| 人物情報 | |
|---|---|
| 生誕 | 1933年10月 |
| 死没 | 2024年12月16日(91歳没) |
| 出身校 | 京都大学文学部 |
| 学問 | |
| 研究分野 | 東洋史 |
| 研究機関 | 京都大学、富山大学、滋賀大学、京都女子大学 |
| 指導教員 | 森鹿三、宮崎市定 |
| 学位 | 文学博士 |
| 称号 | 従四位 瑞宝中綬章 |
| 主な受賞歴 | 鳥取県文化功労賞 |
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永田 英正(ながた ひでまさ、1933年10月 -2024年12月16日)は、日本の東洋史学者。位階は従四位。京都大学名誉教授。
1933年、鳥取県倉吉市で生まれた。鳥取県立倉吉高等学校を卒業後、1953年に京都大学文学部へ入学。東洋史学科で秦漢史を専攻した。1957年に京都大学を卒業。同大学大学院に進んで、簡牘の整理と研究にあたるようになった[1]。1962年3月に博士課程を単位取得後中退。
1962年4月に京都大学人文科学研究所助手に採用。1972年に講師、1973年に助教授昇格。1975年、富山大学人文学部教授に就任。1981年には滋賀大学教授、1990年には京都大学文学部教授となった。同年9月、学位論文『居延漢簡の古文書学的研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得[2]。1997年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は京都女子大学教授として教鞭をとり、2002年に退任。
2024年12月16日、老衰のため死去[3]。91歳没。死没日付をもって従四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈された[4]。
専門は秦漢史。居延漢簡など出土文献の調査を藤枝晃、米田賢次郎[6]らと進めた。簡牘研究を始めた経緯は「簡牘研究事始の記」に詳しく、まずは1960年頃より人文科学研究所の『後漢書語彙集成』に関わり、翌年マイケル・ローウェが森鹿三を指導教授として京都へ滞在したことから、居延漢簡の整理にあたった[7]。