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永田英正

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
永田 英正
人物情報
生誕1933年10月
日本の旗日本鳥取県倉吉市
死没2024年12月16日(91歳没)
出身校京都大学文学部
学問
研究分野東洋史
研究機関京都大学富山大学滋賀大学京都女子大学
指導教員森鹿三宮崎市定
学位文学博士
称号従四位
瑞宝中綬章
主な受賞歴鳥取県文化功労賞
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永田 英正(ながた ひでまさ、1933年10月 -2024年12月16日)は、日本の東洋史学者。位階従四位。京都大学名誉教授

経歴

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1933年、鳥取県倉吉市で生まれた。鳥取県立倉吉高等学校を卒業後、1953年に京都大学文学部へ入学。東洋史学科で史を専攻した。1957年に京都大学を卒業。同大学大学院に進んで、簡牘の整理と研究にあたるようになった[1]。1962年3月に博士課程を単位取得後中退。

1962年4月に京都大学人文科学研究所助手に採用。1972年に講師、1973年に助教授昇格。1975年、富山大学人文学部教授に就任。1981年には滋賀大学教授、1990年には京都大学文学部教授となった。同年9月、学位論文『居延漢簡の古文書学的研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得[2]。1997年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は京都女子大学教授として教鞭をとり、2002年に退任。

2024年12月16日、老衰のため死去[3]。91歳没。死没日付をもって従四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈された[4]

受賞・栄典

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  • 2013年:平成25年度鳥取県文化功労賞[5]

研究内容・業績

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専門は秦漢史。居延漢簡など出土文献の調査を藤枝晃米田賢次郎[6]らと進めた。簡牘研究を始めた経緯は「簡牘研究事始の記」に詳しく、まずは1960年頃より人文科学研究所の『後漢書語彙集成』に関わり、翌年マイケル・ローウェ森鹿三を指導教授として京都へ滞在したことから、居延漢簡の整理にあたった[7]

著作

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共著
  • 『中国文明の成立 世界の歴史5』松丸道雄、講談社 1985
編著
  • 編『漢代石刻集成 京都大学人文科学研究所研究報告』2分冊、同朋舎出版 1994
  • 責任編集『アジアの歴史と文化1 中国史 古代』同朋舎出版 1994
訳書

参考文献

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  • 「永田英正教授 略年譜・著作目録」『史窓』第59号、京都女子大学史学研究室、2002年2月10日、129-135頁、hdl:11173/713 

脚注

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  1. ^「簡牘研究事始の記」『日本秦漢史研究』11, 2011年
  2. ^CiNii(学位論文)
  3. ^永田英正さん死去(京都大名誉教授)”. 時事ドットコム (2024年12月17日). 2024年12月17日閲覧。
  4. ^『官報』第1390号7・8頁 令和7年1月23日
  5. ^受賞記念巡回展
  6. ^滋賀大学佛教大学教授
  7. ^籾山明2014「日本における居延漢簡研究の回顧と展望-古文書学的研究を中心に-」『文献と遺物の境界II』東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所に居延漢簡輪読会のメンバーと写る写真がある。
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