| この項目では、東京都にある駅について説明しています。その他の駅については「田町駅 (曖昧さ回避)」をご覧ください。 |
| 田町駅 | |
|---|---|
三田口(2020年3月) | |
| たまち Tamachi | |
上は三田駅 | |
| 所在地 | 東京都港区芝五丁目33-36 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 電報略号 | チタ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- | 125,855人/日(降車客含まず) -2024年- |
| 開業年月日 | 1909年(明治42年)12月16日[1] |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■京浜東北線[* 1] |
| 駅番号 | JK22 |
| キロ程 | 4.6 km(東京起点) 大宮から34.9 km |
◄JK 23浜松町 (1.5 km) (1.3 km)高輪ゲートウェイ JK 21► | |
| 所属路線 | ■山手線[* 1] |
| 駅番号 | JY27 |
| キロ程 | 4.6 km(東京起点) |
◄JY 28 浜松町 (1.5 km) (1.3 km) 高輪ゲートウェイ JY 26► | |
| 乗換 | A08I04三田駅[2] (都営地下鉄浅草線・三田線) |
| 備考 | |
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田町駅(たまちえき)は、東京都港区芝五丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。
線路名称上の所属路線は東海道本線であるが、当駅には電車線を走る京浜東北線電車および山手線電車のみが停車し、列車線を走る東海道線列車は停車せず、旅客案内では「東海道(本)線」とは案内されない。また当駅は、JRの特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する[3]。駅番号は京浜東北線がJK 22、山手線がJY 27。

田町という駅名は、三田口(西口)周辺一帯に広がっていたかつての町名からとられたものである。『文政町方書上』によると、江戸時代に田畑が町屋へと移り変わったため、田町と呼ばれるようになったという。
明治初期は頭に芝を付けて「芝田町」と呼ばれていた(その後、1911年〈明治44年〉5月に「芝」の冠称が省かれる)。海岸に面した細長い範囲の町で、この海岸線に沿った海上防波堤の上に鉄道が敷設された。
1909年(明治42年)に、この鉄道の新駅として、田町駅が芝田町一丁目に設置された。現在の芝浦口(東口)周辺一帯は当時まだ陸地ではなく、1913年(大正2年)に埋め立てられてから工業地帯へと変貌を遂げた。この芝浦口周辺は新芝町(後の西芝浦一丁目)と名付けられた。
駅名に採用された田町は、港区の発足した1947年(昭和22年)に再び芝田町に町名変更となった。その後、住居表示実施に伴う町名・町域の変更により、1964年(昭和39年)7月に一部が芝五丁目に、1967年(昭和42年)4月に残りの全域が三田三丁目になり、地名としての田町は消滅した。
島式ホーム2面4線を有する地上駅で[12]、橋上駅舎を有する。
京浜東北線と山手線は、田端駅から当駅まで同一方向の電車で同じ島式ホームを共有する方向別複々線となっている[12]。東京方面から京浜東北線南行(横浜方面)と山手線外回りとの相互乗り換えをする場合、線路別複々線配置となっている南隣の高輪ゲートウェイ駅や品川駅ではなく、当駅で乗り換えることによりホーム間移動が不要となる。そのため、京浜東北線南行と山手線外回りの車内では当駅での乗り換えを促すアナウンスが流れる。
以前は乗降客が非常に多いもののホームが狭く、駅利用者が平日に集中するため、朝のラッシュ時にはホームに人が溢れがちで危険であった。さらには、バリアフリー化に合わせ、エレベーターやエスカレーターの設置の動きがあったが、設置する充分なスペースがなかった。そのため、3・4番線ホームの拡幅、階段の増設・コンコースの増床等の駅構内の改良工事を行い、2004年(平成16年)に完了した[6]。
直営駅である。管理駅でもあるが、当駅は自駅のみの単駅管理となっている。
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 北行 | 東京・上野・大宮方面[13] | |
| 2 | 内回り | 東京・上野・巣鴨方面[13] | |
| 3 | 外回り | 渋谷・新宿・池袋方面[13] | |
| 4 | 南行 | 大森・横浜・磯子方面[13] |
かつて浜松町寄りに1 - 4番線への出入りが可能な留置線が1本設置されていた。この留置線は当駅 - 新宿駅 - 田端駅間の列車の運転が行われた時に使用されていたもので、その後も早朝に東京総合車両センターから出庫・回送され当駅始発の山手線外回りとなる列車と、深夜に山手線内回りの品川止まりの列車が東京総合車両センターへ回送・入庫する際の方向転換に使用されていた。京浜東北線で留置線へ入・出庫する定期列車はないが、2019年(令和元年)11月16日に行われた品川駅線路切替工事の際に、この留置線を使用した折り返し運転が実施された[報道 3]。この留置線は、羽田空港アクセス線(東海道線の上下線の間に敷設する)建設工事に伴う線路移設・空間確保のため撤去される計画となっている[14]。2024年(令和6年)1月に引き上げ線を撤去、2025年4月19日と20日、駅北側(東京駅方)の山手線と京浜東北線の軌道を撤去した引き上げ線の敷地を利用して横移動する工事を実施した[15][16]。
2024年度(令和6年度)の1日平均乗車人員は125,855人である[JR 1]。JR東日本の駅の中では、恵比寿駅に次いで第23位である[JR 1]。
1989年度(平成元年度)以降の推移は以下のとおりである。
| 1日平均乗車人員推移 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | 定期外 | 定期 | 合計 | 前年度比 | 順位 | 出典 | ||
| JR | 東京都 | 港区 | ||||||
| 1989年(平成元年) | 142,071 | [都 1] | ||||||
| 1990年(平成02年) | 148,838 | [都 2] | ||||||
| 1991年(平成03年) | 153,767 | [都 3] | ||||||
| 1992年(平成04年) | 156,556 | [都 4] | ||||||
| 1993年(平成05年) | 155,948 | [都 5] | ||||||
| 1994年(平成06年) | 154,315 | [都 6] | ||||||
| 1995年(平成07年) | 156,615 | [都 7] | ||||||
| 1996年(平成08年) | 161,805 | [都 8] | ||||||
| 1997年(平成09年) | 164,897 | [都 9] | ||||||
| 1998年(平成10年) | 164,578 | [都 10] | ||||||
| 1999年(平成11年) | 162,393 | 12位 | [JR 2] | [都 11] | ||||
| 2000年(平成12年) | 154,714 | 14位 | [JR 3] | [都 12] | ||||
| 2001年(平成13年) | 149,115 | 15位 | [JR 4] | [都 13] | ||||
| 2002年(平成14年) | 149,429 | 14位 | [JR 5] | [都 14] | ||||
| 2003年(平成15年) | 143,215 | 15位 | [JR 6] | [都 15] | ||||
| 2004年(平成16年) | 141,843 | 17位 | [JR 7] | [都 16] | ||||
| 2005年(平成17年) | 142,778 | 17位 | [JR 8] | [都 17] | ||||
| 2006年(平成18年) | 145,240 | 17位 | [JR 9] | [都 18] | ||||
| 2007年(平成19年) | 154,750 | 16位 | [JR 10] | [都 19] | ||||
| 2008年(平成20年) | 154,124 | 17位 | [JR 11] | [都 20] | ||||
| 2009年(平成21年) | 153,982 | 17位 | [JR 12] | [都 21] | ||||
| 2010年(平成22年) | 149,477 | 17位 | [JR 13] | [都 22] | ||||
| 2011年(平成23年) | 148,346 | 17位 | [JR 14] | [都 23] | ||||
| 2012年(平成24年) | 41,948 | 103,776 | 145,724 | 17位 | [JR 15] | [都 24] | ||
| 2013年(平成25年) | 41,324 | 103,108 | 144,433 | 17位 | [JR 16] | [都 25] | ||
| 2014年(平成26年) | 41,160 | 102,365 | 143,526 | 18位 | [JR 17] | [都 26] | ||
| 2015年(平成27年) | 42,657 | 106,176 | 148,834 | 18位 | [JR 18] | [都 27] | ||
| 2016年(平成28年) | 43,847 | 108,776 | 152,624 | 2.5% | 18位 | [JR 19] | [都 28] | |
| 2017年(平成29年) | 44,697 | 110,217 | 154,915 | 1.5% | 18位 | [JR 20] | [都 29] | |
| 2018年(平成30年) | 45,657 | 110,706 | 156,364 | 0.9% | 18位 | [JR 21] | [都 30] | |
| 2019年(令和元年) | 44,705 | 114,133 | 158,839 | 1.6% | 18位 | [JR 22] | [都 31] | |
| 2020年(令和02年) | 26,684 | 76,019 | 102,704 | −35.3% | 21位 | [JR 23] | [都 32] | [港 1] |
| 2021年(令和03年) | 31,824 | 66,388 | 98,213 | −4.4% | 24位 | [JR 24] | [都 33] | |
| 2022年(令和04年) | 39,103 | 70,192 | 109,296 | 11.3% | 24位 | [JR 25] | [都 34] | |
| 2023年(令和05年) | 43,535 | 75,820 | 119,356 | 109.2% | 24位 | [JR 26] | ||
| 2024年(令和06年) | 44,942 | 80,913 | 125,855 | 105.4% | 23位 | [JR 1] | ||
「三田口(西口)」と「芝浦口(東口)」の2か所が設置されている[12]。詳しくは三田、芝(この2つは三田口)、芝浦(芝浦口)をそれぞれ参照のこと。
駅前を交通量の多い第一京浜(国道15号)が通っており、さらに日比谷通りとの交差点にも隣接しているほか、都営三田線や浅草線の三田駅も存在するなど交通の便が良いことから、日本電気、バンダイナムコホールディングスなど大企業の本社やFCAジャパンやスカニアジャパン、アボットジャパンやSBJ銀行などの外資系企業のオフィス、官公施設が点在しており、高層・超高層のビルが多い。とりわけ、日本電気は本社がある「NECスーパータワー」だけでなく、当駅周辺のビルに数多く分散して入居している。
三田口周辺には慶應義塾大学や戸板女子短期大学、普連土学園中学校・高等学校、芝国際中学校・高等学校をはじめとする教育施設も多いため、学生街の様相も呈しており、飲食店など商業施設も集積している。そのためか、都市銀行の大部分の支店は三田口側に集約されている。
また、港区内の他地域と同様にボツワナやクウェート、ハンガリー、イタリアなどの大使館、芝税務署・三田労働基準監督署、港勤労福祉会館・障害者福祉会館などの官公庁および公共施設以外にもセレスティンホテルやアパホテルなどの宿泊施設、寺、神社、教会などの宗教施設が多数存在する。
地形的には、20世紀に入り芝浦口側が埋め立てられるまでは海辺であった駅周辺を離れると丘が多く起伏に富んでおり、やや離れた丘陵地には高級住宅やマンションが多く建っている。さらに近年は三田口側駅近辺にも高層高級マンションがいくつか建設されている。
なお、駅前のロータリーは構造上非常に狭くなっている。その中にタクシー乗り場があるため、一般車両の進入はあまり見られないほか、バス乗り場も第一京浜に面してのみ設けられている。
駅開業後の1926年(大正15年)に開設された。当時、田町駅の乗降客数は1日約4万人を数え、その3分の1が芝浦方面の埋立地に建てられた工場の労働者による利用だったため鉄道省が当時の価値で総工費およそ17,000円を投じ、約40坪の改札口が設置された[新聞 1]。
芝浦口側は、そのほとんどすべてが20世紀に入って新たに埋め立てられた地であるために、橋梁を除き全体土地が平らで運河も多い。さらに埋立地として新規開発された工業区域であることから、工場や倉庫・オフィスビルなどは多いものの、三田口側には多数存在する諸外国の大使館、寺・神社などの宗教施設は皆無で、官公施設や教育施設も少ない。
一方で、駅前の高層ビル「ムスブ田町」に三菱自動車やキオクシア、ファミリーマートの本社などが移転したほか、工場や倉庫の跡地、新規埋立地に大規模な再開発も進んだことから状況は変わりつつあり、愛育病院が移転してきたほか、新三井製糖の工場や都電車両工場などの跡地に建設された芝浦アイランドなどの大規模な高層マンション群の分譲や、その他の中小マンションの建設が進んだことから住人の数が急激に増えている。
これらの変化を受けて、駅前は2004年(平成16年)に路線バスの乗り入れができるように整備され、都営バスとちぃばすのターミナルとして機能している[注 2]。また、駅前にあった港区立芝浦小学校は芝浦4丁目へ移転し、東京ガスの跡地にできたみなとパーク芝浦内にスポーツセンターなどが移転した。2008年(平成20年)5月29日には、自由通路先のペデストリアンデッキに、視覚障害者向けの電子情報案内盤をNPOと港区が共同で設置した。案内盤はタッチパネル式で、地図のボタンを押すと目的地までの道順を音声で案内するほか、各種イベント情報なども表示する。
2021年(令和3年)3月1日には、NTT都市開発、鹿島建設、JR東日本、東急不動産の4社が、東京工業大学(現:東京科学大学)より同大学田町キャンパスの土地活用事業者に選定されたことを受けて、同年2月26日付けで東京工業大学と事業協定書を締結したことを発表した[報道 4]。これに伴い、民間施設(事務所、ホテル、商業施設、保育所、産学官連携施設など)や大学施設(教育研究施設、産学官連携施設)を併設した複合施設が建設され、複合施設が2030年(令和12年)6月ごろに開業し、2032年(令和14年)4月ごろにグランドオープンが予定されている[報道 4]。
2024年(令和6年)3月には、それまで三田口の森永プラザビルに入居していた森永製菓の本社が、芝浦口の「森永芝浦ビル」に移転した[17]。
三田口側に田町駅前、芝浦口側に田町駅東口・田町駅東口前の各停留所がある。なお、この他三田口側に存在する浅草線三田駅前・三田線三田駅前・田町駅西口の各停留所については「三田駅 (東京都)#バス路線」を参照。
| 運行事業者 | 系統・行先 | 備考 |
|---|---|---|
| 田町駅前 | ||
| 都営バス[18] | 田87:渋谷駅前 | |
| ちぃばす (フジエクスプレス) | ||
| 田町駅東口 | ||
| 都営バス[18] | 田92・浜95・田99:品川駅港南口 | 「田92」「田99」は平日のみ運行 |
| ちぃばす (フジエクスプレス) |
| |
| お台場レインボーバス (kmモビリティサービス) | 01:お台場地区循環/品川駅港南口 |
|
| 岩手きずな号:盛岡・二戸・久慈 | 芝浦車庫始発・終着 | |
| 田町駅東口前 | ||
| 都営バス[18] |
|
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戦前、国鉄では品川 - 東京間に複線を増設し、京浜東北線の急行(快速に相当)と横須賀線を走らせる「京浜急行線計画」が存在していた。その計画では当駅東京寄りの内側線が留置線となっており、京浜東北線・山手線ともに外側線を走行し、田町 - 浜松町間で京浜急行線が内側に合流する形となっていた。この計画は対米戦により中止されたが、のちに京浜東北線と山手線の分離運転工事(『東京縦貫複々線化工事』という)に活用された。この「京浜急行線計画」は現在の京浜急行電鉄とは無関係で、当時は「京浜電気鉄道」という社名だった。
電報略号はチタが付与されている。なお、「タマ」は高浜駅に、「タチ」は立川駅にそれぞれ付与されている。