005年(平成17年)9月30日 |
参考文献:2004年市制施行50周年記念誌「石岡の50年ときの鼓動」より
本庁舎、八郷総合支所(八郷総合庁舎内)、同支所の2つの出張所がある。職員数は730人程。
石岡市が加入している事務組合や協議会。
水道事業については、石岡地区が湖北水道企業団、八郷地区は市の水道課と組織が異なる。市では旧市町間の料金格差の是正と併せて統一に向けた準備を進めている。
八郷地区の下水道を処理している「石岡市八郷水処理センター」は合併前の2002年に旧八郷町が町単独で整備したもので、旧八郷町域のみの下水道を処理していた。現在、病院など大型施設の下水道接続が相次ぎ、現在稼働中の一系列では処理能力を超える可能性が出てきたため、数億円をかけての増設・展開事業が進められている。2015年には、すべての系列が稼働する計画である。一方、「茨城県霞ヶ浦浄化センター」の管轄区域は旧石岡市市域をはじめ土浦市、かすみがうら市、小美玉市、稲敷郡阿見町に及んでおり、処理人口はおよそ37万人となっている。
| 候補者名 | 当落 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 戸井田和之 | 当 | 58 | 自由民主党 | 現 | 8,356票 |
| 桜井信幸 | 当 | 65 | 無所属 | 新 | 8,219票 |
| 大和田寛樹 | 落 | 47 | 自由民主党 | 現 | 7,773票 |
| 当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 重複 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 国光文乃 | 42 | 自由民主党 | 前 | 125,703票 | ○ |
| 比当 | 青山大人 | 42 | 立憲民主党 | 前 | 113,570票 | ○ |
※手話通訳者設置・派遣の受付は、市役所本庁舎と八郷総合支所で受け付けている。
霞ヶ浦周辺ではレンコンの栽培も行われており、筑波山の麓では柿やミカン、イチゴなどの果樹栽培も盛ん。また郊外には延々と田園風景が広がっており、茨城県内でも有数の米どころでもある。旧八郷町地区はタバコ栽培が盛んで、茨城県内の主産地の1つでもある。さらに関東では初めての「地鶏JAS」認定を受けた「やさとしゃも」を始め、「筑波地鶏」などの銘柄鶏ブランドに力を入れている。鉾田市と共に養豚が盛んである[14]。
市内には工業団地が立地し、東洋製罐やパナソニック、ソントン食品などの大手工場もある。また地場産業としては酒造りも盛んで関東の灘とも呼ばれているほか、スギを材料として昔ながらの水車を使用した線香作りも行われており、また歴史のある乳製品メーカーとしては筑波乳業がある。
市内では国道6号や国道355号、茨城県道7号石岡筑西線沿いなどにロードサイドショップ(チェーンストア)が多く出店しており、一定の賑わいを見せている。しかし、石岡駅周辺に広がるアーケード街として賑わっていた既存の商店街では、ロードサイドショップや水戸・土浦・つくば方面への買い物客の流出により、その活性化策が課題となっている。活性化策の一環として、商店街の空き店舗にまちかど情報センターや石岡市観光協会が運営するまち蔵 藍を設置したり、道路の電線地中化などの事業が行われている。
1970年代中頃に石岡駅前に西友石岡店が出店したが、1988年3月に撤退。その建屋は約20年にわたり廃屋として残っていたが、2009年末頃より解体が始まり、2019年現在はコインパーキングとなっている。また、国府三丁目にはコーキ(高喜)という老舗の百貨店(1670年創業。戦後法人化。1970年に改築しコーキ石岡ショッピングプラザになった)があったが、2002年に経営破綻している。
※学童保育併設校。
保育所
市内の南北には、国道6号が縦断し、南は、土浦・取手・柏・東京方面、北は水戸・日立・いわき方面を結び、東西には国道355号が横断し、東は行方・潮来・香取方面、西は笠間方面を結ぶ、交通の要衝となっている。
石岡市は茨城県から歴史の里に指定されている。

理由は不明ながら漫画家が多いという特徴がある。