| 川田将雅 | |
|---|---|
第69回東京大賞典表彰式(2023年12月29日) | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 佐賀県鳥栖市[1] |
| 生年月日 | (1985-10-15)1985年10月15日(40歳)[2] |
| 身長 | 159 cm[1] |
| 体重 | 51 kg[1] |
| 血液型 | B型[1] |
| 騎手情報 | |
| 所属団体 | JRA[1] |
| 所属厩舎 | 栗東・安田隆行(2004.3.1 - 2005.12.31) 栗東・フリー(2006.1.1 -)[3] |
| 初免許年 | 2004年 |
| 免許区分 | 平地[4] |
| 重賞勝利 | 224勝(中央154勝、地方63勝、海外7勝) |
| G1級勝利 | 47勝(中央30勝、地方14勝、海外3勝) |
| 通算勝利 | 13097戦2223勝(中央) 321戦78勝(地方) 52戦7勝(海外) |
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川田 将雅(かわだ ゆうが、1985年10月15日[1] - )は、日本中央競馬会 (JRA) 所属の騎手。
曾祖父(川田若弥)が佐賀競馬場所属の騎手で、祖父(川田利美)、父(孝好は佐賀競馬場の現役)、伯父(宮浦正行は大井競馬場の元調教師)が調教師という競馬一族に生まれる。同じくJRA所属の鮫島良太とは、幼稚園時代から先輩後輩の関係。
妻は元タレントのおおつか麗衣[5]。2016年7月より芸能プロダクションのホリプロとマネジメント契約を結んでいる[6]。
2004年3月7日、栗東・安田隆行厩舎所属の騎手として中京競馬第2競走のシュアリーゴールドでデビューし、15頭立ての5着に入る。初勝利は3月20日、阪神競馬第8競走のホーマンルーキー[7]。1年目は16勝で終わるが人気薄の3着が多く、その頃からも穴騎手として注目されていた。とりわけ500万円以下クラスの3着率が高く、1年目の3着17回のうち12回は500万円以下クラスでのものであった。
2005年は成績を大きく伸ばし、39勝を挙げた。しかし特別競走での勝利は前年のゲヴァルトの甲東特別とエイシンヘーベの大濠特別の2勝のみで、依然として穴騎手という印象が強かった。
2006年からはフリーの騎手として活動している。小倉大賞典をメジロマイヤーとのコンビで逃げ切り、重賞初制覇を達成する[8]。さらに中京記念ではマチカネオーラとコンビを組み、重賞2勝目をあげた[9]。そして、東京優駿で初めてのGI級競走騎乗を果たす(スーパーホーネットで15着)とその直後の目黒記念をポップロックで勝利した[10]。同年9月30日の中京競馬第4競走で落馬し、右橈骨骨幹部骨折、右尺骨頭脱臼という大怪我を負った。2007年1月6日の京都競馬で復帰するまで長期休養を余儀なくされた。
2008年4月20日、第68回皐月賞をキャプテントゥーレで制覇し、GI級競走及びクラシック競走初勝利[11]。2009年11月3日、名古屋競馬場で開催された第9回JBCスプリントをスーニで制覇し、交流重賞競走初勝利[12]。
2011年8月16日、ダートグレード競走のサマーチャンピオンでスーニに騎乗し1着となり、地元佐賀競馬場での重賞を初制覇[13]。このレースは従来のレコードを1秒4も縮め、2024年現在でもレコードとなっている[13]。同年10月3日、第44回スプリンターズステークスにおいて、ダッシャーゴーゴーに騎乗。2着に入線も、4着に入線したサンカルロの進路を妨害して4着に降着[14]。2011年11月20日、6回京都6日第8Rにてエイシンナナツボシで勝利し、自身初の年間100勝を達成[15]。
2012年2月8日の佐賀記念をピイラニハイウェイで制し、地元佐賀で行われるダートグレード競走2レースを制覇。また同レースをレコードで優勝し、佐賀競馬場のダートグレード競走2レースのレコードジョッキーとなる[注 1]。同年の優駿牝馬において、前走NHKマイルカップで騎乗停止になった岩田康誠の代打としてジェンティルドンナを二冠に導く。初の牝馬クラシック勝利を挙げる。
2013年10月12日、京都競馬場の3歳500万下をマラネロで制し、本年最速自身2度目の年間100勝を達成。最終的に120勝を挙げ、JRA最高勝率を獲得[16]。さらにこの年は自身初のJRAフェアプレー賞を獲得している。
2014年4月13日、第74回桜花賞でハープスターに騎乗し優勝。同年10月5日、ハープスターで凱旋門賞に初めて騎乗。11月16日、第39回エリザベス女王杯でラキシスに騎乗し優勝。デビュー以来初めて、JRAのGIレース年間2勝目をあげた。この年は成績自体はやや落ちたが、複勝率は自己最高を記録している。
2016年5月29日、第83回東京優駿でマカヒキに騎乗し優勝。6年連続10回目の挑戦でダービージョッキーとなると共に史上8人目のクラシック競走完全制覇を成し遂げる[17]。同年9月11日阪神6Rをラヴアンドドラゴンで勝利、8049戦目で史上31人目(現役14人目)のJRA通算1000勝を達成した[18]。
2018年3月25日、第48回高松宮記念をファインニードルで優勝し、史上12人目の中央競馬全5場GI制覇達成。
2019年、札幌競馬場で行われたワールドオールスタージョッキーズ (WASJ) にてシリーズ優勝を果たす[2]。2014年以来3度目の最高勝率騎手を獲得し、JRA重賞15勝を記録[2]。年間複勝率56.2パーセントを記録した[2]。
2020年1月6日、京都9Rでショウリュウイクゾに騎乗し、史上40人目、現役27人目のJRA通算10000回騎乗を達成[19]。9月6日、小倉5Rをアドマイヤザーゲで勝利し、史上17人目(現役8人目)のJRA通算1500勝達成。デビューから「12年1ヶ月5日」「30歳1ヶ月28日」での達成は、ともに武豊に次ぐ史上2番目のスピード記録となった[20]。
2021年3月28日、中京第11R高松宮記念をダノンスマッシュで勝利し、史上9人目のJRA重賞通算100勝を達成した[21]。10月10日、東京5Rでバンブリッジに騎乗し、史上39人目で現役25人目となるJRA通算11000回騎乗を達成した[22]。同年11月6日にはラヴズオンリーユーでアメリカ合衆国の国際競走であるブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ(デルマー競馬場)に挑戦し、日本馬初となる優勝を果たした。これにより、自身は初の海外G1タイトルを獲得したとともに日本人初のBC競走優勝騎手となった[23]。ラヴズオンリーユーとは同年12月12日に香港で開催された香港カップでもコンビを組んだ。同馬の引退レースのなった本レースでは、中段前目にて運んでいき最後の直線で同じく日本から参加したヒシイグアスとの競り合いを制して優勝を果たした。川田はこの勝利により、同馬を日本馬としては初となる海外GI年間3勝達成馬に導いた[24]。
2022年4月10日、阪神第11R第82回桜花賞で、スターズオンアースに騎乗し優勝。2014年のハープスター以来2度目の桜花賞の勝利となった。最終的に143勝を挙げ、初のリーディングジョッキーになると共に、最高勝率・最多獲得賞金騎手の三冠を達成、史上4人目となる騎手大賞を受賞した[25]。
2023年3月14日、高知競馬場で行われた黒船賞(シャマル)、15日の船橋競馬場で行われたダイオライト記念(グロリアムンディ)、16日の名古屋競馬場で行われた名古屋大賞典(ハギノアレグリアス)に騎乗し全て1着となり、史上初となる3日連続で地方交流重賞レース制覇[26]。また名古屋大賞典は4連覇で通算5勝目となった。さらに3月12日、中京の金鯱賞でのプログノーシスの優勝を含めると重賞4連勝。同年3月25日(日本時間26日)、メイダン競馬場で開催されたドバイワールドカップにおいて、ウシュバテソーロに騎乗。レースでは道中最後方からの追い込みでイギリス調教馬のAlgiersを交わし優勝。日本人騎手初のドバイワールドカップ制覇となった[注 2][27]。また、4月9日には阪神第11R第83回桜花賞で、リバティアイランドに騎乗し優勝。昨年に引き続き連覇を達成[28]。続く5月21日、優駿牝馬でもリバティアイランドで優勝し、牝馬クラシック二冠を達成。10月8日、東京11Rでデュガに騎乗し、史上34人目、現役21人目となるJRA通算1万2000回騎乗を達成した[29]。10月15日、秋華賞でリバティアイランドに騎乗し初優勝。史上7頭目の牝馬三冠を達成[30][31][32]。同年はJRA賞となってから岡部幸雄(最多7年連続)、武豊以来3人目の5年連続となる7度目の最高勝率騎手を受賞[33]。勝率は2002年に武豊が記録した歴代最高勝率.291を抜き、史上初の3割超えとなる.305を記録した[34]。
2024年2月11日、東京12Rをハードワイヤードで勝利、1万2187戦目で史上9人目(現役4人目)のJRA通算2000勝達成[35]。同年7月、2週間の休養を発表。7月7日の小倉競馬終了後に股関節深部の神経の痛みなどを発症し「当日に帰ることもできず、調整ルームで寝ていました」「最初の1週間はほぼ寝たきりで立つこともできませんでした」という状態だったとのこと。休養中の治療が功を奏し、7月25日の調教より騎乗を再開している[36]。10月19日、東京競馬3レースにて騎乗馬ミラージュナイトがゴール入線直後にバランスを崩し落馬、救急車で運ばれ入院、額部に擦傷等の怪我はあったものの翌日曜日には退院し、午後には京都競馬場に来場し関係者エリアにて元気な姿を見せた[37]。同年11月4日、創設以来初めて佐賀競馬場で行われたJBC競走にて、JBCクラシックにウィルソンテソーロで出走し、同馬をGI級競走初勝利へと導いた。同レースは2019年チュウワウィザード、2020年クリソベリルに続く3勝目となるが、JRAを含めて「基本的にしない」とされているゴール直後の派手なガッツポーズを行い、ウイニングランにおいてはスタンドに詰めかけた観客に対して正面向きに馬を誘導した上でヘルメットを脱ぎ一礼するパフォーマンスまで行った。レース後のインタビューでの受け答えでは、故郷の佐賀での常設のダートグレード競走はJpnIIIしかなく[注 3]、生まれ育った地元で行われた初のGI級競走での初制覇に感極まり涙した[38]。インタビューでの締めでは通年開催されている佐賀競馬場への来訪を呼びかけ、自身がJRAの馬で来る機会があれば「すべてを負かしてやりたい」と笑顔でコメントした。11月9日、東京11Rの武蔵野ステークスをエンペラーワケアで制して、史上8人目、現役4人目となるJRA通算2100勝を1万2518戦目で達成した[39]。
2025年3月1日、ママコチャに騎乗しオーシャンステークスを制して歴代最多タイの同レース3勝目を挙げるとともに、2006年から20年連続のJRA重賞制覇を達成[40]。同年3月16日、金鯱賞でクイーンズウォークに騎乗し優勝。プログノーシスで制した2023年、2024年に続き3連覇達成で同レース5勝目とし、佐藤哲三に並ぶ歴代最多タイ、現役単独トップとなった[41]。9月14日、阪神2Rでダイヤモンドノットに騎乗し1着となり、史上7人目・現役4人目となるJRA通算2200勝を1万2947戦目で達成した[42]。9月21日、神戸新聞杯でエリキングに騎乗し1着となり、史上6人目・現役では4人目となるJRA重賞150勝を達成[43]。10月18日、東京3Rでダノンセフィーロに騎乗し、史上30人目・現役18人目となるJRA通算13000回騎乗を達成した[44]。11月23日、マイルチャンピオンシップをジャンタルマンタルで制して、史上初の牡牝混合芝マイルGI完全制覇に導いた[45]。自身も19年連続19回目の騎乗で同競走初制覇で、グレード制が導入された1984年以降で6人目となるJRA・GI通算30勝目を挙げた[45]。

2025年現在、JRAのGIで未勝利レースはフェブラリーステークス、天皇賞(春)、ヴィクトリアマイル、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念の6レースのみである。
| 日付 | 競馬場、開催 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 初騎乗 | 2004年3月7日 | 1回中京2日2R | 3歳未勝利 | シュアリーゴールド | 15頭 | 7 | 5着 |
| 初勝利 | 2004年3月20日 | 1回阪神7日8R | 4歳上500万円下 | ホーマンルーキー | 16頭 | 3 | 1着 |
| 重賞初騎乗 | 2004年6月6日 | 2回中京6日11R | 愛知杯 | カレンバレリーナ | 18頭 | 17 | 11着 |
| 重賞初勝利 | 2006年2月4日 | 1回小倉5日11R | 小倉大賞典 | メジロマイヤー | 16頭 | 11 | 1着 |
| GI初騎乗 | 2006年5月28日 | 3回東京4日10R | 東京優駿 | スーパーホーネット | 18頭 | 18 | 15着 |
| GI初勝利 | 2008年4月20日 | 3回中山8日11R | 皐月賞 | キャプテントゥーレ | 18頭 | 7 | 1着 |
| 年度 | 順位 | 1着 | 2着 | 3着 | 騎乗数 | 勝率 | 連対率 | 複勝率 | 表彰 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004年 | 54位 | 16 | 9 | 17 | 255 | .063 | .098 | .165 | |
| 2005年 | 28位 | 39 | 37 | 35 | 543 | .072 | .140 | .204 | |
| 2006年 | 20位 | 59 | 52 | 38 | 522 | .113 | .213 | .285 | |
| 2007年 | 16位 | 58 | 75 | 56 | 727 | .080 | .183 | .260 | |
| 2008年 | 14位 | 73 | 64 | 51 | 673 | .108 | .204 | .279 | 中央競馬騎手年間ホープ賞 |
| 2009年 | 17位 | 65 | 62 | 65 | 712 | .091 | .178 | .270 | |
| 2010年 | 9位 | 83 | 69 | 69 | 708 | .117 | .215 | .312 | |
| 2011年 | 3位 | 109 | 71 | 70 | 720 | .151 | .250 | .347 | 優秀騎手賞 |
| 2012年 | 7位 | 91 | 78 | 70 | 730 | .125 | .232 | .327 | |
| 2013年 | 2位 | 120 | 95 | 85 | 724 | .166 | .297 | .414 | JRA賞最高勝率騎手、フェアプレー賞、小倉ターフ賞 |
| 2014年 | 7位 | 95 | 67 | 84 | 573 | .166 | .283 | .429 | JRA賞最高勝率騎手 |
| 2015年 | 6位 | 101 | 86 | 68 | 650 | .155 | .288 | .392 | |
| 2016年 | 3位 | 135 | 90 | 84 | 715 | .189 | .315 | .432 | 優秀騎手賞、特別模範騎手賞、フェアプレー賞 |
| 2017年 | 6位 | 91 | 94 | 73 | 592 | .154 | .313 | .436 | |
| 2018年 | 5位 | 93 | 101 | 71 | 561 | .166 | .346 | .472 | 優秀騎手賞、フェアプレー賞 |
| 2019年 | 2位 | 152 | 102 | 75 | 585 | .260 | .434 | .562 | JRA賞最高勝率騎手、優秀騎手賞 |
| 2020年 | 2位 | 167 | 111 | 62 | 594 | .281 | .468 | .572 | JRA賞最高勝率騎手、優秀騎手賞、フェアプレー賞 |
| 2021年 | 2位 | 136 | 62 | 59 | 478 | .285 | .414 | .538 | JRA賞最高勝率騎手、優秀騎手賞、フェアプレー賞 |
| 2022年 | 1位 | 143 | 101 | 77 | 552 | .259 | .442 | .592 | JRA賞騎手大賞、関西テレビ放送賞 |
| 2023年 | 2位 | 151 | 85 | 61 | 495 | .305 | .477 | .600 | JRA賞最高勝率騎手 |
| 2024年 | 2位 | 141 | 82 | 57 | 481 | .293 | .464 | .582 | 優秀騎手賞、フェアプレー賞 |
| 2025年 | 6位 | 105 | 103 | 65 | 507 | 207 | .410 | .538 | |
| 中央 | 2223 | 1696 | 1392 | 13097 | .170 | .299 | .406 | ||
| 地方 | 75 | 49 | 41 | 305 | .247 | .405 | .539 | ||
| 海外 | 7 | 6 | 3 | 45 | .156 | .289 | .356 |
通算勝利記録
(JRA騎手名鑑、ウマニティ、地方成績のウマニティより[125][126])
CM・バラエティ
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ)| 三冠 |
| ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 牝馬三冠 |
| ||||
| ★印は三冠競走を単年度で全勝した経験を持つ者(調教師の国枝栄は複数回達成) | |||||
| 1950年代 | |
|---|---|
| 1960年代 | |
| 1970年代 | |
| 1980年代 | |
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 |
|
| 2020年代 | |
| ※中央競馬発足以降の記録。1987年までJRA賞としての表彰は行われていない。 | |
| 1980年代 | |
|---|---|
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 |
|
| 2020年代 | |
| 1980年代 | |
|---|---|
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 |
|
| 2020年代 |
|
| 1980年代 | 87岡部幸雄 |
|---|---|
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 | |
| 2020年代 |
|
| 上記以外の年は該当者なし | |
ワールドオールスタージョッキーズ個人戦優勝騎手 | |
|---|---|
| 2010年代 |
|
| 2020年代 |
|
サマージョッキーズシリーズ優勝騎手 | |
|---|---|
| 2000年代 | |
| 2010年代 | |
| 2020年代 | |
| グループ会長:堀義貴、代表取締役社長:菅井敦 | |||||||||||||||||||||
| HORIPRO |
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| プロダクション パオ |
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| ホリプロ・ ブッキング・ エージェンシー |
| ||||||||||||||||||||
| ホリプロコム |
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| Depeche (男性モデル) |
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| Booze (女性モデル) | |||||||||||||||||||||
| ホリプロ インターナショナル | |||||||||||||||||||||
| ホリプロ デジタル エンターテインメント | |||||||||||||||||||||
| 関連項目 | |||||||||||||||||||||
| 関連人物 |
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| 公式サイト:ホリプロ、ホリプロコム | |||||||||||||||||||||