| こなんし 湖南市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 | |||||
| 地方 | 近畿地方 | ||||
| 都道府県 | 滋賀県 | ||||
| 市町村コード | 25211-5 | ||||
| 法人番号 | 2000020252115 | ||||
| 面積 | 70.40km2 | ||||
| 総人口 | 53,392人[編集] (推計人口、2025年11月1日) | ||||
| 人口密度 | 758人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 野洲市、栗東市、甲賀市、蒲生郡竜王町 | ||||
| 市の木 | ウツクシマツ | ||||
| 市の花 | サツキ | ||||
| 市の鳥 | ウグイス | ||||
| 湖南市役所 | |||||
| 市長 | 松浦加代子 | ||||
| 所在地 | 〒520-3288 滋賀県湖南市中央一丁目一番地(東庁舎) 北緯35度00分15秒東経136度05分05秒 / 北緯35.00408度 東経136.08472度 /35.00408; 136.08472座標:北緯35度00分15秒東経136度05分05秒 / 北緯35.00408度 東経136.08472度 /35.00408; 136.08472 〒520-3195 滋賀県湖南市石部中央一丁目一番地一号(西庁舎) | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
湖南市(こなんし)は、滋賀県の南部、甲賀地域[注 1]に位置する市。
滋賀県南部のほぼ中央に位置し、旧甲賀郡の一部である。市名の「湖南」は大津市南部から旧甲賀郡にかけてを指す広域地名であり、琵琶湖とは接していない。
市域の南部に阿星山系、北部に岩根山系を擁し、中央部を東から西へ野洲川が流れる。野洲川に沿うように国道1号とJR草津線が走り、東西交通の要衝となっている。江戸時代には東海道51番目の宿場町である石部宿が栄えた。
もともとは野洲川両岸に田畑が広がる純農村地帯だったが、1968年に湖南工業団地が市北東部(旧甲西町域)に完成すると、産業構造が第二次産業に大きくシフトしていった。滋賀県の人口は相対的に県南部が増加傾向、県北部は減少傾向がみられるが、位置的には県南部である湖南市は甲賀市とともにここ数年来は人口が緩やかに減少傾向である。
市観光協会を中心に「こにゃん市」と銘打ったまちおこしを行っている。自治体として全国3番目となる、バーチャルユーチューバー「Minami」を用いて行政情報や市のPRをしている[1]。また、市内にある3つの寺院(善水寺・常楽寺・長寿寺)は、本堂や三重塔が国宝に指定されており、「湖南三山」としてPRしている。
| 湖南市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 湖南市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 湖南市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
湖南市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
2020年(令和2年)9月1日現在、市の外国人比率は5%を超えており、これは滋賀県の自治体中第一位である[2]。
旧石部町と旧甲西町からなる「石部・甲西合併協議会」が新市名を公募したところ、全2,188件の応募が寄せられ上記協議会の委員の投票により「湖南市」に決定した。

国土地理院地理情報によると湖南市の東西南北それぞれの端は以下の位置となっている。
市役所東庁舎付近を北緯35度線が通っており、モニュメントが設置されている。

高速バスは市の北部を通る名神高速道路菩提寺パーキングエリアに京都と名古屋を結ぶ名神ハイウェイバスが停車する。
路線バスは滋賀バス(滋賀交通の子会社)の路線がJR野洲駅(野洲市)と湖南市北西部の北山台を結んでいる。同事業者はJR草津駅(草津市)を発着する路線も運行しているが、湖南市内(石部駅)で折り返す便はごく少数しか無く、ほぼ全便が栗東市の伊勢落で折り返しとなる。なお、コミュニティバスは湖南市が滋賀バスに運行委託した湖南市コミュニティバス(めぐるくん)があり、市内各地(一部を除く)を結んでいる。

| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 谷畑英吾 | 2004年11月7日 | 2008年11月06日 |
| 2代 | 谷畑英吾 | 2008年11月07日 | 2012年11月06日 |
| 3代 | 谷畑英吾 | 2012年11月07日 | 2016年11月06日 |
| 4代 | 谷畑英吾 | 2016年11月07日 | 2020年11月06日 |
| 5代 | 生田邦夫 | 2020年11月07日 | 2024年11月06日 |
| 6代 | 松浦加代子 | 2024年11月07日 | 現職 |
| 候補者名 | 当落 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 菅沼利紀 | 当 | 45 | 自由民主党 | 現 | 5,640票 | |
| 柴田栄一 | 当 | 54 | 日本維新の会 | 新 | 4,706票 | |
| 塚本茂樹 | 落 | 58 | 立憲民主党 | 現 | 3,632票 | 国民民主党県連・社会民主党・チームしが推薦 |
| 藤川人志樹 | 落 | 48 | 無所属 | 新 | 3,632票 |
| 当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 重複 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 小寺裕雄 | 61 | 自由民主党 | 前 | 86,762票 | ○ |
| 比当 | 徳永久志 | 58 | 立憲民主党 | 新 | 72,116票 | ○ |
1894年10月、下田村出身の谷定徳が北海道旭川を尋ね、比布原野で植民地区画が行われていることを知り、翌1895年、下田の20戸を率いて自ら団長となり入植した。谷定徳が下田村を離れた理由には下田村の小学校移転問題が絡んでいたと伝えられるが定かではない。当初予定の30戸に満たないという理由で貸下げ地の大量返納が命ぜられたところに、第2次(13戸)、第3次(12戸)の移住があったが、後発組は小作人か屯田兵とならざるをえなかった。1898年6月、谷定徳は32歳の若さで死去し、谷定徳に頼れなくなった下田開拓団は一致協力して新たな開墾に立ち向かった。鷹栖村に属していた比布原野は独立の動きが生じ、1906年4月、二級町村制に基づく比布村が誕生した。比布村は1962年1月に町制を施行して比布町となり、1994年には「開基百年」を迎えた。それを契機に、開拓者で縁のある滋賀県・香川県・愛媛県との交流が始められ、下田村が合併した甲西町とは1998年に友好交流提携を行った。合併により湖南市となった後も、2004年12月に湖南市と比布町は改めて友好交流提携を再確認している。
北栄町は、漫画『名探偵コナン』の原作者である青山剛昌の出身地であり、『名探偵コナン』を活かした町おこしで注目されている。2009年に湖南市で開かれた滋賀大学との共催シンポジウムで「こなん」つながりでの北栄町との連携が提案され、2010年夏から交流を進めていた。2011年3月28日、当時の谷畑英吾市長が松本昭夫北栄町長のもとを訪れ、両市町の友好交流提携および災害時相互応援協定について基本合意した[3][4]。同年7月2日に正式に友好提携都市となった[5][6][7]。
1995年7月、セント・ジョンズ教育委員会の一人が高校生海外相互派遣事業の引率教師として甲西町(当時)を訪問。それをきっかけに両市の交流が始まった[8]。現在は年1回のペースで児童・生徒絵画展が開かれている[9]。



市は2007年から、市内の小中学校に在籍する外国人児童生徒(日本語の指導が必要と認められ、本人と保護者が希望する者)を対象に、日本語初期指導教室「さくら教室」を設置している。通級料は無料であり、設置場所は市立水戸小学校内[12]。
甲賀広域行政組合
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