永田 清(ながた きよし、1903年(明治36年)1月27日 -昭和32年(1957年)11月3日)は、日本の経済学者、実業家。
慶應義塾大学教授、東京帝国大学講師、日本ゴム株式会社社長、日本放送協会(NHK)会長。勲二等瑞宝章。
1903年1月27日、福岡県久留米市山川町に生まれる[1]。
福岡県立中学明善校(現福岡県立明善高等学校)卒業。大正10年(1921年)慶應義塾大学経済学部経済学科予科に入学し、増井幸雄の下で学び、昭和2年(1927年)卒業[1]。1935年慶應義塾大学助教授、1939年東京帝国大学講師[1]。昭和6年(1931年)から2年間欧米に留学し、ジャック・テュルゴーのフランス財政思想を学びヴェルナー・ゾンバルトの講義を聴講[1]。帰国後は財政学を担当し[1]、国益・社会福祉・時局などといった財政の思想を講じた。
戦後、大学を退職して昭和23年(1948年)日本ゴム社長、福岡製紙社長、日新製糖社長、昭和31年(1956年)に日本放送協会(NHK)会長に就任した[1]。
1957年11月3日午前1時40分に慶應義塾大学病院で心筋梗塞で急逝[2]。墓所は多磨霊園[3]。
長女の桂子は、宮内官僚上野季三郎の孫でセイコーホールディングス創業家本家服部玄三長男謙太郎に嫁いだ[4]。
| その他の役職 | ||
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| 先代 古垣鐵郎 第6代:1949年 - 1956年 | 日本放送協会会長 第7代:1956年 - 1957年 | 次代 野村秀雄 第8代:1958年 - 1960年 |
日本放送協会歴代会長 | |
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