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木の実ナナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
画像提供依頼:本人の顔の画像提供をお願いします。2025年1月
きのみ なな
木の実 ナナ
本名池田 鞠子(いけだ まりこ)
生年月日 (1946-07-11)1946年7月11日(79歳)
出生地日本の旗日本東京都向島区寺島町(現墨田区東向島
身長160 cm
血液型B型
職業女優・歌手
活動期間1962年 -
活動内容テレビドラマ、映画、舞台など
配偶者独身
著名な家族木の実まこ(妹)
事務所ダンカンミュージック
公式サイトnanakinomi.com
主な作品
テレビドラマ
混浴露天風呂連続殺人』シリーズ
『霊感を売る女たち』
『霊感を呼ぶ女たち』
万引きGメン・二階堂雪』シリーズ
温泉名物女将!湯の町事件簿』シリーズ
『震える手』
『デパ地下の女』シリーズ
ドクター・ヨシカの犯罪カルテ』シリーズ
映画
男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく
汚れた英雄
もっともあぶない刑事

『おまえさん』
『うぬぼれワルツ』
『居酒屋』
『NANA』
『紅ほおずき』「あぶない刑事」
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木の実 ナナ(きのみ ナナ、本名:池田 鞠子(いけだ まりこ)[1]1946年昭和21年〉7月11日 - )は、日本女優歌手である。東京都向島区寺島町(現在の墨田区東向島)出身[1]。所属事務所はダンカンミュージック。身長160cm。B85cm、W59cm、H86cm[2]城西高等学校中退[3]

来歴

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父はトランペット奏者[4]、母は踊り子[4]。父が19歳、母が20歳の時に生まれた。体が弱く、3歳まで歩けなかった[5]。その後、身体を鍛えるために5歳からバレエを始めると直ぐにのめり込み、ダンサーに憧れを持つ。花柳界の中で育ったため[4]芸者が夏の時期に浴衣手桶を持って銭湯に行く姿を見て、「カッコイイナー」と思い[4]、大きくなったら絶対に芸者になろうと決心していた[4]

中学3年生16歳[4]の時に渡辺プロダクション主催の新人オーディションがジャズ喫茶「新宿ACB」で開催され、友人の付き添いで参加[4]。受験する友人は緊張の余り固まってしまい、困った司会者より「じゃあ! 君が代わりに唄って!」と指名され、堂々とした唄いっぷりもあって優勝した。その後、猛反対する父親を「絶対に半端なことはやりません」などと説き伏せ[4]、芸能界入りした。このため30歳過ぎても親に仕事の話をすることはなかったという[4]。この頃にザ・ドリフターズの専属歌手として唄っていたこともあるという[6]

デビュー曲は「東京キカンボ娘」(1962年8月10日菊村紀彦作詞・作曲)[2]。「木の実ナナ」の芸名は、この時に菊村によってつけられた。漢字、ひらがな、カタカナの三つがそろった名前は、菊村が「歌だけでなく、踊りも芝居もできる人になってほしい」という思いを込めたものだという[7]。「着の身着のまま」が芸名の由来という説は、自身が否定している[注釈 1][7]

1962年、音楽番組『ホイホイ・ミュージック・スクール』(日本テレビ)でテレビデビュー[4]。当時、この番組のイメージにより「ホイホイ娘」と呼ばれていた。当時は歌番組も少なく[4]、歌って踊れる木の実は貴重な存在だった[4]。「(1978年のインタビューで)芸能界も変ったなと思いますね。今は楽になったわね。私の新人のころときたら、楽屋の真ん中に座るな、スタジオの中で男と話をするなとか、いつも怒られてばかりよ。昔を思い出すと辛いけど、プラスにはなっています」などと話している[4]。人気アイドルがテレビ局を飛び回り、寝る時間もないというエピソードは、70年代以降の話だという[4]。1967年には「ミニ・ミニ・ロック」[8]という曲が小ヒットし人気を集めたものの番組終了と同時に低迷、前座歌手をする日々が続く。ヒット曲になかなか恵まれず、心機一転として1970年に本場のショー・ビジネスを学ぼうと決意し渡米する。

1973年、帰国後に劇団四季のミュージカルに自ら応募し、同年『アプローズ』に出演する。これがヒット作となり、自身も高い評価を受けて舞台女優としての地位を確立した。この時に主演を務めた越路吹雪とは、共演を機にプライベートでも親しく付き合うようになり、多大な影響を受けたという。以後、多数のミュージカルに出演するようになった。

1974年から始まった、細川俊之との歌と踊りとしゃれた会話でつづる二人芝居『ショーガール』は16作品、公演数547回、観客動員数は60万人を超す大ヒットとなる。1975年、芸術選奨新人賞受賞。1976年、紀伊國屋演劇賞受賞。

1975年、小沢昭一主宰の劇団「芸能座」の旗揚げ公演『清水次郎長伝・伝』に参加する(次郎長の妻・お蝶役)。小沢、加藤武山口崇山谷初男猪俣光世、音楽担当の神津善行薗田憲一とデキシーキングス、座付き作者の永六輔らと共に旅興行に出る(飯塚・嘉穂劇場など)[9]

1977年頃、西田敏行武田鉄矢と共に、バラエティー番組『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』に出演し、コントを披露する。また、1982年の五木ひろしとのデュエット曲「居酒屋」は大ヒットを記録した。

1992年、自伝エッセイ『下町のショーガール―ナナの愛と喝采の日々』が、NHKTVにて『六畳一間一家六人』の題名でドラマ化(全11回)し、自らも主人公の母親役で出演。

2015年、舞台『南阿佐ヶ谷の母』の沖縄公演終了後の10月24日に左大腿骨を骨折する。11月3日からの紀伊國屋ホールの公演では、演出を変更して車いすで出演した[10][11]

人物

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  • 墨田区立寺島中学校卒業、城西高等学校中退。
  • 出身地付近は鳩の街と呼ばれた歓楽街だった。幼少期は、彫りの深い独特の顔立ちから混血児に間違えられ、いじめられた経験がある。
  • 読売新聞1978年9月3日付のインタビューでは「好きな男性のタイプは高倉健さん(木の実は年上でも年下でも相手をさんづけで呼ぶ[4])。あと最近出演した『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』の山田洋次監督さんも理想の人物。もし山田さんが離婚したら、『結婚して!』と胸にすがりつくかも」と物騒なことを言っていた[4]。将来の目標は「杉村春子さん、水谷八重子さん、尾上松緑さん、長谷川一夫さん、越路吹雪さんを、ミキサーに入れて出てきたのが私でありたいの。杉村さんは普段はとてもやさしくて、文学座のボスという感じがしないの。でも、私がその年になったら、今の杉村さんより芸で上でなければいけないと考えるの。すると勉強が足りない……。そう考えると夢があって楽しいわ」などと話していた[4]
  • 万引きGメン・二階堂雪』で共演していたあき竹城とは仲が良い(2人で旅行に行くほどで、脚本家に「もっとあきちゃんとの場を増やして」とお願いしたこともある)。また、角替和枝とも親交があった。
  • 1992年頃、更年期うつ病を発症した。現在は医師の治療と周囲のサポートにより、回復している。2000年にはシオノギ製薬の新聞広告で「私は、バリバリの「鬱」です」というキャッチコピーを擁した広告に登場したことがある[12]
  • 趣味はスキューバダイビング
  • 芸能界有数のディズニーグッズマニアであり、楽屋や部屋はディズニーグッズで埋め尽くされている。2002年2月12日に『笑っていいとも!』のコーナー「テレフォンショッキング」に出演した際、花束と一緒に1つミッキーのぬいぐるみが置かれていたが、その時「あ〜! 可愛い〜!!」と大興奮し、司会のタモリを驚かせたことがある。
  • 10歳以上年の離れた実妹も1975年16歳のときに木の実まこ[注釈 2]という芸名で歌手デビューし[13]シングルレコード1枚を残している。キャッチフレーズは「都会の中で、学校の中で、すれ違った時に、どこか気になる女の子です」[13]。1980年代になってライオンの生理用品のCMで共演している。身長162cm。B80cm、W58cm、H83cm(16歳時)[13]
  • TBSラジオのヘビーリスナーである。
  • 混浴露天風呂連続殺人」シリーズで共演した古谷一行が2022年8月23日に亡くなり、訃報が同年9月2日に発表されたときは、ショックを受け泣き崩れたという。後に、NEWSポストセブンで最後の手紙としてしたためた。
  • あぶない刑事」シリーズでは松村優子役でレギュラー出演し、1986年放送開始のテレビ1作目から2016年公開の映画「さらば あぶない刑事」まで出演していたが、2024年5月公開の映画「帰ってきた あぶない刑事」には出演せず、本人曰く「前作で卒業という形になってます。いい形でおわれました。」と語っている。

受賞

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出演

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テレビドラマ

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映画

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舞台

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吹き替え

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テレビ番組

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CM

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ディスコグラフィ

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シングル

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発売日タイトル作詞作曲編曲規格規格品番
キングレコード
1962年8月10日A東京キカンボ娘菊村紀彦森岡賢一郎EPE-1002
Bかわいいキューピー池すすむ森岡賢一郎
1962年11月10日A子象の行進駿河あきらヘンリー・マンシーニ森岡賢一郎EB-7155
Bホイ・ホイ・ルック音羽たかし森岡賢一郎
1963年3月20日Aポッ・ポッ・ポパイ菊村紀彦津々美洋EB-7189
Bマンハッタン・スキャンダル
1963年5月20日A太陽の下の18才ルチアーノ・サルチェ

訳詞:あらかは・ひろし

エンニオ・モリコーネ津々美洋EB-7212
B日曜日の恋人
1963年7月20日Aサタデイ・ナイトジョン・メドラ

デイビット・ホワイト

訳詞:あらかは・ひろし

ジョン・メドラ

デイビット・ホワイト

東海林修EB-7222
B悪口はやめて
1963年10月10日Aジュディー・ジュディーモルト・シューマン

ドク・ポーマス

訳詞:あらかは・ひろし

モルト・シューマン

ドク・ポーマス

東海林修EB-7240
Bテル・ミー・ママ
1963年Aママとパパのテレビダニエル・アダムス・レイ

バレリー・マーター

訳詞:漣健児

ダニエル・アダムス・レイ

バレリー・マーター

東海林修EB-7262
Bお部屋でナイト
1964年3月Aティーンエイジ・クレオパトラビバリー・ロス

訳詞:漣健児

ビバリー・ロス東海林修EB-7254
Bアイスクリーム・ジョー訳詞:ヒライワ・タカシ
1964年3月10日Aサミーのマーチジャック・フィッシュマン

訳詞:漣健児

トリストラム・キャリー東海林修BS-7022
B涙の24時間
1964年9月10日A野のユリジェリー・ゴールドスミス

訳詞:ヒライワ・タカシ

ジェリー・ゴールドスミス東海林修BS-7043
Bうつろなハート
1964年11月20日A涙をこらえて森岡賢一郎BS-7061
Bからかわないで
1965年3月A三つの夢訳詞:七野洋太BS-7081
Bラ・ラ・ラ・ラ
1965年4月20日A太陽の海訳詞:七野洋太BS-7088
B若草の恋
1965年7月20日AすてきなジェシカBS-7108
B二人だけの秘密
1965年A指先のキッスBS-7118
Bカナダの小屋
1966年1月10日Aギッチラ舟唄矢野亮川上英一BS-359
Bリンゴ慕情白石十四男
1966年7月20日A涙ギラギラ橋本淳しらいそうや森岡賢一郎BS-465
B愛はひとりぼっちすぎやまこういち津々美洋
1966年12月1日A貴方でいっぱい橋本淳津々美洋BS-544
B一人で歩きたい矢野亮吉田矢健治
1967年5月1日A真赤なブーツ橋本淳筒美京平BS-639
B愛のひき潮井上忠夫
1967年7月1日Aミニ・ミニ・ロック島村葉二Hans Bradtke

Heinz Gietz

大沢保郎BS-7166
B恋のかたみ橋本淳筒美京平
1967年11月20日A恋は宝橋本淳鈴木邦彦BS-744
B20才の恋鈴木邦彦森岡賢一郎
1969年1月20日Aしかたがないんだもん世志凡太森岡賢一郎BS-945
Bこの世の果てまで
ワーナーブラザーズ・レコード
1971年4月25日A悲しい道 = Lili Marleenハンス・ライプ

訳詞:安井かずみ

ノルバート・シュルツェ宮川泰EPL-1020W
Bセクシカ山上路夫クニ河内
1971年9月25日A愛の週末山口あかり田辺信一森岡賢一郎L-1053W
B自由にあこがれて門間裕木森敏之
PLAYBOY
1976年Aおまえさん阿久悠丹羽応樹あかのたちおEPPB-501
B洒落
1977年A愛人(アマン)阿木燿子宇崎竜童川上了PB-601
B居酒屋
1977年12月A紅ほおずき喜多条忠丹羽応樹あかのたちおPB-604
Bグッド・バイクニ河内
TRIO
1978年7月7日Aうぬぼれワルツ門谷憲二西島三重子大村雅朗EP3B-134
B遊びなれてる人みたいに矢玉四郎丹羽応樹
徳間ジャパン・BOURBON
1980年5月1日A砂の城五輪真弓船山基紀EPBMA-1039
B夢織り人門谷憲二西島三重子
1980年10月1日Aダンシング・ママ竜真知子亀井登志夫松任谷正隆BMA-1052
Bオープン・チケット三浦徳子鈴木キサブロー鈴木茂
1981年A夜のパントマイム三浦徳子亀井登志夫松任谷正隆BMA-2002
BMR.HALF MOONマノン・レスコー柳ジョージ
1981年A愛してごめんなさいなかにし礼鈴木キサブロー羽田健太郎BMA-2013
B人生哲学橋本淳なかにし礼
1983年10月A水中花阿久悠井上忠夫小六禮次郎BMA-2043
Bうぬぼれワルツ門谷憲二西島三重子
1984年A美しき女(ひと)三浦徳子沢田研二チト河内BMA-2048
B自由の女神が化粧落として鈴木キサブロー松任谷正隆
東芝EMI
1992年5月20日1東京ウキウキ天国ブギ康珍化coba8cmCDTODT-2838
2マイ・ブルー・ヘヴン

コラボレーション

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発売日コラボ相手タイトル作詞作曲編曲規格規格品番
キングレコード
1963年7月1日榎本健一Aおじいちゃまハイ前田武彦広瀬健次郎EPDT-1

DT-2

B出かけて 出あって = Comin’ Thru' The Rye訳:門馬直衛
1967年飯野おさみ[注釈 3]A最高なのさ白井一郎すぎやまこういち森岡賢一郎BS-862
Bサマー・アフタヌーン橋本淳すぎやまこういち
1969年9月Aメケメケ波止場訳:なかにし礼Becaud森岡賢一郎BS-1038
Bピロピロ天国
徳間ジャパン・BOURBON
1982年10月25日五木ひろしA居酒屋阿久悠大野克夫EPBMA-2029
-B帰郷なかにし礼馬飼野康二羽田健太郎
ワーナー・パイオニア
1989年9月25日小林幸子Aメランコリック・ママ荒木とよひさ中村泰士高田弘EP06L7-4109
B男なんて青い鳥
ソニー
1993年8月21日森公美子

深沢敦

1男なんて秋元康大野克夫8cmCDSRDL-3692
2男なんて(Inst.)-
3ムパパ
4ムパパ(Inst.)-
クラウン・レコード
2012年4月4日平尾昌晃1星空デート竹内まりや平尾昌晃矢野立美CDCRCN-1607
2恋ふたたび

未発売曲

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オリジナル・アルバム

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  1. 愛人(1976年、TRIOレコード・PLAYBOYレコード、PB-6001)
  2. NA NA Vol.2 紅ほおずき(1977年、TRIOレコード・PLAYBOYレコード、PB-6002)
  3. WOMAN(1979年、SOUNDS MARKETING SYSTEM、SM25-5024)
  4. DANCING MAMA(1980年、BOURBON、BMD-1002)
  5. わが胸の底の湖(1981年、BOURBON、BMD-1013)
  6. YESTERDAY'S(1981年、キャニオン、C28A0382)※共演:細川俊之

ライブ・アルバム

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発売日タイトルレーベル規格規格品番
1979年10月25日NANA Live

A面

  1. Opening~今の私を見せたいわ
  2. I Need A Man
  3. Big Spender
  4. おいてきぼり
  5. 恋愛予報
  6. 流行りの酔いどれ

B面

  1. 夏日傘
  2. おまえさん
  3. 白い靴
  4. Steam Heat
  5. 今の私を見せたいわ

C面

  1. Come On A My House
  2. Deliah
  3. Well, Alright Okay You Win
  4. 一人ぽっちのマチネ
  5. 愛の幕切れ

D面

  1. El Porompompero
  2. 紙吹雪
  3. 愛人
  4. 私は一人片隅で
  5. I Remember Yesterday
SMS RecordsLPSM40-5035〜36

カバー・アルバム

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発売日タイトルレーベル規格規格品番
2012年11月14日デビュー50周年記念アルバム

SHOW GIRLの時間旅行〜my favorite songs

  1. いいじゃないの幸せならば
  2. 粋な別れ
  3. ラストダンスは私に
  4. アカシアの雨がやむとき
  5. おまえさん
  6. お祭りマンボ
  7. 雨に濡れた慕情
  8. ジェラシー
  9. ウナ・セラ・ディ東京
  10. うぬぼれワルツ
  11. 愛燦燦
  12. 居酒屋
BOURBONCDTKCA-73838

ベスト・アルバム

[編集]
  • うぬぼれワルツ The Best of Nana(1979年、TRIO、3B-1017)
  • 木の実ナナ 魅惑のシングルコレクション キングレコード編(2010年、KING/ブリッジ)

タイアップ

[編集]
曲名タイアップ収録作品
おじいちゃまハイ日本テレビ系テレビドラマ「おじいちゃま!!ハイ!」主題歌シングル「おじいちゃまハイ」
太陽の下の18才松竹映配イタリア映画太陽の下の18才」主題歌シングル「太陽の下の18才」
砂の城TBS系テレビドラマ「港町純情シネマ」主題歌シングル「砂の城」
愛してごめんなさいニッカウヰスキー「ニッカG&G」キャンペーンCM曲シングル「愛してごめんなさい」

著書

[編集]
  • 『虹色の街』勝川克志 絵. みみずくぷれす, 1984.4
  • 『下町のショーガール ナナの愛と喝采の日々』主婦と生活社, 1986.12
  • 『キラッ!と女ざかり』PARCO, 1998.7

脚注

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[脚注の使い方]

注釈

[編集]
  1. ^当時「このみ」と呼ばれることがあり、「『着の身着のまま』の『き』です」と言っていたのが芸名の由来だと勘違いされたのだという。出典の新聞記事原文中の木の実ナナの談話は、次のとおり。「当時『このみ』と呼ばれることがあり、『〈着の身着のまま〉の〈き〉です』と言っていたのです。それが芸名の由来と勘違いされることに、ハハハ。」 ということで、記事中で、彼女自身は「誰によって呼ばれたのか」には触れていないが、「着の身着のまま」が芸名の由来であるという説は誤りであることが確認できる。なお当該新聞記事は縮刷版などでも見られる。
  2. ^作品によっては木の実味摩子名義とされる場合もあり。但し、姉妹での共演はないものの、『遠山の金さん(高橋英樹主演版)』ではナナ・味摩子ともに出演している。
  3. ^「ナナとおさみ」として。

出典

[編集]
  1. ^ab公式プロフィール”. ダンカンミュージック. 2014年2月3日閲覧。
  2. ^ab種田正 (1975年7月7日). “《美女ある記》 木の実ナナ 13年 華麗に色づく"木の実" 本当の魅力は30過ぎよ”. デイリースポーツ (デイリースポーツ社): p. 5 (1975年7月、木の実のインタビューを含む記事)
  3. ^「決定!保存版 '76 ALLスタアLIST 木の実ナナ」『スタア』1976年2月号、平凡出版、92頁。 
  4. ^abcdefghijklmnopq“9月のあらかると –テレビ・芸能– 今月のプロフィル 木の実ナナの巻 踊り過ぎてロッ骨折っちゃった…”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 27. (1978年9月3日) 
  5. ^“母を語る”.ラジオ深夜便. 22 January 2008.NHKラジオ第1放送.
  6. ^加藤茶 ドリフ加入秘話明かす「木の実ナナがいたんだ。まだナナは18歳ぐらいで」 - スポニチ Sponichi Annex 芸能”. スポニチ Sponichi Annex. 2022年12月1日閲覧。
  7. ^ab“人生の贈り物「『着の身着のまま』は勘違いです」”. 朝日新聞 夕刊. (2011年12月6日) {{cite news}}:|access-date=を指定する場合、|url=も指定してください。 (説明)
  8. ^「ミニミニ娘に乾杯」『映画情報』1967年12月号。NDLJP:10339803/23
  9. ^昭和の肖像<芸>148-154頁
  10. ^木の実ナナ、左大腿骨骨折 車いすで舞台出演”. ORICON STYLE (2015年11月10日). 2015年11月10日閲覧。
  11. ^“木の実ナナ 大腿骨骨折の重傷で車いす”. デイリースポーツオンライン (株式会社デイリースポーツ). (2015年11月9日). https://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2015/11/09/0008552018.shtml#btnMore 2015年11月9日閲覧。 
  12. ^うつサポート情報室”. NHK (2005年4月19日). 2009年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月19日閲覧。
  13. ^abc「歌謡界かわゆい子ちゃんの '75年を占う 浜の真砂か流行歌手か 木の実まこ(16)」『週刊朝日』1975年1月10日号、朝日新聞社、138頁。 
  14. ^abcdefgh日外アソシエーツ現代人物情
  15. ^ab読売人物データベース
  16. ^“田辺誠一、キレまくるニューヒーローに! フジ系列連ドラ初主演”. ORICON STYLE. (2016年8月29日). https://www.oricon.co.jp/news/2077292/full/ 2016年8月29日閲覧。 
  17. ^今もミニスカ!木の実ナナ72歳 36年前の“意中の人”は現在ご意見番でブレイク”. テレ朝POST. 2024年5月22日閲覧。

関連項目

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外部リンク

[編集]
10代
20代
30代
40代
50代
60代
以上
男性
特別
*は複数回の受賞。男性は1992年から、60代以上は97年から、10代は99年から対象
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