| 「江田健二」とは別人です。 |
| 江田 憲司 えだ けんじ | |
|---|---|
2025年4月15日、議員会館にて(68歳) | |
| 生年月日 | (1956-04-28)1956年4月28日(69歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 東京大学法学部第1類 |
| 前職 | 国家公務員(通商産業省) 桐蔭横浜大学客員教授 |
| 所属政党 | (自由民主党→) (無所属→) (みんなの党→) (結いの党→) (維新の党→) (民進党(江田G)→) (無所属→) (立憲民主党(江田G)→) 中道改革連合 |
| 称号 | 法学士 行政書士 |
| 配偶者 | 中谷弥生 (TBSテレビ取締役) |
| 公式サイト | 江田けんじNET |
| 選挙区 | 神奈川8区 |
| 当選回数 | 8回 |
| 在任期間 | 2002年10月27日 -2003年10月10日 2005年9月11日 -2026年1月23日 |
その他の職歴 | |
代表:枝野幸男 (2020年9月15日 -2021年11月30日) | |
代表:岡田克也、蓮舫 (2016年3月27日 -2017年9月1日) | |
(2014年9月21日 -2015年5月17日) | |
(2013年12月18日 -2014年9月21日) | |
代表:渡辺喜美 (2009年8月8日 -2013年12月19日) | |
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| 江田憲司 | |
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| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2017年10月10日- |
| ジャンル | 政治、ニュース |
| 登録者数 | 3.36万人 |
| 総再生回数 | 18,035,811 回 |
| チャンネル登録者数・総再生回数は 000000002025-02-01-00002025年2月1日時点。 | |
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江田 憲司(えだ けんじ、1956年4月28日 - )は、日本の政治家、元通産官僚。
衆議院議員(8期)、みんなの党幹事長(初代)、結いの党代表(初代)、維新の党代表(初代・第2代)、民進党代表代行、立憲民主党代表代行(経済政策担当)、内閣総理大臣秘書官(政務担当)、衆議院決算行政監視委員長を歴任した。
岡山県岡山市生まれ[1]。父は警察官[2]。岡山大学教育学部附属中学校、岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業[3]。東大在学中は合コンや麻雀に明け暮れていたが[3]、司法試験の論文式試験に合格した[2]。また、国家公務員I種試験にも合格し、省庁訪問をするも大蔵省を忌避して[2]、1979年通商産業省(現経済産業省)に入省した[3]。
通産省では大臣官房総務課、生活産業局、資源エネルギー庁等で勤務した[3]。1987年から1年間、アメリカ合衆国ハーバード大学国際問題研究所に留学[3][4]。通産省に復帰後、1990年から首相官邸に出向して海部内閣・宮澤内閣の下で内閣副参事官を務め、首相の施政方針演説の下書きを担当していた[2][3]。1992年より再び通産省に復帰し、産業政策局総務課長補佐、経済協力室長を経て、1994年の村山内閣発足により橋本龍太郎通商産業大臣事務秘書官[2][3]。1996年、橋本内閣発足により内閣総理大臣秘書官(政務担当)に起用され、行財政改革等の構造改革(いわゆる橋本行革)推進の旗振り役を務める[3]。1998年、橋本首相の退陣により通産省へは戻らず、そのまま退官した[3]。退官後はイースト・ウエスト・センターの客員研究員としてハワイで過ごす[2][3]。
2000年、神奈川2区選出の衆議院議員だった菅義偉の勧めもあり、第42回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で神奈川8区から出馬したが、無所属の会前職の中田宏に惨敗[2][3]。2001年4月より桐蔭横浜大学客員教授、日本環境財団理事を務める[3]。
2002年、中田の横浜市長選挙出馬に伴う神奈川8区補欠選挙に無所属で出馬し、自民党新人の山際大志郎ら4人の対立候補を大差で破り、初当選した[3]。
2003年の第43回衆議院議員総選挙では、神奈川8区で民主党前職の岩國哲人(比例東京ブロックから国替え)に2千票弱の僅差で敗れ、落選した[3]。
2005年の第44回衆議院議員総選挙に神奈川8区から無所属で出馬し、民主党前職の岩國、自民党新人の福田峰之を破り、2年ぶりに国政復帰(岩國、福田はいずれも比例復活)。
2009年、自民党を離党した渡辺喜美、山内康一、広津素子、民主党を離党した浅尾慶一郎に江田を加えた5人でみんなの党を結党[5][6]。党務担当役員(パートナー(党務)が正式名称)に起用され[7]、パートナー(党務)の役職は後に幹事長に変更された。2012年の途中までは自民党・民主党の第三極として、メディア注目も集まり、党内不和も目立たたなかった。
しかし、2012年に日本維新の会が発足すると第三極としてのメディアの注目はみんなの党から維新の橋下徹大阪市長に移り、更にみんなの党の参議院議員3人が離党して維新へ入党した。同年の衆院選では18議席にとどまり、維新の54議席を大きく下回った。党勢が落ち込むと党内対立が目立つようになる。背景には渡辺と江田の2人が人間的にソリが合わなかったことにあり、結党以前から2人きりで話すことは皆無で意思の疎通も無かった。みんなの党内にも「渡辺派」と「江田派」が生まれており、新人議員の囲い込みが激化し、江田・江田派は党の財布を握る渡辺代表への不満を募らせていった。更に渡辺代表は自民党時代に閣僚として仕えた安倍晋三首相に近く、安倍政権支持率が高いことが続く中、右派路線で党勢を拡大しようとした一方、民主の細野豪志や維新の松野頼久代表らと会合を重ねるなど野党再編路線を取っていた。そのために代表は与党、幹事長は野党と、ツートップが逆の方向を向いている状態だった[6]。
2013年春ごろから、幹事長の立場で渡辺喜美代表の党運営を批判し、党の政治資金の使途の透明化や参議院議員選挙の公認手続きの明確化を求めていたが、2013年6月の東京都議会議員選挙のころに対立は決定的となり、8月7日のみんなの党両院議員総会で渡辺が江田の幹事長解任を発議し[8]、幹事長を更迭された。江田に近い柿沢未途は離党に追い込まれた[9][6]。同年12月9日、江田を含むみんなの党所属議員14名が離党届を提出し[10]、江田の離党届は受理されず除名処分が下った[11]。その後、江田を含む離党届を提出した14人に加え、江田が幹事長を解任された際に離党していた柿沢未途が合流して結いの党を結党し、代表に就任した[12]。

2014年9月、結いの党・日本維新の会の合流による維新の党の結党に参加し、旧日本維新の会代表の橋下徹とともに維新の党の共同代表に就任した[13]。同年12月の第47回衆議院議員総選挙では、比例南関東ブロックへの重複立候補を辞退し、維新の党公認で神奈川8区から出馬[14]。自民党前職の福田峰之を4万票超の大差で破り、5選。選挙後、橋下が共同代表を辞任したため、共同代表の役職が廃止され、新設された代表に就任した[15]。
2015年5月17日、維新の党が最大の政治課題に掲げてきた大阪都構想が大阪市特別区設置住民投票で否決され、党最高顧問の橋下徹大阪市長は市長任期を満了したうえでの政界引退を表明。責任を取り、維新の党代表を辞任[16]。5月19日の両院議員総会で、後任に松野頼久幹事長が選出された[17]。
2016年3月27日、民主党・維新の党の合流により結党した民進党に参加[18]。結党にあたり、代表代行への就任を打診され、「新党結成を実現させた松野氏が就任すべきだ」として固辞したが、松野が江田を推薦したため[19]、民進党代表代行に就任[20][21]。2017年3月14日、旧維新の党系議員ら13人で民進党内に新たなグループ(江田グループ)を発足させた[22]。
2017年9月14日、衆議院決算行政監視委員長に内定したが[23]、安倍晋三首相が9月28日召集の臨時国会冒頭で衆議院を解散したため[24]、選任されなかった。
10月22日投開票の第48回衆議院議員総選挙に際し、前原誠司民進党代表が9月27日、民進党を事実上解党し、希望の党からの立候補を容認する方針を表明したが[25]、希望の党への合流や立憲民主党入党を何れも見送り、無所属での立候補を表明[26][27]。神奈川8区では、自民党前職で現職の内閣府副大臣だった福田峰之(比例復活)が衆院解散直前の9月25日に離党届を提出し[28]、希望の党公認で東京5区に国替えして出馬したため[29]、自民党はかつてみんなの党で江田の同僚だった元職の三谷英弘を神奈川8区で擁立した[30](なお、三谷は福田が国替えした東京5区からの立候補経験がある)。江田は12年ぶりに無所属で神奈川8区から出馬し、三谷らを破り6選を果たした[31]。
当選後の記者会見で、民進党籍を残したまま衆院選に無所属で出馬し、当選した衆議院議員での新たな会派の結成に言及[32]。2017年10月26日、江田を含む衆議院議員13人で院内会派「無所属の会」を結成した(代表は岡田克也)[33]。翌年の2018年12月18日には無所属の会から立憲民主党会派に移籍する意向を明らかにし、2019年1月15日には、立憲民主党会派への入会が承認された[34]。会派名は「立憲民主党・無所属フォーラム(立憲民主党・市民クラブから名称変更)」となり、以後は、会派内グループ「無所属フォーラム」として活動することになる。

岡田が率いる無所属フォーラムに籍を置いていたが、2020年8月24日、旧立憲民主党、旧国民民主党、無所属フォーラム、社会保障を立て直す国民会議の4グループは合流新党を結成する基本合意に署名[35]。それに従い合流新党に参加することとなった。同年9月10日に行われた新「立憲民主党」の代表選挙では枝野幸男の推薦人に名を連ねた[36]。9月15日に立憲民主党は結党大会を行い、代表代行(経済政策担当)に選任された[37]。また、同年9月22日には立憲民主党神奈川県連の結成大会が行われ、最高顧問に就任した[38]。
2021年の横浜市長選挙に際しては、党県連最高顧問として候補者選定を一任され、横浜市立大学教授の山中竹春を擁立[39]。投開票日の8月22日、NHKなど複数のメディアは投票締め切りの午後8時に「山中当選確実」と報道。山中は菅義偉首相が全面支援した小此木八郎らを大差で破り、初当選を果たした[40]。
同年10月31日投開票の衆議院選挙にて、神奈川8区(青葉区・緑区・都筑区の一部)の自民党公認の三谷英弘との一騎打ちを制し7選[41][42]。
2024年の代表選挙では立候補を模索していたが、立候補に必要な20人の推薦人を集められなかった。告示日当日の9月7日、同じく推薦人を集められなかった吉田晴美と候補者の一本化に合意。立候補を見送り、吉田の推薦人となった[43][44][45]。
同年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙では、三谷を破り8選[46]。
2026年2月8日投開票の第51回衆議院議員総選挙では、落選。
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 | 政党内比例順位 /政党当選者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 落 | 第42回衆議院議員総選挙 | 2000年6月25日 | 44 | 神奈川8区 | 自由民主党 | 58,787票 | 26.88% | 1 | 2/6 | |
| 当 | 第42回衆議院議員補欠選挙 | 2002年10月27日 | 46 | 神奈川8区 | 無所属 | 50,671票 | 40.48% | 1 | 1/5 | |
| 落 | 第43回衆議院議員総選挙 | 2003年11月9日 | 47 | 神奈川8区 | 無所属 | 78,782票 | 37.74% | 1 | 2/4 | |
| 当 | 第44回衆議院議員総選挙 | 2005年9月11日 | 49 | 神奈川8区 | 無所属 | 88,098票 | 34.83% | 1 | 1/4 | |
| 当 | 第45回衆議院議員総選挙 | 2009年8月30日 | 53 | 神奈川8区 | みんなの党 | 128,753票 | 49.14% | 1 | 1/4 | |
| 当 | 第46回衆議院議員総選挙 | 2012年12月16日 | 56 | 神奈川8区 | みんなの党 | 127,294票 | 54.11% | 1 | 1/4 | |
| 当 | 第47回衆議院議員総選挙 | 2014年12月14日 | 58 | 神奈川8区 | 維新の党 | 116,189票 | 54.49% | 1 | 1/3 | |
| 当 | 第48回衆議院議員総選挙 | 2017年10月22日 | 61 | 神奈川8区 | 無所属 | 119,280票 | 54.18% | 1 | 1/4 | |
| 当 | 第49回衆議院議員総選挙 | 2021年10月31日 | 65 | 神奈川8区 | 立憲民主党 | 130,925票 | 52.60% | 1 | 1/2 | |
| 当 | 第50回衆議院議員総選挙 | 2024年10月27日 | 68 | 神奈川8区 | 立憲民主党 | 119,971票 | 51.41% | 1 | 1/3 | |
| 落 | 第51回衆議院議員総選挙 | 2026年2月8日 | 69 | 神奈川8区 | 中道改革連合 | 97,671票 | 41.0% | 1 | 2/2 | 12/7 |
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|---|---|---|
| 先代 原口一博 | 2022年 - 2024年 | 次代 小川淳也 |
| 党職 | ||
| 先代 結成 | 立憲民主党代表代行 平野博文・蓮舫と共同 2020年 - 2021年 | 次代 逢坂誠二 |
| 先代 結成 | 民進党代表代行 蓮舫・長妻昭 →安住淳・細野豪志 →安住淳と共同 2016年 - 2017年 | 次代 枝野幸男 |
| 先代 共同代表制 | 維新の党代表 初代:2014年 - 2015年 | 次代 松野頼久 |
| 先代 結成 | 維新の党共同代表 橋下徹と共同 初代:2014年 | 次代 単独代表制 |
| 先代 結成 | 結いの党代表 初代:2013年 - 2014年 | 次代 維新の党へ |
| 先代 結成 | みんなの党幹事長 当初はパートナー(党務) 初代:2009年 - 2013年 | 次代 浅尾慶一郎 |
| 役員・議員 (解党時点) |
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|---|---|---|---|---|---|
| 歴代代表 | |||||
| 前身政党 | |||||
| 関連組織 | |||||
| 派生・後継政党 | |||||
| 主要政策・理念 | |||||
| 関連項目 | |||||