| 東山公園全体については「東山公園 (名古屋市)」をご覧ください。 |
| 東山動植物園 Higashiyama Zoo and Botanical Gardens | |
|---|---|
| 施設情報 | |
| 正式名称 | 名古屋市東山公園 動植物園[1] |
| 前身 | 名古屋市立鶴舞公園付属動物園 |
| 専門分野 | 総合 |
| 所有者 | 名古屋市 |
| 管理運営 | 名古屋市緑政土木局東山総合公園 |
| 園長 | 茶谷公一(動物園長) 下総勝義(植物園長) |
| 開園 | 1937年(昭和12年)3月 |
| 所在地 | 〒464-0804 愛知県名古屋市千種区東山元町3-70 |
| 位置 | 北緯35度9分16.28秒東経136度58分52.97秒 / 北緯35.1545222度 東経136.9813806度 /35.1545222; 136.9813806座標:北緯35度9分16.28秒東経136度58分52.97秒 / 北緯35.1545222度 東経136.9813806度 /35.1545222; 136.9813806 |
| アクセス | 名古屋市営地下鉄東山線東山公園駅・星ヶ丘駅 |
| 公式サイト | 公式ウェブサイト(日本語) |
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東山動植物園(ひがしやまどうしょくぶつえん)は、愛知県名古屋市千種区東山元町の東山公園内にある市営動植物園。1937年(昭和12年)に開園した。
名古屋市東部の丘陵地にあり、1937年(昭和12年)3月3日に植物園、同24日に動物園が開園した[2]。その後、1968年(昭和43年)に動物園及び植物園を統合して有料公園施設「東山動植物園」となった[2]。
2017年(平成29年)の年間入場者数は、日本国内で上野動物園に次ぐ約240万人となっている[3]。2005年(平成17年)から2009年(平成21年)までの5年間は、北海道の旭山動物園に次ぐ3位だった。2017年(平成29年)現在、飼育種類数は日本一[4]。
1987年(昭和62年)3月、二代目モノレール(跨座式)として「スカイビュートレイン」が開業した[5]。スカイビュートレインが開通する以前には、動物園と植物園との間におとぎ列車や本格的な懸垂式モノレール(東山公園モノレール)が走っていた。このうち後者はサフェージュ式モノレールの実用試験として当園に導入されたものだった。
1890年(明治23年)に、動物商の今泉七五郎により公開された「浪越教育動物植物苑」を起源としている[5]。1917年(大正6年)に名古屋市議会で「動物園建設に関する意見書」が可決され、翌1918年(大正7年)3月20日に今泉が動物を寄付[5]。同年4月1日に鶴舞公園において「名古屋市立鶴舞公園付属動物園」として開園した[5]。
1935年(昭和10年)4月3日に東山公園が開園すると、同年10月30日に名古屋市議会で動物園の移転拡張を可決[5]。1937年(昭和12年)3月3日に東山植物園が先行して開園し、3月24日に東山動物園が開園した[5]。
第二次大戦前には、ゾウ・キリン・ライオン・トラなど700種1,200点という動物数を誇る大動物園となる。戦中、上野動物園や天王寺動物園と同様、空襲によって暴れだしたら問題だということで多くの動物が殺されたり(戦時猛獣処分)、餌不足により餓死するなどし、終戦まで生き延びたのは5種26点(ゾウ2頭、チンパンジー1頭、カンムリヅル2羽、カモ20羽、白鳥1羽[6])だけであった。しかし北王英一園長や千種警察署長の大野佐長などの努力があり、日本国内では唯一ここの2頭のゾウだけが終戦時まで生き延びたため[7](厳密には京都市動物園にも1頭が終戦時には生存していたものの、戦後間もなく死亡した[8]。)戦後になるとゾウを見ようと全国から小中学生団体が詰めかけた(象列車の項目も参照)[9]。
1984年(昭和59年)には、日本で初めてコアラが来日し、コアラ舎には連日の行列ができた[注 1]。
2015年(平成27年)、ニシローランドゴリラ「シャバーニ」が「イケメンゴリラ」として話題になった[10]。

先述のように、東山植物園は1937年(昭和12年)3月3日に開園した[5]。植物園用地は覚王山東一帯の森林地帯で、東区田代町と天白村八事付近のもともと御料林だった場所であり、各地主が名古屋市に寄付した土地である[11]。
東山植物園温室が地元企業の寄付で建設され、開園前の1936年(昭和11年)に前館(鉄骨造)と後館(木造)が竣工した[12]。このうち温室前館は建築面積596m2、東西長さ66.5m、最高高さ12.4mで「東洋一の水晶宮」と称された[12]。
温室前館は日本最初期の本格的な鉄骨造温室建築であるとともに全溶接建築物として建築技術史上高い価値があるとして、2006年(平成18年)に国の重要文化財に指定された[12]。名古屋市は文化庁と協議し、2013年(平成25年)から2020年(令和2年)にかけて開園時に近づけるための保存修理事業を行った[12]。そしてイタリア風洋風庭園と合わせて2021年(令和3年)4月23日より一般公開されている。
温室後館については建て替えのため2025年(令和7年)5月11日に閉鎖となっており、2030年度以降の再オープンを目指している[13]。建て替え前の温室後館の建物は1960年(昭和35年)開設の「ハワイアンハウス」が基になっており、増築により1988年(昭和63年)からは5つの温室で構成されていたが、建て替えにより5室を一体化する[13]。
1996年(平成8年)には「東山植物園の野鳥」が日本の音風景100選に選ばれた。
名古屋市は、松原武久市長時代に「東山動植物園再生プラン」を策定した。のちに市長となった河村たかし市長はこのプランの撤回を表明した[14]。
その後、2010年(平成22年)に「東山動植物園再生プラン新基本計画」が策定され、社会情勢の変化と新たな視点の追加として基本計画の見直しが行われている[5]。
アジアゾウ、コツメカワウソ、インドサイ、マレーバク、アクシスジカ、スマトラトラ、コサンケイ、レッサーパンダなど。

2010年(平成22年)の「東山動植物園再生プラン新基本計画」では「東山動植物園の歴史的資産」として13件を挙げ保全すべき施設等としている[5]。
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