Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


コンテンツにスキップ
Wikipedia
検索

痴人の愛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避この項目では、谷崎潤一郎の小説とその映画化について説明しています。1934年のアメリカ映画(本項と無関係)については「痴人の愛 (1934年の映画)」をご覧ください。
痴人の愛
訳題Naomi
作者谷崎潤一郎
日本の旗日本
言語日本語
ジャンル長編小説
発表形態新聞・雑誌連載
初出情報
初出大阪朝日新聞1924年3月20日号-6月14日号
女性』1924年11月号-1925年7月号
刊本情報
出版元改造社
出版年月日1925年7月
総ページ数397
idNCID BA63507044
ウィキポータル 文学ポータル 書物
テンプレートを表示

痴人の愛』(ちじんのあい)は、谷崎潤一郎長編小説。ごく一般的なサラリーマンで君子と呼ばれる真面目な男が、カフェー女給であった15歳のナオミと出会い、自分の妻にする。しかしナオミはやがて男が予想もしなかった女性へと変貌を遂げていく。小悪魔的な女の奔放な行動を描いた代表作で、「ナオミズム」という言葉を生み出した[1]。ナオミのモデルは、当時谷崎の妻であった千代の妹・小林せい子である[2]とされている。谷崎は連載再開の断り書きで、この小説を「一種の『私小説』であつて」としている[3]

1924年(大正13年)3月20日から6月14日まで『大阪朝日新聞』に連載し、いったん中断後に雑誌『女性』11月号から翌1925年(大正13年)7月号まで掲載された[4]。単行本は同年7月に改造社より刊行された[5]

あらすじ

[編集]

主人公・河合譲治による、7年前(足かけ8年前)から約5年間の回顧として書かれている。1924年(大正13年)の連載開始を基準とすると、1917年(大正6年)から1922年(大正11年)までとなる[6]。譲治とナオミの年齢(数え年)は、物語開始時点で28歳と15歳、実質的な終幕となる最終章1つ手前で32歳と19歳、エピローグ的に語られる最終章で36歳と23歳である。

河合譲治は独身の電気技師である。質素で凡庸で、何の不平も不満もなく日々の仕事を勤めていて、真面目すぎるが故に会社では「君子」といわれていたほどの模範的なサラリーマンであった。それに宇都宮生まれの田舎者で、人付き合いも悪く、その歳になるまで異性と交際した経験は一度もなかった。一応の財産もあり、醜い顔立ちでもなかった譲治がこの歳まで結婚しなかったのは、彼に結婚に対する夢があったからだ。それはまだ世の中を何も知らない年頃の娘を手元に引き取って、妻としてはずかしくないほどの教育と作法を身につけさせてやり、いい時期におたがいが好きあっていたら夫婦になる、という形式のものであった。

不思議な運命の巡り会わせで、彼は浅草カフェーでナオミ(正確には「奈緒美」だが作中では基本的に片仮名表記)という美少女に出会う。ナオミは混血児のような美しい容貌であったが、その頃は無口で沈んだところのある、あまり血色もよくない娘であった。ナオミを気に入った彼は彼女を引き取り、大森に洋館を借りて2人暮らしを始める。

「友達のやうに」暮らそう、というのが最初の申し合わせだったので、2人はママゴト遊びのような生活を送る。寝室も別であった。稽古事をすることを約束させ、ゆくゆくはどこへ出ても恥ずかしくないレディーに仕立てたいと彼は計画していた。ところが彼の期待は次第に裏切られていった。彼が、頭も行儀も悪く、浪費家で飽きっぽいナオミの欠点を正そうとすると、ナオミは泣いたりすねたりして、結局のところは最後には彼のほうが謝ることになるのである。

そんなある日、彼が早く家に帰ってみると、玄関の前でナオミが若い男と立ち話をしているのにぶつかった。嫉妬の情にかられた彼はナオミに問いただすが否定される。しかし、ナオミが他にも何人もの男とねんごろなつきあいをしていることに気付き、本当に怒った彼はその男達との一切の付き合いを禁じ、ナオミを外出させないようにした。いったんナオミはおとなしくなったものの、また熊谷という男と密会していることが分かり、彼はとうとうナオミを追い出してしまう。

追い出してしまったものの、彼はナオミが恋しくて仕方がなくなる。無一文で出て行ったナオミを彼は心配でいてもたってもいられなくなったので、手を尽くして探してみると、ダンスホールで知り合った男性の家にとまり、豪華な服装をして遊び歩いていることを知る。これには彼もあきれ果ててしまった。

ナオミのことを忘れようとしている彼のところへ、ある日ふらっとナオミが現れた。荷物がまだ全部彼の家にあるので、それを取りに来たのだという。ナオミはそんなふうにして、ちょいちょい家にやってくるようになった。品物を取りに寄るというのが口実だが、なんとなくぐずぐずいる。日が経つにつれて、ナオミはますます美しくなってくる。あれほど欺かれていながらも、彼はナオミの肉体的な魅力には抵抗が出来ない。ナオミも自分の魅力が彼に与える力を充分に知っていて、次第に彼を虜にしてゆく。ついに彼はナオミに全面降伏をする。

会社を辞め、田舎の財産を売った金で横浜にナオミの希望通りの家を買い、2人は暮らすようになる。もう彼はナオミのすることに何も反対をしない。彼は、限りなく美しさがましてゆくナオミが、外国の男たちとの交際を重ねる横で、なおかつ夫として生きていく。

映画

[編集]

この作品は数回映画化されている。

1949年

[編集]
痴人の愛
監督木村恵吾
脚本八田尚之
木村恵吾
原作谷崎潤一郎
出演者宇野重吉
京マチ子
音楽飯田三郎
撮影竹村康和
製作会社大映大映京都撮影所[7][8]
配給大映
公開1949年10月16日
上映時間89分
製作国日本の旗日本
言語日本語
テンプレートを表示

大映製作・配給、89分、モノクロ。

スタッフ

キャスト

1960年

[編集]
痴人の愛
監督木村恵吾
脚本木村恵吾
原作谷崎潤一郎
製作武田一義
出演者船越英二
叶順子
音楽松井八郎
撮影石田博
製作会社大映
配給大映
公開1960年4月17日
上映時間88分
製作国日本の旗日本
言語日本語
テンプレートを表示

大映製作・配給、88分、カラー。

スタッフ

  • 監督・脚本 - 木村恵吾
  • 製作 - 武田一義
  • 企画 - 久保寺生郎
  • 撮影 - 石田博
  • 音楽 -松井八郎
  • 美術 - 柴田篤二

キャスト

熊谷の名が、原作の「政太郎」から変更されている。

1967年

[編集]
痴人の愛
監督増村保造
脚本池田一朗
原作谷崎潤一郎
出演者安田道代
小沢昭一
音楽山本直純
撮影小林節雄
編集中静達治
製作会社大映大映東京撮影所[10][11]
配給大映
公開1967年7月29日
上映時間92分
製作国日本の旗日本
言語日本語
テンプレートを表示

大映製作・配給、1967年、92分、カラー。

時代設定が現代(公開当時)に、ナオミの年齢が高めに変更されている。譲治とナオミが出会ったのは1966年で、そのときのナオミは18歳。物語開始時点ですでに譲治とナオミは同棲しており、そのときの譲治は31歳。(いずれもおそらく満年齢なので原作との比較には注意)

譲治が撮ったナオミのヌード写真が象徴的なアイテムとして多用される。

スタッフ

キャスト

2024年

[編集]
痴人の愛
監督井土紀州
脚本小谷香織
原作谷崎潤一郎
製作江尻健司
出演者大西信満
奈月セナ
音楽高橋宏治
撮影田宮健彦
編集桐畑寛
制作会社レジェンド・ピクチャーズ
製作会社2024「痴人の愛」製作委員会
配給マグネタイズ
公開2024年11月29日
上映時間106分
製作国日本の旗日本
言語日本語
テンプレートを表示

時代設定が現代となり、プロデビューできずにいる脚本家志望の河合譲治が、谷崎潤一郎の「痴人の愛」を原作とする映画の脚本を引き受け、またバーで出会ったナオミとの関係を描く。

スタッフ

  • 監督 -井土紀州[13]
  • 脚本 - 小谷香織[13]
  • 音楽 - 高橋宏治[14]
  • 企画 - 利倉亮[14]、郷龍二[14]
  • プロデューサー - 江尻健司[14]
  • アシスタントプロデューサー - 竹内宏子[14]
  • 撮影 - 田宮健彦[14]
  • 録音 - 大塚学[14]
  • 美術 - 中谷暢宏[14]
  • 編集 - 桐畑寛[14]
  • 助監督 - 小泉剛[14]
  • 制作 - 福島隆弘[14]、洲鎌恒男[14]
  • ヘアメイク - 藤澤真央[14]
  • スタイリスト - 高地郁美[14]
  • 現場衣装 - 藤田賢美[14]
  • スチール - 石井勇気[14]
  • 整音 - 山田幸治[14]
  • キャスティング協力 - 関根浩一[14]
  • 営業統括 - 堤亜希彦[14]
  • 配給 - マグネタイズ[14]
  • 宣伝 - Cinemago

キャスト

派生作品

[編集]
ナオミ
監督高林陽一
脚本高林陽一
今戸栄一
原作谷崎潤一郎
出演者水原ゆう紀
斉藤真
平泉征
音楽シルクロード
撮影高村倉太郎
編集田中修
製作会社東映セントラルフィルム
配給東映
公開1980年3月15日
上映時間104分
製作国日本の旗日本
言語日本語
テンプレートを表示

『谷崎潤一郎・原作「痴人の愛」より ナオミ』(東映1980年)104分、カラー。

「痴人の愛」四度目の映画化[18]

封切時のタイトルは、単に『ナオミ』[19][20][21]。更に『「痴人の愛」より ナオミ』と3種類のタイトルが混在している[22]

「痴人の愛」をベースに、時代背景を現代にうつし、女豹のように狡猾で淫蕩なヒロイン“ナオミ”の愛と性と享楽を現代の新しい女性像として大胆に描いた。

スタッフ

[編集]
  • 監督 -高林陽一
  • 脚本 - 高林陽一・今戸栄一
  • 企画 - 高林陽一
  • 撮影 -高村倉太郎
  • 照明 - 山田和夫
  • 音楽 - シルクロード
  • 美術 - 野尻均

キャスト

[編集]

製作

[編集]

1979年夏、東映セントラルフィルムより高林陽一に発注があり[20]、高林が過去作品をよく知る高村倉太郎にカメラを要請した[20]。当初は一般的な劇場用35mmビスタサイズを構想していたが[20]、東映から「予算面の問題があり、現在(当時)東映東京撮影所16mmイーストマン・カラーブロー・アップで『暴力戦士』を撮影中で、東映化工で処理している。同じように16mmブロー・アップで、東映化工で現像して欲しい」といわれた[20]自主映画出身の高林は16mmには勿論手慣れてはいるものの、ブロー・アップを不安がった[20]。東映化工と打ち合わせを念入りに重ね、ブロー・アップだとライト不足のフラットな画面は禁物で、照明も高い技術が要求された[20]

水原ゆう紀は小説を中学3年から愛読しており[18]高林陽一監督から「主役だけど脱ぐぞ。やるか?」とオファーがあり、「1日だけ待って下さい」と告げ出演を承諾した[18]。自身で淫蕩なヒロイン“ナオミ”に似ている部分もあると話している[18]

1979年9月1日クランクイン[20]。撮影所は使わず、基本オールロケで撮影[20]。ナオミの家は当時空き家になっていた麻布鳥居坂駐日フィリピン大使館の建物[20]。部屋を色々飾り替え室内シーンの大半はここで撮影された[20]。その他、東京都内ロケは成城六本木[20]。他に神奈川県鎌倉市[20]。9月12日クランクアップ[20]。1日休みを取ったため実働12日[20]。しかしその後の仕上げ、ブロー・アップ作業には長い期間を要した[20]

キャッチコピー

[編集]

ファッショナブルにゆらめいて、ナオミいま、エクスタシー[23]

興行

[編集]

東映本番線は同時期、春の東映まんがまつり[24]。「ファッショナブルロードショー」と銘打ち[21]新宿東映ホール、有楽シネマ、千葉東映パラス、大阪梅田東映ホールなど[23]、全国8館での上映[19]。公開に合わせ、水原ゆう紀の過去作品一挙上映等のキャンペーンが行われた[19]

評価

[編集]

辛口採点の多い『シティロード』封切時の映画批評[21]。軒並み★の最低評価(★★★★★…ぜったいに見る価値あり! ★★★★…かなり面白かったです ★★★…見て損はないと思うよ ★★…面白さは個人の発見だから ★…どういうふうに見るかだね)。(原文ママおすぎ「現時点で試写が見れないのです。かなり出来が悪いとの噂がチラホラ」。高林監督とは「フィルム・アンデパンダン」仲間の金坂健二「『地獄の黙示録』と逆の意味で、もう8ミリなんだよなあ。だいいち脚本段階で、どうしてこれがOKになるのか。ナオミ役はなり手がいない。いっそのこと沢たまき? それともあき竹城にする?」()。北川れい子「ホテルのプールサイドのパーティ・シーンに、上半身裸の少年たちが松明を持ってずっと立っていたが、あれは何?その趣味の悪いこと、思わず吐き気がしてきた。アンティックな雰囲気は狙いと思うが、もったいつけた演出と、そらぞらしい登場人物は博物館並みで、アーッ、永遠のヒロイン、ナオミよ、さようならー」()。後藤和夫「面白くなかった。全てよくない。あえていうといい加減のような気さえした。悔しくて情けない気分になった。東映セントラルで高林陽一が撮るということは、僕にとって別の意味で関心があつた。だが官能も発見できなかったし、ファッショナブルな感覚に酔うこともなかった。個人作家の視点も見つけられず、何だかいやーな感じだけが残った([21]

本作は、宮尾登美子渡辺淳一原作を柱とする東映の80年代"女優+文芸=大作路線"に於いて[25]、1980年9月6日公開の『四季・奈津子』とともに、その嚆矢と位置付けられている[25]

脚注

[編集]
[脚注の使い方]
  1. ^「関西移住と美意識の変容」(アルバム谷崎 1985, pp. 32–64)
  2. ^「極彩色の悪夢」(アルバム谷崎 1985, pp. 18–31)ただし、『婦人公論』昭和33年1月の座談会「文豪秋の夜話 昔の女 今の女」においては「一人の特定のモデルはない」と発言している。
  3. ^小谷野敦『私小説のすすめ』(平凡社新書、2009年7月)p.24 ただし三年後の『饒舌禄』(『改造』1927年2月)では、「私は最近悪い癖がついて、自分が創作する」において「うそのことでないと面白くない」と書いている。故に「私小説」は、一人称小説の可能性を指摘されている。
  4. ^「谷崎潤一郎作品案内」(夢ムック 2015, pp. 245–261)
  5. ^「主要著作目録」(アルバム谷崎 1985, p. 111)
  6. ^「注解」(痴人・文庫 2003, p. 378)
  7. ^abcdefg痴人の愛 [1949]”. 角川映画. 2021年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月16日閲覧。
  8. ^abcdefgkinenote.
  9. ^abcdallcinema.
  10. ^abcdefg痴人の愛 (1967)”. 角川映画. 2020年11月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月17日閲覧。
  11. ^abcdefkinenote1967.
  12. ^abcd国立映画アーカイブ.
  13. ^abcd谷崎潤一郎「痴人の愛」を井土紀州が新たに映画化、大西信満・奈月セナ共演で今冬公開”. 映画ナタリー. ナターシャ (2024年9月28日). 2024年9月28日閲覧。
  14. ^abcdefghijklmnopqrstuvwxy痴人の愛”. 映画.com. エイガ・ドット・コム. 2024年12月9日閲覧。
  15. ^佐藤 峻輔 [@shunsukesato_] (29 November 2024).“井土紀州監督 映画「痴人の愛」 熊谷直樹役として出演させていただきます。”.Instagramより2025年7月6日閲覧.
  16. ^柴山庸平 [@yohhei0224] (21 October 2024).“本日20時より 映画『痴人の愛』池袋シネマロサにて、12/5までの一週間限定上映が開始されます!”.Instagramより2025年7月6日閲覧.
  17. ^abcdefgh痴人の愛(2024)”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2024年12月9日閲覧。
  18. ^abcd長谷川力「阿刀田高の『雑学』対談 第19回 ゲスト 水原ゆう紀(24歳=女優) 『女の性感帯って頭の中にあるものよ、だから演技でも感じてしまうときがあるわ』」『週刊現代』1980年3月13日号、講談社、68–72頁。 
  19. ^abc“『ナオミ』公開宣伝キャンペーン”. 週刊映画ニュース (全国映画館新聞社): p. 2. (1980年2月16日) 
  20. ^abcdefghijklmnop「撮影報告 「ナオミ」 / 高村倉太郎」『映画撮影』第70号、日本映画撮影監督協会、1980年1月20日、42 - 43頁、NDLJP:7954636/22 
  21. ^abcd「ロードショー星取表 ナオミ」『シティロード』1980年3月号、エコー企画、34–33頁。 
  22. ^「痴人の愛」より ナオミ”. 日本映画製作者連盟. 2021年5月11日閲覧。
  23. ^ab「広告 ナオミ」『シティロード』1980年3月号、エコー企画、38頁。 
  24. ^“東映・徳川一族の崩壊など強力布陣を発表”. 週刊映画ニュース (全国映画館新聞社): p. 1. (1980年1月19日) 
  25. ^ab金澤誠「〔特集〕女優+文芸=大作」『東映キネマ旬報 2010年春号 vol.14』2010年3月1日、東映ビデオ、2-7頁。 

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]
  • 賢者の愛 -山田詠美による本作へのオマージュ作品
  • 神野藍 - タイトル「痴人の愛」から名前をつけた元AV女優の文筆家。
  • 春川ナミオ - ヒロインのナオミから名前をつけたとされるイラストレーター。

外部リンク

[編集]
短編小説

一日 - 刺青 - 麒麟 - 少年 - 幇間 - 飈風 - 秘密 - 悪魔 - 恐怖 - 熱風に吹かれて - 捨てられる迄 - 饒太郎 - 金色の死 - お艶殺し - 創造 - お才と巳之介 - 独探 - 神童 - 亡友 - 美男 - 人魚の嘆き - 魔術師 - 玄奘三蔵 - 詩人のわかれ - 異端者の悲しみ - ハッサン・カンの妖術 - 人面疽 - 二人の稚児 - 金と銀 - 白昼鬼語 - 小さな王国 - 美食倶楽部 - 母を恋ふる記 - 秦淮の夜 - 蘇州紀行 - 呪はれた戯曲 - 西湖の月 - 富美子の足 - 或る少年の怯れ - 途上 -  - 不幸な母の話 - 鶴涙 - AとBの話 - 青い花 - アヱ゛・マリア - 蘿洞先生 - 赤い屋根 - 馬の糞 - 友田と松永の話 - 日本に於けるクリツプン事件 - 盲目物語 - 蘆刈 - 月と狂言師 - 過酸化マンガン水の夢 - 夢の浮橋

中編小説
長編小説

彷徨(未完) - 羹(未完) - 鬼の面 - 女人神聖 - 鮫人(未完) - 肉塊 - 神と人との間 - 痴人の愛 - 青塚氏の話 -  - 蓼喰ふ虫 - 乱菊物語(未完) - 武州公秘話(未完) - 聞書抄(第二盲目物語) - 猫と庄造と二人のをんな - 細雪 - 少将滋幹の母 -  - 鴨東綺譚(未完) - 残虐記(未完) - 瘋癲老人日記 - 台所太平記

戯曲

誕生 - 象 - 信西 - 恋を知る頃 - 春の海辺 - 法成寺物語 - 恐怖時代 - 鶯姫 - 十五夜物語 - 兄弟 - 愛すればこそ - 永遠の偶像 - お国と五平 - 本牧夜話 - 愛なき人々 - 白孤の湯 - 無明と愛染 - 白日夢 - 顔世

評論・随筆

学生の夢 - 厭世主義を評す - 門を評す - 朱雀日記 - 父となりて - 活動写真の現在と将来 - 芸術一家言 - 饒舌録 - 恋愛及び色情 - 佐藤春夫に与へて過去半生を語るの書 - 倚松庵随筆 - 青春物語 - 陰翳礼讃 - 東京をおもふ - 文章読本 - 摂陽随筆 - きのふけふ - 磯田多佳女のこと - 所謂痴呆の芸術について - 幼少時代 - ふるさと - 三つの場合 - 雪後庵夜話 - にくまれ口 - 七十九歳の春

翻訳・現代語訳

ウィンダミア卿夫人の扇(オスカー・ワイルド) - グリーブ家のバアバラの話(トーマス・ハーディ) - カストロの尼(スタンダール)(未完) - 谷崎潤一郎訳源氏物語

映画シナリオ

アマチュア倶楽部 - 葛飾砂子 - 月の囁き - 雛祭の夜 - 蛇性の婬

関連項目
関連カテゴリ
増村保造監督作品
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
カテゴリカテゴリ
典拠管理データベース: 学術データベースウィキデータを編集
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=痴人の愛&oldid=106021719」から取得
カテゴリ:

[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp