| つべつちょう 津別町 | |||||
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津別峠展望台(2009年) | |||||
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| 国 | |||||
| 地方 | 北海道地方 | ||||
| 都道府県 | 北海道(オホーツク総合振興局) | ||||
| 郡 | 網走郡 | ||||
| 市町村コード | 01544-0 | ||||
| 法人番号 | 9000020015440 | ||||
| 面積 | 716.80km2 | ||||
| 総人口 | 3,882人[編集] (住民基本台帳人口、2025年12月31日) | ||||
| 人口密度 | 5.42人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 北見市、網走郡美幌町、 常呂郡訓子府町 十勝総合振興局:足寄郡足寄町、陸別町 釧路総合振興局:釧路市、川上郡弟子屈町 | ||||
| 町の木 | エゾマツ | ||||
| 町の花 | スズラン | ||||
| 他のシンボル | - | ||||
| 津別町役場 | |||||
| 町長 | 佐藤多一 | ||||
| 所在地 | 〒092-0292 北海道網走郡津別町字幸町41 北緯43度42分23秒東経144度01分31秒 / 北緯43.70628度 東経144.02531度 /43.70628; 144.02531座標:北緯43度42分23秒東経144度01分31秒 / 北緯43.70628度 東経144.02531度 /43.70628; 144.02531 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
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津別町(つべつちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内の網走郡にある町。オホーツク地域のうち斜網地域に属する[1]。
美幌町南部に隣接。町面積の86%は森林が占める。森林セラピー基地に認定されている。北部は扇状地が広がり、農耕が盛ん。南部は山岳部で森林が広がり、釧路総合振興局管内に通じる津別峠、釧北峠がある。
現在の市街付近の地名から[2]。
由来については、一説には現在の市街の北で津別川と網走川が並び合流する様子を表したアイヌ語の「トゥペッ(tu-pet)」(2つの・川)とされているが[2]、1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』など「山の走り根(の下の)川」の意であるとする解釈もされている[3][2]。
ケッペンの気候区分によると、津別町は湿潤大陸性気候に属する。寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、特別豪雪地帯に指定されている。冬季は内陸の山間部であるため-25℃前後の気温が観測されることが珍しくない。
| 津別(網走郡津別町豊永、標高100m)の気候 | |||||||||||||
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| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録°C (°F) | 9.5 (49.1) | 15.4 (59.7) | 18.1 (64.6) | 31.1 (88) | 38.0 (100.4) | 36.7 (98.1) | 38.4 (101.1) | 37.7 (99.9) | 32.7 (90.9) | 29.6 (85.3) | 20.9 (69.6) | 15.3 (59.5) | 38.4 (101.1) |
| 平均最高気温°C (°F) | −2.3 (27.9) | −1.5 (29.3) | 3.2 (37.8) | 10.8 (51.4) | 17.5 (63.5) | 21.2 (70.2) | 24.6 (76.3) | 25.4 (77.7) | 21.7 (71.1) | 15.6 (60.1) | 7.8 (46) | 0.5 (32.9) | 12.0 (53.6) |
| 日平均気温°C (°F) | −8.5 (16.7) | −7.9 (17.8) | −2.3 (27.9) | 4.7 (40.5) | 10.8 (51.4) | 15.0 (59) | 18.8 (65.8) | 19.8 (67.6) | 15.7 (60.3) | 9.1 (48.4) | 2.2 (36) | −5.4 (22.3) | 6.0 (42.8) |
| 平均最低気温°C (°F) | −15.3 (4.5) | −15.3 (4.5) | −8.6 (16.5) | −1.2 (29.8) | 4.6 (40.3) | 9.5 (49.1) | 14.0 (57.2) | 15.2 (59.4) | 10.4 (50.7) | 3.2 (37.8) | −3.1 (26.4) | −11.5 (11.3) | 0.1 (32.2) |
| 最低気温記録°C (°F) | −28.0 (−18.4) | −28.7 (−19.7) | −21.6 (−6.9) | −14.4 (6.1) | −4.1 (24.6) | −0.7 (30.7) | 4.1 (39.4) | 5.9 (42.6) | 0.6 (33.1) | −5.8 (21.6) | −17.0 (1.4) | −24.0 (−11.2) | −28.7 (−19.7) |
| 降水量 mm (inch) | 41.6 (1.638) | 28.5 (1.122) | 33.4 (1.315) | 48.0 (1.89) | 56.3 (2.217) | 65.7 (2.587) | 90.7 (3.571) | 126.7 (4.988) | 122.2 (4.811) | 79.4 (3.126) | 45.2 (1.78) | 49.5 (1.949) | 787.1 (30.988) |
| 降雪量 cm (inch) | 126 (49.6) | 108 (42.5) | 99 (39) | 22 (8.7) | 2 (0.8) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 15 (5.9) | 107 (42.1) | 480 (189) |
| 平均降水日数(≥1.0 mm) | 9.6 | 7.4 | 9.3 | 9.3 | 9.8 | 10.2 | 11.4 | 12.2 | 11.4 | 9.2 | 8.0 | 9.4 | 117.2 |
| 平均月間日照時間 | 124.2 | 134.5 | 164.2 | 164.5 | 173.6 | 160.6 | 157.5 | 152.1 | 150.8 | 160.7 | 137.1 | 130.9 | 1,810.9 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1988年 - 現在)[4][5] | |||||||||||||
津別町は高齢化が進んでおり、人口も減少傾向が続く。
平成の大合併では、津別町・美幌町・女満別町(現・大空町)・東藻琴村(現・大空町)の4町村で合併する形を美幌町が中心となって目指し、津別町民からの署名も多かった。ところが、この枠組みで法定協議会設置を可決したのは美幌町だけで、そのほかは全て反対している。
津別町・女満別町・東藻琴村が共通していたのは4町村の枠組みに網走市を含めての協議を求めることであった。この枠組みに美幌町が猛反対し枠を組めなかった。これを受けて美幌町との協議をあきらめ、敢えて北見市との協議に参加した。津別町は北見市とのつながりはあるものの住民からの反対により協議から離脱した。
林業が発達。木材加工業の丸玉木材株式会社本社、津別工場が有る。
| 津別町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 津別町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 津別町 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
津別町(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている[10]。
町内に鉄道路線はない。最寄り駅は北海道旅客鉄道(JR北海道)石北本線の美幌駅となる。
かつては国鉄相生線が通っていたが、1985年(昭和60年)4月1日に廃止されている。町内には活汲駅、達美仮乗降場、津別駅、高校前仮乗降場、恩根駅、本岐駅、大昭仮乗降場、開拓仮乗降場、布川駅、北見相生駅が設置されていた。このほか木材輸送を主体とした津別森林鉄道が通っていたが1963年(昭和38年)5月に廃止されている。
役場併設の町営バスターミナルを中心に運行。
阿寒バスの一般路線バス(美幌町・女満別空港・網走市方面)は2008年度をもって廃止されている。


1991年に津別スキー場が開設。道内で最も早いシーズンにオープンするスキー場であり、良質のパウダースノーで人気があった。最盛期の1995年-1996年シーズンには7万5千人の利用客がいたが、北海道内のスキー場としては珍しくつづら折りが続く山道の先に所在するなど交通アクセスに難があり、さらにスキー人口の減少によって利用客も低迷し、2006年‐2007年シーズンをもって閉鎖された。現在、コース跡地は原状回復のために植林されている。