文化人類学の中には、民族誌の下位ジャンルがいくつかある。1950年代末から1960年代初頭にかけて、人類学者は民族誌的調査の性質を自覚的に晒した「告白的な」民族誌を記し始めた。有名な例にはクロード・レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』、ケネス・リードの『The High Valley』、デイビッド・メイバリー=ルイスの『The Savage and the Innocent』、ややフィクション化されたエレノア・スミス・ブラウン(ローラ・ボーエン)の『Return to Laughter』などがある。後の「再帰的な」民族誌においては、民族誌家は、自分が受け止めた文化の相違を記述することで、文化の相違を翻訳するための技術を洗練させた。有名な例としてポール・ラビノウ『異文化の理解』、ジャン=ポール・デュモン『The Headman and I』、そしてヴィンセント・クラパンザーノ(英語版)『精霊と結婚した男』がある。
1980年代には、文学理論とポストコロニアル/ポスト構造主義の考え方の広範な影響のもと、民族誌のレトリックは学問領域の内部において厳しい精査を受けた。「実験的」民族誌は、文化人類学の動揺を露わにした。これには、マイケル・タウシグ(英語版)『Shamanism, Colonialism, and the Wild Man』、マイケル・MJ・フィッシャー、メフディ・アベディ『Debating Muslims』、キャサリン・スチュアート『A Space on the Side of the Road』、キム・フォータン『Advocacy after Bhopal』が含まれる。
ダニエル・ミラーやメアリー・ダグラスのような人類学者は、民族誌的なデータを用いて消費者と消費に関する学問的な疑問に答えた。消費者と消費について理解するために民族誌的手法の利用が増加していることで示されるように、企業もまた、民族誌家が人々がどのように製品とサービスを使うのかを理解するため、あるいは新製品の開発のために有効であると気付いている。新製品の開発に関しては、時として「デザイン民族誌」と呼ばれる。インテルとマイクロソフトが共催している最近の「工業における民族誌的実践会議」 (Ethnographic Praxis in Industry = EPIC) は、その証拠である。現実の経験に対する、民族誌のシステマティックで包括的なアプローチは、言明されない欲求や製品を取り巻く文化的実践を理解するためにその方法を用いている製品開発者によって評価されている。人々が本当は何をするのかについて、フォーカスグループがマーケッターに情報を伝えられない場合、民族誌は、自己申告のフォーカスグループのデータだけに頼ることから来る落とし穴を避けて、人々が言うことと実際にやることとを結びつける。