 | 「清洲」はこの項目へ転送されています。愛知県清須市の地名については「清洲 (清須市)」をご覧ください。 |
 | 大韓民国忠清北道の「清州市」とは異なります。 |
清須市(きよすし)は、愛知県北西部に位置する市。戦国時代、織田信長の本拠地及び居城である清洲城(清須城)と城下町で栄えたことで知られる。江戸時代に徳川家康が清洲越しを行うまでは尾張の政治の中心であった[1]。
古くは縄文時代より人が栄えた地であり度々遺跡が発見される。市内には日本最大級の環濠集落である朝日遺跡がある[2]。
戦国時代に清洲同盟や清洲会議など歴史を揺るがす事件が起こった地としても有名である[1]。
また江戸時代に賑わった宿場町・美濃路清須宿[3]や、かつて江戸、大阪と並ぶ日本三大市場の一つとされた枇杷島市場[4]がある。
市内には100近くの寺院・神社があり歴史文化資源豊かな市である[5]。
JR東海道本線や名鉄名古屋本線をはじめ複数の鉄道路線が通っているため狭い市域の割に、市内には多くの鉄道駅が置かれている。隣の名古屋市中心部へのアクセスもしやすいため本市に本社や拠点を置く企業も多い[6]。特に枇杷島駅は名古屋駅の隣駅であり最短3分で名駅にアクセスできる[7]。近年は駅前の再開発が活発に進んでいる。
毎年、市立小学校に入学する新1年生の児童全員に市からランドセルが贈呈される[8]。市内には公園や文化施設も多く、子育てしやすい環境である。2018~2022年の5カ年平均合計特殊出生率が1.78を記録し愛知県の市で第1位となった[9]。
ドラゴンボールの作者、世界的漫画家の鳥山明の出身地である[10]。
枇杷島駅周辺市名の由来は、この地に古くからある地名に由来する。
- 清須と清洲
「きよす」の表記は、「清須」と「清洲」の両方が混在しており歴史書によって異なる。
伊勢神宮領を記録した14世紀中頃の『神鳳鈔』に「清須御厨(きよすみくりや)」として記載されているのが最古の記載としているが諸説ある。
江戸時代初期に書かれた書物『三河物語』には「清須」、同時代に書かれた書物『信長公記』には「清洲」と書かれている[11]。
古くは「清須」の表記が多く後に「清洲」の表記が多くなる傾向にある。
市内の地名である「須ヶ口」は元々、清須城(清洲城)の外堀に位置し「清須の入り口」という意味である。
清須市中心部周辺の空中写真。1987年撮影の11枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。地形は比較的平坦で、庄内川の下流域にあり、ほとんどの地域が海抜10m未満である。そのため、2000年の東海豪雨の際には、現在の市域の各所(特に西枇杷島町:新川の堤防決壊)で多数の浸水被害が生じ、車ばかりでなく須ヶ口駅(新川検車支区)に配置されている電車も水没した。この東海豪雨を教訓に、堤防強化や河川改修をはじめとしたインフラ整備が大幅に強化された。
- 一級河川
小牧市・春日井市周辺河川の位置関係図 |
| 清須市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 清須市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 清須市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 |
清須市(に相当する地域)の人口の推移
| 1970年(昭和45年) | 59,752人 | | | 1975年(昭和50年) | 61,165人 | | | 1980年(昭和55年) | 61,138人 | | | 1985年(昭和60年) | 60,986人 | | | 1990年(平成2年) | 61,578人 | | | 1995年(平成7年) | 62,738人 | | | 2000年(平成12年) | 63,009人 | | | 2005年(平成17年) | 63,358人 | | | 2010年(平成22年) | 65,841人 | | | 2015年(平成27年) | 67,327人 | | | 2020年(令和2年) | 67,352人 | |
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| 総務省統計局国勢調査より |
愛知県
織田信長は青年時代に清須城を根拠地とし、安土桃山時代には福島正則が清須城の城主だった。
- 1582年(天正10年)にはこの地で清洲会議が行われた。当時の清須は尾張の首府であり、関東の巨鎮と称されたという記録が残されている[1]。
- 1612年(慶長17年)以後には徳川家康が清洲越しを行い、清須城の城下町はまるごと名古屋に移転した。
- 江戸時代以後は、美濃路の宿場町である清須宿や、美濃路の市場である枇杷島市が存在していた。枇杷島市においてはその財力を背景に江戸時代より町内会ごとに名古屋型山車が作られており、江戸時代末期の1802年(享和2年)より尾張西枇杷島祭りが行われている。当祭は、名古屋東照宮の祭礼の形態を引き継ぐ数少ない祭として知られている。
- 市長
- 初代 - 3代:加藤静治(2005年8月7日 - 2017年8月6日)
- 4代 - 5代:永田純夫(2017年8月7日 - 現職)
- 2019年愛知県議会議員選挙
- 選挙区:清須市、北名古屋市及び西春日井郡選挙区
- 定数:2人
- 投票日:2019年4月7日
- 2015年愛知県議会議員選挙
- 選挙区:清須市、北名古屋市及び西春日井郡選挙区
- 定数:2人
- 投票日:2015年4月12日
- 当日有権者数:129,759人[13]
- 投票率:35.21%[13]
| 候補者名 | 当落 | 年齢 | 党派名 | 新旧別 | 得票数 |
|---|
| 水野富夫 | 当 | 65 | 自由民主党 | 現 | 16,775票 |
| 安藤敏毅 | 当 | 57 | 民主党 | 現 | 14,119票 |
| 太田考則 | 落 | 47 | 無所属 | 新 | 9,221票 |
| 中川敦史 | 落 | 43 | 無所属 | 新 | 4,713票 |
西枇杷島警察
豊和病院- 本部
- 交番
- 春日交番(清須市春日社子地)
- 新川交番(清須市須ヶ口駅前1丁目)
- 清洲交番(清須市清洲1丁目)
- 本部
- 消防署
- 保健所
- 愛知県清須保健所
- 春日地区にある。2014年に師勝保健所が市内に移転し改称。
- 主な病院
- 図書館
- 美術館
- 資料館
- 郵便番号
郵便番号は以下の通りとなっている。2006年10月1日に変更。
- 主な郵便局
- 枇杷島郵便局
- 清洲郵便局
- 尾張新川郵便局
- 須ヶ口郵便局
- 枇杷島大和郵便局
- 清洲丸之内郵便局
- 春日郵便局
- 二ツ杁郵便局
- 姉妹都市
- フレンドシップ相手国
2005年(平成17年)に開催された愛知万博では「一市町村一国フレンドシップ事業」が行われた。名古屋市を除く愛知県内の市町村が、120の万博公式参加国をフレンドシップ相手国として迎え入れた[16]。
- 姉妹都市
- その他
- 主な商業施設
- 主な金融機関
キリンビアパーク名古屋- 市外局番
- 市外局番は名古屋市やあま市と同じく、市内全域で052(名古屋MA)が使用される。
- 市内局番は、西枇杷島町では主に500番台を、その他の地区では主に400番台を使用する。
- 名古屋市に隣接するが、車検証のナンバーは名古屋ナンバーではなく尾張小牧ナンバーである。
愛知医療学院大学
トヨタ名古屋自動車大学校- 私立
- 私立
- 県立
- 市立
- 市立
市の中心となる駅:枇杷島駅 須ヶ口駅
名古屋駅に近いため、JR・名鉄とも特急は基本的に市内の駅に停車しない(須ヶ口駅に一部の特急が停車する)。
- 東海旅客鉄道(JR東海)
- 東海道本線:枇杷島駅
清洲駅は稲沢市にあるが、駅の直ぐ南側が清須市になる。春日地区には鉄道は通っておらず、清洲駅または稲沢駅が最寄りとなる。
- 名古屋鉄道(名鉄)
- 名古屋本線:(枇杷島分岐点) -西枇杷島駅 -二ツ杁駅 -新川橋駅 -須ヶ口駅 -丸ノ内駅 -新清洲駅
- 犬山線:(枇杷島分岐点) -下小田井駅
- 津島線:須ヶ口駅
愛知県立五条高等学校の周辺など、あま市との境界から甚目寺駅まで徒歩で行くことも可能。
- JR東海交通事業(TKJ)
- 城北線:枇杷島駅 -尾張星の宮駅
清洲JCT
国道22号線の上を行く名古屋高速道路名古屋第二環状自動車道
- (名古屋市西区) - (17)清洲東IC(名古屋南方面出入口) - (17-1)清洲JCT - (17)清洲東IC(名古屋西方面出入口) - (18)清洲西IC - (あま市)
名古屋高速6号清須線
名古屋高速16号一宮線
- 清洲JCT - (1601/1611)春日出入口 - (北名古屋市)
- 国道22号(名岐バイパス)
- 国道302号(名古屋環状2号線)
- 主要地方道
- 一般県道
車検証の住所(使用者)が本市の自動車には、尾張小牧ナンバーが交付される。
清洲城
清洲宿本陣跡- 主な城郭
- 主な寺院
- 主な神社
清須市内に約100近くの寺院・神社がある[5]。
- 主な史跡
尾張西枇杷島まつり- 主な祭事
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