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| よこすか よしみ 横須賀 昌美 | |
|---|---|
| 本名 | 黒坂 昌美(くろさか よしみ) |
| 別名義 | 横須賀 よしみ 横須賀 蓉美 |
| 生年月日 | (1962-01-08)1962年1月8日(64歳) |
| 出生地 | |
| 血液型 | B |
| ジャンル | グラビアモデル 女優 (Vシネマ・映画・テレビドラマ) |
| 主な作品 | |
映画 Vシネマ ・『マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園』(1992年) ・『マニラ・エマニエル夫人 危険な楽園』(1993年) | |
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| プロフィール | |||||||
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| 生年月日 | 1962年8月25日 | ||||||
| 現年齢 | 63歳 | ||||||
| 出身地 | |||||||
| 血液型 | B型 | ||||||
| 公称サイズ([1]時点) | |||||||
| 身長 /体重 | 170cm /―kg | ||||||
| スリーサイズ | 86 - 60 - 90 cm | ||||||
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| 活動 | |||||||
| デビュー | 1981年 | ||||||
| ジャンル | 女優、歌手 | ||||||
| モデル内容 | 一般、ヌード | ||||||
| 備考 | 2002年第1回日本DVDシネマ大賞 助演女優賞受賞 | ||||||
| モデル:テンプレート -カテゴリ | |||||||
横須賀 昌美(よこすか よしみ、1962年8月25日[1][注釈 1] - )は、日本の女優・元グラビアモデル。生年月日は、デビュー時より1962年8月25日で通していたが、1990年代中頃より、10歳若く見積もった1972年8月25日の生年月日を使用するようになる。血液型B型。旧芸名は「横須賀 よしみ」、「横須賀 蓉美」(いずれも「よこすか よしみ」と読む)。サイアン・インターナショナル所属[1]。身長170cm。B81cm、W58cm、H88cm(1992年2月)[3]。
1980年、資生堂キャンペーンガールに選出されCMモデルとしてデビュー。JALやロッテ、花王と続けざまに大手企業のCM出演も果たし[3]、CM界の松田聖子[4] と称された。翌年アイドル歌手としてもデビュー、短期間で人気の頂点を極める。もともとが歌手志望で、小学校の時に当時全盛だった山口百恵、桜田淳子、森昌子の花の中三トリオにあこがれてスター誕生!に応募したことがある。しかし、オーディションの通知が来たにもかかわらず怖くなって辞退したという経緯がある[5]。
テニス、バスケットをやっており、その他スポーツは万能で両手で字が書けるという特技を持っている[6]。母校の国本女子高等学校では校則が厳しく、授業態度などを先輩の桜田淳子と比較されてつらかったと告白しているが[7]、その桜田淳子とは、後に雑誌のテニスの企画で共演を果たしており、その時に桜田のことを成績が大変良かったと聞かされたと称えている。
田原俊彦のファンであることを公言すると、剃刀同封の手紙が送られてきたこともあったという[8]。
1984年、交際していた男性と一緒にベッドにいる写真が週刊誌に掲載された。この写真についての本人は「布団の下は着衣で、軽い気持ちで友人に撮ってもらっただけ。でもアイドルとしては軽率でした」と弁明した。しかし、イメージダウンを免れることは出来ず、CMを降板、事務所からも契約解除などの処遇を受ける。この事件は当時、第2のニャンニャン事件とマスコミを騒がせた[4][注釈 2]。CM降板の違約金は3800万円。3000万円は貯金で賄い、残りの800万円はエアロビクスのインストラクターや六本木のスナックの雇われママなど様々なアルバイトを掛け持ちして2年で返済したという[9][10]。人気絶頂時の月収は当時の金額で500万円近かったが、事件後は3万円にまで落ち込んだというくらい、その余波は大きかった[4]。
1984年公開の映画『夕ぐれ族』に尾崎真理役で出演。当初、主演のオファーが舞い込んだが、この時点では資生堂との契約が続いていたため[要出典]、ヌードにはならず配役につく。同時期にまた週刊誌にホステスとして勤務してる写真が掲載され「ポルノ女優3回目の変身」などと書かれたりした。これについても本人は「客として行った時の写真で、そういう事実はない」と否定している[11]。
転機になったのは『マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園』(1992年、東映ビデオ)で、このVシネマで初めて大胆な濡れ場を演じており、これ以降ヌードの役が増えるが、「主役をやれることが大切だった。」と語っており、これ以来テレビ局からも多くのオファーを受けるようになる。しかし脱ぎの仕事ばかりで、本人にとっては不本意だったが、Vシネマでは定期的に主役級の仕事が入るようになり1本平均150万円というギャラは生活を安定させるには十分だったという。この時期にはVシネマの女王との異名もとっている[10]。
私生活では、1995年に結婚しその後1999年に離婚と長男を出産している[12]。2008年には女優業の傍ら、郷里の金沢市片町で実妹とスナックを経営している。お酒が好きで「昔はザルでした。40分でボトル1本空けてその間にビールかワインをやるという感じで」と語っている[13]。
2013年、11月23日放送『お願い!ランキング GOLD 2時間スペシャル』(テレビ朝日)で自身の店であるカラオケスナック、『百(MOMO)』が紹介された。
| 発売日 | 規格 | 規格品番 | 面 | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 |
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| ワーナー・パイオニア | |||||||
| 1981年4月25日 | EP | L-1510W | A | 恋のマグニチュード | 水谷啓二 | 和泉常寛 | 松井忠重 |
| B | 港・ヨコハマ・赤い靴 | 岡田冨美子 | 井上鑑 | ||||
| 1981年9月 | EP | L-1539W | A | ラブ・コントラスト -WEST SIDE & EAST SIDE- | 篠塚満由美 | 水谷公生 | 信田かずお |
| B | タイトロープ | 岡田冨美子 | 和泉常寛 | 井上鑑 | |||
| ポリスター | |||||||
| 1988年5月25日 | EP | D07R-1014 | A | Breathless | 三浦徳子 | 鈴木キサブロー | 大谷和夫 |
| 8cmCD | H10R-30004 | B | Y | 馬場孝幸 | |||
| 1988年11月25日 | EP | D07R-1019 | A | 抱いてあげる[注釈 3] | 三浦徳子 | 佐藤健 | 若草恵 |
| 8cmCD | H10R-30012 | B | 哀しみのヒロイン | 馬場孝幸 | |||