| 「御殿場」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「御殿場 (曖昧さ回避)」をご覧ください。 |
| ごてんばし 御殿場市 | |||||
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| 国 | |||||
| 地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
| 都道府県 | 静岡県 | ||||
| 市町村コード | 22215-1 | ||||
| 法人番号 | 1000020222151 | ||||
| 面積 | 194.90km2 | ||||
| 総人口 | 81,844人[編集] (推計人口、2025年10月1日) | ||||
| 人口密度 | 420人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 裾野市、富士宮市、富士市、駿東郡小山町 神奈川県足柄下郡箱根町 | ||||
| 市の木 | ケヤキ | ||||
| 市の花 | 富士桜 | ||||
| 市の鳥 | クロツグミ | ||||
| 御殿場市役所 | |||||
| 市長 | 勝又正美 | ||||
| 所在地 | 〒412-8601 静岡県御殿場市萩原483番地 北緯35度18分31秒東経138度56分05秒 / 北緯35.30869度 東経138.93461度 /35.30869; 138.93461座標:北緯35度18分31秒東経138度56分05秒 / 北緯35.30869度 東経138.93461度 /35.30869; 138.93461 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
御殿場市(ごてんばし)は、静岡県東部に位置する、人口約8.5万人の市。富士山周辺・箱根観光への交通拠点となっている高原都市である。標高が高いことから気候は冷涼で、降水量が多い。
御殿場市は富士山東南側の麓にあり、市街地の標高は約250 - 700 m(市役所は450 m)である。気候は冷涼多雨で、年平均気温は13.2°C、年平均降水量は2,874.6 mmとなっており、湿度が高く霧が発生することも多い。冬は静岡県内の都市としては寒さが非常に厳しく、雪が降ることが多い。また、夏は涼しく、猛暑日や熱帯夜が観測されたことはほとんどない[注 1]。なだらかに傾斜した土地は主に水田などに利用され、のどかな景観をつくっている。
富士登山の拠点として栄え、1889年(明治22年)の東海道線(現:御殿場線)開業以降は富士登山口や避暑地としても発展した。東名高速道路開通で工業の進出も盛んになった。
1912年(明治45年)には陸軍が演習場を開設し、軍隊の町(軍都)という性格も帯びるようになった。現在も陸上自衛隊の3つの駐屯地(板妻、駒門、滝ヶ原)と本州最大の演習場である東富士演習場、また、在日米軍海兵隊のキャンプ富士地区があり、市域の3分の1が防衛関連で利用されている。毎年8月には富士総合火力演習が行われる。
避暑地としての性格も健在で、市内にはゴルフ場が点在し、三井住友VISA太平洋マスターズの大会が毎年開催される。また、日本最大級のアウトレットモールである御殿場プレミアムアウトレットがある。富士山御殿場口は、他の富士登山道に比べて自動車で登れる五合目の位置が低いため、砂走りを楽しむ下山道として利用されることが多い。この登山道を利用して富士登山駅伝が行われる。
御殿場市は富士山と箱根の弓状の裾野に広がる高原に位置している[1]。丹沢山地と愛鷹山の麓はそれぞれ小山町北郷地区・須走地区と裾野市須山地区になっているが、地形的には一体化している。
南側は裾野市に隣接し、さらにその南は、三島市や沼津市などがある田方平野が駿河湾に向かって開けている。
市域南部は駿河湾へ注ぐ狩野川水系の黄瀬川、北部は相模湾へ注ぐ酒匂川水系の鮎沢川の流域になっている。二つの川の分水界はおおむね御殿場駅付近である。
東山湖という灌漑用溜め池がある。現在は魚釣りに利用されており、ここではニジマス等の鱒類の魚が放流されている。
市の面積では、集落地、山岳地、演習地が、概ね3分の1ずつの広さとなっている[1]。

| 御殿場市 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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夏季に雨が多く、冬は晴れる太平洋側気候だが、標高が高いため冷涼な気候である。駿河湾や相模湾からの湿った空気が富士山付近で雲になりやすいため、降水量が多い。また、雲や霧の発生も多く、年間日照時間は1,733.9時間と、三島市の2,003.2時間と比べて少なくなっている。
梅雨の時期は雨や霧が多い。夏の日中は蒸し暑くなるが、夕方以降は気温が下がり快適な日が多い。猛暑日が観測されたのは4回[注 2]、熱帯夜が観測されたのは2回のみである[注 3]。
冬は晴れの日が多いが、太平洋岸を低気圧が通過する際に(いわゆる南岸低気圧)大雪になりやすく、市街地で30cmほどの積雪になる場合がある(過去には80cmを越える積雪もあった。)[2]。
富士山、丹沢、箱根山、愛鷹山に囲まれた複雑な地形のため、局地的な前線が発生し、御殿場や箱根だけが雨や雪になることがあり、御殿場では御厨の私雨(みくりやのわたくしあめ)とも呼ばれる。富士山に笠雲がかかると雨が降るという古くからの民間の気象知識は現在でもよく知られている[3]。
| 御殿場(1991年 - 2020年)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録°C (°F) | 16.2 (61.2) | 20.3 (68.5) | 22.4 (72.3) | 26.4 (79.5) | 30.3 (86.5) | 34.3 (93.7) | 35.2 (95.4) | 36.7 (98.1) | 33.0 (91.4) | 29.2 (84.6) | 24.3 (75.7) | 20.2 (68.4) | 36.7 (98.1) |
| 平均最高気温°C (°F) | 7.8 (46) | 8.6 (47.5) | 11.7 (53.1) | 16.5 (61.7) | 20.8 (69.4) | 23.5 (74.3) | 27.1 (80.8) | 28.7 (83.7) | 25.5 (77.9) | 20.3 (68.5) | 15.4 (59.7) | 10.4 (50.7) | 18.0 (64.4) |
| 日平均気温°C (°F) | 2.7 (36.9) | 3.5 (38.3) | 6.6 (43.9) | 11.5 (52.7) | 15.9 (60.6) | 19.2 (66.6) | 22.9 (73.2) | 24.1 (75.4) | 20.9 (69.6) | 15.6 (60.1) | 10.3 (50.5) | 5.2 (41.4) | 13.2 (55.8) |
| 平均最低気温°C (°F) | −1.9 (28.6) | −1.2 (29.8) | 1.9 (35.4) | 6.8 (44.2) | 11.7 (53.1) | 16.0 (60.8) | 20.1 (68.2) | 21.0 (69.8) | 17.5 (63.5) | 11.6 (52.9) | 5.7 (42.3) | 0.5 (32.9) | 9.1 (48.4) |
| 最低気温記録°C (°F) | −8.8 (16.2) | −12.2 (10) | −8.8 (16.2) | −4.8 (23.4) | 2.4 (36.3) | 8.0 (46.4) | 11.3 (52.3) | 12.9 (55.2) | 7.0 (44.6) | 0.9 (33.6) | −4.8 (23.4) | −7.7 (18.1) | −12.2 (10) |
| 降水量 mm (inch) | 104.6 (4.118) | 128.9 (5.075) | 253.3 (9.972) | 248.4 (9.78) | 255.7 (10.067) | 297.4 (11.709) | 361.4 (14.228) | 247.5 (9.744) | 372.5 (14.665) | 315.2 (12.409) | 185.5 (7.303) | 104.3 (4.106) | 2,874.6 (113.173) |
| 平均月間日照時間 | 173.7 | 155.4 | 151.6 | 163.2 | 155.4 | 103.6 | 118.6 | 157.7 | 115.7 | 129.7 | 147.1 | 165.7 | 1,733.9 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1976年 - 現在)[4][5] | |||||||||||||
奈良時代、東海道足柄路の横走(よこばしり)駅が、現在の御殿場市から小山町竹之下の辺りにあったらしい。平安時代に書かれた『更級日記』によれば横走の関であり、傍らに岩壺という名泉があったという。
平安時代後期1100年頃の伊勢神宮の荘園「大沼鮎沢御厨」があった。これ以降、御殿場市や小山町あたりを御厨(みくりや)と呼ぶ。
戦国時代、境目の地域として、駿河国の今川氏、相模国の後北条氏、甲斐国の武田氏による争奪の舞台となる(河東一乱)。特に後北条氏、武田氏による深沢城の戦いが知られる。
江戸時代は小田原藩領になる。1707年(宝永4年)に起きた富士山の宝永大噴火で壊滅的な被害を受け、小田原藩では対処しきれないため天領(江戸幕府直轄地)となり、後に小田原藩領に戻る。
幕末の1868年(慶応3年)、大政奉還で幕府将軍を退いた徳川宗家に駿府藩(静岡藩)の一部として与えられた。1871年(明治4年)、廃藩置県に伴い静岡県に編入された。
1889年(明治22年)2月1日には、現在より北寄りのルートで整備された東海道本線(現在の御殿場線)が開通し、御殿場駅が開設された。
1889年(明治22年)4月1日の町村制施行により、駿東郡御厨町、富士岡村、原里村、印野村、玉穂村、高根村が誕生。御厨町は1914年(大正3年)に御殿場町へ改称された。
1923年(大正12年)9月1日に発生した関東地震(関東大震災)では、現在の御殿場市域も大きな被害を受けた。
1929年(昭和4年)2月10日、市内にあった製糸工場から出火。女子工員ら14人が死亡[6]。
1934年(昭和9年)12月1日に丹那トンネルが開通して東海道本線のルートが熱海駅経由に変更され、一時的に人口流出現象が起こる。
太平洋戦争後の1955年(昭和30年)2月11日、駿東郡御殿場町、富士岡村、原里村、印野村、玉穂村が対等合併して市制が施行され、御殿場市が誕生。1956年(昭和31年)1月1日には駿東郡高根村を、1957年(昭和32年)9月1日には駿東郡小山町の古沢地区を編入した。
1969年(昭和44年)5月26日に東名高速道路御殿場インターチェンジ(IC)が、2012年(平成24年)4月14日には新東名高速道路御殿場ジャンクション(JCT)が供用開始となった。
平安時代に伊勢神宮の荘園(大沼鮎沢御厨)があったことから、現在の御殿場市、小山町、および裾野市の一部は「御厨」と呼ばれた。
1616年に亡くなった徳川家康の遺体を久能山東照宮から日光東照宮へ移送する際に仮の御殿を建てて、遺体を安置したところから「御殿場」という地名は生まれた。御殿の位置は御殿場高校そばの吾妻神社付近だったとされている。御殿建設の際に各地から職人が集められ、御殿場市御殿場付近の町「御殿新村(御殿場村)」が形成された。
明治時代になり、町村制(明治の大合併)に対応して御殿場村と周辺の集落が合併する際に新しい町の名称として「御殿場町」とする案が挙がった。しかし、他の村に配慮して、古来の地名である「御厨町」が採用された。御厨町誕生時に既に御殿場駅や御殿場郵便局が開業していたこと、県内に磐田郡御厨村・南御厨村が存在していたことなどから、ほどなくして知名度が高い御殿場町に改称された。なお、御厨町(御殿場町)の範囲は旧来の御厨の一部にすぎない。
現在は、御厨という語は主に御殿場市や小山町で、古風さや郷愁を感じさせる表現として用いられる。また、両市町を合わせて「御厨地方」と呼ぶ場合がある。
御殿場のローマ字表記は旧ヘボン式のGotembaと、修正ヘボン式(訓令式とも共通)のGotenbaが使われ、統一されていない。御殿場市の公式サイトではGotembaとしている。
他に、御殿場市と小山町、場合によっては裾野市も合わせて「北駿地方」(ほくすん)と呼ぶこともある。
| 御殿場市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 御殿場市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 御殿場市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
御殿場市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
複数の自衛隊の駐屯地を有する関係上20代・30代の男性人口が多く、2015年の国勢調査によると人口性比(女性100人あたりの男性の人口)は105.2と男性の割合が高い[7][8]。
特記なき場合『御殿場市統計書 平成22年度版』による[9]。
| 代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 勝又春一 | 1955年(昭和30年)3月8日 | 1964年(昭和39年)12月24日 | 在職中死去 |
| 2 | 勝又藤男 | 1965年(昭和40年)2月7日 | 1969年(昭和44年)2月6日 | |
| 3 | 鈴木勝巳 | 1969年(昭和44年)2月7日 | 1981年(昭和56年)2月6日 | |
| 4 | 大庭健三 | 1981年(昭和56年)2月7日 | 1993年(平成5年)2月6日 | |
| 5 | 内海重忠 | 1993年(平成5年)2月7日 | 2001年(平成13年)2月6日 | |
| 6 | 長田開蔵 | 2001年(平成13年)2月7日 | 2009年(平成21年)2月6日 | |
| 7 | 若林洋平 | 2009年(平成21年)2月7日 | 2021年(令和3年)8月31日 | 参議院補欠選挙出馬に伴い辞職 |
| 8 | 勝又正美 | 2021年(令和3年)10月4日 | 現職 |
市役所のほかに各地区に支所と財産区が設置されている。富士山麓の広大な原野は古くから周辺の村々の入会地として利用されてきた。明治時代以降、これらの土地は町村制によって成立した町村の共有地、後に所有地として引き継がれた。昭和の大合併に際し、これらの町村有地は合併新市ではなくて、地元で管理したいという意向が出されたことから、御殿場町、富士岡村、原里村、玉穂村、印野村の五町村は合併の条件として財産区を設置し、財産区が引き続き土地を管理することを決定した(御殿場市建設に伴い合併町村に財産区を設定する協定書)。こうして、御殿場市発足時、御殿場、原里、玉穂、印野の各財産区が設置され、町村有地が引き継がれた。富士岡村はあまり村有地がなかったことから、財産区を設置しなかった。後に高根村編入時も同じように財産区が設置された。財産区は東富士演習場の賃借料を主な収入としている。
財産区は独自の議会を持ち、地区内の道路や運動場整備を行っている。財産区が地方自治法の定めるところにより、これらの事業を直接行うことができないことから、財産区が市に費用を繰り出し、市の事業として行われる。支所長(富士岡支所を除く。支所のない御殿場地区は地域振興センター所長)の選任には財産区議会の意見が反映され、支所長の給与は市と財産区が半分ずつ負担している。
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御殿場市は静岡県東部政令指定都市構想に参加し、他の市町とともに、2013年(平成25年)をめどとして政令指定都市に移行することに2003年(平成15年)に合意した。しかし、他の参加市町と比べて懐疑的であり、2007年(平成19年)時点では隣接する裾野市、小山町、および可能なら長泉町と合併して特例市に移行することを模索していた。
| 会派名 | 議員数 |
|---|---|
| 新政 | 5 |
| 市民21 | 5 |
| 改新 | 3 |
| 公明党 | 2 |
| 新風ごてんば | 2 |
| みくりやの郷ネット | 2 |
| 無会派 | 1 |
| 計 | 20 |
(2022年3月11日時点[11])
小山町とともに御殿場市・駿東郡北部選挙区を形成する。2011年の選挙による選出議員は以下。
| 当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 重複 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 細野豪志 | 50 | 無所属 | 前 | 127,580票 | |
| 比当 | 吉川赳 | 39 | 自由民主党 | 前 | 61,337票 | ○ |
| 小野範和 | 48 | 立憲民主党 | 新 | 51,965票 | ○ | |
| 千田光 | 43 | 愛地球党 | 新 | 5,350票 |

御殿場市誕生前の旧町村単位の地区があり、その中に行政区が設置されている。
標高の低い耕地は主に水田として稲作に利用される。水田では冬場には富士山の地下水を張り、水かけ菜(単に水菜とも)という野菜の栽培も行われる。水かけ菜は漬物にされ、御殿場の特産品の一つになっている。標高の高い耕地では畑作が行なわれる。湧水のそばではワサビ栽培が行われている。
また、中国から導入した金華豚の飼育も行われ、高級ブランド豚としてハムなどに加工されている。
かつては養蚕が盛んだったが、現在は行なわれていない。
東名高速道路開通以降、積極的に工業誘致が行われた。駒門工業団地にはウシオ電機やリコーなどがある。上質な地下水を利用してキリンディスティラリー(旧キリンシーグラム)がウイスキーを、米久が御殿場高原ビールの製造を行っている。
御殿場駅開業(1889年)以前は大字御殿場付近が商業の中心地であった。その後、御殿場駅開業後により駅周辺の新橋、森の腰、湯沢地区に商店街が形成された。その後はモータリゼーションが進み、スーパーマーケットやホームセンターといった大型ロードサイド店舗が郊外の幹線道路沿いに多く見られるようになった。特に国道246号バイパス沿いは大型店が多い。このため、駅前の商店街は衰退しつつある。また、区画整理事業により東田中地区にも大型店が集まっている。
富士登山の拠点や避暑別荘地として、また箱根や富士五湖への通過地として発展した。戦前、東山・二の岡地区にはアメリカ村と呼ばれた外国人の別荘や、秩父宮雍仁親王や西園寺公望、岸信介ら政官界要人の別荘も存在した。現在もなお、当時の別荘や教会が僅かながら点在し、個人別荘や企業の保養所が多い場所である。
多数の防衛施設を抱えているため、地元経済への影響は無視できない。自衛隊員が暮らすことによる経済効果のほかに、演習場の賃貸料や防衛施設周辺整備のための公共事業による資本流入がある。
中心となる駅は御殿場駅で、小田急小田原線を経由して新宿駅を結ぶ特急「ふじさん」が発着している。
この他、東富士五湖道路や中央自動車道(富士吉田線)へは須走道路および御殿場バイパスを介して接続。
慣習および、市による名称設定で呼称がある道路には以下がある。
御殿場駅を中心に市内各地や駿東郡小山町、裾野市、三島市、山梨県の富士五湖、神奈川県足柄下郡箱根町方面へ路線バスが運行している。
御殿場市はJRの幹線である東海道本線や東海道新幹線から遠く、御殿場線も1時間当たり1 - 2本と本数は少ない。また市の中心部から東名御殿場ICが近いため、高速バスがよく使われる。
この他、御殿場プレミアム・アウトレット発着の高速バスが運行されている。
以上のバスを合計すると1日100本前後の高速バスが運行されている。
市内に空港は無い。米軍キャンプ富士内に滑走路があるが民間への開放は行われていない。東京国際空港(羽田空港)へ空港連絡バスが運行されている。
放送に関しては、御殿場市は県内有数の電波銀座でもある。市内の広い範囲で東京スカイツリーからの在京キー局5局(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビ)の電波が受信可能である。しかし本来放送エリアではないので、場所や受信機器によって映り具合が大きく異なる。また場所によっては、大型のUHFアンテナを大野山中継局に向けると、テレビ神奈川(tvk)も受信出来たり、山梨県境付近の一部では山梨県のテレビ放送も受信出来る。これは小山町もほぼ同様である。また、市内の一部ではワンセグにより、在京キー局の地上デジタル放送が受信できることが確認されている。
長らく箱根の西側には温泉が出ないとされ、1970年代の試掘でも温度が低い泉脈しか見いだせなかったが[13]、1980年代以降に開発が進む中でいくつかの温泉が見出されるようになった。
※発表順
| 富士宮市 | 小山町 | |||
| 富士市 | 神奈川県箱根町 | |||
| 裾野市 |