| 栗原 博久 くりはら ひろひさ | |
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| 生年月日 | (1947-03-23)1947年3月23日(78歳) |
| 出生地 | (現・新潟市秋葉区) |
| 出身校 | 新潟大学農学部卒業 |
| 現職 | 社会福祉法人理事長 |
| 所属政党 | (無所属→) (自由民主党→) (日本維新の会→) (自由民主党→) 無所属 |
| 称号 | 旭日中綬章(2017年) |
| 選挙区 | (旧新潟2区→) 新潟4区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 1993年 -2003年 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2023年9月1日 - (現職) |
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栗原 博久(くりはら ひろひさ、1947年3月23日 - )は、日本の政治家。聖籠町議会議員(1期)。衆議院議員(3期)、環境政務次官(小渕内閣・小渕改造内閣)、農林水産副大臣(第1次小泉第2次改造内閣)などを歴任した。
新潟県新津市(現新潟市秋葉区)生まれ。農家の次男であり、新潟県立新津高等学校を経て新潟大学農学部卒業後、新潟県職員となる。その後、自民党衆議院議員であった旗野進一の秘書を務めた。1979年、第35回衆議院議員総選挙の旧新潟2区に無所属で立候補したが落選。以降5回連続で落選したが、1993年の第40回衆議院議員総選挙において初当選した。当選後は自民党に入党。
小選挙区比例代表並立制導入後は新潟4区で2回再選。1999年1月30日、中国・江沢民主席が昭和天皇に贈呈したトキ、オス個体「ヨウヨウ(友友)」メス個体「ヤンヤン(洋洋)」の受取政府代表として訪中。2003年の第43回衆議院議員総選挙では菊田真紀子に敗れ落選。再起を図ろうとしたが、菊田に勝てる見込みが薄いとのことから身を引き、長男で政策秘書・医師の栗原洋志を後継にした。しかし、洋志は第44回衆議院議員総選挙、第45回衆議院議員総選挙で菊田の前に敗れた。その後、第48回衆議院議員総選挙に新潟4区から無所属で立候補の意向を示したが断念し、自民党公認で比例北陸信越ブロック単独で立候補するが落選している[1]。
2012年12月4日、第46回衆議院議員総選挙において新潟4区から日本維新の会公認候補として立候補したが落選し、比例復活もならなかった。2013年7月21日、第23回参議院議員通常選挙に日本維新の会から比例区で立候補したが落選[2]。第47回衆議院議員総選挙の前に自民党に復党し[3]、同選挙には立候補しなかった。
2017年4月29日付の春の叙勲で、旭日中綬章を受章[4]。
2023年7月、同年8月27日に行われる聖籠町議会議員選挙へ立候補を表明[5]。投開票の結果、定数14人に対し立候補者16人中で最下位当選した(220票)[注釈 1][6]。
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| 先代 北村直人 太田豊秋 | 市川一朗と共同 2003年 | 次代 金田英行 市川一朗 |
| 定数4 |
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| 定数3 |
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| ↓、↑:中蒲原郡七谷村における選挙が無効となり、同村のみ再選挙 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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