| 津村常吉 七段 | |
|---|---|
| 名前 | 津村常吉 |
| 生年月日 | (1923-07-28)1923年7月28日 |
| 没年月日 | (1993-11-03)1993年11月3日(70歳没) |
| プロ入り年月日 | 1952年1月1日(28歳) |
| 引退年月日 | 1973年11月1日(50歳) |
| 棋士番号 | 59 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 所属 | 日本将棋連盟(関東) |
| 師匠 | 小堀清一九段 |
| 段位 | 七段 |
| 棋士DB | 津村常吉 |
| 順位戦最高クラス | C級1組 |
| 2017年8月23日現在 | |
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津村 常吉(つむら つねよし、1923年7月28日 -1993年11月3日)は、将棋棋士、七段。小堀清一九段門下。棋士番号は59。神奈川県横浜市の生まれ。
すでに20代半ばを過ぎた1949年、アマ名人戦で神奈川県代表となる。その翌年の1950年、二段で小堀清一に入門し、1952年にプロ入りを果たす。
順位戦初参加から3期目となる第9期(1954年度)C級2組順位戦で9勝3敗・2位の成績を収め、C級1組に昇級するとともに五段に昇段。当時31歳。これが現役棋士としての最初で最後の昇段となる。
引退間際の1970年、第1回新人王戦に47歳で出場し、準決勝に進出。
日本将棋連盟には、販売部や道場師範を担当して貢献した[1]。
相掛かり、角換わり、陽動振り飛車など、居飛車系の将棋が多い。
攻めっ気が強い棋風で、攻めが続けば快勝するが、受けに回ると脆い面がある。
| 開始 年度 | (出典)順位戦 出典[2] | (出典)竜王戦 出典[3] | ||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 期 | 名人 | A級 | B級 | C級 | 0 | 期 | 竜王 | 1組 | 2組 | 3組 | 4組 | 5組 | 6組 | 決勝 T | ||||
| 1組 | 2組 | 1組 | 2組 | |||||||||||||||
| 1952 | 7 | C208 | ||||||||||||||||
| 1953 | 8 | C205 | ||||||||||||||||
| 1954 | 9 | C207 | ||||||||||||||||
| 1955 | 10 | C114 | ||||||||||||||||
| 1956 | 11 | C106 | ||||||||||||||||
| 1957 | 12 | C108 | ||||||||||||||||
| 1958 | 13 | C111 | ||||||||||||||||
| 1959 | 14 | C202 | ||||||||||||||||
| 1960 | 15 | C210 | ||||||||||||||||
| 1961 | 16 | C206 | ||||||||||||||||
| 1962 | 17 | C210 | ||||||||||||||||
| 1963 | 18 | C204 | ||||||||||||||||
| 1964 | 19 | C206 | ||||||||||||||||
| 1965 | 20 | C216 | ||||||||||||||||
| 1966 | 21 | C207 | ||||||||||||||||
| 1967 | 22 | C208 | ||||||||||||||||
| 1968 | 23 | C203 | ||||||||||||||||
| 1969 | 24 | C215 | ||||||||||||||||
| 順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。 順位戦の右数字はクラス内順位 (x当期降級点 / *累積降級点 /+降級点消去 ) 順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。 竜王戦の 太字はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。 | ||||||||||||||||||
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