憲法調査会(けんぽうちょうさかい)は、日本国憲法に関する調査・研究・審議等を行うために日本の国会の各議院、内閣、政党などに設置されている機関・組織である。
日本国憲法成立以前の内閣による憲法調査は幣原内閣の下、1945年10月から1946年2月まで行われたことがある[1]。
日本国憲法下での初めての内閣の憲法調査会は1956年(昭和31年)6月11日、第3次鳩山一郎内閣の下で、日本国憲法に関係する諸問題を調査審議するため、委員会的機関として発足した(昭和31年法律第140号憲法調査会法)[2]。
委員の構成は、総数は50名以内(うち国会議員30名以内、学識経験者20名以内)で、委員間の互選により会長1名、副会長2名が選出された。委員会の下に憲法の各章の調査を分担して担当する第1・第2・第3委員会が設けられ、また憲法制定経過の調査のための小委員会もあった。その他、必要に応じて専門委員が増置され、常設の事務局が庶務を処理した。
第1回総会は1957年8月13日に開催され、その後満7年、足かけ9年に渡って参考人招致、公聴会開催、諸外国への調査団派遣などが行われた。その結果、1964年(昭和39年)7月3日、調査審議の結果をとりまとめた憲法調査会報告書が第3次池田内閣及び国会に提出された。
この報告書は、憲法の各章に関する論点や、各論点に対する対立意見が纏めたものであり、本文1,200頁、付属文書4,300頁に及ぶ膨大な調査報告書である。8月4日には32頁に渡る官報号外が発行され、報告書の構成や論点が説明された[3]。
憲法調査会は報告書の提出を達成し、1965年(昭和40年)6月3日に解散した(昭和40年法律116号)。
憲法調査会報告書は4編の構成となっている。原文は漢数字が使用されているが、以下、算用数字に置き換える。
第1編から第3編は、積み重ねられた調査審議の内容を明らかにするため、調査会設立経過にまで遡って経緯を説明している。
第4編は、9年間に及ぶ調査の結果、到達した結論を報告する。概要は次のとおり。
特に第3章の「司法」の項では司法権拡大強化の基本原則が述べられているが、これにつき八木秀次他の委員は、「司法権の補正のための(憲法)改正は必要である」と共同意見を提出した。
付属文書は全12号で構成されている。
第3号から5号は、日本国憲法の運用の実態調査のために設けられた第1・第2・第3委員会それぞれの報告書となっている。運用上の問題が詳細に述べられている。
第6号から第9号は、第2号から第5号までの調査のなかで、明らかにされた各問題点に関する審議結果を報告したものである。本文第4編は以下のこの4つの報告書を総括したものである。
国会の各議院の憲法調査会は、国会法の一部改正により2000年(平成12年)1月20日(第147回国会(常会)召集日)に衆議院と参議院に個別に設置された委員会的組織(それぞれの名称は「衆議院憲法調査会」、「参議院憲法調査会」)である[7][8][9]。委員は衆議院50名、参議院45名。ただし、議案提出権はなく、憲法改正案を提案することはできなかった[10]。
憲法調査会はおおむね5年毎に調査報告を行っており、2005年の報告が最終の報告書となった[11]。
国会法の一部改正により2007年(平成19年)8月7日に両議院に後継組織として、各議院に憲法審査会が設置されたことに伴い、両院の憲法調査会は廃止された[10]。
政党にも、必要に応じ憲法調査会の名称を持つ内部組織が置かれることがある。
ウィキソースには、憲法制定の経過に関する小委員会報告書の原文があります。
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