| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府枚方市 |
| 生年月日 | (1966-07-05)1966年7月5日(59歳) |
| 身長 体重 | 183 cm 80 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1984年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 1987年4月29日 |
| 最終出場 | 1989年5月23日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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江本 晃一(えもと こういち、1966年7月5日[1] - )は、大阪府枚方市出身の元プロ野球選手(投手)[1]。
上宮高では、1学年下の西山秀二とバッテリーを組み、エースとして1984年春季近畿大会に進むが、1回戦で嶋田章弘を擁する箕島高に延長12回サヨナラ負け。同年夏は府大会で敗退し甲子園には出場できなかった。高校同期に笘篠賢治がいる。
1984年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから4位指名を受け入団[1]。1987年に中継ぎ要員として一軍デビューを果たし、10月には初先発勝利。この年3勝を記録した。同年8月9日の巨人戦には江本が先発する予定だった。しかし監督の星野仙一が前日までに投手を起用し過ぎて、翌日先発予定の江本までもが起用されてしまった。そこで7日に一軍に昇格したばかりの近藤真一が先発することとなった。だが近藤はそのプロ入り初登板でノーヒットノーランを達成することとなった。
1989年6月に白井孝幸・中村弘道との2対2の交換トレードで、西村英嗣と共に福岡ダイエーホークスへ移籍した[1]。1990年はA級サリナス・スパーズ(英語版)に野球留学し、7勝4敗の成績を残す。1991年限りで現役を引退[1]。同年秋のキャンプでは古巣である中日の入団テストを受験したが[2]、選手としての復帰には至らなかった。
引退後は中日の打撃投手を務めた後、様々な会社や職業を転々とし、2008年に新開トランスポートシステムズに入社する[1]。また野球講師や東京青山リトルシニアのコーチとしても活動をしている[1][3]。
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1987 | 中日 | 36 | 4 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 0 | -- | .429 | 269 | 64.0 | 58 | 7 | 26 | 1 | 1 | 51 | 4 | 0 | 29 | 29 | 4.08 | 1.31 |
| 1988 | 12 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 52 | 10.1 | 14 | 5 | 7 | 1 | 1 | 5 | 0 | 0 | 10 | 10 | 8.71 | 2.03 | |
| 1989 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 11 | 2.0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 1 | 1 | 2 | 0 | 2 | 2 | 9.00 | 2.00 | |
| 通算:3年 | 51 | 4 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 0 | -- | .429 | 332 | 76.1 | 73 | 12 | 36 | 2 | 3 | 57 | 6 | 0 | 41 | 41 | 4.83 | 1.43 | |