Hayashiya Botan | |
中陰花菱は林家三平一門の定紋 | |
| 本名 | |
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| 生年月日 | (1980-01-18)1980年1月18日(46歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 林家こん平 |
| 名跡 | 1.林家ぼたん (2002年 - ) |
| 出囃子 | 茶摘 |
| 活動期間 | 2002年 - |
| 配偶者 | あり(2022年8月~) |
| 所属 | 落語協会 |
| 公式サイト | 林家ぼたん Peony |
| 備考 | |
| 静岡県ふじのくに静岡大使(2015年~) 浜松市やらまいか大使(2016年~) | |
林家 ぼたん(はやしや ぼたん、1980年1月18日 - )は、落語協会所属の女流落語家。静岡県浜松市出身。本名∶野崎登司枝。出囃子は『茶摘』。
1998年3月に静岡県立浜松工業高等学校情報技術科を卒業し、4月に日本大学生産工学部数理工学科に入学[1]。在学中は『日本大学経商法落語研究会』に所属しており、同サークルのOBとして柳家喬太郎、六代目春風亭柳朝、金原亭龍馬、春風亭笑好、立川志らべ、吉田ウーロン太、EE男らがいる[2]。
2002年3月に大学を卒業後、林家こん平に入門し5月に横浜にぎわい座で初高座。6月に前座として楽屋入り。
2005年5月、林家たけ平、三遊亭金翔と共に二ツ目昇進。この頃、師匠こん平が多発性硬化症を患う。
2007年に姉弟子だった林家ひらりの廃業後、ひらりが務めていた笑点アシスタントに起用され2023年1月まで出演した。ぼたんの後任は林家あんこ。
2014年、BS日テレの笑点特大号でこん平が発案した都電落語会に出演。こん平が車いすで乗車し、師弟共演を果たす。
2016年林家彦丸、月の家小圓鏡、林家たけ平、台所おさんと共に真打昇進。2月22日に真打昇進披露宴が行われ、3月21日より上野鈴本演芸場を皮切りに披露興行を行った。
2021年より、日本大学大学院総合社会情報研究科文化情報専攻言語教育研究コースに在学[3]、2023年3月修士課程修了、修士(文化情報)。
2022年8月、結婚。2023年4月、第一子誕生[4]。
ノーナ・リーヴス、特にヴォーカル西寺郷太の熱狂的ファン。NHKラジオ第1放送「今夜も大入り!渋谷・極楽亭」や、JFN「石川次郎お楽しみはこれからだ!」にゲスト出演した際も、ノーナ・リーヴスの楽曲をリクエストした。
師匠とは異なり主に古典落語を演じるが、師匠からは「落語は上手い人に教わりに行け。」と言われ殆どネタを教わらなかったとのこと。
中日ドラゴンズのファンで、2012年7月18日の「ウーマンズ落語会」で「野球場風景」という古典落語「相撲風景」のパロティを発表している。また、落語協会草野球チーム「チームR」に所属している。
フィギュアスケート鑑賞が趣味。プルシェンコのファンとなったことがきっかけで、ロシア語を勉強[5]、2015年11月ロシア語能力検定三級に合格。2016年7月よりロシアサンクトペテルブルク露日友好会館で、11月にもサンクトペテルブルク日本領事館公邸にて落語の公演を行った。
所属団体や流派の垣根を超えた女流落語家ユニット「落語ガールズ」に所属している。
師匠の林家こん平の多発性硬化症発症から亡くなるまでの闘病生活においての役割は大きく、こん平が公の場に出る際には、車椅子を押すなどサポート役として付き添うことが弟子の中では多かった。こん平死去時に大師匠である初代林家三平の妻・海老名香葉子がマスコミ向けに発表した追悼文でも、兄弟子の林家うん平と共に名前を挙げて感謝されている[6]。
浅草演芸ホール8月中席で毎年行われる住吉踊り連に所属している。
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| ★司会者 ◆座布団運び ▲コーナーレギュラー ■金曜夜席から継続出演 ◎本家&BS笑点・笑点Jr.両方出演 ☆BS笑点・笑点Jr.司会者 ◇BS笑点・笑点Jr.座布団運び △BS笑点・笑点Jr.コーナーレギュラー □BS笑点から継続出演 数字は世代(x代目)を表す。芸名(氏名)は現在当人が名乗っている表記。 | ||||||||||||||||||||||
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