| 仏教用語 悲, カルナー | |
|---|---|
| パーリ語 | karuṇā |
| サンスクリット語 | karuṇā (करुणा) |
| チベット語 | སྙིངརྗེ |
| ベンガル語 | করুণা (kôruna) |
| ビルマ語 | ကရုဏာ (IPA: [ɡəjṵnà]) |
| 中国語 | 悲 (拼音: cíbēi) |
| 日本語 | 悲 (ローマ字:hi) |
| 朝鮮語 | 자비 |
| 英語 | Compassion |
| クメール語 | ករុណា (Karuna) |
| タミル語 | கருணை (Karuṇai) |
| タイ語 | กรุณา |
| ベトナム語 | bi |
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悲(ひ、巴:梵:karuṇā[カルナー],蔵:snying rje[ニンジェ],英:compassion)とは、仏教の概念で人々(生きとし生けるもの)に苦しみをともにする同感(同情・共感)の心を持つこと[1]。また、それらの苦痛を取り除いてあげたいという心を持つこと[2][3]。「抜苦与楽」の「抜苦」に相当する[4][出典無効]。四無量心(四梵住)としてまとめられる4つの徳目「慈・悲・喜・捨」(じ・ひ・き・しゃ)の2つ目。
上座部仏教(テーラワーダ仏教)圏では、ウィパッサナー瞑想の基礎として、慈愛の瞑想(mettā bhāvanā)と呼ばれる瞑想が行われる[5]。慈悲の瞑想とも翻訳されるように、そこには生きとし生けるものの苦しみが無くなることを願うという「悲」(karuṇā)の要素も混じっている[6]。
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