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日光川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日光川
日光川を渡る近鉄名古屋線
水系二級水系 日光川
種別二級河川
延長41[1]km
平均流量--m3/s
流域面積299[1]km2
水源愛知県江南市
水源の標高--m
河口・合流先伊勢湾(愛知県)
流域日本の旗日本愛知県

地図

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日光川(にっこうがわ)は、愛知県北西部を流れて伊勢湾に注ぐ河川二級水系日光川の本流である。延長は41 km、流域面積は299 km2[1]

地理

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日光川水系の概略図

濃尾平野にある愛知県江南市の北部に源を発する[1]。西に向かって流れた後、一宮市で支流の野府川を集める。稲沢市西部では支流の光堂川を集め、稲沢市域では名鉄尾西線と並行する。稲沢市と愛西市の境界付近では両側から領内川三宅川を集めるが、三川の合流部には津島街道(津島上街道)と呼ばれる街道が通っており、織田氏の居城だった勝幡城址もある。蟹江町に入るとJR関西本線近鉄名古屋線をくぐり、蛇行する佐屋川大膳川をしり目に直線的な流路で南下する。下流部では蟹江川福田川善太川戸田川などを集め、名古屋市港区飛島村の境界の河口池から排水機によって伊勢湾へと排水される。

日光川の流域は全域が木曽川の氾濫原であり、源流から河口までの高低差は約20mに過ぎず、平均勾配は1/2,000程度という傾斜の緩い河川であり、周辺にも山地や丘陵地は存在しない[2]。水系に属する河川のほぼ全てが木曽川左岸派川が江戸時代に締め切られた後に用排水路として改修された河川であり、日光川水系は周辺地域に用水供給を担う宮田用水の悪水・排水路としての役割を担う[3]

そのため日光川の水源から野府川との合流地点にかけての上流部は川幅が狭い区間が続いている。福田川、善太川、宝川の合流点から川幅が拡大し、サンビーチ日光川などがある河口部では最大1km近くに及ぶ。国道23号名四国道)の日光川大橋付近は大部分が橋ではなく堤防となっている。下流部は海抜ゼロメートル地帯であるため、流域全体の約2/3の地域ではポンプによる強制排水が行われている[1]。干満時に河川水位を調整するため、河口部には日光川排水機場及び水閘門が設置されている[1]。なお、河口付近は江戸時代干拓地である。

  • 航空写真(中央が日光川)
    航空写真(中央が日光川)
  • 上流部の一宮市浅井町東浅井付近
    上流部の一宮市浅井町東浅井付近
  • 直線状の日光川と蛇行する佐屋川
    直線状の日光川と蛇行する佐屋川
  • 下流部の津島市にある鹿伏兎橋付近
    下流部の津島市にある鹿伏兎橋付近

歴史

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萩原川

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日光川および関連河川の改修工事の歴史
江戸時代末ごろの天王川周辺の位置関係図。破線は江戸時代初期ごろの旧河道、緑線・緑字は開削・付替後の新河道[4]。橙線・橙字は主要街道、赤字は主要な地名など。

現在の日光川は木曽川の派川(木曽八流)の一つ・萩原川(はぎわらがわ、または足立川)を大規模に改修したものであるが、萩原川は現在の日光川とは愛西市渕高町付近以下の流路が大きく異なった[1][4]。愛西市渕高町から南に流れてやや西に湾曲した後に東に流れて現在の領内川筋へと流れ、天王川となって南に流れて下流では佐屋川を経て木曽川へと至っていた[4]。なお、江戸時代初期には稲沢市平和町領内付近で合流していた三宅川は、古くは現在の愛西市勝幡町付近から南に流れて善太川へと流れる古日光川と呼ばれる流路をとっていた[4]。また、上流部では古川(ふるかわ)とも呼ばれており[5]、古川・萩原川・天王川の流路は三之枝川と呼ばれた[4]

中下流域は海抜ゼロメートル地帯であり、過去に何度も浸水被害が発生していることから、集落は自然堤防上に築かれ、民家には水屋と呼ばれる避難用の建物も築かれた[1]

1608年慶長13年)に木曽川左岸に「御囲堤」が築かれると木曽川から切り離され、それ以来は自己水源を持たない農業用排水路となった[1]

日光川開削工事

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時代を経ると徐々に佐屋川の河床上昇に伴って天王川の排水も滞り、三宅川でも排水不良が生じる[4]尾張藩によって佐屋川洪水時の逆流対策として新たな水路の整備が検討され、まず1666年寛文6年)から愛西市小津町付近以下の日光川下流部分の開削工事が行われ、1667年(寛文7年)には蟹江新田を経て伊勢湾に注ぐ流路が完成した[2][4][6]。この新水路で三宅川は海に通じたが、1667年(寛文7年)秋の暴風雨で各所で水路が決壊したため、河口部は締め切られで排水することとなった[6]

時代を経てさらに佐屋川の河床上昇が進むと、天王川・萩原川の排水状況も一層悪化した[6]。尾張藩は1785年天明5年)からの工事で萩原川を三宅川以下の新水路と合流するように付け替え、それに伴って萩原川の下流であった天王川を築留め、同様に排水状況が悪かった領内川も萩原川・三宅川と合流させた[6][4]。その後、1812年(天明9年)までかけて河口部の杁を撤去するために高潮に備えて新水路の堤防の増築や川幅の拡幅工事が行われ[4][6]、杁が撤去された後には河川舟運が盛んとなって年貢米の輸送にも用いられた[2][6]

江戸時代後期には下流部での新田開発が盛んであり、1801年享和元年)の飛島新田の完成、1822年文政5年)の藤高前新田の完成で現在の河口部の形状に近づいた[2]

近代

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1959年昭和34年)9月26日の伊勢湾台風では日光川流域で22か所が破堤し、被害額が約300億円に上る甚大な被害を出した[1]1974年(昭和49年)7月の豪雨では、愛知県の中でも特に日光川流域で大雨を記録し、流域面積の約52%にあたる15,447ヘクタールが浸水した[1]1976年(昭和51年)の台風17号では支流の目比川が決壊するなど流域の約31%にあたる9,320ヘクタールが浸水した[1]2000年平成12年)9月11日の東海豪雨では、支流の福田川を中心に内水被害が発生し、流域全体では530ヘクタールが浸水した[1]

1997年(平成9年)時点の流域の土地利用率は、宅地等の市街地が約49%、水田や畑地等の農地が約43%、その他が約8%だった[1]2008年(平成20年)時点の流域人口は約83万人だった[1]2010年(平成22年)には、洪水の際に流量の一部を木曽川に放水する日光川放水路が供用開始された。

2018年(平成30年)3月19日、高潮南海トラフ地震による津波に備えた新しい水閘門が供用開始された[7]

流域の自治体

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日光川の流域には9市2町1村がある[1]

愛知県

主な支流

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二級河川

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二級河川を下流側から順に記載する[8][9][10]

河川よみ次数管理者主な経過地河川延長
(km)
流域面積
(km2
備考
日光川にっこうがわ本川愛知県江南市、一宮市、稲沢市、愛西市、津島市、
蟹江町、名古屋市
41299
東小川ひがしおがわ1次支川名古屋市名古屋市
戸田川とだがわ1次支川名古屋市名古屋市9.111.2
宝川たからがわ1次支川愛知県弥富市1.119.7
排水路はいすいろ2次支川弥富市
鯏浦1号うぐいうらいちごう3次支川弥富市
鯏浦2号うぐいうらにごう4次支川弥富市
鯏浦3号うぐいうらさんごう4次支川弥富市
市江川いちえがわ2次支川愛西市
西保川にしほがわ3次支川愛西市
善太川ぜんたがわ1次支川愛知県蟹江町、弥富市、愛西市1220.4
福田川ふくだがわ1次支川愛知県稲沢市、あま市、大治町、名古屋市、蟹江町16.233.5
小糠田川こぬかでんがわ2次支川大治町
円楽寺川えんらくじがわ2次支川大治町大治町
西ノ宮川にしのみやがわ3次支川あま市
西條小切戸川
(小切戸川)
にしじょうおぎりどがわ
(おぎりどがわ)
2次支川愛知県
大治町
あま市、大治町
江上田川うがみどがわ2次支川あま市あま市
大日川だいにちがわ3次支川あま市あま市
塚越川つかこしがわ3次支川あま市あま市
沖田川
(市場川)
おきたがわ
(いちばがわ)
2次支川あま市
大渕川おおぶちがわ2次支川あま市
下津川
(下津落用水)
おりづがわ
(おりづおちようすい)
2次支川稲沢市
蟹江川かにえがわ1次支川愛知県あま市、蟹江町10.216.8
上舟川かみふながわ2次支川蟹江町
中筋川なかすじがわ3次支川蟹江町
三明川さんめいがわ2次支川蟹江町
小切戸川おぎりどがわ2次支川愛知県あま市、蟹江町
目比川むくいがわ1次支川愛知県稲沢市、あま市、愛西市、津島市4.815.2
三宅川みやけがわ1次支川愛知県稲沢市、愛西市10.614.4
稲葉川いなばがわ2次支川稲沢市
観音川かんのんがわ2次支川稲沢市稲沢市
領内川りょうないがわ1次支川愛知県
一宮市
一宮市、稲沢市、愛西市12.633.1
新堀川しんぼりかわ2次支川愛知県津島市、愛西市
須ヶ脇川すがわきがわ2次支川稲沢市
佐屋川さやがわ2次支川稲沢市
山崎川やまざきがわ2次支川稲沢市稲沢市
高熊川たかくまがわ2次支川稲沢市稲沢市
居中川いじゅうがわ2次支川稲沢市
光堂川こうどうがわ1次支川愛知県一宮市、稲沢市4.918.8
大縄川おおなわがわ2次支川愛知県
一宮市
一宮市
妙戸川みょうどがわ1次支川一宮市
生出川はいでがわ1次支川稲沢市
新堀川しんほりかわ1次支川一宮市一宮市
古溝川ふるみぞがわ1次支川一宮市
野府川のぶがわ1次支川愛知県
一宮市
一宮市7.327.4
西沼川にしぬまがわ2次支川一宮市
17号川じゅうななごうがわ2次支川一宮市
郷東川ごうとうがわ2次支川一宮市
南出川みなみでがわ2次支川一宮市
稲荷川いなりがわ2次支川一宮市
神戸川かんべがわ2次支川一宮市一宮市
新田浦川しんでんうらがわ2次支川一宮市
中平川なかひらがわ2次支川一宮市
郷浦川ごううらがわ2次支川一宮市
洗心川せんしんがわ2次支川一宮市
江西川えにしがわ2次支川一宮市
新丹羽川
(川崎排水路)
しんたんばがわ
(かわさきはいすいろ)
2次支川一宮市
玉ノ井川たまのいがわ3次支川一宮市
今伊勢川いまいせがわ2次支川一宮市
新門間川しんかどまがわ2次支川一宮市
奥屋敷川おくやしきがわ3次支川一宮市
門間川かどまがわ3次支川一宮市
割田里小牧川わりでんさとこまきがわ2次支川一宮市一宮市
割田川わりでんがわ2次支川一宮市一宮市
北古川きたふるかわ2次支川愛知県一宮市
里小牧川さとこまきがわ3次支川一宮市一宮市
五反田川ごたんだがわ2次支川一宮市
北山川きたやまがわ2次支川一宮市
今一川いまいちがわ1次支川一宮市
馬寄川うまよせがわ1次支川一宮市
小島川おじまがわ1次支川一宮市
高田川たかだがわ1次支川一宮市一宮市
東浅井川ひがしあざいがわ1次支川一宮市

それ以外の関連河川

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  • 佐屋川
    佐屋川
  • 大膳川
    大膳川
  • 蟹江川
    蟹江川
  • 戸田川
    戸田川
  • 東小川
    東小川

橋梁

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上流部部(~野府川合流点)

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中流部部(野府川合流点~三川合流点)

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下流部部(三川合流点~河口)

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脚注

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  1. ^abcdefghijklmnopq二級河川 日光川水系 河川整備計画: 流域及び河川の概要 愛知県・名古屋市、2011年、p.1
  2. ^abcd安井(2013), p. 90-103
  3. ^愛知県河川整備計画流域委員会. “日光川水系 流域・河川の現状と特徴”. 2023年6月1日閲覧。
  4. ^abcdefghi愛知県 (2018年11月7日). “川筋の変遷とその痕跡-愛知県の河川の歴史-”. 2022年11月15日閲覧。
  5. ^一宮市観光協会. “天神の渡し跡”. 2022年12月9日閲覧。
  6. ^abcdef安井(2013)
  7. ^新たな日光川水閘門を供用開始します! 愛知県河川課、2018年3月6日、2019年3月18日閲覧
  8. ^国土交通省中部地方整備局. “河川コード台帳(河川コード表編)” (PDF). 2022年11月15日閲覧。
  9. ^国土交通省中部地方整備局. “河川コード台帳(河川模式図編)” (PDF). 2022年11月15日閲覧。
  10. ^愛知県名古屋市. “二級河川 日光川水系 河川整備計画: 河川の概要” (PDF). 2022年12月14日閲覧。

参考文献

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ウィキメディア・コモンズには、日光川に関連するカテゴリがあります。
日光川水系の河川(括弧書きはより次数が大きな支川、多数ある場合は※印を付して別項目で記載)
二級河川
宝川の支川
福田川の支川
領内川の支川
野府川の支川
関連河川
二級河川以外の支川
廃川となった河川
接続する用水路
関連項目
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