Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


コンテンツにスキップ
Wikipedia
検索

相沢武彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
相沢武彦
あいざわ たけひこ
生年月日1933年12月8日
出生地北海道
没年月日 (2012-08-30)2012年8月30日(78歳没)
死没地北海道札幌市
所属政党公明党
配偶者
北海道の旗 北海道議会議員
選挙区札幌市西区
当選回数2回
在任期間1983年4月30日 -1991年4月29日
日本の旗 参議院議員
選挙区北海道選挙区
当選回数1回
在任期間1974年7月8日 -1980年7月7日
日本の旗 衆議院議員
選挙区北海道4区
当選回数1回
在任期間1969年12月29日 -1972年11月13日
テンプレートを表示

相沢 武彦(あいざわ たけひこ、1933年12月8日 -2012年8月30日)は、北海道議会議員(2期)。参議院議員(1期)。衆議院議員(1期)。

略歴

[編集]

1933年昭和8年)北海道生まれ[1]。1953年(昭和28年)北海道留萌高等学校卒業[2]。卒業後は北海道銀行に勤務し[3]、その後、聖教新聞に入り、北海道総支局長となる[3]公明党に入り、北海道本部事務局長などを歴任する[3]

1969年(昭和44年)、第32回衆議院議員総選挙において北海道4区から公明党公認で立候補し当選する[4]1972年(昭和47年)7月に衆議院石炭対策特別委員長に就任[5]。同年12月の第33回衆議院議員総選挙で落選[4]

1974年(昭和49年)、第10回参議院議員通常選挙において北海道選挙区から公明党公認で立候補し当選[6]。参議院議員を1期務め、1980年(昭和55年)、第12回参議院議員通常選挙で落選[6]

1983年(昭和58年)、北海道議会議員選挙において札幌市西区選挙区から公明党公認で立候補し当選。1987年(昭和62年)、北海道議会議員選挙で札幌市西区選挙区から立候補し当選。1991年平成3年)、北海道議会議員選挙で札幌市西区選挙区から立候補し落選。

2012年(平成24年)死去[7][1]

脚注

[編集]
[脚注の使い方]
  1. ^ab著名人の葬儀(出典無効)
  2. ^『議会制度百年史 - 貴族院・参院議員名鑑』232頁。
  3. ^abc『議会制度百年史 - 貴族院・参院議員名鑑』233頁。
  4. ^ab『朝日選挙大観』446頁。
  5. ^衆議院会議録情報 第069回国会 石炭対策特別委員会 第2号
  6. ^ab『朝日選挙大観』569頁。
  7. ^(おくやみ)相沢武彦氏が死去 元参院議員”. 日本経済新聞 (2012年9月12日). 2020年12月9日閲覧。

参考文献

[編集]
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『朝日選挙大観』朝日新聞社、1997年。
議会
先代
鬼木勝利
日本の旗 衆議院石炭対策特別委員長
1972年
次代
田代文久
日本の旗 衆議院石炭対策特別委員長(1972年)
定数5
第23回
第24回
第25回
第26回
第27回
第28回
第29回
第30回
第31回
第32回
第33回
第34回
第35回
第36回
第37回
第38回
第39回
第40回
第1回
(定数8)
3年議員
偶数回
定数4
第2回
第4回
第6回
第8回
第10回
第12回
第14回
第16回
定数2
第18回
第20回
第22回
定数3
第24回
第26回
奇数回
定数4
第3回
第5回
第7回
第9回
第11回
第13回
第15回
定数2
第17回
第19回
第21回
第23回
定数3
第25回
第27回
↓:途中辞職、失職、在職中死去など、↑:補欠選挙で当選。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=相沢武彦&oldid=102209141」から取得
カテゴリ:
隠しカテゴリ:

[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp