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村野藤吾

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(2017年1月)
村野藤吾
美術出版社発行「国際建築1954年4月号」より
生誕村野 藤吉
1891年5月15日
佐賀県東松浦郡満島村
(現:唐津市東唐津町
死没 (1984-11-26)1984年11月26日(93歳没)
兵庫県宝塚市清荒神
国籍日本の旗日本
出身校早稲田大学
職業建築家
受賞文化勲章
日本芸術院賞
日本建築学会賞
所属村野・森建築事務所
建築物世界平和記念聖堂
日生劇場
宝塚市庁舎
大阪新歌舞伎座
横浜市庁舎
京都都ホテル佳水園
早稲田大学文学部校舎
日本生命日比谷ビル
宝塚カトリック教会
兵庫県立近代美術館(現兵庫県立美術館 原田の森ギャラリー
日本ルーテル神学大学
箱根プリンスホテル
新高輪プリンスホテル
デザインモダニズム建築
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村野 藤吾(むらの とうご、1891年明治25年)5月15日 -1984年昭和59年)11月26日)は、日本建築家[1]日本建築家協会会長、イギリス王立建築学会名誉会員、アメリカ建築家協会名誉会員。

略歴

[編集]

佐賀県東松浦郡満島村(現・唐津市[1]で代々船問屋を営む家の一男第三子として生まれた。生後すぐから12歳頃まで乳母の元に預けられ、その後両親の住む福岡県遠賀郡八幡村北九州市八幡東区 )で育った。

1910年、小倉工業学校(現小倉工業高校)機械科を卒業後、八幡製鐵所に入社。1911年から2年間にわたる従軍中、学問に興味を持ち、東京京橋の石材屋に弟と下宿する。1913年早稲田大学大学部理工科電気工学科に入学。しかし、自分には向かないと考え、1915年、同大建築学科へ転学。27歳で卒業した。

1918年渡辺節建築事務所に入所。日本興業銀行本店、ダイビル本館、綿業会館等の設計に携わった。渡辺からは、建築に費用を惜しまないことが客を呼び、ひいては施主の利益になることを叩き込まれる。1929年、渡辺節建築事務所を退所し、村野建築事務所開設。日中戦争・第二次世界大戦中は実作の機会は少なく、不遇の時期を過ごすも経済学に関心を深め、戦時中からカール・マルクス資本論を愛読するようになった[2]

1949年、村野・森建築事務所に改称。1955年日本芸術院会員。1967年文化勲章受章。日本芸術院賞、日本建築学会賞など受賞多数。

1955年完成の八幡図書館(2016年解体)では鉱滓を混ぜたレンガ、1958年完成の八幡市民会館では鉄さびを連想させる赤い色調のタイルを使用しており、鉄の街で育った村野の感性によるものと評価されている[3]

代表作の一つ、日生劇場1963年築)は花崗岩で仕上げた古典主義的な外観やアコヤ貝を使った幻想的な内部空間などが、当時の主流であったモダニズム建築の立場から「反動的」といった批判も受けた。1968年からは迎賓館本館(旧赤坂離宮)の改修も手がけた。また、村野は和風建築の設計にも手腕を発揮し、戦後の数寄屋建築の傑作として知られる佳水園なども設計した。

宝塚市清荒神に居住し大阪を拠点に創作活動を行い、建築批評界では丹下健三とよく比較された。90歳を超えても創作意欲は落ちず、死の前日まで仕事をしていた。

2005年宇部市渡辺翁記念会館1937年築)が村野の作品として初めて国の重要文化財に指定された。翌2006年世界平和記念聖堂1953年築)が、丹下健三の広島平和記念資料館1955年築)とともに、戦後建築としては初めて重要文化財(建造物)に指定された。

2024年は村野藤吾の没後40年にあたり、八ヶ岳美術館にて建築展「建築家 村野藤吾と八ヶ岳美術館」が4月1日から開催された[4]

受賞・栄典

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作品

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名称所在地状態指定備考
にほんきりすときようたんみなみお/日本基督教団南大阪教会塔屋1928年27大阪市阿倍野区
あやめいけおんせんは/あやめ池温泉場1929年29奈良県奈良市現存せず
もりこしょうてんとうきよう/森五商店東京支店1931年13東京都中央区近三ビルヂング
たいまるしやかんのいえ/大丸神戸店員寄宿舎・同舎監の家1931年28兵庫県神戸市現存せず
おうみはんふみかめこうしよう/近江帆布三瓶工場1931年38愛媛県西予市現存せず
おおさかはんしよん/大阪パンション1932年27大阪市西成区現存せず
かのうこうとうきんこう/加能合同銀行本店1932年17石川県金沢市北國銀行武蔵ヶ辻支店
なかしましようてんひる/中島商店1932年17石川県金沢市
きやはれあかたま/キャバレー赤玉1933年27大阪市中央区現存せず
なかやまえつろうてい/中山悦郎邸1934年28兵庫県芦屋市
といつふんかけんきゆうしよ/ドイツ文化研究所1934年26京都市左京区現存せず
なかやませいこうしよしむしよ/中山製鋼所事務所1935年27大阪市大正区一部現存現・中山製鋼所総合管理センター
そこうひやつかてん/そごう大阪店1935年27大阪市中央区現存せず
なかむらけんたろうほうりつけいさいしむしよ/中村健太郎法律経済事務所1936年27大阪市中央区現・中村健法律事務所
たいまるこうへみせ/大丸神戸店1936年28兵庫県神戸市現存せず
たにぐちひよういん/谷口病院1936年27大阪府現存せず
きんてつきゆうほんしやおく/近鉄本社旧社屋1936年27大阪市天王寺区現存せず
うへしわたなへおうきねんかん/宇部市渡辺翁記念会館1937年35山口県宇部市重要文化財
えいさんほてる/叡山ホテル1937年26京都市左京区現存せず海軍将校倶楽部(鈴鹿市)に移築後、志摩観光ホテル東館(現・The Club)に再度移築
おおさかしようせんたかさこまる/大阪商船高砂丸1937年現存せず
おおさかしようせんうきしままる/大阪商船浮島丸1937年現存せず
おおしようむらやくは/大庄村役場1938年28兵庫県尼崎市登録有形文化財尼崎市立大庄公民館
うへきんこうほんてん/宇部銀行本店1939年35山口県宇部市旧宇部銀行館
おおさかしようせんあるせんちなまる/大阪商船あるぜんちな丸1939年現存せず
おおさかしようせんぶらしるまる/大阪商船ぶら志゛る丸1939年現存せず
かしはらしんくうえき/橿原神宮駅舎1940年29奈良県橿原市橿原神宮前駅
なかやま/中山半邸1940年28兵庫県神戸市現存せず
なかはし/中橋武一邸1940年27大阪市天王寺区現存せず
おおさかしようせんほうこくまる/大阪商船報国丸1940年現存せず
なかはやしにちろうてい/中林仁一郎1941年26京都市東山区現存せず
やはたせいてつしょろるかこうこうじょう/八幡製鉄所ロール加工工場[5]1941年40福岡県北九州市戸畑区
うへちつそこうしようしむしよ/宇部窒素工業事務所1942年35山口県宇部市現・宇部興産宇部ケミカル工場事務所
むらのしてい/村野自邸1942年28兵庫県宝塚市現存せず
おおさかしようせんここくまる/大阪商船護国丸1942年現存せず
かいくんしようこうくらふ/海軍将校倶楽部1943年24三重県鈴鹿市現存せず叡山ホテルを移築。その後志摩観光ホテル 東館(現・The Club)に再度移築
そこうなんはてん/そごう難波店1946年27大阪市中央区現存せず
まきのやまのいえ/牧野山の家1946年25滋賀県高島市現存せず
しよくひにちはそこうあへのてん/食品市場そごう阿倍野店1947年27大阪市阿倍野区現存せず
かんこうほてるまるえいまるえい/観光ホテル丸栄・丸栄ピカデリー劇場1949年23愛知県名古屋市現存せず
こうらくかいかん/公楽会館1949年26京都市下京区現存せず
きんきえいかあほろけきしよう/近畿映画アポロ劇場1950年27大阪市阿倍野区現存せず跡地にアポロビルを建設
やまとやしきひやつかてん/やまとやしき百貨店1951年28兵庫県姫路市現存せずヤマトヤシキ姫路店、1951年1975年
しまかんこうほてる/志摩観光ホテル1951年-24三重県志摩市東館1951年、西館1960年、本館1969年、
宴会棟1983年
たかしまやひやかてんそうちく/髙島屋東京店増築1952年13東京都中央区重要文化財
うへこうさんちゅおうけんきゅうしよ/宇部興産中央研究所1952年35山口県宇部市
まるえいひやかてんそうちく/丸栄本館増築1953年23愛知県名古屋市現存せず2018年解体
ふしかわかろう/ フジカワ画廊1953年27大阪市中央区現 フジカワビル
なんときんこう/南都銀行本店増築1953年29奈良県奈良市
せかいへいわきねんせいとう/世界平和記念聖堂1954年34広島市中区重要文化財
かんさいたいかくたいいちかくしやかんふんかん/関西大学 第一学舎・簡文館1955年27大阪府吹田市登録有形文化財関西大学博物館
やわたしりつとしょかん/八幡市立図書館1955年40福岡県北九州市現存せず2016年解体[3]
とうとん/ドウトン1955年27大阪市中央区現コムラードドウトンビル
しんさいはしふらんたん/心斎橋プランタン1956年27大阪市中央区現存せず
こうへしんふんかいかん/神戸新聞会館1956年28兵庫県神戸市現存せず阪神淡路大震災で倒壊
とみたや/ 富田屋1957年26京都市右京区当初の建設地の大阪市南区から移築された。現 湯豆腐 嵯峨野
よみうりかいかん/読売会館1957年13東京都千代田区ビックカメラ有楽町店本館
とうきようまるふつひやかてん/東京丸物1957年13東京都豊島区現・池袋パルコ
しんかふきさ/新歌舞伎座1958年27大阪市中央区現存せず2015年解体。跡地に意匠を継承させた複合施設 ホテルロイヤルクラシック大阪を建設[6]
やわたしみんかいかん/八幡市民会館1958年40福岡県北九州市
よなこしこうかいとう/米子市公会堂1958年31鳥取県米子市
よこはましちようしや/旧横浜市庁舎1959年14神奈川県横浜市
かすいえん/佳水園1959年26京都市東山区ウェスティン都ホテル京都 和風別館
こくらしみんかいかん/小倉市民会館1959年40福岡県北九州市現存せず
せんしゆうきんこうほんてん/泉州銀行本店1959年27大阪府岸和田市現・池田泉州銀行泉州営業部
たかきさんきようひる/ 高木産業ビル1959年27大阪市中央区
ゆしゅつせんいかいかん/輸出繊維会館1960年27大阪市中央区
みやこほてるしんかん/都ホテル新館1960年26京都市東山区現・ウェスティン都ホテル京都・本館
こうほくくそうこうちようしや/港北区総合庁舎1960年14神奈川県横浜市現・横浜市立港北図書館[7]
あまかさきしちようしや/尼崎市庁舎1962年28兵庫県尼崎市
かんさいたいかくとくへつこうとう/関西大学 特別講堂1962年27大阪府吹田市現・関西大学KUシンフォニーホール
わせたたいかくふんかくふ/ 早稲田大学文学部校舎1962年13東京都新宿区33号館は現存せず、31・32号館は現存
もりたひるてぃんく/ 森田ビルディング1962年27大阪市中央区
しんうめかえひる/ 新梅ヶ枝ビル1962年27大阪市北区現・第一住建梅ヶ枝ビル
にほんせいめいひひやひる/日本生命日比谷ビル1963年13東京都千代田区日生劇場
くまもとしすいとうきよく/熊本市水道局1963年43熊本県熊本市現存せず
こうちけんちじこうてい/高知県知事公邸1963年39高知県高知市
うめたかんきとう/梅田換気塔1963年27大阪市北区
よこはましりつたいかく/横浜市立大学1963年14神奈川県横浜市
なこやみやこほてる/名古屋都ホテル1963年23愛知県名古屋市現存せず
かんせいたいかくえんしんかん/関西大学円神館1964年27大阪府吹田市
こうなんしよしたいかく/甲南女子大学1964年28兵庫県神戸市登録有形文化財
せんりみなみせんたひる/ 千里南センタービル1964年27大阪府吹田市現存せず
さえきいさむてい/佐伯勇1964年29奈良県奈良市現・松伯美術館の一部[注釈 1]
なにわくみほんしやひる/浪花組本社ビル1964年27大阪市中央区
かとりつくたからつかきようかい/ カトリック宝塚教会1965年28兵庫県宝塚市
ちよたせいめいほしやひる/千代田生命保険本社ビル1966年13東京都目黒区現・目黒区総合庁舎
きよはらとうきようしてん/ 清原東京支店1967年13東京都千代田区
おおさかひるちんくやえすくち/ 大阪ビルヂング(八重洲口)1967年13東京都中央区現・八重洲ダイビル
こうなんしよしたいかく/甲南女子中学校・高等学校1968年兵庫県神戸市登録有形文化財
さくらいし/桜井寺1968年29奈良県五條市
しとかいにしのみやせいほしゆうとういん/ シトー会西宮の聖母修道院
(西宮トラピスチヌ修道院)
1969年28兵庫県西宮市
きんてつしんほんしゃひる/近畿日本鉄道新本社ビル1969年27大阪市天王寺区
かしこじまえきえきしゃ/賢島駅駅舎1970年24三重県志摩市
にほんしんかくるてるたいかく/日本ルーテル神学大学1970年13東京都三鷹市現・ルーテル学院大学
ひようこけんりつきんたいひしゆつかん/ 兵庫県立近代美術館1970年28兵庫県神戸市現・兵庫県立美術館 原田の森ギャラリー
ていこくほてるちやしつ/帝国ホテル茶室 - 東光庵1970年13東京都千代田区
ていこくほてるちやしつ/ 黒田電気本社ビル1970年大阪府大阪市現存せず
はこねしゆもくえんきゆうけいしよ/ 箱根樹木園休息所1971年14神奈川県箱根町
きたきゆうすゆうやわたしにょうきんこ/ 北九州八幡信用金庫本店1971年40福岡県北九州市福岡ひびき信用金庫本店[3]
あべのあほろ/アポロビル1972年27大阪市阿倍野区旧・アポロ劇場の建て替え
たかなわふりんすほてるきひんかん/高輪プリンスホテル貴賓館 改修1972年13東京都港区竹田宮
けいひんかんかいしゆう/迎賓館本館 改修1974年13東京都港区旧 赤坂離宮
にほんこうきようきんこうほんてん/日本興業銀行本店1974年13東京都千代田区現存せずみずほ銀行前本店ビル
にしやまおうきねんかん/西山記念会館1975年28兵庫県神戸市現存せず
こもろしりつこやまけいそうひしゆつかん/小諸市立小山敬三美術館1975年20長野県小諸市
しんみやこほてる/新・都ホテル1975年26京都市南区現・都ホテル 京都八条本館
こうしまちたいひる/ 麹町ダイビル1976年13東京都千代田区
ひたちのみやてい/常陸宮1976年13東京都渋谷区
はこねふりんすほてる/箱根プリンスホテル1978年14神奈川県箱根町現・ザ・プリンス箱根芦ノ湖、2010年日本建築家協会25年賞
せんりしみんせんた/ 千里市民センター1978年27大阪府吹田市現存せず
みやこほてるとうきよう/都ホテル東京1979年13東京都港区現・シェラトン都ホテル東京(内装のみ[注釈 2]
しようしゆそう/ 松寿荘1979年13東京都港区現存せず出光興産ゲストハウス
やつかたけひしゆつかん/八ヶ岳美術館1979年20長野県原村2010年日本建築家協会25年賞
たからつかしちようしや/宝塚市庁舎1980年28兵庫県宝塚市
なんぶびるてぃんく/ 南部ビルディング1980年13東京都千代田区
くろたてんきなごやししや/ 黒田電機名古屋支社1981年23愛知県名古屋市
しんたかなわふりんすほてる/ 新高輪プリンスホテル1982年13東京都港区現・グランドプリンスホテル新高輪
たにむらひしゆつかん/ 谷村美術館1983年15新潟県糸魚川市
うへこうさんひる/宇部興産ビル1983年35山口県宇部市ANAクラウンプラザホテル宇部
うちさいわいちようおおさかびるちんく/ 内幸町大阪ビルヂング1983年13東京都千代田区現・内幸町ダイビル
みやこほてるおおさか/ 都ホテル大阪1985年27大阪市天王寺区現・シェラトン都ホテル大阪
きようとたからかいけふりんすほてる/京都宝ヶ池プリンスホテル1986年26京都市左京区現・ザ・プリンス 京都宝ヶ池
さんようそうしんかん/ 三養荘新館1988年22静岡県伊豆の国市
てんしゆえんめいそうかん/天寿園 瞑想館1988年15新潟県新潟市
あへのはしたみなるひる/阿部野橋ターミナルビル1988年27大阪市阿倍野区[注釈 3]
横浜プリンスホテル1990年14神奈川県横浜市現存せず
主な作品・外観画像
そごう大阪店 1935
そごう大阪店 1935
橿原神宮駅舎 1940
橿原神宮駅舎 1940
丸栄本店 1953
丸栄本店 1953
広島世界平和記念聖堂 1953
広島世界平和記念聖堂 1953
読売会館 1957
読売会館 1957
新歌舞伎座 1958
新歌舞伎座 1958
横浜市庁舎 1959
横浜市庁舎 1959
ウェスティン都ホテル・本館 1960
ウェスティン都ホテル・本館 1960
日生劇場 1963
日生劇場 1963
目黒区総合庁舎(旧千代田生命保険本社) 1966
目黒区総合庁舎(旧千代田生命保険本社) 1966
旧兵庫県立近代美術館 1970
旧兵庫県立近代美術館 1970
西山記念会館 1975
西山記念会館 1975
麹町ダイビル 1976
麹町ダイビル 1976
宝塚市庁舎 1980
宝塚市庁舎 1980
シェラトン都ホテル大阪 1985
シェラトン都ホテル大阪 1985
宇部興産ビル 1983
宇部興産ビル 1983
ザ・プリンス 京都宝ヶ池(旧京都宝ヶ池プリンスホテル) 1986
ザ・プリンス 京都宝ヶ池(旧京都宝ヶ池プリンスホテル) 1986
天寿園 瞑想館 1988
天寿園 瞑想館 1988
横浜プリンスホテル 1990
横浜プリンスホテル 1990
泉州銀行本店 1959
泉州銀行本店 1959

著作

[編集]
  • 『村野藤吾著作集』 全1巻、神子久忠編、鹿島出版会(新版)、2008年 - 元版は同朋舎、1991年
  • 『様式の上にあれ 村野藤吾著作選』 鹿島出版会〈SD選書〉、2008年 - 上記より代表論文12編を抜粋
  • 『村野藤吾 建築をつくる者の心』 大阪府「なにわ塾叢書」ブレーンセンター、2011年 - 元版は1981年10月(晩年の講演録)
  • 『村野藤吾和風建築集』新建築社、1978年 - 生前・没後とも同社で関連著作多く出版

関連文献

[編集]
  • 『村野藤吾建築案内』村野藤吾研究会編、TOTO出版、2009年 - 135作品を撮影掲載し、一部地図も付す。
  • 『ある日の村野藤吾』村野敦子編、六耀社、2008年 - 編者は孫で写真家、作品を撮影、日記と手紙を収む。
  • 『村野藤吾の建築 昭和・戦前』長谷川堯、鹿島出版会、2011年 - 戦前の代表作を、図面や写真を克明に読み解き、細部に至るまで検討した村野研究の集大成。
  • 『匠たちの名旅館平田雅哉吉村順三・村野藤吾』稲葉なおと(集英社インターナショナル、2013年)- 村野藤吾に設計を依頼した建築主たちを訪ね、人間像を浮き彫りにしたノンフィクション
  • 『村野藤吾の建築 模型が語る豊饒な世界』(松隈洋監修、青幻舎、2015年)
  • 『村野藤吾の住宅デザイン 図面資料に見るその世界』(国書刊行会、2013年)- 各・京都工芸繊維大学美術工芸資料館・村野藤吾の設計研究会編・松隈洋ほか監修
  • 『村野藤吾のファサードデザイン 図面資料に見るその世界』(国書刊行会、2015年)
  • 『村野藤吾とクライアント 「近鉄」の建築と図面資料』(国書刊行会 2017年)- 村野の一大クライアントであった近畿日本鉄道近鉄グループが関係する建築物と図面を紹介している
  • 『村野藤吾のリノベーション 図面資料に見るその作法と精神』(国書刊行会、2021年)
  • 『村野藤吾と俵田明 革新の建築家と実業家』堀雅昭(弦書房、2021年)

参考文献

[編集]
  • 堀勇良『日本近代建築人名総覧』中央公論新社、2021年。 増補版2022年

脚注

[編集]
[脚注の使い方]

注釈

[編集]
  1. ^新設された展示棟も村野・森建築事務所の設計。
  2. ^建物そのものはミノル・ヤマサキの設計。
  3. ^隣接する旧館(久野節設計、戦後の改装・増築は村野自身が携わっている)のシーザー・ペリ設計の超高層ビル「あべのハルカス」への建て替えに合わせた改装によりあべのハルカス近鉄本店ウイング館となった。村野の設計した面影はないが構造物は現存している。

出典

[編集]
  1. ^ab日本近代建築人名総覧 2021.
  2. ^月刊近代建築2007年1号p.32~35
  3. ^abc村野作品なくなる?名建築の行方注目 北九州・福岡ひびき信金本店西日本新聞 2020年10月18日閲覧
  4. ^没後40年建築展「建築家 村野藤吾と八ヶ岳美術館」
  5. ^村野藤吾の「幻の工場」、八幡製鉄所で発見 今も稼働中”. 2017年1月9日閲覧。
  6. ^“激戦区・大阪に久々のシティホテル ホテルロイヤルクラシック大阪”. トラベルニュースat. (2020年1月9日). https://www.travelnews.co.jp/column/alacarte/20200109090020.html 2024年5月12日閲覧。 
  7. ^“日本を代表する建築家の作だった「港北図書館」、65年を経て村野氏関与の新資料”. 横浜日吉新聞 (一般社団法人地域インターネット新聞社). (2025年4月7日). https://hiyosi.net/2025/04/07/library2025/ 2025年4月16日閲覧。 

関連項目

[編集]
ウィキメディア・コモンズには、村野藤吾に関連するカテゴリがあります。

外部リンク

[編集]
日本建築学会賞大賞受賞者
受賞者
日本建築学会賞作品賞受賞者
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
日本芸術院賞および恩賜賞受賞者
 
恩賜賞
1950年から1977年
 
第一部(美術)
1942年から1975年
1976年から2000年
2001年から2025年
 
第二部(文芸)
1942年から1975年
1976年から2000年
2001年から2025年
 
第三部(音楽・演劇・舞踊)
1942年から1975年
1976年から2000年
2001年から2025年
太字恩賜賞受賞者。雅号、筆名、芸名等は受賞時のものによる。表記揺れによる混乱を避けるため、漢字は便宜上新字体に統一する。
全般
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学術データベース
その他
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