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清元榮三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避清元榮三」とは別人です。
きよもと えいざぶろう
清元 榮三郎
本名柿澤壽夫
生年月日 (1927-06-24)1927年6月24日
没年月日 (2002-12-31)2002年12月31日(75歳没)
出生地日本の旗神奈川県横浜市
死没地日本の旗東京都
職業江戸浄瑠璃清元節三味線
活動期間1933年 -2002年
配偶者柿澤満佐子
著名な家族清元志壽太夫(父)
清元延香(母)
清元小志壽太夫(弟)
清元志佐雄太夫(弟)
清元志寿朗(弟)
清元志壽子太夫(長男)
清元延綾(孫)
清元一太夫(孫)
柿澤勇人(孫)          
公式サイト清元協会 ホームページ
主な作品
『花若衆』
『お力』
築地明石町』ほか
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清元 榮三郎(きよもと えいざぶろう、1927年(昭和2年)6月24日 -2002年(平成14年)12月31日)は昭和から平成にかけて活動した清元節三味線方。歌舞伎公演の立三味線(首席奏者)を長年務めた。神奈川県横浜市出身。本名は柿澤壽夫。

略歴

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天声の美声と声量の豊かさによって清元界のみならず、戦前・戦中・戦後の邦楽界を代表する太夫であった清元志壽太夫の長男として生まれ、父のみならず六世清元延壽太夫の立三味線も務め、また現家元七世清元延壽太夫を指導するなど、清元節三味線方の代表格として活躍した。また作曲にも優れ、多数の作品を残している。

作曲作品

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海外公演

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父志壽太夫のタテ三味線として、多くの歌舞伎の海外公演に参加している。

人物とその周辺

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父に似て豪放磊落な性格で知られ、幕内でも若手演奏家や若手歌舞伎役者に気軽に声をかけるなど気さくな人柄であった。生業であった三味線をこよなく愛し、日々の稽古を怠らず、毎朝『助六』や『かさね』の前弾き(前奏)を浚っていた。

また、国内はおろか私的な海外旅行であっても三味線を持参し、宿泊先で稽古を行った(長男清元志壽子太夫によると「旅行カバンや財布よりも三味線を先に持つほどで、時には『僕は部屋で稽古してるから、みんなは観光しておいで』というほどだった」という)。

若くして清元節の師匠としても活躍したが、演奏家や芸妓などのプロへは非常に厳しく情熱的な指導を行い、多数の演奏家を育成した。特に身内への稽古は厳しかったという。

晩年はに侵されながら(本人には告知されなかった)も舞台や稽古を勤め、師籍50年の演奏会も行うなど、亡くなる間際まで活躍した。死の床にあっても三味線に対する情熱は衰えず、うわ言で口三味線を呟いたり、意識が薄れ行く中でも三味線を弾く仕草をしていたという。孫[注釈 1]柿澤勇人によれば、「腕は商売道具だから」ということで最後まで腕に点滴の針を刺すことを拒んでいたという[2]。看病する妻に「僕は年内は持たないだろう。正月は迎えられないんだ」と死期を悟り、その言葉通り2002年(平成14年)の大晦日に亡くなった。

2006年(平成18年)7月14日、国立劇場において追善演奏会が催され故人の遺徳を偲んだ。

家族

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受章等

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受章・受賞
その他

脚注

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注釈

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  1. ^会社員になっていた次男の息子にあたる[1]

出典

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  1. ^“柿澤勇人 祖父&曽祖父が人間国宝ゆえに生じる勘違い「僕は幼少のころから普通の生活」「心外だな」”. スポニチANNEX (スポーツニッポン). (2025年2月11日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/02/11/kiji/20250211s00041000324000c.html 2025年2月11日閲覧。 
  2. ^“柿澤勇人 人間国宝の祖父は超ストイック「旅行にも常に三味線を」 闘病中の病院で衝撃の一言”. スポニチANNEX (スポーツニッポン). (2025年2月11日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/02/11/kiji/20250211s00041000333000c.html 2025年2月11日閲覧。 
  3. ^プロフィール清元一太夫ブログ

参考資料

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関連項目

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外部リンク

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日本芸術院賞および恩賜賞受賞者
 
恩賜賞
1950年から1977年
 
第一部(美術)
1942年から1975年
1976年から2000年
2001年から2025年
 
第二部(文芸)
1942年から1975年
1976年から2000年
2001年から2025年
 
第三部(音楽・演劇・舞踊)
1942年から1975年
1976年から2000年
2001年から2025年
太字恩賜賞受賞者。雅号、筆名、芸名等は受賞時のものによる。表記揺れによる混乱を避けるため、漢字は便宜上新字体に統一する。
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