この項目では、時間の単位について説明しています。各年の事柄については「年の一覧 」を、歳(とし)については「年齢 」をご覧ください。
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年 年 (ねん、とし、英 :year )は、時間 の単位 の一つであり、春 ・夏 ・秋 ・冬 、あるいは雨季 ・乾季 という季節 のめぐりが1年である[ 1] 。元来は春分点 を基準に太陽 が天球 を一巡する周期 であり、平均して約365.242 189日 (2015年時点)である(太陽年 )。
1年の長さを暦 によって定義する方法が暦法 であり、現在世界 各国で用いられるグレゴリオ暦 [ 2] (現行暦)では、1年を365日とするが、1年を366日とする閏年 を400年間に97回設けることによって、1年の平均日数を365.2425日とする[ 3] 。
なお、天文学 における時間の計量 の単位 としての「年」には通常、ユリウス年 を用いる。ユリウス年は正確に31 557 600秒 =365.25 d(d = 86 400秒 )である(後述)。
年は、時刻 を表示する区分であり、また、年数を表す単位ともなる[ 4] 。これは英語 の year も同様で、「4 years old」(4歳)や「per year」(1年あたり)という時間を表すとともに、「year 1950」(1950年)や「the years of 」(-の年・-の時代)というように特定の時刻を示す際にも使われる[ 5] 。
暦法に従い時刻の「年」を表す方法が紀年法 であり、キリスト紀元(西暦) をはじめとするさまざまな紀年法が使用されている(後述)。
「年」は天文学 においては、ユリウス年 以外は、計量 的な用途には馴染まない[ 6] 。その理由は、たとえば、現行のグレゴリオ暦 では、閏年 があるために、1年が365日または366日となって日数(または秒数)が一定ではないためである[ 注釈 1] 。さらに地球の自転と時刻を合わせるために閏秒 による補正も行われている[ 7] からである。
天文学で用いるユリウス年 は、正確に365.25 日(ユリウス暦 における1年の日数)であり、したがって正確に31 557 600秒 ( = 3600 秒 × 24 時間 × 365.25 日)である。
年は、時間を示すおおまかな単位としては一般に認められている。これは人間 を取り巻く環境 や生活 がもたらす周期性 を重視し、それから受ける感覚 を尊重していることに由来する。このような累積する時間(秒)と繰り返す時間(年)の共存は、単位の柔軟性と多様性を示す一例に当たる[ 6] 。
日本語 で「とし」とは、「稲 」や穀物 を語源 とし、1年周期で稲作 を行なっていたため「年」の意味で使われるようになったという。
漢字 の「年」は、音を表す「人」と意味を示す「禾」からなる形声文字 で、後に「人」が「千」に変化して「年(秊)」の字体となった[ 8] 。「みのり」を意味する単語を表記する文字で、これを「とし」を指す単語に当てるのは仮借による。
なお、この「人」に「くっつく、粘る」といった意味が含まれていると説明されることがあるが[ 9] 、根拠のない臆測に基づく誤った解釈である。実際には「人」という文字は単独では「くっつく、粘る」ではなく「人間 」を意味し、またここでは上記のように形声文字の音符として機能している。
「年」は現代の字典での部首 としては干部 に所属するが、字源的に「干」とは関係がなく、「禾」と「人」あるいは「千」から成っていた(秂・秊)のが楷書 に至る過程での字形の変化により「年」となってもはや字源的な構成要素が原型をとどめておらず、やむを得ず楷書の字形から便宜的に干部に所属させているだけのことである。
地球から見た天の赤道と黄道の傾きが季節の循環を生じる。 赤道傾斜角 地球 上で生活する上で、1年の長さとは春夏秋冬 という季節が一巡する期間を指す。そしてこれは、地上から見た太陽の高さと日照時間 の変化でもたらされる。太陽を公転 する地球の自転軸 (地軸)が公転面に対して約23.44度傾いているため、太陽は天の赤道 から約23.44度 傾いた黄道 を通っている。春分 と秋分 の際に天の赤道と黄道は重なるが、夏 には天の赤道よりも最大約23.44度高い位置を太陽が通り、冬 には逆に最大約23.44度低い位置を通る。これに伴い日照時間も変化し、昼夜は春分と秋分ではほぼ同じ、夏には昼が長く冬には短くなる。太陽の高さは日光 の入射角 を決め、夏の時期には高くなり地表 の単位面積 当たりのエネルギー 量が多くなる。また夏には日照時間が延びることもエネルギーを増やす。冬にはこれらが逆に働き、結果として季節ができる[ 10] 。
この季節の一巡は、天文学的には春分から次の春分までを指し、これは太陽年 [ 11] (回帰年[ 10] )と呼ばれる。この見た目の太陽運行は、太陽を公転 する地球の自転軸 (地軸)が公転面に対して約23.44度傾いているために生じる。これは赤道傾斜角 と言われ、地球が春分点にある位置から太陽周回軌道 (公転軌道)をほぼ1周すると、太陽に対するこの傾いた地軸が同じ位置になり[ 12] 、ふたたび春分点に太陽が来る。これが季節の一巡となる。
しかし、地球の自転軸や公転時間は一定していない。傾いた地球自転軸は、コマ が触れるようにその方向 を変え、そのため春分点が1年あたり約50秒 ずつ東へ移動している。これは歳差運動 と呼ばれる[ 13] [ 14] 。そのため、実は春分点への回帰を根拠とする太陽年では地球の公転上の位置が一定しておらず、1年で地球の公転方向と逆に角度約50秒(公転時間約マイナス20分 )ずつずれてゆく[ 15] 。これは地球上では、年々ずれる春分点と、遠い距離の恒星 がつくる星座 の位置が変わってゆく現象として観察される[ 13] 。地球が正確に公転軌道を360度回転した「年」は、この恒星(慣性系 )を基準にその位置が回帰した時間として定められ、これは恒星年 と呼ばれる[ 16] 。
基本的な天文学における1年を決める地球の公転はケプラーの法則 に従う楕円軌道 で定義され、歳差運動も一定ならば太陽年や恒星年に変化は生じないと思われる。しかし、ケプラーの法則は2つの天体についての運動をニュートン力学 で解いたものであり、ここに第3の天体が加わると計算が非常に複雑となり、事実上近似値 しか求められなくなる。このような他天体の影響による軌道の乱れは摂動 と呼ばれる。サイモン・ニューカム はこれら摂動の影響を短い周期(短周期項)とゆっくりした周期(詳しくは長周期項と長年項)に分け、それらが断続的にケプラー運動の初期値に影響を与えると述べた[ 17] 。そして、この摂動によって地球の公転軌道は徐々に離心率 が小さくなり恒星年が短くなると説明された[ 18] 。さらに摂動は自転軸の章動 を起こし、公転速度に乱れを生じさせ恒星年に影響を与える[ 15] 。
また、公転軌道そのものも一定ではない。楕円の公転軌道も他惑星からの摂動によって回転しており、地球の近日点 は1年で地球の公転方向側に角度約11秒ずつ(公転時間約4分)ずれてゆく。近日点通過後次に近日点の位置に地球がくるまでの時間を「近点年」(平均約365.25964日[ 19] )というが、この年は恒星年よりも約4分長い[ 15] 。
一方、「年」を地球の自転によって決まる「日」で定義する場合、この自転そのものが段々と減速している事も知られている。摂動や潮汐 などの影響と考えられているが、古代の日食 記録やサンゴ 組織 の「日」単位の粗密(日輪)の調査などから約5億年前の1日は短かったことが判明しており、当時の1年は約400日だったと考えられる[ 20] 。
初期の人類が時間を認識する基礎は、季節の観念だったと考えられる。これは狩猟採集社会 において獲物や収穫を左右する要因に大きく影響を及ぼしたからである。ただしその当時どこまで厳密な「年」の概念を持っていたかは定かでない[ 21] 。イギリス にある新石器時代 の遺跡ストーンヘンジ は一種の天体観測台であり、夏至 や冬至 の時期を知るカレンダー の機能を持っていたと考えられる[ 22] [ 23] 。
日次を認識する際、天体の月 が相(満ち欠け) を起こす様子は便利だった。そこから新月 から次の新月までの周期である1朔望月 (約29.53日)を基礎に置いた暦である太陰暦 が発達した[ 24] 。この暦では、平均朔望月(約29.53059日[ 25] )から1か月を29または30日とし、その12倍(太陰年=約354.36708日[ 25] )を暦年 と定めたが、季節の循環と毎年10日ほどのずれが生じることになった。この暦は遊牧民族 や漁撈 中心の社会に適し、地域では古代メソポタミア 、エジプト 、ギリシア 、中国 で発達した[ 26] 。現代でもイスラムで使われるヒジュラ暦 は太陰暦であり、1年は354または355日となる[ 26] 。
しかし太陰暦は季節の期とのずれが激しく、気候 変化に根付いた時間感覚との違和感が大きく農耕民族にとっては[ 26] 使いにくい。古代ギリシアの数学者メトン は、19太陽年と235朔望月にほぼ合うことを見つけ、太陰暦の19年に7度追加の月(閏月) を挿入するメトン周期 を発案した[ 26] 。これによると、1年は平均して365.263日となる。この周期はバビロニア [ 注釈 2] や中国でも独自に発見され、太陽年と太陰暦を置閏法 で調整し特定の年を13か月とする太陰太陽暦 が発達した[ 27] 。
地球の公転を基礎に置く太陽暦 を発達させた古代文明にエジプトがある。この地で発達した根底には一定の期間で発生するナイル川 の洪水があった。これを基準に季節を3つの期に分け、アケト(洪水)、ペロイェト(芽生え)、ショム(欠乏)と呼んでいた[ 28] 。この期がそれぞれ4朔望月とほぼ一致することから、当初はエジプトでも太陰暦が用いられていた[ 28] 。ところが彼らは、洪水が起こり始める夏の時期には太陽が昇る直前の東の空にシリウス が輝くという天文現象 に気づいた。エジプト人はシリウスを神 ソプデト と崇め、夏至を基準とする暦法を作り出した。当初、これは朔望月を基準に3年に1度閏月を加える1年を354日とする「太陰星暦」とも呼べる暦法だったが、紀元前2700年ごろに1か月を30日とし別に5日の祭日を設けた1年を365日とするシリウス暦 に改められた[ 28] 。この30日の12倍に余りの5日を1年とする暦法は古代エチオピア[ 29] や古代インド のパーシ教徒[ 30] でも用いられた。古代エジプトでは、やがてシリウス(恒星)と太陽の運行には若干の差がある事が認識され、プトレマイオス3世 治世時に4年に1度閏日を加え、1年を平均365.25日とする暦法が制定された[ 31] 。
ガイウス・ユリウス・カエサル (ジュリアス・シーザー)共和政ローマ の実権を握ったガイウス・ユリウス・カエサル は、紀元前46年に1年を平均365.25日とするエジプトの太陽暦を導入した[ 注釈 3] 。彼の死後、一時混乱して閏年を3年に1度とする平均365.3333日の運用もなされたが、紀元8年にアウグストゥス が修正を施し平均365.25日へ戻された[ 31] 。ローマ帝国 の拡大に伴い、ユリウス暦はヨーロッパのほぼ全土・アフリカ北部から中近東に至る広い地域で用いられた[ 31] 。このユリウス暦でも1年当たり約11分14秒長かったため、やがて春分日との誤差が顕著になった。1582年、ローマ教皇 グレゴリウス13世 によって400年間に97回の閏年 を設けるグレゴリオ暦 へ改暦され、1年は365.2425日となった。この年単位は当初はカトリック 諸国のみの採用に留まっていた。しかし暦として優れている点が徐々に認められ、プロテスタント 諸国には18世紀以降、ギリシア正教 諸国も19世紀には、非キリスト教国では1873年の日本 [ 注釈 4] を皮切りに、20世紀中には世界中のほとんどの国が採用する西暦 (世界標準暦)として用いられるようになった[ 32] 。
マヤ暦 メソアメリカ 文明では、エジプトとは独立に太陽暦を確立していた。メソアメリカには20日の月が18と5日の余日から構成される365日を1年とする暦と、13日の数字による周期と20日の日名による周期が別々に動き、260日で元に戻る宗教暦が用いられた[ 33] 。
天文学では計量 の単位 としての「年」として、1年を正確に365.25日 とするユリウス年 を用いる。したがって、1ユリウス年 は、国際単位系 における31 557 600秒 (正確に)と定義されている[ 34] 。
日付(年月日)と日数が、改暦 による時期やそれぞれの地域によって統一されていないことから生じるさまざまな不具合に対して考案された基準がユリウス通日 (または、「ユリウス日」)である[ 35] 。ユリウス通日は、紀元前4713年 1月1日(または、-4712年1月1日)の正午 を起点とした通日である。1582年に実施されたユリウス暦 からグレゴリオ暦 への改暦 によって、さまざまな混乱が生じることを懸念して、スカリゲル(ジョゼフ=ジュスト・スカリジェ (英語版 ) )(1540年 -1609年 )が考案した。
10 年を「十年紀 」(decade )[ 36] [ 37] 、1000 年を「千年紀」(ミレニアム )と呼ぶ。また、100 年を「世紀 」と言うが、これは西暦元年 から100年刻みの時代区分を指す[ 38] 。
1年の半分 の6か月のことを「半年(はんとし、はんねん)」という[ 39] 。また、会計年度 などで一つの年度 を6か月ずつの半期に分けて、前の半期(前期)を「上半期(かみはんき)」[ 40] 、後の半期(後期)を「下半期(しもはんき)」[ 41] ともいう。さらに、1年を3か月単位の4分の1に分けたものを「四半 期(しはんき)」(クォーター 、英語:quarter)といい[ 42] 、年や年度の初めから順に第1四半期・第2四半期・第3四半期・第4四半期と呼ぶ。英語圏 では "Q1,Q2,Q3,Q4" と略す。
SI接頭語 の使用天文学 ・地質学 ・古生物学 などでは、以下のような単位が使用される。
1000年 ka(kilo annumの略、annum はラテン語 で年を意味する), ky, kyr 100万 年 Ma, My, Myr、10億 年 Ga, Gy, Gyrこれらはそれぞれ「キロ 年」「メガ 年」「ギガ 年」の意味だが、日本語では接頭語 も訳して呼ぶ。
地殻変動 など非常に遅い速度を表すのに、「ミリメートル 毎年」(mm/y, mm/yr)、「センチメートル 毎年」(cm/y, cm/yr)が使われる。資源 などの産出量は「トン 毎年」(t/y, t/yr)などが使われるが、年当たりなのは自明とみなし単にトンなどと表すことが多い。他にもさまざまな量が年当たりで算出されるが、毎年は省略することが多い。
光年 ユリウス年 を使って定義される長さ の単位 に「光年 」(ly)がある。これは光速度 とユリウス年 との積に等しい。1光年は正確に 9 460 730 472 580 800 m である。
紀年法には、ある起点から期間を区切らず無限に年数が加算されていく紀元 [ 43] 、君主や統治者、その他さまざまな制限によって期限を区切られる元号 [ 44] 、一定の期間で循環する周期 によって年を表わす方法[ 45] が存在する。周期による紀年法の例としては、古代ギリシアにおけるオリンピアード (オリンピア紀元)や[ 46] 、干支 などが挙げられる[ 47] 。
現代においてはキリスト紀元(西暦) が最も多くの国で使われていて、国際標準化機構 のISO 8601 ではアラビア数字 4桁で表記するよう定められている[ 2] 。また、西暦と独自の紀年法を併記する場合がある[ 48] 。新聞 を例に取ると、例えば日本 では西暦2020年 に対して、元号 を用いる「令和 2年」[ 49] 。ほかのアジア諸国では、中華民国(台湾)では「民国109年」(聯合報)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮 )では「主体 109年」(コリアンニュース)[ 50] 、大韓民国 (韓国)では「檀君 紀元4353年」(朝鮮日報 )、イスラム教国 でもエジプト (アル・アハラム )やブルネイ (ブリタブルネイ)を例に取ると「ヒジュラ太陰暦 1442年」[ 51] が併記される。
現在の一年の始まり(年初・歳首[ 52] )は元日 (1月1日)であるが、これには天文学的または宗教・思想的な意味は無い[ 53] 。グレゴリオ暦の基礎となったローマ暦 では、紀元前735年に始まった当初、一年の始まりを現在の3月 (Martius) 初日に置いていた[ 54] 。後にガイウス・ユリウス・カエサル (ユリウス・シーザー)がエジプト から導入した太陽暦 へ切り替えた紀元前47年に、冬至 に近かった1月 (Januarius) の初日を一年の始まりと改めたことが現在まで引き継がれている[ 55] 。日本語では暦月名は一月、二月、と序数で数え上げるが、西洋の暦の暦月名 はそうではない。巡回する12の固有な名前の「どれが年初か」は必ずしも自明ではなく、Martiusを年初の暦月とするか、Januariusを年初の暦月とするかは自由度があるのである(これは曜日を数で数えない言語で「週 」が日曜から始まるか月曜から始まるか議論があるのと似ている)。
しかし、文化圏や民族によって一年の始まりは様々であった。温帯 地方では太陽運行上の節目に当る冬至や春分、または夏至(エジプトなど)、秋分(ユダヤ暦 )を年初と置いていた。シュメール では各都市ごとに暦が統一されていなかったため、年初も春分が多かったものの、夏至や秋分を年初とする都市も存在し[ 56] 、春分近くを年初とする暦に統一されたのはバビロン第1王朝 の時代だった[ 57] 。古代ギリシア暦 においても都市間で年初が異なることは同様であり、アテナイ では夏至基準、スパルタ では秋分を基準としていずれも次の新月を年初とした[ 58] 。農業中心の社会ではローマ暦のように春を年初とみなす場合が多かった[ 26] [ 59] 。他の太陽暦でも、現在の9月11-12日を年初とするエチオピア暦[ 29] 、8月26日から始まったパーシ暦[ 30] 、現在の9月22-24日を年初としたフランス革命暦 (1793年11月24日~1805年12月31日、元日に相当する日はヴァンデミエール(葡萄月)1日)もあった[ 60] 。中国においても春秋戦国時代 には周 が冬至、楚 が立冬 、魏 が立春 を正月とするなど各国によってバラバラであったが、立春を年初とした秦 が中国を統一し、漢 の時代には立春を年初の基準とすることが定着した[ 61] 。
中世ヨーロッパでは、基本的にユリウス暦を用いながらも、年初は地域によってばらばらだった。それらは主にキリスト教 にとって重要な日を選び、イエス・キリスト 生誕日 であるクリスマス の12月25日 、受胎告知 の3月25日 、そしてキリスト教で最も重視され太陽暦では固定できなかった復活祭 [ 52] 。1月1日を主の割礼祭 として年初に据えることもあったが、一般的ではなかった[ 26] 。
1564年にフランス のシャルル9世 が、年初を冬至に近い[ 52] 1月1日へ固定した[ 26] 。当初これには国内の反発があったが3年後には議会で採択され正式に発令され、さらにこれは1582年のグレゴリオ暦採用時にも再度定められた[ 26] 。しかしこの定めはキリスト教圏にすぐに広がったわけではなく、例えばイギリス が1月1日を年初としたのは1752年であった[ 52] 。
歴史学や天文学などにおいて、何かしらの概念に基づく長大な時間に対し固有名詞 をつけて「何々年」と呼ぶ場合がある。古代ギリシア の哲学者 プラトンは歴史 とは循環するものと考え、『テアイテトス』にて、その周期を36,000年と試算した。36,000は「完全数」の名で呼ばれ、これは「プラトン大年(magnus Platonicus annus)」「大年(great year)」「プラトン年 (Platonic Year)」「プラトン的転回 (Platonic Revolution)」と呼ばれ[ 62] 、地球を回る8天体(太陽と7惑星)が元の位置に戻るのに要する時間をいい、宇宙の更新が行われる聖なる周期と考えられていた。
現代では、歳差運動によって春分点が移動して一周する約26,000年に対し、「大年(great year)」 の名が与えられている[ 63] 。さらに、太陽系 が秒速 200kmの速度で銀河系 を一周する期間である約2億年も、銀河年 (Galactic year) という名称で呼ばれる[ 64] [ 65] 。
年が地球の公転周期を基礎にしていることから転じ、他の惑星 の公転周期についても「年」という表記が使われる。例えば「水星 年」[ 66] 、「火星 の一年」[ 5] [ 67] などである。このような用語を使う際、混同を避けるために地球の1年は「地球年」 (earth year) とも呼ばれる[ 66] [ 68] 。
ガウス年 (英語版 ) : 2π /k = 約365.256 898日。k はガウス引力定数 でk = 0.017 202 098 95(定義値)。かつては天文単位 の換算などに使われた[ 69] 。現在では(2012年8月以降)天文単位 はガウス引力定数 とは関係なく、正確に149 597 870 700 m と定義されている。
^ 日本においてグレゴリオ暦導入前に使用されていた天保暦 などは太陰太陽暦 のため、1年は12か月または(閏月 を含む)13か月と一定ではない。 ^ 古代バビロニアでは6か月を1年としていたという。そのため人の年齢 は現在の倍以上で数えられた。聖書 の登場人物が非常に長寿なのは、この習慣が反映したという説がある。(岡田ら (1994)、pp.300-301、太陰太陽暦、バビロニア暦 ) ^ この改暦のために90日もの閏日を設け、1年が445日となった。この年はアヌス・コンフシオニス(「乱年」の意味)と呼ばれた。(2005年の歴史/公益財団法人 国際文化交友会 ) ^ 日本では旧暦の明治 5年12月3日を新暦の明治6年1月1日とし、これは明治改暦 と呼ばれる。大隈重信 の回顧録によると、これは月給制だった役人給与を、改暦で1か月を端折ることができ、当時逼迫していた財政を節約する狙いがあったという。(佐藤 (2009)、pp.55-56 )また、旧暦の明治6年は閏年で13か月あったため、「2日間しかないために端折った明治5年12月分と、準備しないで良くなった明治6年の閏月 分の、合わせて2か月分(の給与)を浮かした」とも言われる。(ブルーバックス「暦の科学」山崎昭、久保良雄 (1984))なお、明治6年を西暦1873年とした改暦の置閏法の記述は、当時既に西洋で広まっていたグレゴリオ暦ではなくユリウス暦のものだったため(4年に1度の閏日を設けるのみ)、両者で食い違いが生じる西暦1900年を2年後に控えた1898年、明治政府は再度改暦を行い、グレゴリオ暦の置閏法に改めた (ブルーバックス「暦の科学」山崎昭、久保良雄 (1984))。従って、日本がグレゴリオ暦を採用したのは1898年ということになる。 ^ 1年とは? 国立天文台 > 暦計算室 > 暦Wiki > 要素^a b 佐藤 (2009)、pp.77-81、世界統一暦の試み ^ 小山真人. “ユリウス暦における地球公転軌道上のずれ(季節のずれ)の累積と、それを改善するグレゴリオ暦(現行暦) ”. 静岡大学 防災総合センター. 2011年5月20日閲覧。 ^ “【年】 ”. Webio百科事典/三省堂 大辞林. 2011年5月20日閲覧。 ^a b “【year】 ”. Webio英和和英事典/研究社 , JST科学技術用語日英対訳辞書, ライフサイエンス辞書, 日本語WordNet, 他. 2011年5月20日閲覧。 ^a b 矢野宏『単位の世界をさぐる』(第1刷)講談社 、1997年。ISBN 4-06-257183-8 。 ^ “日本標準時プロジェクトの業務紹介 ”. 独立行政法人情報通信研究機構 日本標準時プロジェクト. 2010年11月13日閲覧。 ^ 張世超; 孫凌安; 金国泰; 馬如森 (1996), 金文形義通解 , 京都: 中文出版社, pp. 1783–1788, ISBN 7-300-01759-2 ^ “【年・歳】 ”. 語源由来辞典. 2011年5月20日閲覧。 ^a b 青木 (1982)、第4章 単位と天体暦、pp.156-157、三 一年の長さ 季節 ^ “質問3-2 春分の日はなぜ年によって違うの? ”. 国立天文台 . 2011年5月20日閲覧。 ^ 竹野茂治. “春分について ”. 新潟工科大学 情報電子工学科. 2011年5月20日閲覧。 ^a b 親松和浩. “時空の科学としての暦の歴史 ” (PDF). 愛知淑徳大学 . 2011年5月20日閲覧。 ^ 山賀進. “第一部‐2‐宇宙の科学 ”. 2011年5月20日閲覧。 ^a b c 飯島孝夫. “近日点通過日の不思議 ” (PDF). 学習院大学 . 2011年5月20日閲覧。 ^ 高橋広治. “宇宙の科学(第4章) ” (PDF). 埼玉工業大学 人間社会学部. 2011年5月20日閲覧。 ^ 青木 (1982)、第4章 単位と天体暦、pp.159-161、三 一年の長さ 摂動 ^ 青木 (1982)、第4章 単位と天体暦、pp.161-162、三 一年の長さ ニューカムの太陽表 ^ 馬嶋玄敏「暦法、とくに置閏法についての一考察 」『研究紀要』、奈良女子大学文学部附属中学校・高等学校、2010年、2011年5月20日閲覧 。 ^ 青木 (1982)、第4章 単位と天体暦、p.165、三 一年の長さ 一年の日数 ^ 青木 (1982)、第2章 太陰暦と太陽暦、pp.51-53、一 古代人の天文学 人類と天体 ^ 柴田晋平. “夏至 ”. 山形大学 理学部物理学科. 2011年11月9日閲覧。 ^ 柴田晋平 他『星空案内人になろう』技術評論社 ^ 青木 (1982)、序章 月と時、pp.1-2、月のみちかけ ^a b 児玉宏児. “時間の単位と暦法 ”. 神戸大学 大学院自然科学研究科. 2011年5月20日閲覧。 ^a b c d e f g h 浅古拓人. “第4部 暦 ” (PDF). 富士見丘中学校・高等学校 . 2011年5月20日閲覧。 ^ 青木 (1982)、序章 月と時、pp.3-4、太陰太陽暦 ^a b c 岡田ら (1994)、pp.309-310、太陽暦、エジプト暦(シリウス暦) ^a b 岡田ら (1994)、pp.310-311、太陽暦、エチオピア暦 ^a b 岡田ら (1994)、p.311、太陽暦、パーシ暦 ^a b c 岡田ら (1994)、pp.311-312、太陽暦、ユリウス暦 ^ 岡田ら (1994)、pp.312-315、太陽暦、グレゴリオ暦 ^ 岡田ら (1994)、pp.315-317、太陽暦、マヤ暦 ^ 国際天文学連合 "SI units " accessed 18 February 2010. (See Table 5 and section 5.15.) Reprinted from George A. Wilkins & IAU Commission 5,"The IAU Style Manual (1989)" (PDF file) inIAU Transactions Vol. XXB^ 青木 (1982)、第2章 太陰暦と太陽暦、pp.97-98、四 太陽暦問答(その2) ユリウス通日 ^ 十年紀 を意味するdecade はデケイド、ディケイドなどと発音する。^ 宮野健次郎. “新年のご挨拶 ”. 東京大学 先端科学技術研究センター. 2012年5月5日時点のオリジナル よりアーカイブ。2011年11月9日閲覧。 ^ 「【世紀】」『日本語大辞典』(第一刷)講談社、1989年、1063頁。ISBN 4-06-121057-2 。 ^ 「【半年】」『日本語大辞典』(第一刷)講談社、1989年、1613頁。ISBN 4-06-121057-2 。 ^ 「【上半期】」『日本語大辞典』(第一刷)講談社、1989年、388頁。ISBN 4-06-121057-2 。 ^ 「【下半期】」『日本語大辞典』(第一刷)講談社、1989年、883頁。ISBN 4-06-121057-2 。 ^ 「【四半】」『日本語大辞典』(第一刷)講談社、1989年、872頁。ISBN 4-06-121057-2 。 ^ 「暦と時間の歴史」(サイエンス・パレット9)p183 リオフランク・ホルフォード・ストレブンズ著 正宗聡訳 丸善出版 平成25年9月30日発行 ^ 「暦と時間の歴史」(サイエンス・パレット9)p169-179 リオフランク・ホルフォード・ストレブンズ著 正宗聡訳 丸善出版 平成25年9月30日発行 ^ 「暦と時間の歴史」(サイエンス・パレット9)p179-181 リオフランク・ホルフォード・ストレブンズ著 正宗聡訳 丸善出版 平成25年9月30日発行 ^ 「暦の大事典」p90-93 岡田芳朗編 朝倉書店 2014年7月20日初版第1刷 ^ 「暦入門 暦のすべて」p125-126 渡邊敏夫 雄山閣 2012年5月30日初版発行 ^ 佐藤 (2009)、pp.33-36、独自の紀年があってこその世界共通紀年 ^ 佐藤 (2009)、pp.31-33、日本の年月日表示 ^ 佐藤 (2009)、pp.29-31、朝鮮の年月日表示 ^ 佐藤 (2009)、pp.23-26、イスラーム諸国の年月日表示 ^a b c d 佐藤 (2009)、pp.052-056、一年のはじめを固定したこと ^ 「暦の大事典」p150 岡田芳朗編 朝倉書店 2014年7月20日初版第1刷 ^ 池内 (1999)、3 俺は北極星のように不動だ、pp.42-43、ローマの暦 ^ 池内 (1999)、3.俺は北極星のように不動だ、pp.44-47、改暦の歴史 ^ 「文明の誕生」p66-67 小林登志子 中公新書 2015年6月25日発行 ^ 「文明の誕生」p71-72 小林登志子 中公新書 2015年6月25日発行 ^ 「星の文化史事典」p134 出雲晶子編著 白水社 2012年4月9日発行 ^ 岡田ら (1994)、pp.296-298、原始的な暦 ^ 「暦の大事典」p152-153 岡田芳朗編 朝倉書店 2014年7月20日初版第1刷 ^ 「暦の大事典」p232 岡田芳朗編 朝倉書店 2014年7月20日初版第1刷 ^ 岡崎勝世 『世界史とヨーロッパ』講談社 現代新書、2003年、218-219頁。ISBN 4-06-149687-5 。 ^ “【great year】 ”. Webio英和和英事典/研究社 , JST科学技術用語日英対訳辞書, ライフサイエンス辞書, 日本語WordNet, 他. 2011年5月20日閲覧。 ^ 松山恵美子. “四季の星座と神話 ”. 淑徳大学 総合福祉学部. 2011年5月20日閲覧。 ^ “【Galactic year】 ”. Webio英和和英事典/研究社 , JST科学技術用語日英対訳辞書, ライフサイエンス辞書, 日本語WordNet, 他. 2011年5月20日閲覧。 ^a b “科学技術動向 3月号 トピックス、【6】米国探査機、約33年ぶりに水星観測を再開 ”. 科学技術政策研究所 . 2011年5月20日閲覧。 ^ 白尾元理. “マーズ・サーベイヤー98計画はじまる ” (PDF). 惑星地質ニュース. 2011年5月20日閲覧。 ^ “【earth year】 ”. Webio英和和英事典/研究社 , JST科学技術用語日英対訳辞書, ライフサイエンス辞書, 日本語WordNet, 他. 2011年5月20日閲覧。 ^ “【Astronomical unit (AU)】 ” (英語). Union Astronomique Internationale. 2011年10月31日閲覧。 主要概念 単位と規格
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関連項目