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東京優駿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避3歳ダート三冠の一角として大井競馬場で施行される「東京ダービー (競馬)」とは異なります。
東京優駿(日本ダービー)
Tokyo Yushun(Japanese Derby)[1]
第91回東京優駿(2024年5月26日)
優勝馬:ダノンデサイル 鞍上:横山典弘
開催国日本の旗日本
主催者日本中央競馬会
競馬場東京競馬場
創設1932年(昭和7年)4月24日[2]
2026年の情報
距離芝2400m
格付けGI
賞金1着賞金3億円
出走条件サラ系3歳牡馬牝馬(国際)(指定)
負担重量馬齢(牡57kg、牝55kg)
出典[3][4]
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東京優駿(とうきょうゆうしゅん、:Tōkyō Yūshun)は、日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場で施行する中央競馬重賞競走GI)である。副称の日本ダービー(にっぽんダービー、:Japanese Derby)の名称でも知られる。競馬の祭典とされている[5]。日本国内では単に「ダービー」と言えばこのレースのことを指す。

正賞は内閣総理大臣賞日本馬主協会連合会会長賞、東京馬主協会賞、朝日新聞社賞(騎手賞)[4]

概要

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1932年昭和7年)にイギリスの「ダービーステークス」を範として、4歳 (現3歳)馬の競走として「東京優駿大競走」の名称にて目黒競馬場にて創設[6]。後に創設された皐月賞菊花賞とともに「三冠競走」を構成する。4歳 (現3歳)牝馬による桜花賞優駿牝馬(オークス)を含めて「クラシック競走」とも総称される。

第3回より施行場を現・東京競馬場(府中)に変更して以降、開催地・距離ともに変更されておらず[6]、三冠競走の一冠目にあたる皐月賞が中山競馬場での開催に定着後も東京競馬場で代替開催された例が数例あるのに対し、二冠目にあたる同競走は2025年現在、代替開催等により開催地が変更された事は一度もない[注 1]。本競走を優勝することは、日本の競馬に関わるすべての関係者(ホースマン)が憧れる、最高の栄誉の1つである[6]。距離は第1回から2400mである。

一般的には副称の「日本ダービー」が知られている。この「ダービー (Derby)」は1780年にイギリスでダービーステークスを創設した第12代ダービー卿のエドワード・スミス・スタンレーに由来[6]し、現在は「競馬の祭典」として競馬ファン以外にも広く知れ渡っている[6]

1973年(昭和48年)までは日本国内の最高賞金競走だった[注 2]2025年現在はジャパンカップ有馬記念に次ぐ賞金額である[7][8][9][3]

詳細

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名称

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1950年より「日本ダービー」の副称が付けられている[6][注 3]

東京日日新聞毎日新聞の前身)や読売新聞では1932年(昭和7年)の第1回から日本ダービーの名称が使われている[10]。1932年4月25日の東京日日新聞3面では記事見出しで『日本ダービー 晴れの駿馬十九頭』と書き、読売新聞では1932年以降の記事見出しで日本ダービーの呼称を多く使っている。一方、朝日新聞では1949年までは記事見出しには日本ダービーの呼称は使っていない[11]

JRAが配布するレーシングプログラム競馬新聞などでは1950年(昭和25年)以降、重賞回次を示す場合は副称に冠して「東京優駿(第〜回日本ダービー)」の形で、また重賞回次なしの場合は「東京優駿(日本ダービー)」と表記している[12]

騎手賞として優勝旗を提供している朝日新聞東京本社は、終戦直後には当時全く無かった寄贈賞を出して「朝日杯日本ダービー」とすることも検討していたと言われているが、競馬施行者の農林省(現・農林水産省畜産局により却下され、朝日盃3歳ステークス朝日チャレンジカップの2つの新設重賞に朝日の冠を付けること、および菊花賞と本競走の優勝騎手に社賞を授与することで折り合った。農林省は、国営競馬最高のレースに特定企業の冠を付けることを嫌ったためだと言われている。

→詳細は「朝日杯フューチュリティステークス § 歴史」、および「チャレンジカップ (中央競馬) § 概要」を参照

位置付け

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本競走は「最も運のある馬が勝つ」と称されるが[13]、この評は日本ダービーのモデルとなったイギリスのダービーステークスに対して言われていたものである[14]。しかし、1992年以降に出走可能頭数が18頭と定められるまでは参加競走馬が20頭を超えることも珍しくなく、枠番によっては走行距離に極端な差が生まれてしまうことから、理屈の通った言葉であるとして当時の東京優駿を語る際に言及されることもある[15]。また、現代においては、日本の競馬界における本競走の価値を前提として、競走馬の生涯で一度しか出走できない大舞台であるという理由から使用されるケースもある[16]

日本の競馬における本競走の位置づけは特別で、創設期には国内に比肩のない大競走であり、その後競走体系の整備が進むにつれて「二大競走」「五大競走」「八大競走」等と称されてきたが、常にその中核をなし国内での最高賞金競走となっていた。後に創設されたジャパンカップに国内最高賞金は譲ったが、2026年令和8年)現在は日本ではジャパンカップ、有馬記念に次いで3番目の高額賞金競走である[注 4]。競走の格付も1984年(昭和59年)のグレード制導入当初から最高の「GI」に格付けされたが、専ら外国の馬[注 5]に対する出走制限を理由に国際統一規格に基づく格付から外れ、格付表記も国内ローカル扱いの「JpnI」と改められた[注 6]。その後、2010年(平成22年)から外国調教馬も出走可能な国際競走となったことで正式に国際格付が認められ、格付表記も「GI」に戻された。

そのため「ダービーに始まりダービーで終わる」とも言われており、当競走が終了した6月第1週からはさっそく2歳馬による新馬戦(メイクデビュー)が開催される[注 7]

有馬記念と共に、当日はすべてのエクセルフロアにおいて通常時より利用料金が高い特別料金を設定している。

国際的評価

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世界の競馬開催国は、平地競走については国際セリ名簿基準書においてパートIからパートIIIまでランク分けされており[注 8]、2016年時点で日本は平地競走が最上位のパートIにランク付けされている[17]

また、各国の主要な競走は国際的な統一判断基準で評価されており、競馬の競走における距離別の区分法として定着しているSMILE区分によると、東京優駿は「Long (2101m - 2700m)」に分類される。国際競馬統括機関連盟 (IFHA)が毎年公表している年間レースレーティング[注 9]に基づく「世界のトップ100GIレース」によると、東京優駿 は2016年に皐月賞と並んで3歳限定競走カテゴリーにおける世界1位(全体24位)[18][1]に、2019年にはコモンウェルスカップと並んで同カテゴリーにおける世界1位(全体32位)[19][20]に位置付けられている。

開催時期

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戦前の第1-6回は4月下旬に開催されていたが、第7回以後は概ね、当レースのモデルとなったイギリスのダービーに倣い5月下旬か6月初めに行われており、1957年から1995年までは原則として5月の最終日曜日1996年から1999年は6月の第1日曜日に行われており、2000年以後は5月最終土曜日の翌日(=5月26日から6月1日までのうち日曜日に当たる日)に施行日が設定されている。

但し、第34回(1967年)と第35回(1968年)は東京競馬場の改修工事の実施に伴い、1967年は5月14日に繰り上げ、1968年は7月7日に繰り下げ、また第38回(1971年)は4月に起きた厩務員ストライキによる休催があった関係で6月13日に、第39回(1972年)は馬インフルエンザによる東日本地区の長期休催の関係もあり7月9日[注 10]にそれぞれ繰り下げて開催されており、これらの場合でも東京競馬場で一貫して行われている[注 1]

競走条件

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以下の内容は、2026年現在[4]のもの。

出走資格:サラ系3歳牡馬・牝馬(出走可能頭数:最大18頭)

  • JRA所属馬
  • 地方競馬所属馬(後述)
  • 外国調教馬(優先出走)

負担重量:馬齢(牡馬57kg、牝馬55kg)

  • 第1回は別定重量。第2 - 8回は牡55kg、牝53kg。第9 - 13回は牡57kg、牝55.5kg[2]

未出走馬および未勝利馬(「競馬番組一般事項 I 定義 4.出走条件(5)未勝利競走」に該当する収得賞金が算出できない馬[21][注 11])は出走できない[注 12]

出馬投票を行った馬のうち優先出走権のある馬から優先して割り当て、その他の馬は通算収得賞金が多い順に出走できる。なお、出馬投票の結果同順位の馬が多数おり出走可能頭数を超過した場合は、抽選で出走馬を決める[27]

優先出走権

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出馬投票を行った外国馬は、優先出走できる[27][28]

JRA所属馬は同年に行われる下表の競走で所定の成績を収めた馬に、優先出走権が与えられる[27]

競走名競馬場距離必要な着順
皐月賞GI日本の旗中山競馬場芝2000m5着以内
青葉賞
(ダービートライアル)
GII日本の旗東京競馬場芝2400m2着以内
プリンシパルステークス
(ダービートライアル)
L日本の旗東京競馬場芝2000m1着馬

前述の未出走馬および未勝利馬の場合、上記の表中の青葉賞で2着以内となった場合と、プリンシパルステークスで1着となった場合は、出走が認められる[27][注 13]。地方競馬所属馬は上記のトライアル競走で所定の成績を収めた馬、および京都新聞杯の2着以内馬に優先出走権が与えられ[6][27][30]NHKマイルカップの2着以内馬、またはJRAで行われる芝の3歳重賞競走優勝馬も出走申し込みが可能となっている[30]

その他の前哨戦

優先出走権の付与はされないが、以下のレースも本競走に繋がるレースとなっている。

競走名競馬場距離
京都新聞杯GII日本の旗京都競馬場芝2200m

賞金

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2026年の1着賞金は3億円で、以下2着1億2000万円、3着7500万円、4着4500万円、5着3000万円[4]

1着賞金の3億円は、ジャパンカップ、有馬記念の5億円に次いで、日本の競馬では大阪杯、天皇賞(春・秋)、宝塚記念と並んで3番目の高額賞金競走である[3][注 14]。優勝騎手 (JRA所属騎手に限る)には2015年に新設されたワールドオールスタージョッキーズ[注 15]への優先出場権が与えられる[33][34][35]

歴史

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1932年の第1回東京優駿大競走 (右・ワカタカ 左・オオツカヤマ)

大正時代中期より産馬業者から東京競馬倶楽部会長の安田伊左衛門に対し「イギリスのクラシック競走であるダービーステークスのような高額賞金の大競走を設けて馬産の奨励をしてほしい」という意見があり、予てからの自身の構想と合致すると考えた安田は[注 16]馬産の衰退を食い止める手段としてイギリスのエプソム競馬場のダービーステークスを範し、

  1. 4歳(現3歳)牡馬・牝馬の最高の能力試験であること。
  2. 競走距離が2400m、又は2400mに限りなく近いこと。
  3. (開催国で催される競馬の)最高の賞金額を設定すること。
  4. 2歳(現1歳)秋から4回の出走登録を出走資格の条件とすること。
  5. 負担重量は馬齢重量とすること。
  6. 施行時期は原則的に春季とすること。
  7. 以上1から6を満たす競走は国内において本競走のみとすること。

という7つの原則のもと、4歳(現3歳)牡馬・牝馬限定の「東京優駿大競走」を創設することを1930年(昭和5年)4月24日に発表[36]、初回登録は同年10月に行われ、牡92頭・牝76頭の計168頭が登録。第1回は1932年(昭和7年)4月24日に目黒競馬場 (東京競馬場の前身)の芝2400mで施行された。第1回の競走の模様は発走前の下見所の様子から本馬場入場、表彰式に至るまで全国へラジオ中継された[37]

優勝馬の賞金は1万円[注 17]、副賞として1500円相当の金杯のほか付加賞13530円が与えられ合計で2万5000円ほどとなった[37]。従来の国内最高の賞金が連合二哩の6000円であったから賞金の額も飛び抜けて破格であり、折からの好景気も相まって幼駒の取引価格が跳ね上がった。

また、それまで日本国内では競走馬の年齢を出走資格に定めた競走の開催は限定的[注 18]であり2歳 (現1歳)からの定期的な登録を要件とする本競走の創設によって国内における競走馬の生産、育成、競走と種馬 (牡牝とも)選抜のサイクルに初めて明確な指針が与えられた。

年表

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  • 1932年 - 4歳 (現3歳)牡馬・牝馬による「東京優駿大競走」を創設、目黒競馬場の芝2400mで施行[38][6]
  • 1933年 - 負担重量を定量 (牡馬55kg・牝馬53kg)に変更。
  • 1934年 - 施行場を東京競馬場の芝2400mに変更[6]
  • 1938年 - 名称を「東京優駿競走」に変更[6]
  • 1940年 - 負担重量を牡馬57kg・牝馬55.5kgに変更[39]
  • 1944年 -能力検定競走として施行 (馬券発売なし)[40]
  • 1945年 -太平洋戦争の影響により中止。
  • 1947年 - 戦後初の東京優駿競走を再開。牝馬の負担重量を55kgに変更[41]
  • 1948年 - 名称を「優駿競走」に変更[42]
  • 1950年 - 名称を「東京優駿競走」に変更、以降は競走名の後に (日本ダービー)がつく[6][12]
  • 1960年 - 出走可能頭数を33頭に設定する[43]。(これ以前は出走頭数の制限はなかった)
  • 1964年 - 名称を「東京優駿 (日本ダービー)」に変更[6]
  • 1966年 - 出走可能頭数を28頭に変更する[43]
  • 1984年 -グレード制導入、GI[注 19]に格付け。
  • 1986年 - 出走可能頭数を24頭に変更する[43]
  • 1990年 - 出走可能頭数を22頭に変更する[43]
  • 1991年 - 出走可能頭数を20頭に変更する[43]
  • 1992年 - 出走可能頭数を18頭に変更する[43]
  • 1993年 - 「皇太子殿下御成婚奉祝」の副称をつけて施行[2]
  • 1995年 -指定交流競走となり、地方競馬所属馬も出走が可能になる[2]
  • 2001年 -外国産馬が最大2頭まで出走可能となる[44]
  • 2007年 - 格付表記をJpnIに変更[45]皇太子徳仁親王が東京競馬場に来場し、本競走を台覧[46]
  • 2010年
    • 国際競走に指定され、外国調教馬・外国産馬を合わせて最大9頭まで出走可能となる[47]
    • 格付表記をGI (国際格付)に変更[47]
  • 2014年 - 皇太子徳仁親王が東京競馬場に来場し、本競走を台覧[48]
  • 2020年 -新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の感染拡大防止のため「無観客競馬」として実施[49]
  • 2024年 - 負担重量を馬齢表記に変更。

歴代優勝馬

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レース結果を記入する際は、なるべく信頼できる出典の記載をお願いいたします

優勝馬の馬齢は、2000年以前も現行表記で揃えている。

コース種別の記載がない距離は、芝コースを表す。

競走名は第6回まで「東京優駿大競走」、第7回 - 第14回は「東京優駿 (第13回のみ能力検定競走として施行)」、第15回・第16回は「優駿競走」、第17回 - 第30回は「東京優駿競走」 (「日本ダービー」の副称を付ける)、第31回より「東京優駿 (日本ダービー)」[6]

回次開催日競馬場距離優勝馬性齢タイム優勝騎手管理調教師馬主単勝オッズ単勝人気1着本賞金
第1回1932年4月24日目黒2400mワカタカ牡32:45.+25函館孫作東原玉造乾鼎一1.951[50]1万円
第2回1933年4月23日目黒2400mカブトヤマ牡32:41.+05大久保房松前川道平 3
第3回1934年4月22日東京2400mフレーモア牡32:45.+05大久保亀治尾形景造土田荘助1
第4回1935年4月29日東京2400mガヴアナー牡32:42.+15井川為男布施季三高橋錬逸2
第5回1936年4月29日東京2400mトクマサ牡32:42.+15伊藤正四郎尾形景造山中清兵衛5
第6回1937年4月29日東京2400mヒサトモ牝32:33.+35中島時一宮崎信太郎4
第7回1938年5月29日東京2400mスゲヌマ牡32:33.+25中村広千明賢治2
第8回1939年5月28日東京2400mクモハタ牡32:36.+15阿部正太郎田中和一郎加藤雄策8
第9回1940年6月2日東京2400mイエリユウ牡32:34.+25末吉清石門虎吉石田一4
第10回1941年5月18日東京2400mセントライト牡32:40.+15小西喜蔵田中和一郎加藤雄策2
第11回1942年5月24日東京2400mミナミホマレ牡32:33.+05佐藤邦雄東原玉造池得次2
第12回1943年6月6日東京2400mクリフジ牝32:31.+45前田長吉[注 20]尾形景造栗林友二1
第13回1944年6月18日東京2400mカイソウ牡32:39.+15橋本輝雄久保田金造有松鉄三1万5000円
第14回1947年6月8日東京2400mマツミドリ牡32:35.+05田中康三茂木為二郎松末博光310万円
第15回1948年6月6日東京2400mミハルオー牡32:33.+25新屋幸吉上村大治郎石川了吉130万円
第16回1949年6月5日東京2400mタチカゼ牡32:33.+45近藤武夫伊藤勝吉熊谷八郎[52]1960万円
第17回1950年6月11日東京2400mクモノハナ牡32:44.+25橋本輝雄鈴木勝太郎北竹清剛4.81
第18回1951年6月3日東京2400mトキノミノル牡32:31.+15岩下密政田中和一郎永田雅一 1100万円
第19回1952年5月25日東京2400mクリノハナ牡32:31.+45八木沢勝美尾形藤吉栗林友二3
第20回1953年5月24日東京2400mボストニアン牡32:34.+35蛯名武五郎増本勇岡本治一1
第21回1954年5月23日東京2400mゴールデンウエーブ牡32:34.+45岩下密政藤本冨良川俣欣也12200万円
第22回1955年5月29日東京2400mオートキツ牡32:36.+35二本柳俊夫大久保房松川口鷲太郎10
第23回1956年6月3日東京2400mハクチカラ牡32:36.+15保田隆芳尾形藤吉西博10.1[53]3
第24回1957年5月26日東京2400mヒカルメイジ牡32:31.+05蛯名武五郎藤本冨良新田松江2.11
第25回1958年5月25日東京2400mダイゴホマレ牡32:31.+15伊藤竹男久保田金造醍醐幸右衛門4.92
第26回1959年5月24日東京2400mコマツヒカリ牡32:38.+15古山良司大久保房松小松重雄13.43300万円
第27回1960年5月29日東京2400mコダマ牡32:30.7栗田勝武田文吾伊藤由五郎2.51500万円
第28回1961年5月28日東京2400mハクシヨウ牡32:30.2保田隆芳尾形藤吉西博4.71700万円
第29回1962年5月27日東京2400mフエアーウイン牡32:31.2高橋英夫松山吉三郎溝本儀三男20.66
第30回1963年5月26日東京2400mメイズイ牡32:28.7森安重勝尾形藤吉千明康2.41800万円
第31回1964年5月31日東京2400mシンザン牡32:28.8栗田勝武田文吾橋元幸吉2.71900万円
第32回1965年5月30日東京2400mキーストン牡32:37.5山本正司松田由太郎伊藤由五郎10.221000万円
第33回1966年5月29日東京2400mテイトオー牡32:31.1清水久雄増本勇北村平三郎40.312
第34回1967年5月14日東京2400mアサデンコウ牡32:30.9増沢末夫藤本冨良手塚栄一13.551300万円
第35回1968年7月7日東京2400mタニノハローモア牡32:31.1宮本悳戸山為夫谷水信夫53.691800万円
第36回1969年5月25日東京2400mダイシンボルガード牡32:35.1大崎昭一柴田寛高橋金次18.862000万円
第37回1970年5月24日東京2400mタニノムーティエ牡32:30.0安田伊佐夫島崎宏谷水信夫4.022300万円
第38回1971年6月13日東京2400mヒカルイマイ牡32:31.6田島良保谷八郎鞆岡達雄7.922800万円
第39回1972年7月9日東京2400mロングエース牡32:28.6武邦彦松田由太郎中井長一6.313300万円
第40回1973年5月27日東京2400mタケホープ牡32:27.8嶋田功稲葉幸夫近藤たけ69.293600万円
第41回1974年5月26日東京2400mコーネルランサー牡32:27.4中島啓之勝又忠久保谷唯三9.324000万円
第42回1975年5月25日東京2400mカブラヤオー牡32:28.0菅原泰夫茂木為二郎加藤よし子3.214600万円
第43回1976年5月30日東京2400mクライムカイザー牡32:27.6加賀武見佐藤嘉秋(有)三登20.545000万円
第44回1977年5月29日東京2400mラッキールーラ牡32:28.7伊藤正徳尾形藤吉吉原貞敏95200万円
第45回1978年5月28日東京2400mサクラショウリ牡32:27.8小島太久保田彦之(株)さくらコマース6.025500万円
第46回1979年5月27日東京2400mカツラノハイセイコ牡32:27.3松本善登庄野穂積(株)桂土地5.71
第47回1980年5月25日東京2400mオペックホース牡32:27.8郷原洋行佐藤勇(株)ホース産業9.126000万円
第48回1981年5月31日東京2400mカツトップエース牡32:28.5大崎昭一菊池一雄勝本正男9.036500万円
第49回1982年5月30日東京2400mバンブーアトラス牡32:26.5岩元市三布施正竹田辰一24.977000万円
第50回1983年5月29日東京2400mミスターシービー牡32:29.5吉永正人松山康久千明牧場2.517200万円
GIに格付け
第51回1984年5月27日東京2400mシンボリルドルフ牡32:29.3岡部幸雄野平祐二シンボリ牧場1.717500万円
第52回1985年5月26日東京2400mシリウスシンボリ牡32:31.0加藤和宏二本柳俊夫和田共弘5.517800万円
第53回1986年5月25日東京2400mダイナガリバー牡32:28.9増沢末夫松山吉三郎(有)社台レースホース6.638000万円
第54回1987年5月31日東京2400mメリーナイス牡32:27.8根本康広橋本輝雄浦房子12.648500万円
第55回1988年5月29日東京2400mサクラチヨノオー牡32:26.3小島太境勝太郎(株)さくらコマース9.439500万円
第56回1989年5月28日東京2400mウィナーズサークル牡32:28.8郷原洋行松山康久栗山博7.331億300万円
第57回1990年5月27日東京2400mアイネスフウジン牡32:25.3中野栄治加藤修甫小林正明5.331億1000万円
第58回1991年5月26日東京2400mトウカイテイオー牡32:25.9安田隆行松元省一内村正則1.611億2000万円
第59回1992年5月31日東京2400mミホノブルボン牡32:27.8小島貞博戸山為夫(有)ミホノインターナショナル2.311億3000万円
第60回1993年5月30日東京2400mウイニングチケット牡32:25.5柴田政人伊藤雄二太田美實3.61
第61回1994年5月29日東京2400mナリタブライアン牡32:25.7南井克巳大久保正陽山路秀則1.21
第62回1995年5月28日東京2400mタヤスツヨシ牡32:27.3小島貞博鶴留明雄横瀬寛一3.111億3200万円
第63回1996年6月2日東京2400mフサイチコンコルド牡32:26.1藤田伸二小林稔関口房朗27.67
第64回1997年6月1日東京2400mサニーブライアン牡32:25.9大西直宏中尾銑治宮崎守保13.66
第65回1998年6月7日東京2400mスペシャルウィーク牡32:25.8武豊白井寿昭臼田浩義2.01
第66回1999年6月6日東京2400mアドマイヤベガ牡32:25.3武豊橋田満近藤利一3.92
第67回2000年5月28日東京2400mアグネスフライト牡32:26.2河内洋長浜博之渡辺孝男5.13
第68回2001年5月27日東京2400mジャングルポケット牡32:27.0角田晃一渡辺栄齊藤四方司2.311億5000万円
第69回2002年5月26日東京2400mタニノギムレット牡32:26.2武豊松田国英谷水雄三2.61
第70回2003年6月1日東京2400mネオユニヴァース牡32:28.5M.デムーロ瀬戸口勉(有)社台レースホース2.61
第71回2004年5月30日東京2400mキングカメハメハ牡32:23.3安藤勝己松田国英金子真人2.61
第72回2005年5月29日東京2400mディープインパクト牡32:23.3武豊池江泰郎金子真人1.11
第73回2006年5月28日東京2400mメイショウサムソン牡32:27.9石橋守瀬戸口勉松本好雄3.81
第74回2007年5月27日東京2400mウオッカ牝32:24.5四位洋文角居勝彦谷水雄三10.53
第75回2008年6月1日東京2400mディープスカイ牡32:26.7四位洋文昆貢深見敏男3.61
第76回2009年5月31日東京2400mロジユニヴァース牡32:33.7横山典弘萩原清久米田正明7.72
国際GIに格付け
第77回2010年5月30日東京2400mエイシンフラッシュ牡32:26.9内田博幸藤原英昭平井豊光31.971億5000万円
第78回2011年5月29日東京2400mオルフェーヴル牡32:30.5池添謙一池江泰寿(有)サンデーレーシング3.01
第79回2012年5月27日東京2400mディープブリランテ牡32:23.8岩田康誠矢作芳人(有)サンデーレーシング8.53
第80回2013年5月26日東京2400mキズナ牡32:24.3武豊佐々木晶三前田晋二2.912億円
第81回2014年6月1日東京2400mワンアンドオンリー牡32:24.6横山典弘橋口弘次郎前田幸治5.63
第82回2015年5月31日東京2400mドゥラメンテ牡32:23.2M.デムーロ堀宣行(有)サンデーレーシング1.91
第83回2016年5月29日東京2400mマカヒキ牡32:24.0川田将雅友道康夫(株)金子真人ホールディングス4.03
第84回2017年5月28日東京2400mレイデオロ牡32:26.9C.ルメール藤沢和雄(有)キャロットファーム5.32
第85回2018年5月27日東京2400mワグネリアン牡32:23.6福永祐一友道康夫(株)金子真人ホールディングス12.55
第86回2019年5月26日東京2400mロジャーバローズ牡32:22.6浜中俊角居勝彦猪熊広次93.112
第87回2020年5月31日東京2400mコントレイル牡32:24.1福永祐一矢作芳人前田晋二1.41
第88回2021年5月30日東京2400mシャフリヤール牡32:22.5福永祐一藤原英昭(有)サンデーレーシング11.74
第89回2022年5月29日東京2400mドウデュース牡32:21.9武豊友道康夫(株)キーファーズ4.23
第90回2023年5月28日東京2400mタスティエーラ牡32:25.2D.レーン堀宣行(有)キャロットファーム8.343億円
第91回2024年5月26日東京2400mダノンデサイル牡32:24.3横山典弘安田翔伍(株)ダノックス46.69
第92回2025年6月1日東京2400mクロワデュノール牡32:23.7北村友一斉藤崇史(有)サンデーレーシング2.11

東京優駿の記録

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  • レースレコードタイム -ドウデュース(第89回、2分21秒9)[54][55]
  • 最多勝利調教師 - 8勝
    ※同一調教師の連覇は2024年現在未達成である。
  • 最多勝利騎手 - 6勝
    • 武豊(第65回・第66回・第69回・第72回・第80回・第89回)
  • 同一騎手の最多連覇記録 - 2連覇(過去3名)
  • 最多優勝馬主 - 5勝
    • (有)サンデーレーシング(第78回・第79回・第82回・第88回・第92回)
  • 最多勝利種牡馬 - 7勝
  • 最年少勝利騎手 -前田長吉(第12回・20歳3カ月17日)
  • 最年長勝利騎手 -横山典弘(第91回・56歳3ヶ月4日)
  • 初騎乗初勝利騎手 -M.デムーロ(第70回)
  • 親子制覇
    • カブトヤマ - マツミドリ
    • ミナミホマレ - ゴールデンウエーブ・ダイゴホマレ
    • シンボリルドルフ - トウカイテイオー
    • タニノギムレット - ウオッカ
    • ネオユニヴァース - ロジユニヴァース
    • ディープインパクト - ディープブリランテ・キズナ・マカヒキ・ワグネリアン・ロジャーバローズ・コントレイル・シャフリヤール
    • キングカメハメハ - ドゥラメンテ・レイデオロ

[注 22][注 23]

[注 24]

  • 騎手・調教師の両方で優勝
    • 大久保房松(第2回(調騎兼業)、第22回・第26回)、中島時一(第6回(調騎兼業))、中村広(第7回(調騎兼業))、橋本輝雄(第13回・第17回、第54回)

脚注

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[脚注の使い方]

注釈

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  1. ^abダービー開催をできる限り東京競馬場で開催できるようにするため、大規模な改築・改修工事が行われても、開催時期をずらすなどの処置を取っているためで、2002年から2003年の長期にわたる走路改修を伴う大規模改修工事は東京優駿の開催時期を避けて実施されている。また同様の工事が行われた1968年、並びに馬インフルエンザの全国的な伝播を理由に、1972年の開催も7月に変更されているが、この時も本来のこの時期の開催地・福島競馬場ではなく、東京競馬場で行われたため、開催地の変更には至っていない。なお、これは戦後、東京競馬場での開催に移された後の優駿牝馬も同様である。また同様にグレード制導入以前より開催地が一度も変わらずに行われているG1競走は当レースと有馬記念のみである。
  2. ^1961年(昭和36年)の主要大レースの1着賞金は東京優駿が700万円、天皇賞・有馬記念・菊花賞が500万円、皐月賞優駿牝馬が400万円、桜花賞中山大障害が300万円、宝塚記念が200万円、安田記念が150万円。その他の重賞は100万円前後であった。
  3. ^公式な名称には付されていないものの1932年(昭和7年)の設立当初より「日本ダービー」と呼ばれ、後述のラジオ中継でも終始「日本ダービー」と称されている。
  4. ^3歳馬限定の競走に限れば、国内最高額の賞金である。
  5. ^時期によって異なるが日本国外で種付され日本国内で出産された馬(持ち込み馬)、日本国外で生産された馬(外国産馬)、日本国外で調教された馬(外国馬)が制限の対象となってきた。
  6. ^国内グレードとしては引き続き最高格を維持した。
  7. ^ただし年度により開始時期が6月中旬の函館あるいは札幌で先行的に始め、福島以西の本州の競馬場での開催は新潟・小倉が開幕する7月以後になってからであったり、6月中旬の福島以西のローカル開催時期に始めたりと時期は流動的だった時代もある。
  8. ^障害競走については一括してパートIVに分類される
  9. ^年間レースレーティングは、個々のレースにおける上位4頭のレーティングを年度末のランキング会議で決定した数値に置き換え算出した平均値。なお、牝馬限定競走以外のレースで、対象馬が牝馬の場合はアローワンスが加算される (日本の場合+4ポンド)。
  10. ^当初ダービーが予定された5月28日には中山競馬場で皐月賞が行われた。
  11. ^両者は0勝馬のことでもあるが、0勝馬のうち『競馬番組一般事項 I 定義 4.出走条件(3)収得賞金 イ 獲得賞金(二) - (六)』に該当する馬は、0勝馬でも未出走馬および未勝利馬とはならない[22]
  12. ^未出走馬および未勝利馬がダービーに出走したことはある。ただし、その馬は“地方競馬から移籍した中央競馬で未出走馬および未勝利馬”であり、1984年(昭和59年)のグレード制導入(トライアルの青葉賞がOP特別として創設された年)後以降では2頭が該当、1989年(平成元年)アオミキャップ[23][24]および1998年(平成10年)ミヤシロブルボン[25][26]である。なお、地方から中央への移籍馬は、『競馬番組一般事項 I 定義 4.出走条件(3)収得賞金 イ 獲得賞金(三)』に該当していれば、その馬は未出走馬および未勝利馬とはならない(前者は地方で6戦6勝後に移籍、その後毎日杯2着で獲得賞金を加算している[23][24]。後者は8戦6勝で中央に移籍、中央初出走がダービーだった[25][26])。
  13. ^青葉賞は創設(創設時はOP特別。1994年にGIIIに格上げ)から2009年までは3着以内(一時期2着以内の時期あり)、1996年に創設されたプリンシパルステークスも同年まで2着以内に優先出走権が与えられていたが[29]、未出走馬および未勝利馬は青葉賞2着以内、プリンシパルステークス1着と規定されている[29]
  14. ^地方競馬で施行する競走では、JBCクラシック (JpnI)、東京大賞典 (GI)の1着賞金1億円が最高額である[31][32]
  15. ^2020年、2021年はコロナ禍のため取り止め。
  16. ^安田は明治の競馬創設期より日本ダービー開催の構想を抱いており1923年(大正12年)の競馬法発布の頃から本競走の開催を企図したが、当時は国内の有力な競走馬生産牧場が宮内省の下総御料牧場と三菱財閥の小岩井農場に限られており他の民間の有力牧場が育つまで時期を待っていた。
  17. ^1932年の銀行員の大卒初任給で70円ぐらいであった
  18. ^「新馬」と「古馬」の区別は馬齢ではなく出走経験の有無に拠っていた。
  19. ^当時の格付表記は、JRAの独自グレード。
  20. ^優勝時の年齢が20歳3ヶ月で、2014年時点では最年少の優勝騎手である[51]
  21. ^グレード制導入後は友道康夫(第83回・第85回・第89回)の3勝
  22. ^騎手では中島時一 - 中島啓之、伊藤正四郎 - 伊藤正徳、武邦彦 - 武豊も達成している
  23. ^調教師では松山吉三郎 - 松山康久、池江泰郎 - 池江泰寿も達成している
  24. ^調教師では久保田彦之・久保田金造も達成している

出典

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  3. ^abc重賞競走一覧【グレード別】”. 日本中央競馬会. 2025年11月29日閲覧。
  4. ^abcd2025年第2回東京競馬番組 (第7 - 12日)” (PDF). 日本中央競馬会. 2025年5月5日閲覧。
  5. ^ダービー開催の東京競馬場が開門 直後に「開門ダッシュ」も 入場者数は最大7万人の見込み”. 日刊スポーツ (2022年5月29日). 2022年5月29日閲覧。
  6. ^abcdefghijklm歴史・コース:東京優駿 (日本ダービー) 今週の注目レース”. 日本中央競馬会. 2025年5月5日閲覧。
  7. ^平成27年度重賞競走一覧” (PDF). 日本中央競馬会. 2016年7月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月4日閲覧。
  8. ^平成28年度重賞競走一覧” (PDF). 日本中央競馬会. 2021年5月4日閲覧。
  9. ^平成29年度重賞競走一覧” (PDF). 日本中央競馬会. 2021年5月4日閲覧。
  10. ^東京優駿 2023年2月4日閲覧
  11. ^東京日日新聞昭和7年4月25日3面、読売新聞データベースヨミダス、朝日新聞データベース聞蔵IIなど
  12. ^ab日本ダービー70年史』 38頁
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  14. ^The History of the St. Leger”. The Winners Enclosure. 2024年10月18日閲覧。
  15. ^【日本ダービー予想】有名な格言「最も運のある馬が勝つのがダービー」という時代はついに終焉”. netkeiba. 2023年9月21日閲覧。
  16. ^【日本ダービー みどころ】生涯一度だけのドラマ 主役になる馬は”. テレビ東京 (2021年5月30日). 2025年5月5日閲覧。
  17. ^INTERNATIONAL GRADING AND RACE PLANNING ADVISORY COMMITTEE "INTERNATIONAL CATALOGUING STANDARDS and INTERNATIONAL STATISTICS 2025"” (PDF). The Jockey Club Information Systems, Inc.. p. 87. 2025年5月5日閲覧。
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  23. ^ab芹沢邦雄 山本正範 編「蔵出し⑲ 1989年 平成元年」『蔵出しMagazine 丸ごと日本ダービー』 2001年6月5日号、発行人 渡辺秀茂、産業経済新聞社〈競馬エイト創刊30周年記念シリーズ〉、2001年5月7日、90 - 91頁。 
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  25. ^ab芹沢邦雄 山本正範 編「蔵出し28 1998年 平成12年」『蔵出しMagazine 丸ごと日本ダービー』 2001年6月5日号、発行人 渡辺秀茂、産業経済新聞社〈競馬エイト創刊30周年記念シリーズ〉、2001年5月7日、144 - 145頁。 
  26. ^ab芹沢邦雄 山本正範 編「第65回 1989年 平成10年」『日本ダービー80年史』 2013年7月3日号、発行人 渡辺秀茂、産業経済新聞社〈Gallop臨時増刊〉、2013年6月3日、176 - 177頁。 
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  57. ^日本ダービー70年史』 70頁

各回競走結果の出典

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参考文献

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関連項目

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外部リンク

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ウィキメディア・コモンズには、東京優駿 (日本ダービー)に関連するカテゴリがあります。
GI
平地
障害
GII
平地
障害
GIII
平地
障害
正式に認定されていた八大競走
八大競走と同格として扱われる場合があった競走
関連項目
競馬三冠
アメリカ合衆国
サラブレッド牡馬
サラブレッド牝馬
繋駕速歩ペース
繋駕速歩トロット
イギリス
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サラブレッド牝馬
アイルランド
サラブレッド牡馬
サラブレッド牝馬
フランス
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サラブレッド牝馬
ドイツ
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サラブレッド牝馬
カナダ
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サラブレッド牝馬
オーストラリア
サラブレッド牡馬
日本
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サラブレッド牝馬
サラブレッドダート
南アフリカ
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サラブレッド牝馬
アルゼンチン
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サラブレッド牡馬
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