法句経 (ほっくぎょう)、ダンマパダ (巴 :Dhammapada )は、仏典 の一つで、仏教の教えを短い詩節 の形(アフォリズム )で伝えた、韻文 のみからなる経典 である。「ダンマパダ」とは、パーリ語 で「真理 ・法 (巴 :dhamma )の言葉(巴 :pada )」という意味であり、伝統的漢訳である「法句」とも意味的に符合する[ 1] 。
漢訳『法句経』の名称は、元々は上座部仏教 圏の『ダンマパダ』と同一系統の経典が北伝し、中国仏教 にて漢訳された際の伝統的名称だが、近代以降の『ダンマパダ』の日本語訳(漢訳)名としても(『ダンマパダ』『真理のことば』等と並んで)用いられている[ 2] 。パーリ語仏典 の中では最もポピュラーな経典の一つである。
類似のテキストとしては、『ダンマパダ(法句経)』系統と『ウダーナ (自説経 )』系統を掛け合わせ、『相応部 』有偈篇、『スッタニパータ 』『テーラガーター 』に見られる若干の詩句を付け加える形で説一切有部 によって編集され、北伝仏教 に伝えられた、サンスクリット の経典『ウダーナヴァルガ 』(Udānavarga)がある[ 3] 。サンスクリット原典が現存している他、漢訳経典『出曜経 』(しゅつようぎょう)等や、チベット語訳もある。「ウダーナヴァルガ」の意味は、「ウダーナ(無問自説・感興語)ヴァルガ(集まり)」であり、「自説集」といった程度の意味。
ダンマパダはスッタニパータ とならび現存経典のうち最古の経典といわれている[ 4] 。
昭和期に活躍した仏教学者の中村元 は「釈迦は教えを説いた哲学者のような人物で宗教家ではなかったが、死後に神格化されて上座部仏教 と大乗仏教 が成立した」と捉えていた。そして中村は、『パーリ仏典 』は釈迦が神格化される過程で段階的に成立したとして経典を「最古層」「古層」「新層」に分類した[ 5] 。中村はダンマパダについて、かなり古いテクストであるが、スッタニパータに比べれば、釈迦の時代からはかなり隔たった後代に編纂されたものであると説明した[ 6] 。中村説は日本仏教学界で大きな影響力を持つに至った。
中村元 がかつて主張していた「釈迦は教えを説いた哲学者のような人物で宗教家ではなかったが、死後に神格化されて上座部仏教 と大乗仏教 が成立した」という非仏説論に関しては、古代インドの宗教観、聖者信仰を踏まえれば、釈迦は何らかの宗教行為を目指しており在世中から既に神格化されていたと考える方が適当だとして、現在は否定されている[ 5] 。また『パーリ仏典』の段階発展説については現在論争中であるが、段階発展説を採用するにしても、中村の提示した『パーリ仏典』経典の「最古層」「古層」「新層」の分類は根拠不十分であるとして現在懐疑的に見られている。大谷大学 教授の新田智通 は、スッタニパータ が最古層の経典であることには同意しているが、他の経典の分類に関しては「中村はゴータマ(釈迦)の神格化の過程を論証したのではなく、ただ自分自身の設けた判断基準にしたがって分類したに過ぎない」と辛辣に批判している[ 5] 。
中村元 は最古層に属する経典スッタニパータ に四諦 などの仏教の基本教義が見えないことを理由に、『パーリ仏典 』の教義や戒律などの大部分は釈迦入滅後に段階的に成立したとする説を唱えたが、清水俊史 は言語学的にスッタニパータ が最古層の経典であることは認めるが、スッタニパータ のような韻文は大衆向けの通俗的なもので仏教の教義を体系的に網羅したものではなく、『パーリ仏典 』に見られる教義や戒律は古くから存在するもので後年に段階的に発展したものではないと論じている[ 7] 。
パーリ語 版『ダンマパダ』はパーリ語経典 の「小部 」に第2経として収録されている。26章に分かれており、423の詩節を収録する。
漢訳としては以下があるが、パーリ語版とは配列や内容にかなりの違いがある[ 8] 。
維祇難等訳『法句経』(大正蔵 210) 法炬・法立訳『法句譬喩経』(大正蔵211)[ 9] - 詩句に因縁譬喩譚を加えたもの。 ガンダーラ語 版の断簡の一部分は19世紀末にホータン 近辺でデュトルイユ・ド・ラン が入手し、別の一部分をロシアのペトロフスキーが入手した[ 10] 。全体の2 ⁄3 にあたる350詩節ほどが残っている[ 11] 。パーリ語本と順序は異なるが、本来はパーリ語本と同様に26章からなっていたらしい[ 12] 。1990年代以降に新たな断簡が発見された[ 13] 。
ほかに、サンスクリットの強い影響を受けたプラークリット で書かれた『Patna Dharmapada』と呼ばれる版がある[ 14] 。また、『マハーヴァストゥ 』には『法句経』の「千」と「比丘」の章を引用する[ 15] 。
パーリ語版『ダンマパダ』は、以下の全26章から構成される。
第1章 - 双(Yamaka-vaggo) 第2章 -不放逸 (Appamāda-vaggo) 第3章 -心 (Citta-vaggo) 第4章 - 花(Puppha-vaggo) 第5章 - 愚者(Bāla-vaggo) 第6章 - 賢者(Paṇḍita-vaggo) 第7章 -尊者 (Arahanta-vaggo) 第8章 - 千(Sahassa-vaggo) 第9章 - 悪(Pāpa-vaggo) 第10章 - 罰(Daṇḍa-vaggo) 第11章 - 老い(Jarā-vaggo) 第12章 -自己 (Atta-vaggo) 第13章 - 世界(Loka-vaggo) 第14章 -ブッダ (Buddha-vaggo) 第15章 -楽 (Sukha-vaggo) 第16章 - 愛(Piya-vaggo) 第17章 - 怒り(Kodha-vaggo) 第18章 - 汚れ(Mala-vaggo)) 第19章 - 法行者(Dhammaṭṭha-vaggo) 第20章 - 道(Magga-vaggo) 第21章 - 雑多(Pakiṇṇaka-vaggo) 第22章 -地獄 (Niraya-vaggo) 第23章 -象 (Nāga-vaggo) 第24章 -渇愛 (Taṇhā-vaggo) 第25章 -比丘 (Bhikkhu-vaggo) 第26章 -バラモン (Brāhmaṇa-vaggo) ブッダゴーサ による法句経アッタカター として、法句経註(Dhammapada Atthakatha)が存在する。
第20章 - 道(Magga-vaggo) [ 16]
Sabbe baṅkhārā aniccā'ti yadā paññāya passati Atha nibbindati dukkhe esa maggo visuddhiyā. Sabbe baṅkhārā dukkhā'ti yadā paññāya passati Atha nibbindati dukkhe esa maggo visuddhiyā. Sabbe dhammā anattā'ti yadā paññāya passati Atha nibbindati dukkhe esa maggo visuddhiyā.
「一切の形成されたものは無常 である」(諸行無常)と智慧 をもって観るときに、ひとは苦から厭い離れる。これが清浄への道である。 「一切の形成されたものは苦 である」(一切皆苦)と 智慧をもって観るときに、ひとは苦から厭い離れる。これが清浄への道である。 「一切の事物は無我 である」(諸法非我)と 智慧をもって観るときに、ひとは苦から厭い離れる。これが清浄への道である。
第25章 - 比丘(Bhikkhu-vaggo)
Siñca bhikkhu imaṃ nāvaṃ sittā te lahumessati Chetvā rāgaṃ dosaṃ ca tato nibbāṇamehisi.
比丘よ、この舟から水を汲み出せ。 汝が水を汲み出せば、軽やかに進むであろう。貪欲 と瞋恚 とを断ったならば、汝は涅槃 に達するだろう。
『ダンマパダ』は漢訳仏典『法句経』として伝来されたが、「小乗のお経」と認識され、ほとんど顧みられることのなかった歴史がある。漢訳「大蔵経 」では本縁部に収録されている。『ダンマパダ』に日が当たるようになったのは明治期以降であり、ヨーロッパでの仏教学 研究で『ダンマパダ』が重要文献として扱われていた影響が大きい。
パーリ語よりの日本語訳は、友松圓諦 訳の『法句経 』が有名である。友松は1933年にラジオで『法句経』講義を行い、たいへんに歓迎された[ 17] 。
中村元 訳の『ブッダの真理のことば・感興のことば 』は、「真理のことば」がパーリ語『ダンマパダ』、「感興のことば」がサンスクリット『ウダーナヴァルガ 』の各・訳著である。
サンスクリット 経典である『ウダーナヴァルガ 』(Udānavarga)は、説一切有部 および根本説一切有部 で編纂されたもので、『法句経』と『自説経 』等を掛け合わせたもの[ 18] 。これに対応する漢訳は、
竺仏念訳『出曜経』(大正蔵212) 天息災訳『法集要頌経』(大正蔵213) がある。ほかにチベット語 訳および、チベット語訳の注釈書が現存する。
(本偈) 『Ched-du brjod-pa'i tshoms 』リンチェン・チョク(Rin-chen mchog )、ヴィディヤーカラプラバ(Vidyākaraprabha )共訳、ペルツェク(Dpal brtsegs )校訂[ 19] (注釈書) 『Ched-du-brjod-pa'i tshoms-kyi rnam-par 'grel-pa 』プラジュニャーヴァルマン(Shes-rab go-cha )造、ジャナルダナ(Janardhana )、シャーキャ・ロドゥ(Śākya blo-gros )共訳[ 20] またクチャ語(トカラ語B) 訳の断簡がある[ 21] 。
漢訳『法句経』をパーリ・サンスクリット語文献と対照し本格的に解読した大著(オンデマンド版2019年) 英訳はミュラー によるもの(1869年、のち『東方聖典叢書 』に収録)や、ロックヒル によるチベット語版『ウダーナヴァルガ』の翻訳(1883年)など、長い歴史がある。インド人による翻訳も少なくない。
The Dhammapada:The Path of Perfection . Anonymous;Juan Mascaro (Paperback ed.). Penguin Classics. (May 30, 1973). ISBN 0-14-044284-7 Dhammapada:The Sayings of the Buddha . Shambhala Pocket Classics. Thomas Byrom (Paperback ed.). Shambhala. (November 9, 1993). ISBN 0-87773-966-8 『ブッダの語る覚醒への光の道 原始仏典「ダンマパダ」現代語全訳』トーマス・バイロン/パーリ語英訳(廣常仁慧/英文日本語訳)、星雲社、2006年4月。ISBN 4-434-07758-9 。 The Dhammapada:The Sayings of the Buddha . Oxford World's Classics. John Ross Carter;Mahinda Palihawadana (Paperback ed.). Oxford University Press. (December 15, 2008). ISBN 978-0-19-955513-0 The Dhammapada . Classics of Indian Spirituality. Eknath Easwaran (Paperback ed.). Nilgiri Press. (April 13, 2007). ISBN 978-1-58638-020-5 The Dhammapada:A New Translation of the Buddhist Classic with Annotations . Gil Fronsdal (Paperback ed.). Shambhala. (December 5, 2006). ISBN 1-59030-380-6 The Dhammapada . Balangoda Ananda Maitreya;Thich Nhat Hanh (Paperback ed.). Parallax Press. (August 1, 1995). ISBN 0-938077-87-2 Word of the Doctrine . K.R. Norman. Pali Text Society. (1997). ISBN 0-86013-335-4 . http://www.palitext.com/palitext/tran.htm#ttword The Dhammapada:Verses on the Way . Modern Library Classics. Glenn Wallis (Paperback ed.). Modern Library. (January 9, 2007). ISBN 978-0-8129-7727-1 各 新版:講話「真理のことば―『ダンマパダ』」を収録