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市川市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避市原市」とは異なります。
いちかわし ウィキデータを編集
市川市
市川市旗市川市章
1937年3月16日制定
日本の旗日本
地方関東地方
都道府県千葉県
市町村コード12203-3
法人番号6000020122033ウィキデータを編集
面積57.44km2
(境界未定部分あり)
総人口503,109[編集]
推計人口、2026年1月1日)
人口密度8,759人/km2
隣接自治体浦安市船橋市松戸市鎌ケ谷市
東京都江戸川区
市の木クロマツ
市の花バラ
市の鳥
市の虫
市の歌
ウグイス
スズムシ
市川市歌、市川讃歌
市川市役所
市長田中甲
所在地272-8501
千葉県市川市八幡一丁目1番1号
北緯35度43分19秒東経139度55分52秒 / 北緯35.72192度 東経139.93106度 /35.72192; 139.93106座標:北緯35度43分19秒東経139度55分52秒 / 北緯35.72192度 東経139.93106度 /35.72192; 139.93106
市川市役所第1庁舎
外部リンク公式ウェブサイト

市川市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

地図
特記事項河原地区が江戸川区との境界未定
ウィキプロジェクト

市川市(いちかわし)は、千葉県の北西部に位置する

人口は約50万人。千葉県内では千葉市船橋市に次いで第3位の人口規模である[1]計量特定市に指定されている。東葛飾地域(旧東葛飾郡)に属している。

1934年市制施行。

概要

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市川市は、東京都の都心から10 - 20キロメートル圏内[注 1]に位置し、西側で東京都江戸川区と接している。通勤、通学の便の良さから東京のベッドタウンとして発展している。東京都特別区部への通勤率は47.1%といわゆる「千葉都民」が極めて多い(2015年国勢調査)。政令指定都市・中核市以外で松戸市に次ぐ人口を持つ都市であり、財政力指数が高く地方交付税不交付団体になることが多い。健康都市連合加盟都市[2]。市の標語は「ともに築く 自然とやさしさがあふれる 文化のまち いちかわ」。

市中央部(西部)は、国道14号千葉街道)、総武本線京成本線を軸として、歴史的な街としての一面、文教都市学園都市としての一面、日本有数の閑静な高級住宅地としての一面、市の行政および商業の中心としての一面がある。

国道14号(千葉街道)の北側の歴史は古く、旧石器時代縄文時代の遺跡や古墳時代の古墳が多く残されており、1000年以上前に創建された葛飾八幡宮日蓮宗大本山である法華経寺を始めとした歴史のある神社仏閣も多く点在している。下総台地に位置する国府台国分エリアには、かつて下総国国府および国分寺が置かれ、現在の東京都の隅田川以東から千葉県の北部エリアを領域とした下総国の中心地として栄えた。その後、国府台城旧陸軍の施設が置かれた後、現在では国立国府台医療センター東京医科歯科大学などの医療機関や教育機関等に置き換わった。国府台から八幡にかけて私立の小学校、中学校、高等学校が多く点在しており、文教地区学園地区となっている。

市川真間菅野八幡などのエリアは、市の木であるクロマツも多く静かな佇まいであり、これらの地区は明治時代から木内重四郎などの政治家や東京都心・下町(神田日本橋京橋本所深川柳橋浅草橋など[注 2])の富豪旧日本軍将官クラスが別荘・邸宅を構え、戦後も移り住んできた富裕層が「お屋敷街」を形成する国内屈指の高級住宅地となっている[3][4][5][6][7][8]。千葉県内の住宅地の公示地価としては第1位である[9][10]

また、文化人や著名人が居を構えたことでも知られ、過去には永井荷風幸田露伴(次女の幸田文、孫の青木玉も同居)、北原白秋井上ひさしなど数多くの文人が好んで定住した[5][6][8]。近代文学では夏目漱石正岡子規与謝野晶子三島由紀夫[11]安岡章太郎島尾敏雄などが「市川」に関する作品を書いており、本市に縁のある作家や作品が多い[12]。これら文人の足跡が市民団体や市などの手で「市川文学の散歩道」として残されている。このようなことから「文化都市[13]」と言われている。

市川駅および本八幡駅周辺は、超高層マンション商業施設企業が立ち並び商業地として発展している。特に本八幡駅(京成八幡駅)は鉄道3路線(JR総武線都営地下鉄新宿線京成本線)が利用でき、駅周辺には市役所などの市の施設が多く立地する行政の中心地にもなっている。また、付近には京葉道路および東京外環自動車道も通っており、高速道路の利用も至便である。

南部の行徳地区は東京メトロ東西線が通り区画整理が進んだエリアである。道幅の広い比較的新しい街として開けており、人気のある住宅地となっている。かつては湿地帯で、江戸時代には塩田行徳塩田塩浜由緒書より)が作られて大量の塩が生産され、行徳の塩は全国的に有名だった。JR京葉線国道357号首都高速湾岸線東関東自動車道)沿線の湾岸部は工業地となっていて、様々な企業の工場および倉庫が立ち並ぶ物流の拠点となっている。市川塩浜駅周辺の沖合には東京湾では数少ない干潟・三番瀬があり、埋め立てられて工業用地になる予定であったが産業構造の変化や市民運動の成果によって中止となり、現在も東京湾屈指の干潟として保全され、日本の重要湿地500に選定されている。また、付近には宮内庁新浜鴨場があり、今上天皇が皇后雅子に求婚した場所として知られている。

北部から東部にかけて北総鉄道北総線JR武蔵野線沿線に豊かな自然が残っており、市の名産品である畑が広がっている。

地理

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旧江戸川(左)新中川(右)の合流点(左岸が市川市、右岸が東京都江戸川区)

千葉県北西部に位置し、県庁所在地である千葉市から約20キロメートルの距離である。東京都の都心から10 - 20キロメートル圏内[注 1]である。

市の西部は江戸川と旧江戸川を挟んで東京都江戸川区と接し、北部は松戸市、東部は船橋市、北東部は鎌ケ谷市、南部は浦安市東京湾に接する。旧東葛飾郡葛飾郡)。市の南部は海抜2メートル程度の平野で、北部は海抜20メートル程度のなだらかな下総台地となっている。最高点は国府台地先、里見公園内で30.1メートル。最低点は福栄地先で0.1メートルとなっており、埋立地の一部で海抜ゼロメートル地帯となる。

市川市と船橋市の境界付近から東京湾沿いに千葉市中央区付近まで延びる長さ約22キロメートルの東京湾北縁断層の存在が推定されていたが、1992年(平成4年)度の県の調査結果に加え、国の地震調査研究推進本部地震調査委員会においても、2001年(平成13年)11月に、「東京湾北縁断層は活断層ではない」との評価を公表した。江戸川河口の直下には中央構造線に関連した綾瀬川断層があると推定されている。

市域

  • 広袤(こうぼう):東西8.2キロメートル 南北13.4キロメートル

自然

  • 江戸川(国府台より市川橋方面)
    江戸川(国府台より市川橋方面)
  • 真間川の桜
    真間川の
  • 国分川鯉のぼりフェスティバル
    国分川鯉のぼりフェスティバル
  • 三番瀬

歴史

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前史

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歌川広重『名所江戸百景 鴻の台とね川風景』(里見公園付近の風景)

市川市域に人が住みはじめた歴史は古く、市内北部の台地上には旧石器時代の遺跡が多数存在する(丸山遺跡、権現原遺跡、今島田遺跡等)。縄文時代の遺跡としては、堀之内貝塚姥山貝塚曽谷貝塚等の国の史跡となっている貝塚遺跡があり、その他の貝塚を含めた遺跡数は約60ヶ所にのぼる国内最大級の集中度で、縄文時代には栄えた地域となっていたことが分かる。さらに、弥生時代の遺跡も多数存在する(須和田、杉ノ木台、小塚山、宮久保、国府台等)。

市川市の中でも、国府台より広がる高台は、常に市川一帯の歴史を担ってきた。古墳時代初めには小集落ができ(北根、前原、鳴神山、杉ノ木台)、多くの古墳が築かれた。法皇塚古墳(東京医科歯科大構内)、弘法寺古墳(真間山弘法寺敷地内)、明戸古墳(里見公園内)の3基の前方後円墳のほか、国府台近辺だけで約30ヶ所の古墳があったと推定されている(国府台古墳群)。

下総国府

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→「下総国」および「下総国分寺」も参照
下総総社跡(国府台公園)国府跡も周辺と推定される

律令制により国府台に国庁国府が置かれ、下総国の中枢となった。国府関連施設と思われる遺跡が発掘されている。市川市には下総国の国分寺・国分尼寺が所在していたとされており、その跡も発掘されている。

下総国分寺跡

国分寺跡の伽藍は現在の下総国分寺と重複する位置にあり、金堂跡は現在の本堂の場所にあたる。ただし、塔は西に、金堂・講堂は東に傾いており、堂塔の向きは一定ではない[14]。一帯は須和田遺跡や国府跡推定地が残り、古くから文化的中心地であった。

  • 金堂 - 東西31.5メートル、南北19メートル。
  • 講堂 - 本堂裏の墓地内に位置する。東西26メートル、南北18メートル。
  • 七重塔 - 18メートル四方。礎石は本堂前に移動されている。

下総国分尼寺跡

国分寺北東の市川市国分4丁目(北緯35度44分47.56秒東経139度54分46.70秒 / 北緯35.7465444度 東経139.9129722度 /35.7465444; 139.9129722 (下総国分尼寺跡))に所在する。1932年の発掘調査で金堂・講堂の基壇が確認されるとともに「尼寺」と書かれた土器が出土し、位置の確定に至った[15]。なおそれ以前は、当地はかつて「昔堂」と呼ばれ、国分僧寺跡と考えられていた[16]

発掘調査により寺の範囲を区画する溝が北・東・南で確認され、北溝は340メートル・東溝は303メートルに及び寺域は不整な方形をなしている[15]。現在は市川市営の国分尼寺跡公園として管理されている。

  • 金堂 - 東西25.5メートル、南北22.4メートル。
  • 講堂 - 東西27メートル、南北19メートル。
  • 下総国分寺講堂跡
    下総国分寺講堂跡
  • 下総国分寺塔礎石
    下総国分寺塔礎石
  • 下総国分尼寺金堂跡
    下総国分尼寺金堂跡
  • 下総国分寺僧寺跡・尼寺跡出土品(市川考古博物館展示)
    下総国分寺僧寺跡・尼寺跡出土品(市川考古博物館展示)

中世・近世

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10世紀には平将門の乱に巻き込まれ、12世紀には石橋山の戦いに敗れて安房国に落ち延びた源頼朝が、上総広常と下総国府で合流して軍勢を立て直した。15世紀には太田道灌国府台に仮陣を置き、その弟の太田資忠国府台城を築城した。16世紀には、国府台城は、里見義堯里見氏後北条氏との間で2度にわたり戦われた国府台合戦の舞台となった。戦国時代には市域の大半は千葉氏やその重臣の高城氏領域であったが、小田原征伐で没落する。

江戸時代には一部が栗原藩の支配地だった時期もあるが、大部分は幕府領(天領)・旗本領とされた。特に行徳地区では徳川家康の意向により塩田が整備された(行徳塩田)。

近代・現代

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戊辰戦争の際には、江戸を脱出した大鳥圭介が率いる旧幕府陸軍が、国府台に集結した。これに土方歳三らの新撰組も合流した。すぐに大鳥・土方らは宇都宮を経て日光へ向かったが、その後、別の旧幕府軍(撤兵隊)と官軍の戦いが、この台地下の市川から船橋にかけて戦われた(市川・船橋戦争)。

1875年(明治8年)には、教育機関の最高学府として国府台大学校計画(この計画は岩倉使節団 に随行して欧米諸国の大学校を調査してきた田中不二麿を中心に「欧米二通ズ真ノ高等大学校」の実現を目指して計画されたもので、現在の東京大学とは別の教育機関として構想されたものだった。)が持ち上がり、具体的なもまとまり、土地の買収も進められていたが諸事情により実現しなかった。

1885年(明治18年)には、都心からのアクセスがよく、渡河訓練をはじめ、各種訓練に適した立地に恵まれていたことから、大学校用地跡に陸軍教導団が置かれた。教導団は1899年(明治32年)に廃止されたが、その後、陸軍の野砲兵連隊・国府台陸軍病院などが置かれ、市川は軍都として栄えた。

歌川広重『名所江戸百景 真間の紅葉手古那の社つぎ橋[注 3]

第二次世界大戦では、13回の空襲被害を受けた。最大の物的被害が生じた空襲は1945年(昭和20年)2月25日のものであり、東京都内を標的としたものが悪天候などにより市川市内に着弾。市川新田地域と中山法華経寺門前であり、70戸余りの家屋が全焼した[17]

終戦後、陸軍の広大な土地は、国立国府台医療センター(旧・国府台陸軍病院ほか)、市川市スポーツセンター(国府台公園)、東京医科歯科大学千葉商科大学和洋女子大学筑波大学附属聴覚特別支援学校千葉県立国府台高等学校市川市立第一中学校、千葉県血清研究所の各施設に変わった。

国府台周辺以外の地区

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八幡地区は寛平年間(西暦889年 - 898年)に創建された葛飾八幡宮を中心に発展し、中山地区は文応元年(西暦1260年)に創建された中山法華経寺の門前町として発展した。江戸時代には、市川地区、八幡地区に佐倉街道成田街道)の宿場町である市川宿、八幡宿があり、五街道の1つである日光街道の支線として道中奉行の支配下に置かれた。成田街道の別ルートである日本橋から海路を経るルートとして行徳地区にも宿場町があり、江戸川水運の中心地として発展した。

真間の手児奈伝説・江戸名所図会

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現在の真間に舒明天皇時代の国造の娘である手児奈という絶世の美少女がいたという伝説があり、奈良時代にはその噂が都にまで届いて万葉集に詠まれるほど有名だった。737年に行基がその故事を聞き、手児奈の霊を慰めるために弘法寺を開いた。現在は手児奈霊神堂に祀られている。

斎藤月岑江戸名所図会には、葛飾八幡宮および八幡の藪知らずが、歌川広重名所江戸百景には、「真間の紅葉手古那の社継はし」「鴻の台とね川風景」が描かれている。

年表

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  • 1934年(昭和9年)11月3日 -東葛飾郡市川町八幡町中山町国分村が合併し、市川市が発足した。千葉県内では千葉市銚子市についで3番目の市制施行である。
  • 1949年(昭和24年)11月3日 - 東葛飾郡大柏村を編入。
  • 1955年(昭和30年)3月31日 - 東葛飾郡行徳町を編入。
  • 1956年(昭和31年)10月1日 - 東葛飾郡南行徳町を編入。
  • 1967年(昭和42年) - 下校中の小学生のランドセルが自動車と接触、ひっかけられて轢き逃げされる事件が発生。市議会が次年度の一年生からランドセルを廃止する決議を行う[18]
  • 1980年(昭和55年)3月18日 -防災行政無線運用開始。
  • 1992年(平成4年) -日本で最初に「駅前放置自転車対策条例」(平成4年12月条例第27号)を施行した。
  • 2007年(平成19年)4月27日 - 同年2月の議会での「政令指定都市検討促進決議」を受け、市川市、船橋市松戸市鎌ケ谷市が、この圏域の将来的な選択肢の一つとして、合併政令指定都市への移行に関する共同研究を目的とした「東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会」[19](2008年9月1日現在の4市推計人口1,649,569人)を設立した。同研究会は2009年3月研究報告書を出した。この研究報告により合併のメリットがさほど見いだせないことがわかり、中央においても合併論が下火になったこともあり、合併推進論は全く語られなくなった。
  • 2008年(平成20年)10月26日 - 市で初めての還暦式が行われた。地方自治体が催す式典としては先陣の一つとされる。
  • 2017年(平成29年)4月28日 - 新第2庁舎が竣工。
  • 2020年(令和2年)8月 - 新第1庁舎の4階から7階が先行開庁[20]
  • 2021年(令和3年)1月 - 新第1庁舎の全てのフロアで業務開始。ワンストップサービスがスタート[21]
  • 2021年(令和3年)11月30日 - 老朽化により中央公民館を閉鎖[22]
  • 市川駅北口付近の略図(1928年)
    市川駅北口付近の略図(1928年)
  • 市川橋付近の略図(1928年)
    市川橋付近の略図(1928年)

宿場

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佐倉街道成田街道)のうち水戸街道からの分岐である新宿から数えて2番目の宿場が市川宿、3番目が八幡宿である[注 4]。新宿から八幡宿までは五街道の1つである日光街道の支線として道中奉行の支配下に置かれていた。水戸街道は千住宿で日光街道から分岐し、次の新宿で佐倉街道と分岐している。

市川市名の由来

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市名選定の由来は、市川市誕生時に遡る。当初合併計画は市川町、八幡町、国分村で進められていたが、市の構成要素に欠ける点があった[23]。そのため市川町は、県当局の勧奨により1934年3月に当時馴染みの薄かった中山町とも連携した。

市川町は江戸川水運の中継地点として繁栄したのち、国府台に陸軍の教導団が置かれる軍都であり、八幡町、中山町に比べて飛び抜けて発展していた[24]。しかし、市川町は「市川市」では合併工作が軌道に乗らないと考え、新市名に旧町村名を使用しないことを原則として議論を進めていた[25]

1934年6月16日の第一回代表委員会における各町村の希望事項は次の通りであり、市名の一項を除き他は全部協定済みとなった。

市川町外三ケ町村市制施行に伴ふ希望事項協議案[26]
市川町八幡町中山町國分村協議案
一、市の名前合倂町村の代表となるべき名稱を以てすること合倂四ヶ町村民中より懸賞募集により定むること

但し舊町村を用ゐざること

舊町村名に關係なき名稱を選定すること目下適當の考案なき故當局の任意にすること市の名稱は關係町村名を襲用せず新に定むること

新市名候補

  • 江東市
  • 東葛市
  • 下總市
  • 北總市
  • 總府市
二、市役所の位置最も便利なる場所を選定すること市の中央なる八幡町に置くこと八幡町國道沿ひの場所に選定し假廳舍を市制施行と同時に設くること合併前に決定せず市會に於て適當と認むる場所に選定の上施設すること市役所は假廳舍を設くることとし市の中央にして便利なる位置を選定すること
三、負擔市稅負擔額は三ヶ年間現在の狀態を維持すること市稅は三ヶ年間現在比率を超へざること稅負擔は成べく現在を超過せざること、都市計劃上道路網の滿全を期するは勿論なるも池の施設は逐次稅の增大ならざる範圍内に於て實施すること市稅負擔額は三ヶ年間現在の狀態を維持すること
四、町村吏員現在の町村吏員は特別の事情なき限り市へ引繼くこと有給吏員は全部市へ引繼くこと吏員は特別の事情なき限り市へ引繼くこと出來得る限り現在吏員を採用し當分解職せさること有給吏員は全部市に引繼くこと
五、町村の權利義務合倂町村の權利は一切市へ引繼くこと合倂前に於ける町村の權利義務は一切市へ引繼くこと舊町村の權利義務の全部を市へ引繼くこと
六、市政施行の期日昭和九年十一月三日同上同上同上同上
七、其の他市川町里見公園を市立公園とすること八幡停車場の設置が市制施行前に實現し得ざる場合は市に引繼ぎ昭和九年度中に之が實現に努力すること法華經寺を中心とし、公園を設置すること

中等程度の學校を設くること

村債を以て道路工事繼續中につき市制施行後も引繼ぎ施行せられたきこと何れも市代議檢認の議を經て實施すべき事項なれども將來市の發展に資すべき施設のみに付希望事項として市に引繼ぎ充分其の實現に努力すること

協議案では「江東市」、「東葛市」、「下総市」、「北総市」、「総府市」の5候補が挙げられたが、「いづれ劣らぬ田臭味百パーセントで新興都市の不滅の金字としてはさるべくもない」[25]こと、また、「市川町民には市役所を初め市制によつて得るところが皆無とあつては合併の盟主たる市川町として餘りにも酷に過ぎる」[25]ことから、市川町は新市名を「市川市」とすることで他の3町村と再交渉を行った。総武線秋葉原駅には「両国市川千葉方面」という案内があり、市川という地名が既に一般の人々に馴染み深いこと、また、縦と横に「市川市」と書き、どこから読んでも市川市でわかりやすいという語呂の良さから、市川町は「市川市」を提案した[27]。市川町以外はこれに反対し、話し合いが縺れて一時は合併話が一度暗礁に乗りかけた[27]。最終的に市川町中山町間で折衝が行われ、中山町は市役所を中山側(八幡町の藪知らずより東側の国道沿い[27])へ引き寄せることで市川町に譲歩し、市名が市川市に決定した[25]。中山町はさらに京成停留所(鬼越駅)、学校、法華経寺公園等の設置も合併条件に加え、鬼越・中山競馬場間の道路舗装も決定した[28]1934年9月19日の代表委員会では、庁舎や敷地以外の事項を協定し、市制の大枠が定まった[26]

市川の名称は市西端に流れる江戸川が当時東国一の川であったことから一の川が訛ったとする説、江戸川の河岸に川舟が集まり定期的に市が開かれていたことに由来するという説の2つが有力である。市川の地名が初めて登場するのは『義経記』。石橋山の戦いで敗れ安房で再起した源頼朝が、軍勢を率いて下総の松戸庄市河に達するという記述がある。

町名

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市川市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

市川市役所本庁管内(154町丁)
町名町名の読み町区域新設年月日住居表示実施年月日住居表示実施前の町名等備考
国府台一丁目こうのだい1966年4月1日1966年4月1日国府台町1、国分町の各一部
国府台二丁目1966年4月1日1966年4月1日国府台町1の一部
国府台三丁目1966年4月1日1966年4月1日国府台町1、国府台町2の各一部
国府台四丁目1966年4月1日1966年4月1日国府台町2の一部
国府台五丁目1966年4月1日1966年4月1日国府台町1、国府台町2、国府台町3の各一部
国府台六丁目1966年4月1日1966年4月1日国府台町3の一部
市川一丁目いちかわ1965年7月1日1965年7月1日市川町5、新田町3の各一部
市川二丁目1965年7月1日1965年7月1日市川町3の全部と市川町2、市川町5の各一部
市川三丁目1965年7月1日1965年7月1日市川町1の全部と市川町2、根本町、真間町2の各一部
市川四丁目1965年7月1日1965年7月1日根本町、真間町1の各一部
市川南一丁目いちかわみなみ1965年7月1日1965年7月1日市川町5の一部
市川南二丁目1965年7月1日1965年7月1日市川町5の一部
市川南三丁目1965年7月1日1965年7月1日市川町4の一部
市川南四丁目1965年7月1日1965年7月1日市川町4の一部
市川南五丁目1966年9月1日1966年9月1日市川町4の全部
真間一丁目まま1966年4月1日1966年4月1日真間町4の全部と真間町3の一部
真間二丁目1966年4月1日1966年4月1日真間町2の全部
真間三丁目1966年4月1日1966年4月1日真間町3の一部
真間四丁目1966年4月1日1966年4月1日真間町1、根本町の各一部
真間五丁目1966年4月1日1966年4月1日真間町1、国分町の各一部
新田一丁目しんでん1968年2月1日1968年2月1日新田町1の全部と平田町3の一部
新田二丁目1968年2月1日1968年2月1日新田町2の一部
新田三丁目1968年2月1日1968年2月1日新田町2の一部
新田四丁目1968年2月1日1968年2月1日新田町4、大洲町の各一部
新田五丁目1968年2月1日1968年2月1日新田町3の全部と新田町4の一部
平田一丁目ひらた1968年2月1日1968年2月1日平田町1、平田町2、平田町3の各一部
平田二丁目1968年2月1日1968年2月1日平田町2、平田町3の各一部
平田三丁目1968年2月1日1968年2月1日平田町1、平田町2、平田町3の各一部
平田四丁目1968年2月1日1968年2月1日平田町1、平田町2、平田町3の各一部
大洲一丁目おおす1968年2月1日1968年2月1日大洲町の一部
大洲二丁目1968年2月1日1968年2月1日大洲町、下新宿の各一部
大洲三丁目1968年2月1日1968年2月1日大洲町の一部
大洲四丁目1968年2月1日1968年2月1日大洲町、新田町4の各一部
大和田一丁目おおわだ1968年2月1日1968年2月1日大和田の一部
大和田二丁目1968年2月1日1968年2月1日大和田、本行徳の各一部
大和田三丁目1968年2月1日1968年2月1日河原の一部
大和田四丁目1968年2月1日1968年2月1日上下妙典、平田町3、河原の各一部
大和田五丁目1968年2月1日1968年2月1日大和田、本行徳、上下妙典、河原の各一部
東大和田一丁目ひがしおおわだ1968年年月日本行徳、稲荷木の一部
東大和田二丁目1968年年月日本行徳、稲荷木の一部
稲荷木一丁目とうかぎ1973年2月1日1973年2月1日稲荷木、田尻の各一部
稲荷木二丁目1973年2月1日1973年2月1日稲荷木、河原、大和田、田尻の各一部
稲荷木三丁目1973年2月1日1973年2月1日稲荷木、本行徳、大和田の各一部
八幡一丁目やわた1967年2月1日1967年2月1日八幡町1、鬼越町1の各一部
八幡二丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町1、八幡町3、八幡町4、八幡町6の各一部
八幡三丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町4の一部
八幡四丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町3の一部
八幡五丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町1、八幡町2の各一部
八幡六丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町2、八幡町3の各一部
南八幡一丁目みなみやわた1967年2月1日1967年2月1日八幡町7の一部
南八幡二丁目年月日年月日
南八幡三丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町6、八幡町7の各一部
南八幡四丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町6の一部
南八幡五丁目1967年2月1日1967年2月1日八幡町5の全部
菅野一丁目すがの1967年2月1日1967年2月1日菅野町1、菅野町5、平田町1の各一部
菅野二丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町5、平田町1、平田町2、平田町3、新田町1の各一部
菅野三丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町5、菅野町6、新田町1の各一部
菅野四丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町1、菅野町4の各一部
菅野五丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町4の一部
菅野六丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町6の一部
東菅野一丁目ひがしすがの1967年2月1日1967年2月1日菅野町2の全部と八幡町2の一部
東菅野二丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町3の一部
東菅野三丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町3、八幡町2の各一部
東菅野四丁目1967年2月1日1967年2月1日菅野町3、八幡町2、宮久保町の各一部
東菅野五丁目年月日1986年6月1日東菅野5、宮久保町の各全部と北方町4の一部
宮久保一丁目みやくぼ1971年2月1日1971年2月1日宮久保町、曽谷町の各一部
宮久保二丁目1971年2月1日1971年2月1日宮久保町、曽谷町の各一部
宮久保三丁目1971年2月1日1971年2月1日宮久保町の一部
宮久保四丁目1971年2月1日1971年2月1日宮久保町の一部
宮久保五丁目1971年2月1日1971年2月1日宮久保町の一部
宮久保六丁目1971年2月1日1971年2月1日宮久保町の一部
鬼越一丁目おにごえ1969年9月1日1969年9月1日鬼越町1、鬼越町2、高石神町の各一部
鬼越二丁目1969年9月1日1969年9月1日鬼越町1、鬼越町2、高石神町の各一部
鬼高一丁目おにたか1969年9月1日1969年9月1日八幡町7の全部と鬼高町の一部
鬼高二丁目1969年9月1日1969年9月1日鬼高町の一部
鬼高三丁目1969年9月1日1969年9月1日鬼高町の一部
鬼高四丁目1973年2月1日1973年2月1日鬼高町、田尻、稲荷木の各一部
高石神たかいしがみ1969年9月1日1969年9月1日高石神町、鬼越町2の各一部
中山一丁目なかやま1969年9月1日1969年9月1日中山町3の全部と中山町2の各一部
中山二丁目1969年9月1日1969年9月1日中山町2、若宮町2の各一部
中山三丁目1969年9月1日1969年9月1日中山町2の一部
中山四丁目1969年9月1日1969年9月1日中山町1の全部
若宮一丁目わかみや1969年9月1日1969年9月1日若宮町1の全部
若宮二丁目1969年9月1日1969年9月1日若宮町2、若宮町3、中山町2の各一部
若宮三丁目1969年9月1日1969年9月1日若宮町3、北方町3の各一部
北方一丁目きたかた1969年9月1日1969年9月1日北方町1の全部
北方二丁目1969年9月1日1969年9月1日北方町2の全部
北方三丁目1969年9月1日1969年9月1日北方町3の一部
本北方一丁目もときたかた1969年9月1日1969年9月1日北方町3の一部
本北方二丁目1969年9月1日1969年9月1日北方町3の一部
本北方三丁目1969年9月1日1969年9月1日北方町3の一部
北方町四丁目ぼっけまち1951年12月1日未実施
国分一丁目こくぶん1972年2月1日1972年2月1日国分町の一部
国分二丁目1972年2月1日1972年2月1日国分町の一部
国分三丁目1972年2月1日1972年2月1日国分町の一部
国分四丁目1972年2月1日1972年2月1日国分町の一部
国分五丁目1972年2月1日1972年2月1日国分町、中国分町の各一部
国分六丁目1972年2月1日1972年2月1日国分町の一部
国分七丁目1972年2月1日1972年2月1日国分町、北国分町の各一部
中国分一丁目なかこくぶん1972年2月1日1972年2月1日中国分町の一部
中国分二丁目1972年2月1日1972年2月1日中国分町の一部
中国分三丁目1972年2月1日1972年2月1日中国分町の一部
中国分四丁目1972年2月1日1972年2月1日国府台町3の全部と国分町、中国分町の各一部
中国分五丁目1972年2月1日1972年2月1日中国分町の一部
北国分一丁目きたこくぶん1972年2月1日1972年2月1日北国分町の一部
北国分二丁目1972年2月1日1972年2月1日北国分町の一部
北国分三丁目1974年2月1日1974年2月1日北国分町の一部
北国分四丁目1974年2月1日1974年2月1日北国分町の一部
須和田一丁目すわだ1966年4月1日1966年4月1日須和田町1の全部と宮久保町、国分町の各一部
須和田二丁目1966年4月1日1966年4月1日須和田町2の全部
稲越一丁目いなごし1951年12月1日2021年2月1日稲越町の一部
稲越二丁目1951年12月1日2021年2月1日稲越町の一部
稲越三丁目1951年12月1日2021年2月1日稲越町の一部
曽谷一丁目そや1971年2月1日1971年2月1日曽谷町の一部
曽谷二丁目1971年2月1日1971年2月1日曽谷町の一部
曽谷三丁目1971年2月1日1971年2月1日曽谷町の一部
曽谷四丁目1971年2月1日1971年2月1日曽谷町の一部
曽谷五丁目1971年2月1日1971年2月1日曽谷町の一部
曽谷六丁目1974年2月1日1974年2月1日曽谷町の一部
曽谷七丁目1971年2月1日1971年2月1日曽谷町の一部
曽谷八丁目1971年2月1日1971年2月1日曽谷町の一部
下貝塚一丁目しもかいづか1981年2月1日1981年2月1日下貝塚町の一部
下貝塚二丁目1981年2月1日1981年2月1日下貝塚町、大野町1の各一部
下貝塚三丁目1981年2月1日1981年2月1日下貝塚町、北方町4の各一部
東国分一丁目ひがしこくぶん1974年2月1日1974年2月1日曽谷町の一部
東国分二丁目1974年2月1日1974年2月1日曽谷町の一部
東国分三丁目1974年2月1日1974年2月1日曽谷町の一部
堀之内一丁目ほりのうち1996年2月1日1996年2月1日北国分町の一部
堀之内二丁目1996年2月1日1996年2月1日北国分町の一部
堀之内三丁目1996年2月1日1996年2月1日北国分町の一部
堀之内四丁目1996年2月1日1996年2月1日北国分町の一部
堀之内五丁目1996年2月1日1996年2月1日北国分町の一部
東浜一丁目ひがしはま年月日未実施
田尻たじり1955年3月31日未実施
田尻一丁目たじり1973年2月1日1973年2月1日鬼高町、田尻、稲荷木の各一部
田尻二丁目1973年2月1日1973年2月1日鬼高町、田尻、稲荷木の各一部
田尻三丁目1973年2月1日1973年2月1日鬼高町の一部
田尻四丁目1973年2月1日1973年2月1日鬼高町、田尻の各一部
田尻五丁目1973年2月1日1973年2月1日田尻、稲荷木、高谷、河原の各一部
高谷こうや1955年3月31日未実施
高谷一丁目こうや1976年4月1日1976年4月1日高谷の一部
高谷二丁目1976年4月1日1976年4月1日高谷の一部
高谷三丁目1976年4月1日1976年4月1日高谷の一部
高谷新町こうやしんまち年月日未実施
原木ばらき1955年3月31日未実施
原木一丁目ばらき1976年4月1日1976年4月1日原木の一部
原木二丁目1976年4月1日1976年4月1日原木、高谷の各一部
原木三丁目1976年4月1日1976年4月1日原木、二俣の各一部
原木四丁目1976年4月1日1976年4月1日原木の一部
二俣ふたまた1955年3月31日未実施
二俣一丁目ふたまた1976年4月1日1976年4月1日二俣、原木の各一部
二俣二丁目1976年4月1日1976年4月1日印内飛地の全部と二俣、二子飛地、本郷飛地の各一部
二俣新町ふたまたしんまち年月日未実施
上妙典かみみょうでん1955年3月31日未実施
二子飛地ふたごとびち1955年3月31日未実施
本郷飛地ほんごうとびち1955年3月31日未実施
大柏管内(13町丁)
町名町名の読み町区域新設年月日住居表示実施年月日住居表示実施前の町名等備考
南大野一丁目みなみおおの1986年6月1日1986年6月1日下貝塚町の全部と北方町4、奉免町、大野町1、大野町2の各一部
南大野二丁目1986年6月1日1986年6月1日大野町2の一部
南大野三丁目1986年6月1日1986年6月1日大野町2の一部
大野町一丁目おおのまち1951年12月1日未実施
大野町二丁目1951年12月1日未実施
大野町三丁目1951年12月1日未実施
大野町四丁目1951年12月1日未実施
柏井町一丁目かしわいまち1951年12月1日未実施
柏井町二丁目1951年12月1日未実施
柏井町三丁目1951年12月1日未実施
柏井町四丁目1951年12月1日未実施
大町おおまち1951年12月1日未実施
奉免町ほうめまち1951年12月1日未実施
行徳管内(70町丁)
町名町名の読み町区域新設年月日住居表示実施年月日住居表示実施前の町名等備考
本行徳ほんぎょうとく年月日1978年4月1日本行徳の一部
加藤新田かとうしんでん年月日未実施
千鳥町ちどりちょう年月日未実施町名地番整理実施区域
高浜町たかはままち年月日未実施町名地番整理実施区域
関ヶ島せきがしま年月日1978年4月1日関ヶ島の一部
伊勢宿いせじゅく年月日1978年4月1日伊勢宿の一部
下新宿しもしんしゅく年月日1978年4月1日下新宿の一部
河原かわら年月日1978年4月1日河原の一部
下妙典しもみょうでん年月日未実施
妙典一丁目みょうでん1978年4月1日1978年4月1日妙典の各一部
妙典二丁目1978年4月1日1978年4月1日妙典の各一部
妙典三丁目1978年4月1日1978年4月1日妙典の各一部
妙典四丁目1998年2月1日1998年2月1日上妙典、下妙典、富浜1の各一部
妙典五丁目1998年2月1日1998年2月1日上妙典、下妙典、富浜1の各一部
妙典六丁目1998年2月1日1998年2月1日上妙典、下妙典、富浜1の各一部
押切おしきり年月日1978年4月1日押切の一部
みなと年月日1977年2月1日湊、湊新田の各一部
湊新田みなとしんでん年月日1977年2月1日湊新田、湊の各一部
湊新田一丁目みなとしんでん年月日1979年5月1日湊新田1の各全部
湊新田一丁目年月日1979年5月1日湊新田2の各全部
香取一丁目かんどり年月日1977年2月1日香取の全部及び香取1、欠真間1の各一部
1979年5月1日香取1のうち住居表示未実施区域の全部
香取二丁目年月日1979年5月1日香取2の全部
欠真間一丁目かけまま年月日1977年2月1日欠真間、欠真間1の各一部
1979年5月1日欠真間1のうち住居表示未実施区域の全部
欠真間二丁目年月日1980年2月1日欠真間2の全部
相之川一丁目あいのかわ1977年2月1日1977年2月1日相之川、相之川2、欠真間の各一部
相之川二丁目1972年12月27日1980年2月1日相之川2の全部
相之川三丁目1972年12月27日1980年2月1日相之川2の全部
相之川四丁目1972年12月27日1980年2月1日相之川4の全部
新井一丁目あらい1977年2月1日1977年2月1日新井、新井2、相之川、広尾1、当代島飛地、島尻の各一部
新井二丁目1972年12月27日1980年2月1日新井2の全部
新井三丁目1972年12月27日1980年2月1日新井3の全部
島尻しまじり1956年1977年2月1日島尻、新井の各一部
広尾一丁目ひろお年月日1977年2月1日広尾1、相之川、新井の各一部
広尾二丁目1979年5月1日1979年5月1日相之川、新井、当代島飛地の各全部及び広尾1のうち住居表示未実施区域の全部
南行徳一丁目みなみぎょうとく1972年12月27日1980年2月1日南行徳1の全部
南行徳二丁目1972年12月27日1980年2月1日南行徳2の全部
南行徳三丁目1972年12月27日1980年2月1日南行徳3の全部
南行徳四丁目1972年12月27日1980年2月1日南行徳4の全部
塩浜一丁目しおはま年月日年月日塩浜の各一部
塩浜二丁目年月日年月日塩浜の各一部
塩浜三丁目年月日年月日塩浜の各一部
塩浜四丁目年月日年月日塩浜の各一部
福栄一丁目ふくえい年月日1979年5月1日福栄1の全部及び欠真間の一部
福栄二丁目年月日1979年5月1日福栄2の全部及び欠真間の一部
福栄三丁目年月日1979年5月1日福栄3の全部及び欠真間の一部
福栄四丁目年月日1979年5月1日福栄4の全部及び欠真間の一部
行徳駅前一丁目ぎょうとくえきまえ年月日1979年5月1日行徳駅前1の全部及び本行徳の一部
行徳駅前二丁目年月日1979年5月1日行徳駅前2の全部及び本行徳の一部
行徳駅前三丁目年月日1979年5月1日行徳駅前3の全部及び本行徳の一部
行徳駅前四丁目年月日1979年5月1日行徳駅前4の全部及び本行徳の一部
新浜一丁目にいはま年月日年月日新浜の各一部
新浜二丁目年月日年月日新浜の各一部
新浜三丁目年月日年月日新浜の各一部
新浜四丁目年月日年月日新浜の各一部
入船いりふね1979年5月1日1979年5月1日入船町の全部及び本行徳の一部
日之出ひので1979年5月1日1979年5月1日日之出町の全部
末広一丁目すえひろ年月日1980年2月1日末広1の全部
末広二丁目年月日1980年2月1日末広2の全部
本塩ほんしお年月日1978年4月1日住吉1の全部及び本行徳、下新宿、住吉2の各一部
富浜一丁目とみはま年月日1980年2月1日富浜1の一部
富浜二丁目年月日1980年2月1日富浜2の全部
富浜三丁目年月日1980年2月1日富浜3の全部
塩焼一丁目しおやき年月日2000年2月1日塩焼1の全部及び下妙典の一部
塩焼二丁目年月日2000年2月1日塩焼2の全部及び下妙典の一部
塩焼三丁目年月日2000年2月1日塩焼3の全部及び下妙典の一部
塩焼四丁目年月日2000年2月1日塩焼4の全部及び下妙典の一部
塩焼五丁目年月日2000年2月1日塩焼5の全部及び下妙典の一部
宝一丁目たから年月日1980年2月1日宝1の全部
宝二丁目年月日1980年2月1日宝2の全部
幸一丁目さいわい年月日1980年2月1日幸1の全部
幸二丁目年月日1980年2月1日幸2の全部

人口

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2020年国勢調査より前回調査からの人口増減を見ると、1.03%増の495,402人であり、増減率は千葉県下54市町村中11位、60行政区域中14位。

2021年度は転入者28,127人、転出者28,141人で8年ぶりの転出超過となった。

市川市と全国の年齢別人口分布(2005年)市川市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 市川市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
市川市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年)261,055人
1975年(昭和50年)319,291人
1980年(昭和55年)364,244人
1985年(昭和60年)397,822人
1990年(平成2年)436,596人
1995年(平成7年)440,555人
2000年(平成12年)448,642人
2005年(平成17年)466,608人
2010年(平成22年)473,919人
2015年(平成27年)481,732人
2020年(令和2年)496,676人
総務省統計局国勢調査より

人口0人地区

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市川市が公表している町丁別世帯人口表によると以下の地区は人口が0人になっている

  • 二俣新町
  • 塩浜2丁目
  • 東国分3丁目
  • 千鳥町
  • 高浜町
  • 新浜3丁目
  • 東浜1丁目
  • 下妙典
  • 田尻(旧番地)
    • 1~5丁目には居住者がいる

行政

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1997年(平成9年)から行政サービス向上の一環として全国初の仕組みである、あらかじめ市役所電話住民票を申請し、午前中申請なら同日午後4時以降、自分の近所の公共施設消防署コンビニエンスストア、市内の商店などで住民票が受け取れる「取次所」を設けていた。受け取りの際には、認め印と受取人を確認する4桁の暗証番号が必要となっていた。(このサービスはコンビニエンスストアのマルチコピー機を用いた交付サービスに移行する形で、2010年(平成22年)3月16日正午までの受付分で終了した。)

個人市民税納税者等が納める税のうち、その1%の相当額を自ら任意に希望指名して地域づくりの主体であるボランティア団体やNPOなど、市民の自主的な活動に対してその団体の事業費(運営費を除く)に当てるよう要請することができるという、全国初の1%支援制度(市民活動団体支援制)がある。2005年(平成17年)度に開始され、2007年(平成19年)から3団体まで支援できる団体数を拡大し、納税者以外が地域ポイントも振り当てられるよう条例改正をした。NHKでテレビ放送されたEUハンガリー国のパーセント法がヒントとなっている[29]

地方自治法第252条の22第1項に定める政令による中核市になる要件を満たしている。2022年現在、中核市移行に向けて、市役所内(市長部局及び、市議会の特別委員会)にて検討中。ただし、現市長は、費用対効果などを考慮した結果、移行には消極的であるとされる。

健康都市推進協議会(2003年(平成15年)12月24日発足)により市民(委託された健康都市推進員などによる)と協働で2004年(平成16年)11月WHO健康都市を宣言し取り組んでいる。2008年(平成20年)10月健康都市連合国際大会が開催され、「健康都市市川宣言」[30]を採択した。

2009年(平成21年)9月11日 -市議会市民の意見も参考に条例改正を可決し、2010年(平成22年)4月から路上などのの放置や不始末と空き缶ポイ捨て過料2,000円を科すとした。これらの過料日本で初めてとされる[31]

2010年(平成22年)10月23日-24日 - 市政戦略会議は公募市民を12人含む30人の委員により20事業25項目を対象とした初めての事業仕分けを行った[32]

市長

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歴代市長[34]

氏名就任日退任日備考
官選市川市長
1 - 3浮谷竹次郎1934年12月6日1940年4月28日
4稲内清二1940年6月11日1941年10月7日
5林幸司1942年7月1日1943年12月5日
6高橋統閭1944年3月5日1946年11月11日
公選市川市長
7 - 8浮谷竹次郎1947年4月9日1955年5月1日
9織田智1955年5月2日1956年2月15日
10 - 12浮谷竹次郎1956年3月25日1964年12月15日
13浮谷元吉1965年1月31日1965年12月12日
14 - 15富川進1966年1月30日1974年1月29日
16鈴木忠兵衛1974年1月30日1977年12月11日
17 - 21高橋國雄1977年12月25日1997年12月24日
22 - 24千葉光行1997年12月25日2009年12月24日
25 - 26大久保博2009年12月25日2017年12月24日
27村越祐民2018年4月22日2022年4月21日
28田中甲2022年4月22日

財政

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財政は豊かであり、地方交付税のうち財源不足の自治体に交付される普通交付税の交付を受けていない。財政力指数は1.108(令和2年)であり、類似団体と比べ平均を大きく上回る。なお、千葉県内で1を超える団体(いわゆる不交付団体)は54市町村中7市であり、市川市はその一自治体である。

職員給与が国家公務員よりも高く、2014年の地方公務員給与実態調査の結果によると全国7位であり、ラスパイレス指数(国家公務員の給与を100とした場合の地方公務員の給与水準)は103.4(全国平均は98.6)。職員の採用試験を有料とし、申込みに際して受験料を徴収している。こうした職員採用試験の受験料の徴収について総務省は「自治体が自治体職員採用試験で受験者から受験料を取るのは、地方自治法の規定に違反する。」という見解を出している。地方自治法第二百二十七条は、住民票交付など住民に利益を与える事務では手数料を徴収できると規定しているが、総務省は「自治体職員の採用試験は、自治体のための事務であり徴収はできない。」としている。人事院勧告に従い、市役所職員採用の年齢学歴などによる制限を事実上撤廃し、59歳まで出願可能とした。

警察・消防

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市川警察署
市川警察署
市川市消防局
市川市消防局

国の施設

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市川簡易裁判所
市川簡易裁判所
行徳郵便局
行徳郵便局

市の施設

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市川市文化会館
市川市文化会館
市川市動植物園
市川市動植物園

議会

[編集]

市議会

[編集]
→詳細は「市川市議会」を参照

県議会

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2023年千葉県議会議員選挙
  • 選挙区:市川市選挙区
  • 定数:6人
  • 投票日:2023年4月9日
  • 当日有権者数:400,443人
  • 投票率:35.70%
候補者名当落年齢党派名新旧別得票数
田中幸太郎43自由民主党27,026票
守屋貴子55立憲民主党26,942票
プリティ長嶋68無所属18,844票
坂下茂樹48無所属16,692票
赤間正明61公明党16,191票
浅野史子52日本共産党14,724票
水野文也61日本維新の会10,165票
鈴木衛71自由民主党9,731票
吉住威典80無所属782票
2019年千葉県議会議員選挙
  • 選挙区:市川市選挙区
  • 定数:6人
  • 投票日:2019年4月7日
  • 当日有権者数:394,235人
  • 投票率:33.09%
候補者名当落年齢党派名新旧別得票数備考
守屋貴子51立憲民主党23,494票2022年3月20日に辞職
坂下茂樹44無所属19,632票
鈴木衛67自由民主党19,235票
赤間正明57公明党18,451票
プリティ長嶋64無所属17,818票
田中幸太郎39無所属17,680票
桜井雅人45日本共産党12,461票

衆議院

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千葉県第4区
  • 選挙区:千葉4区(市川市北部、船橋市の一部)
  • 投票日:2024年10月27日
  • 当日有権者数:406,084人
  • 投票率:52.58%
当落候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率重複
水沼秀幸34立憲民主党90,011票
43.33%
木村哲也55自由民主党66,629票
32.07%
雨宮京子57日本維新の会26,222票
12.62%
工藤聖子45参政党13,176票
6.61%
八鎌謙太29日本共産党11,131票
5.36%
千葉県第5区
  • 選挙区:千葉5区(市川市の一部、浦安市
  • 投票日:2024年10月27日
  • 当日有権者数:414,963人
  • 投票率:53.21%
当落候補者名年齢所属党派新旧別得票数重複
矢崎堅太郎57立憲民主党66,031票
比当英利アルフィヤ36自由民主党59,636票
比当岡野純子46国民民主党51,033票
岸野智康30日本維新の会17,615票
桜井雅人51日本共産党12,360票
宮路純一35参政党10,490票

経済

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産業

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市川市農業協同組合本店・中央支店
市川市農業協同組合本店・中央支店

1993年(平成5年)時点で地理学者の森本健弘によれば、市川市は不耕作農地率が関東地方の大都市周辺部では高いが、集約的な農業的土地利用がなされている[43]2006年(平成18年)の千葉県青果物生産出荷統計によれば、の生産高・産出額は千葉県内第1位[44]。千葉県における梨栽培発祥の地(1769年に川上善六が創始)でもある[45]。「市川のなし」と「市川の梨」が2007年(平成19年)8月地域団体商標に登録された。花き生産が盛ん。

農業協同組合

第1種漁港

  • 市川漁港(いちかわ - )

その他

  • 行徳漁港(ぎょうとく - )

本社・本店を置く企業

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拠点

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アマゾンジャパン市川フルフィルメントセンター配送拠点
  • 山崎製パン 総合クリエイションセンター - 中央研究所、総合研修所、飯島藤十郎社主記念LLCホール、並びに宿泊施設を備えた食の最先端技術と文化創造の拠点。
  • TDK テクニカルセンター - グローバルR&Dの拠点。
  • アマゾンジャパン 市川フルフィルメントセンター(市川FC) - 配送拠点。
  • 楽天 RFC市川Ⅰ・RFC市川Ⅱ - 配送拠点。

事業所

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発祥・創業

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  • 山崎製パン -1948年(昭和23年)市川市で創業。現在、JR市川駅前には直営店のヤマザキプラザ市川などが入っている創業35周年記念の「サンプラザ35ビル」が建っており、その近隣には、山崎製パングループの福利厚生施設であり一般利用ができるビジネスホテル・観光ホテルとしての客室を備えた「山崎製パン企業年金基金会館」が建っている。
  • サイゼリヤ -1973年(昭和48年)市川市で創業。現在、八幡の1号店は記念館として保存されている。
  • ユニデンホールディングス -1966年(昭和41年)ユニ電子産業として市川市で創業。

卸売市場

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商業施設

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金融機関

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指定金融機関

収納代理金融機関

市川市に本店・支店を置く金融機関一覧(店名省略、本店・本社は太字)。市内に15企業、87店舗存在する。(令和3年度現在)

  • 朝日信用金庫 行徳駅前支店
    朝日信用金庫 行徳駅前支店
  • 三井住友銀行 行徳支店
    三井住友銀行 行徳支店
  • 三菱UFJ銀行 行徳支店
    三菱UFJ銀行 行徳支店

姉妹都市・提携都市

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日本国外[46]

アメリカ合衆国の旗ガーデナ市アメリカ合衆国カリフォルニア州

中華人民共和国の旗楽山市中華人民共和国四川省

インドネシアの旗メダン市インドネシア共和国北スマトラ州

ドイツの旗ローゼンハイム市ドイツ連邦共和国バイエルン州

フランスの旗イッシー・レ・ムリノー市フランス共和国オー・ド・セーヌ県

イタリアの旗カゼルタ市(イタリア共和国カゼルタ県)

  • 2019年(令和元年)5月20日 自治体提携都市

エストニアの旗パルヌ市(エストニア共和国)

  • 2019年(令和元年)10月 提携

地域

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地区

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郵便局

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  • 行徳郵便局(05013)
  • 市川郵便局(ゆうちょ銀行 市川店)(05041)
  • 北八幡郵便局(05116)
  • 市川三本松郵便局(05193)
  • 市川大野郵便局(05233)
  • 市川広小路郵便局(05235)
  • 市川真間郵便局(05270)
  • 市川鬼越郵便局(05290)
  • 市川国府台郵便局(05321)
  • 市川若宮郵便局(05328)
  • 市川東菅野郵便局(05353)
  • 市川大洲郵便局(05357)
  • 市川南三郵便局(05375)
  • 市川須和田郵便局(05376)
  • 市川北方郵便局(05381)
  • 市川南八幡郵便局(05402)
  • 市川曽谷郵便局(05414)
  • 市川国分郵便局(05427)
  • 市川新井郵便局(05435)
  • 市川原木郵便局(05436)
  • 市川稲荷木郵便局(05451)
  • 市川宮久保郵便局(05460)
  • 市川二俣郵便局(05461)
  • 市川富浜郵便局(05476)
  • 市川中国分郵便局(05488)
  • 市川本北方郵便局(05524)
  • 行徳駅前三郵便局(05537)
  • 市川新田郵便局(05546)
  • 市川塩焼郵便局(05573)
  • 市川塩浜郵便局(05580)
  • 市川幸郵便局(05581)
  • 行徳駅前四郵便局(05588)
  • 市川曽谷北郵便局(05613)
  • 南行徳駅前郵便局(05625)
  • 市川南大野郵便局(05632)
  • 菅野郵便局(05674)
  • 北国分駅前郵便局(05698)

郵便番号は以下が該当する。2集配局が集配を担当する。

電話番号

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市外局番は047。収容局は市川局、鬼高局、浦安行徳局、市川中山局、市川曽谷局、市川原木局、市川大野局。

住宅団地

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クレストシティタワーズ浦安

再開発事業

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再開発事業により超高層マンションが多く林立している。

本八幡駅北口地区

  • 本八幡キャピタルタワー(1999年(平成11年)11月竣工、地上24階地下2階。市川市初の高層ビル。)
  • プリームスクエア本八幡(2003年(平成15年)2月竣工、地上24階地下2階。)
  • ガレリア・サーラ(2009年(平成21年)3月竣工、地上34階地下2階。市川市初の優良建築物等整備事業[48]。)
  • グランドターミナルタワー本八幡(2013年(平成25年)5月竣工、地上40階地下2階[49]。)

市川駅南口地区

  • I-linkタウンいちかわ
    • ザ・タワーズイースト(2008年(平成20年)7月竣工、地上37階地下2階。)
    • ザ・タワーズウエスト プレミアレジデンス(2009年(平成21年)1月竣工、地上45階地下2階。高さは約160 mで居住用建築物としては千葉県で最も高い。)

宿泊施設

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市川グランドホテル

放送

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協会・団体

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医療

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健康都市連合に加盟しており、2008年10月、市川市において第3回健康都市連合国際大会が開催され、WHO憲章の精神を尊重した「健康都市いちかわ」宣言が行われた[50]

東京歯科大学市川総合病院
東京歯科大学市川総合病院
国立健康危機管理研究機構国立国府台医療センター
国立健康危機管理研究機構国立国府台医療センター
行徳総合病院
行徳総合病院

二次医療圏(二次保健医療圏)としては東葛南部医療圏(管轄区域:鎌ヶ谷市と葛南地域)である[51]。三次医療圏は千葉県医療圏(管轄区域:千葉県全域)。

医療提供施設は特筆性の高いもののみを記載する[51]

文化

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市の歌

  • 市川市歌
    • 1949年(昭和24年)制定。歌詞は公募による。
  • 市川讃歌
    • 市歌の詞に描かれた風景と実情が時代とともに変化してきたことから、1999年(平成11年)に市川讃歌制作市民委員会の要請により作曲された。

教育

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東京医科歯科大学(国府台キャンパス)
東京医科歯科大学(国府台キャンパス)
和洋女子大学
和洋女子大学
千葉商科大学
千葉商科大学

大学

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特別支援学校

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高等学校

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→「千葉県高等学校一覧 § 市川市」も参照

中学校

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→「千葉県中学校一覧 § 市川市」も参照
  • 昭和学院中学校・高等学校
    昭和学院中学校・高等学校
  • 国府台女子学院中学部・高等部
    国府台女子学院中学部・高等部
  • 日出学園中学校・高等学校
    日出学園中学校・高等学校

小学校

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→「千葉県小学校一覧 § 市川市」も参照

学校法人

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スポーツ

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子供会活動を通じて行われたキックベースボールの発祥の地でもある。

スポーツ施設

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交通

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鉄道

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市川駅(JR東日本)
市川駅(JR東日本)
本八幡駅(JR東日本・都営地下鉄)
本八幡駅(JR東日本・都営地下鉄)

市内の中心部をJR首都圏主要五方面の一つである総武本線中央・総武緩行線および総武快速線)と首都圏の大手私鉄の一つである京成電鉄本線が東西に貫いている。また、東京23区外では唯一、東京の地下鉄2社局(東京地下鉄東京都交通局)の路線を有しており[注 5]、東京の地下鉄2社局(東京地下鉄と東京都交通局)の路線の内、地下路線および地下駅を有しているのも東京23区外で唯一となっている[注 6]。その他にも南部の湾岸エリアに東京駅を起点とする京葉線、北東部に武蔵野線、北部に北総線が通っている。特に、JR・私鉄・地下鉄の3路線が乗り入れる本八幡駅周辺は行政の中心として、JR総武線の緩行線および快速線の両方が乗り入れる市川駅周辺は商業の中心として、どちらも行政施設、複合商業施設、各種サービス店、超高層マンション、企業、学校などが林立して賑わっている。他地域へのアクセスとして、千葉県内および東京都心部の主要駅には概ね10分台~30分台、成田空港および羽田空港には1時間前後で直通アクセスが可能である。

中心駅
市役所の最寄り駅:本八幡駅(JR・都営地下鉄)・京成八幡駅
※JTB時刻表では市川駅が中心駅と記載されている。
東日本旅客鉄道(JR東日本)
2019年 (令和元年) 度の市内1日平均乗降客は170,789人である。(下総中山駅を含む。)
JB総武線各駅停車
JO総武快速線
  • - 市川駅 -
JE京葉線
JM武蔵野線
東京地下鉄(東京メトロ)
南行徳駅(東京メトロ)
南行徳駅(東京メトロ)
妙典駅(東京メトロ)
妙典駅(東京メトロ)
2018年 (平成31年) 度の市内1日平均乗降客は約192,000人である。
T東西線
東京都交通局都営地下鉄
2020年 (令和2年) 度の市内1日平均乗降客は約65,000人である。
S新宿線
  • - 本八幡駅
京成電鉄
2020年 (令和2年) 度の市内1日平均乗降客は約54,000人である。
KS本線
北総鉄道
2020年 (令和2年) 度の市内1日平均乗降客は約12,000人である。
HS北総線
  • - (矢切駅) -北国分駅 - (松飛台駅) -大町駅 -
  • ※矢切駅の所在地は松戸市だが、市川市に接するように存在している。
  • ※松飛台駅の所在地は松戸市だが、駅施設は市川市と松戸市に跨る。

鉄道施設

主要駅へのアクセス

以下のとおり市内から各主要駅へ乗り換え無しでアクセスが可能である。

  • JR中央・総武緩行線
新宿副都心新宿駅代々木駅千駄ケ谷駅)、番町エリア四ツ谷駅市ケ谷駅飯田橋駅)、神田エリア水道橋駅御茶ノ水駅秋葉原駅)、錦糸町・亀戸副都心錦糸町駅亀戸駅)、船橋駅津田沼駅幕張新都心幕張駅)、千葉都心千葉駅
  • JR総武快速線
丸の内東京駅)、日本橋エリア新日本橋駅馬喰町駅)、錦糸町・亀戸副都心(錦糸町駅)、船橋駅、津田沼駅、千葉都心(千葉駅)
  • JR総武快速線(JR成田線直通)
成田空港空港第2ビル駅成田空港駅
  • JR総武快速線(JR横須賀線直通)
新橋駅品川駅
  • JR京葉線およびJR武蔵野線(JR京葉線直通)
丸の内(東京駅)、東京ディズニーリゾート舞浜駅)、幕張新都心(新習志野駅幕張豊砂駅海浜幕張駅)、千葉都心(千葉みなと駅)、蘇我副都心蘇我駅
  • 東京メトロ東西線
番町エリア(飯田橋駅・九段下駅)、大手町駅、日本橋エリア(日本橋駅茅場町駅
  • 都営地下鉄新宿線
新宿副都心(新宿駅・新宿三丁目駅)、番町エリア(市ヶ谷駅・九段下駅)、神田エリア(神保町駅小川町駅岩本町駅)、日本橋エリア(馬喰横山駅浜町駅
  • 京成本線
上野・浅草副都心京成上野駅)、京成船橋駅京成津田沼駅、成田空港(空港第2ビル駅・成田空港駅)
  • 京成本線(京成千葉線直通)
幕張新都心(京成幕張駅)、千葉都心(京成千葉駅千葉中央駅
  • 京成本線および北総線(京成押上線直通)
押上駅
  • 京成本線および北総線(都営地下鉄浅草線直通)
上野・浅草副都心(浅草駅)、日本橋エリア(東日本橋駅人形町駅・日本橋駅)、銀座エリア東銀座駅)、新橋駅
  • 京成本線および北総線(京急線直通)
品川駅、羽田空港羽田空港第3ターミナル駅羽田空港第1・第2ターミナル駅

道路

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国道298号(東京外かく環状道路)
国道298号(東京外かく環状道路)
市川南インターチェンジ
市川南インターチェンジ
道の駅いちかわ
道の駅いちかわ

市内の中心部を日本の国道の起点である日本橋を起点とする国道14号(千葉街道)が東西に貫いている。2018年(平成30年)6月2日に開通した国道298号および東京外環自動車道により、弱点であった南北間の交通の便も向上し、東京都心と郊外を結ぶ高速道路の主要幹線9放射京葉道路首都高速7号小松川線)、東関東自動車道首都高速湾岸線)と接続する3つのジャンクション(北千葉JCT・京葉JCT・高谷JCT)を有する交通の要衝となっている。また、東京23区外で唯一、日本の首都の都市交通3社局(東京地下鉄東京都交通局首都高速道路)の路線を有し、出入口本線料金所パーキングエリア、ジャンクションといった各路線の主要施設も全て有している。

高速道路

一般国道

主要地方道

一般県道


都市計画道路

道の駅

バス路線

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京成バス千葉ウエスト (旧・京成トランジットバス時代に撮影)
京成バス千葉ウエスト
(旧・京成トランジットバス時代に撮影)
市川市コミュニティバス
市川市コミュニティバス

2019年(令和元年)度の市内バスの1日平均運行本数は1184本、輸送人員は62,267人

空港

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近隣の空港として千葉県成田市成田国際空港(成田空港)または東京都大田区東京国際空港(羽田空港)が最寄りとなる。

成田国際空港

詳細は成田国際空港へのアクセス、最小乗換数は【】内を参照。

東京国際空港

詳細は東京国際空港へのアクセス、最小乗換数は【】内を参照。

港湾

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市川橋(江戸川)
市川橋(江戸川)

かつて江戸時代から大正時代にかけて江戸日本橋と下総国行徳を結んだ行徳船が運行していた。

国際拠点港湾

  • 千葉港(葛南港区)
    • 葛南中央地区
    • 葛南西部地区

橋梁

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

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名所・旧跡

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葛飾八幡宮

神社

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樹齢400年の伏姫桜(弘法寺

寺院

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礼拝堂

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旧跡

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観光スポット

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博物館・動物園・植物園・文化施設

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市川市動植物園の流しカワウソ
市川市動植物園の流しカワウソ

自然・公園

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娯楽施設

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温泉・入浴施設

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名産品

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祭事・催事

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  • 市川市民納涼花火大会 -1985年(昭和60年)から毎年7月下旬から8月上旬に江戸川河川敷で開催される。同一の大会を対岸の東京都江戸川区では「江戸川区花火大会」と呼ぶ。2009年には、合計人手人数が139万人を超え、花火大会としては日本一の観客動員数を記録した。
  • 手児奈太鼓 -弘法寺を活動拠点とする女性だけの創作和太鼓集団。地域に根付いた祭りを中心に、各方面で演奏活動を行っている。
  • 国分川鯉のぼりフェスティバル

文化財

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『如来滅後五々百歳始観心本尊抄』(巻頭部分、日蓮撰・筆、法華経寺蔵、国宝)
『如来滅後五々百歳始観心本尊抄』(巻頭部分、日蓮撰・筆、法華経寺蔵、国宝)
『立正安国論』(巻頭部分、日蓮撰・筆、法華経寺蔵、国宝)
『立正安国論』(巻頭部分、日蓮撰・筆、法華経寺蔵、国宝)
番号種別名称所在地所有者又は管理者指定年月日備考
1典籍観心本尊抄 附 添状1巻 春日山蒔絵筥 1合中山二丁目10番1号法華経寺昭和27年3月29日文永十年卯月廿五日奥書
2立正安国論中山二丁目10番1号法華経寺昭和27年3月29日文永六年十二月八日書写奥書
番号種別名称所在地所有者又は管理者指定年月日備考
1建造物法華経寺五重塔中山二丁目10番1号法華経寺大正5年5月24日元和8年建立
2法華経寺法華堂 附棟札5枚中山二丁目10番1号法華経寺大正5年5月24日室町時代後期
3法華経寺四足門中山二丁目10番1号法華経寺大正5年5月24日室町時代後期
4法華経寺祖師堂 附 棟札11枚中山二丁目10番1号法華経寺大正5年5月24日延宝6年建立
5絵画絹本著色十六羅漢中山二丁目10番1号法華経寺明治37年2月18日時代
6絹本著色日蓮聖人像中山三丁目10番4号浄光院昭和27年7月19日鎌倉時代
7古文書日蓮自筆遺文 附 蒔絵聖教箱2合中山二丁目10番1号法華経寺昭和42年6月15日鎌倉時代
  • 市内の史跡(国指定)一覧
番号種別名称所在地所有者又は管理者指定年月日備考
1史跡堀之内貝塚堀之内二丁目2899番地他市川市・他昭和39年7月6日縄文時代後期・晩期。馬蹄形貝塚。
2姥山貝塚柏井町1195番地他市川市昭和42年8月17日縄文時代中期及び後期。
3下総国分寺国分三丁目20番1号他国分寺・他昭和42年12月27日法隆寺式伽藍配置
4下総国分尼寺国分四丁目17番1号他市川市・他昭和42年12月27日無し
5曽谷貝塚曽谷二丁目438番地1他市川市・他昭和54年12月22日縄文時代後期。大規模な馬蹄形貝塚。
番号種別名称所在地所有者又は管理者登録年月日備考
1建造物西洋館倶楽部(渡辺家住宅)新田個人平成11年7月8日昭和2年竣工。木造3階建。
2建造物日本福音ルーテル市川教会会堂市川日本福音ルーテル教会平成20年10月23日昭和30年竣工。木材2階建塔屋付、鉄板葺。
3建造物加藤家住宅主屋・煉瓦塀本行徳個人平成22年4月28日明治時代竣工。木造平屋建、瓦葺、煉瓦造(フランス積み)。
4建造物旧浅子神輿店店舗兼主屋本行徳市川市平成22年9月10日昭和4年竣工。木材2階建、瓦葺。
5建造物昭和学院創立記念館東菅野学校法人昭和学院平成23年1月26日昭和6年竣工。木造平屋一部2階建、瓦葺。
6建造物中村家住宅主屋 他鬼越個人平成26年10月7日木造平屋建、瓦葺。他
7建造物後藤家住宅主屋・稲荷社新田個人平成29年6月28日主屋:木造平屋一部二階建、瓦葺及び銅板葺。稲荷社:木造平屋建、銅板葺

著名な出身者

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(2018年10月)

政治・経済

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文学・芸術

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芸能

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音楽

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キャスター・アナウンサー・記者

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俳優・タレント

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文化人

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  • DaiGo (メンタリスト、YouTuber)
  • 松丸亮吾 (タレント、クリエーター。DaiGoの弟)

スポーツ

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相撲

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格闘技・レスリング

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レーサー

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ゴルフ

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野球

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サッカー

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その他

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市川に由縁がある著名人

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政治・経済

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学者・宗教家

文学・芸術

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  • 大須賀力(彫刻家) - 市川市名誉市民。戦後、市川市に移り住み最期まで暮らす。多くの彫刻作品が市川市内施設、千葉県内各地に設置されている。
  • 幸田文(小説家・随筆家)- 戦後、市川市に移り住み、父幸田露伴の最期を看取る。その様子を随筆「菅野の記」「葬送の記」などに描く。
  • 幸田露伴小説家) - 戦後、菅野に移り住み、最期まで暮らす。
  • 永井荷風(小説家) -1946年(昭和21年)1月に菅野、1957年(昭和32年)3月に八幡町(現:八幡)と移り住み、最期まで暮らす。市川市名誉市民。
  • 安岡章太郎(小説家)- 幼時(大正末期)に市川に住む。市川を描いた作品も何作かある。
  • 北原白秋詩人童謡作家) -1916年(大正5年)5月から6月末まで、真間の亀井院で過ごす[65]
  • 山本夏彦随筆家編集者) -1951年(昭和26年)から2002年(平成14年)に亡くなるまで、八幡で暮らす。1998年(平成10年)市川市民文化賞受賞。
  • 五木寛之(小説家) -1955年(昭和30年)頃から2年ほど北方町で暮らし、近くの中山競馬場へ通う。その頃の暮らしを「風に吹かれて」などの随筆に描いている。

芸能

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俳優・タレント
  • CHIHARU(TRFダンサー) - 和洋国府台女子高校卒。
  • 吉田裕史(指揮者) - 東邦音楽大学特任准教授、大学院講師。 現在は、イタリアに在住しマントヴァ歌劇場音楽監督を務める。国府台高校卒。
  • 滝口順平(声優・ナレーター) -市川工業高校卒。
  • 仲谷明香 (声優・元AKB48) - 一時期在住。市川市立第七中学校在学中では前田敦子とは同級生。出身は盛岡市

音楽

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スポーツ

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市川市を舞台・ロケ地とした作品

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絵画
  • 利根川名所百景 塩焼き小屋周辺之図
  • 江戸名所図会 国府台断岸之図(斎藤月岑長谷川雪旦
  • 江戸近郊八景之内 行徳帰帆(歌川広重)1838年頃
  • 名所江戸百景 真間の紅葉手古那(歌川広重)
  • 名所江戸百景 鴻の台利根川風景(歌川広重)
  • 諸国勝景 下総利根川之図(三代広重
  • 成田土産名所尽 市川のわたし(三代広重)1890年
  • 成田土産名所尽 行徳新河岸市川(三代広重)1890年
漫画

アニメ

テレビドラマ

脚注

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[脚注の使い方]

注釈

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  1. ^ab例として、東京メトロ東西線で大手町駅から南行徳駅まで営業距離13.3キロメートル、JR総武本線で東京駅から市川駅まで営業距離15.4キロメートル、JR京葉線で東京駅から市川塩浜駅まで営業距離18.2キロメートル、国道14号で日本橋から市川橋まで約14.5キロメートル、高速道路で首都高速都心環状線江戸橋JCTから京葉道路京葉市川ICまで14.6キロメートル。
  2. ^神田、日本橋、京橋、本所、深川、柳橋、浅草橋の7地区は東京下町に含まれるが、神田・日本橋、京橋は東京都心にも含まれる。詳細は下町都心を参照。
  3. ^「真間の紅葉の名所・弘法寺から、手古那の社と継橋を望む」の意。継橋(つぎはし)は万葉集にも歌われる「真間の継橋」のことで、霊神堂南西方に現存する。なお、この構図は南を望んでいるはずなので、実際には遠方に山(筑波山?)は見えない。
  4. ^ただし、市川宿を数えずに新宿の次とする説もある
  5. ^東京23区内でも世田谷区及び葛飾区は、東京の地下鉄2社局(東京地下鉄と東京都交通局)の路線を有していない。
  6. ^都営地下鉄新宿線の市川市区間は全線地下路線であり、都営地下鉄本八幡駅も地下駅であるのに対し、東京23区及び市川市以外で東京地下鉄の路線を有している船橋市浦安市和光市を走る地下鉄区間は、いずれも地上路線及び地上駅である。

出典

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  1. ^令和2年国勢調査結果「速報」について(要計表による千葉県の人口と世帯)より
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